第17話 悪代官と越後屋

「「えっ!?このお店……」」


 目的の店の前に着くと、2人は同時に声を上げた。

 そのタイミングで繋いでいた手をそっと離したのだが、彼女達はそれよりも店の方が気になっている様子。


 意識していたのは、どうやら僕だけだったらしく、その事実に急に恥ずかしくなった。

 羞恥心と洋服に負けたという敗北感に苛まれ、僕の心は悲鳴を上げる。

 だけど、それは悟られる訳にはいかない。己をを鼓舞して話を切り出す。

 

「こういうのはあんまり好きじゃない?この店に置いてる服は2人に似合うと思ったんだけど」

「どうだろ?このお店の服は私達には似合わないんじゃないかな……。ね、小春?」


 雪さんは顔を俯かせてぽつりと呟く。対照的に小春ちゃんは店内をじっと見ていた。

 小春ちゃんぐらい分かりやすい方が僕としては有難い。雪さんも是非見習って欲しいと思った。


「そんな事言わずにせっかくだから見て行こう。店員さんに似合う服がないか聞いてみて、もしなかったら次に行こう。時間はまだまだあるからさ」


 そう言って僕は2人の返事を待たずに店内の奥へと進んでいく。

 周囲に居るお客さん達から凄く見られている。それも当然か。所々に置いてある姿見で自分の格好を確認し、小さく溜息を吐いた。

 場違い感が尋常ではない……直ぐにでも戦略的撤退をしたい気持ちを何とか抑え込んだ。


 店員の声掛けに対し、やんわりと断りを入れている雪さん達の声が後ろから聞こえてくる。

 とりあえず店内への誘導は成功したが、本題はここからだ。僕は近くに居る店員に声を掛けた。


「すいません、あそこにいる2人に似合う服を見繕っていただけませんか?数が欲しいので、好みを探ってもらって、オススメがあったらそれも勧めて下さい。値段は気にしなくて大丈夫です。色々お願いして申し訳ないのですが、お任せしても宜しいですか?」

「畏まりました。ご要望は他にありませんか?」

「他は大丈夫です。ご面倒をおかけしますが、宜しくお願い致します」

「お任せ下さい。こう見えても押し売りは得意なので!!」


 僕の要望を聞いた店員は、頼もしいのか頼もしくないのか判断に困る返事をしてきた。

 遠慮するのは目に見えてるから、それぐらい強引な方がいいのかもしれない。僕はそう割り切る事にした。


 意気揚々と近づいた店員は、話しかける前にこちらに視線を送り小さく頷いた。僕も同じ様に返し、固唾を飲んで見守る。


 そこからは……怒涛の展開だった。試着室に2人を押し込むと、もう1人の店員が加わる。

 その事によりマンツーマンの体制となり、店にある商品が試着室に次々と持ち込まれる。


 試着の終わった服は、ハンガーラックの右と左に分けて吊り下げられる。そして店員は別の商品を取りに行く。あまりの手際の良さに見ているこっちが唖然としてしまった。

 

 その一連の流れに、彼女達に任せておけば安心だと確信した。


 服を選びに試着室から離れた店員の1人に『終わるまで外で待っている』と伝え、そのまま店を出る。

 


 通路の椅子に座りながら買い物を楽しむ人々の様子をぼんやりと眺めていると、雪さんが呼びに来た。

 時間を確認すると、店を出てから既に1時間近くが経過していた。


 僕が店内に戻ると、店員が報告の為に近付いて来るのが見えた。

 『店員さんと話がしたい』からと、雪さんには小春ちゃんの所に先に行ってもらう。


「お客様、お待たせいたしました。購入していただく商品が決まりました。色々勧めたのですが、ご購入するのはティーシャツを1枚ずつだそうです」

「そうですか……」

「他にも気になる事がありまして」

「何かありましたか?」

「どうもお値段で選ばれている様なんです。気に入った商品かそうでないかは、表情を見れば分かります。私達が勧めさせていただいた商品を気に入ってくれた様子でしたが、値札を確認してがっかりされていました。ちなみに選ばれたシャツを気に入ってる素振りは見られませんでした」


