第16話 変装の効果

「よし、これで完成!!優君どうかな!?」


 雪さんが目を輝かせながら、自信満々といった感じで尋ねてくる。

 その一方で、僕は鏡に映る自分の姿に眉をひそめていた。


「もしかして、気に入らなかった?」

「そ、そんな事ないよ。これなら誰が見ても僕だと分からないと思う」


 鏡には金髪のロングヘアーでいかにも軽薄そうな男が映っている。


 確かにこれなら学校の先生や生徒に街で会ったとしても僕だと気づかれる心配はなさそうだ。

 目的は達成されているはずなのに、釈然としないものがあるのは一体何故だろう。


「……ふぅ」

「ご、ごめんね優君。もしかして嫌だった?センス悪かったかな……」


 僕が溜息を吐いた事で、雪さんが落ち込んでしまう。

 センスの良し悪しを聞かれたら悪いと言いたいのが本音ではある。

 だけどせっかく頑張ってくれた雪さんにそれを伝えるのははばかられた。


「こういう格好をした事がないので新鮮に感じて……。なんか自分じゃないみたいで思わず溜息が漏れただけだよ。自画自賛みたいで照れるけど、結構似合ってると思わない?」

「そうなの!!私も優君に凄く似合ってると思ってたんだ。優君が気に入ってくれて良かった」


 似合っていると言われてこんなに嬉しくなかったのは初めてかもしれない。


 それとさっきから気になっているのだが、僕を褒めている時の雪さんの声が心なしか弾んでいる様に聞こえる。これってそういう事だよな……。


「優君?顔色悪いみたいだけど具合悪いの?」

「いや。ちょっと考え事をしていただけだから気にしないでくれ」


 彼女の好みが、僕とかけ離れ過ぎていた事実にショックを隠し切れなかった様だ。


 嫉妬心からか、この格好で出かけたくないという気持ちが芽生えた。そんな僕は無駄な抵抗と分かっていても悪あがきを試みずにはいられなかった。


「雪さん、ちなみに小春ちゃんにも感想を聞いてみない?この格好の僕と歩いている所を友達に見られても問題ないかとか……」

「小春も気にしないと思うけどな。それじゃ本人に聞いてみましょうか。小春、ちょっと来て〜」


 雪さんの呼びかけに小春ちゃんが部屋から出てきた。僕は射るような視線で彼女を見つめる。

 雪さんにこの格好はダメだと分からせて欲しいと念を込める。


「お母さん呼ん……えっ!?」


 僕を見た彼女から驚嘆の声が上がると同時に、僕の想いは伝わらなかったのだと瞬時に悟った。


 小春ちゃんは僕と目が合った瞬間、何故か俯いてしまった。かと思えば、上目遣いでこちらをチラチラと見てくる始末。

 よく見ると、心なしか頬が薄っすらと赤く染まっていた事で『プルータス改め小春ちゃんお前もか』という境地に至った。


 もうほとんど諦めているのだが、万が一の可能性に賭けて確認はしておくか。


「小春ちゃんどうかな?この格好で一緒に歩いても大丈夫?」

「えっ……いいと思います……よ?」

「何で疑問形なの?大丈夫って感じに聞こえないんだけど……」


 思いもよらぬ歯切れの悪い答えが返ってきた。これはもしや万が一があるかもしれない。


「あ、そうじゃないんです。目……。念の為に目はサングラスとかで隠しておいた方がいいかなって。万が一バレたらいけないので。そ、その……今日の瓜生先生は凄くカッコいいと思います」


 万が一は確かに存在した。僕の望む形とは違う形で……。

 そんな彼女の言葉に僕は絶望する。そしてやっぱり母娘なんだな……と複雑な気持ちになった。

 

 僕の支度も終わり、ようやく出かける準備が整った。

 今日は遠慮せずに欲しい物を買って欲しいと再度伝え、僕達は家を出た。


 楽しみにしていた2人との買い物は、こうして波乱の幕開けとなった。



 目的地である、最近出来たばかりの大型ショッピングモールに到着した。

 ここはリーズナブルなブランドから高級ブランドまで幅広く出店しているのが魅力だ。

 オープン当初はテレビで特集が組まれていた記憶がある。それから少し時間が経ってはいるが、休日のモール内は多くの人で賑わっていた。


 2人が前を歩き僕はその少し後ろに付き従う。3人で並ぶと横に広がりすぎて周りに迷惑がかかるので、この形で移動する事にしたのだった。


 2人は初めて来た事もあり、忙しなく辺りを見回している。その様子はどことなく楽しそうだ。


 とある店の前に差し掛かると、歩く速度が急に落ちた。そのまま店内に入るかと思われたが、僕の予想に反してそのまま通り過ぎてしまう。


 その不自然な態度に、僕は咄嗟に店の名前を記憶した。店内の様子を窺うと、それなりの賑わいを見せている。

 陳列されている商品の値札を見て、通り過ぎた理由に察しがついた。


 遠慮するなと言ったのにまったく……。2人を呼び止める為に前を見ると、随分先まで進んでいた。僕は急いで後を追いかける。


「ちょっと待って……」


 そう言って店に入ろうとしている2人の肩を後ろから掴む。

 ゆっくりと振り返った2人の表情かおには焦りの色が浮かんでいた。


「なんだ……優君か。いきなり肩を掴まれたからびっくりしたよ」

「すまない。いきなり肩掴まれたら怖いよね。急いでたから配慮が足りなかった。それで聞きたいんだけどこの店に入るつもり?」


 そう言って僕は2人が入ろうとしている店に視線を向ける。

 そこは僕も利用しているファストファッションのブランドだった。


「うん。このお店って値段も安いから重宝するんだ。小春とレディースの方を見てくるね。優君、店内を見て時間を潰してもらってもいいかな?なるべく早く選ぶから……」

「…………」


 金額を意識してこの店を選んだのは明白だった。好きな服を買って欲しいのに、このまま2人に任せておくと値段だけで判断してしまう気がした。その考えに至った僕は、大胆な行動を取る事を決意する。


「ショッピングモールにわざわざ来てるんだ。ここなら家の近所にもあるから今度改めて見に行こう。今日は他の店を見て回るから付いてきて」


 そう言って僕は2人の手を握り、先程の店へと向かい始める。

 突然の行動により彼女達が困惑の声を上げているが、聞こえないフリをした。


 いきなり手を引いたりして、気持ち悪がられていないだろうか?


 そんな不安が頭を過ぎるが、今更なかった事には出来ない。

 普段なら絶対にやらない大胆な行動を取ってしまったのは、この変装に当てられたせいだと自分の中で折り合いをつける。


 僕は火照った顔を2人に見られない様に彼女達の手を引きながら、一歩前を歩くのだった……。

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