 そう言って彼女は苦笑する。僕の要望にしっかりと応えてくれた事にまず礼を述べた。

 その上で気になっている事を質問する。


「それで、2人が気に入っている商品は分かりましたか?」

「それはもちろん。お顔に出やすかったので」


 今度は僕が苦笑してしまった。


「では、僕もあっちに行きます。ご面倒おかけして申し訳ないのですが、2人の気に入っている商品を僕に教えてもらえませんか?」

「畏まりました」


 そう言って店員はニヤッと笑った。その姿に、ふと時代劇に出てくる悪代官と越後屋の悪巧みのシーンが頭の中に浮かんだ。


 試着室の方に向かうと、そこには沢山の服が吊り下げられたハンガーパイプが目に留まった。

 その光景に、店員の頑張りが見て取れた。


「2人とも気に入った服はあった?」

「うん。でも本当に買ってもらってもいいの?」

 

 雪さんは申し訳なさそうに言っているが、シャツを1枚ずつしか選んでないのは調べがついている。

 

 遠慮するなら、こちらにも考えがある。僕は店員の女性に最終確認の意味を込めてアイコンタクトを送ると、雪さん達に気づかれない様に小さく頷いてくれた。


「へぇ、結構たくさん試着したんだね。それ全部買うのかな?」

「へ……?いや、買ってもらいたいのは、このシャツだよ」


 雪さんがシャツを差し出してきた横で、小春ちゃんはハンガーパイプにかかる服をじっと見ていた。


「店員さんにこれだけ時間をかけてもらって欲しいのがそれだけって……。ああ、この店の商品ってあまり良くないのか」

「ちょ、ちょっと優君!?なんて失礼な事を言ってるの!?ここは若い子から私よりも上の世代まで幅広い層に人気のブランドなんだよ。私や小春が大好きなブランドだもん、良くないなんてあり得ないよ……。どの商品も凄く素敵なんだから」


 僕の失礼な物言いに、雪さんは店員を見ながらあたふたしている。

 少し揶揄い過ぎたと思わなくもないが、店員の女性は笑いを堪えている様子なのでこちらの意図は伝わっているのだろう。


「じゃあ何でシャツ1枚しか選んでないの?ここに来る前に言ったよね。遠慮はしなくていいと」

「……ごめんなさい。でもね?優君は知らないと思うけど、このお店って値段も高いんだよ。ただでさえ迷惑をかけてるし、無理はして欲しくないの。今日だってシャツ1枚買ってもらえるだけでも本当に嬉しいんだよ?」


 雪さんに見切りをつけ、僕は次のターゲットである小春ちゃんを見つめる。


「雪さんもういいよ。それじゃ小春ちゃんに聞くけど、シャツ以外に欲しいのはなかった?」

「わ、私も……他にはなかったです」


 まぁ、この状況ならそう言わざるを得ないか。今後の為にも、2人には自発的に『欲しい』と言ってもらいたかったけど、今回は諦めるしかない様だ。


「店員さん、このシャツをお願いします。それとは別に2人に似合う服を何点か選んでもらっていいですか?」

「はい、それは構いませんが……が選んで宜しいのですか?」

「もちろん。ここに掛かっている服を全部とまでは言いませんが、予算はあるので似合うと思うもの全部でお願いします」


口を半開きにして呆然としている2人を置いて、僕は店員と話を進める。


「それではお会計はあちらになります」


 その言葉を聞いた事で、我に返った雪さんが悲鳴じみた声を上げる。


「優君っ!?ちょっと待って!!」


 僕がその言葉に応じる必要は無いわけで……


「お買い上げありがとうございました、またのご来店心よりお待ちしております」


 僕の両手にぶら下がっている沢山の紙袋を見て、唖然とする2人。

 その姿を見る事が出来て、僕はしてやったりという気持ちになった。


「遠慮しない約束だよ。さぁ、予算はまだまだあるから。次はどこの店に行こうか?」


 そう問いかけた2人の表情かおは申し訳なさと嬉しさが同居していた。喜んでもらえた様で何よりだ。


「優君。あ、ありがとう……」

「優さん、ありがとうございます」

「どういたしまして。ほら、2人とも。こんな事で泣きそうにならないでくれ」


 そう言えば、今日は知り合いにバレないようにする為に『先生呼び』は禁止だった。

 小春ちゃんから久しぶりに名前で呼ばれ、僕は気恥ずかしくなってしまうのだった……。

 

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