第13話 貸し借り
「「「いただきます」」」
3人の声が重なった。料理に舌鼓を打ちながら、僕は小春ちゃんに学校の感想について尋ねる。
「転入おめでとう小春ちゃ……名取さん。学校初日はどうだった?」
「クラスの子に色々と案内してもらいましたが、設備がとにかく凄かったです」
「他にも食堂のメニューも充実しているから、お金の事は気にせず行ってみたら……って。すまない雪さん。その悪気はなかったんだ……」
弁当を作ると言ってくれた雪さんに対して失礼な発言をしてしまった。食堂を勧めるのは配慮が足りなかったと反省する。
そんな僕を気遣ってくれたのだろう。雪さんは僕の言葉の後押しをしてくれる。
「そうだね。優君もそう言ってくれてるし、お友達が食堂に行ってるなら弁当は控えるから。必要ない時は小春も遠慮なく言ってね。あ、優君も本当は食堂の『僕は雪さんの弁当がいい』」
言葉を被せる事で話を遮る。僕は雪さんに最後まで言わせなかった。
「そう?それなら良いんだけど……」
そう呟く彼女は、どこか嬉しそうに見えた。
「優君、この学校の進学クラスって他の高校で言う所の普通クラスなんだよね?」
「そうだね。だけど進学クラスと言うだけあって大学の合格率は他と比べても悪くないと思う。毎年国立大学に合格する生徒も居るかな」
この学校の進学クラスは侮る事は出来ない。毎年、国立大学や有名私立へ進学する生徒を輩出しているという実績がある。
そして特別クラスともなれば、国内トップクラスの大学は勿論の事、海外の大学を受験する生徒までいる。
小春ちゃんもこれから次第で、色々な進路が視野に入ってくる事だろう。
「凄いんだね。優秀な先生が多いの?」
「やる気のある先生は多いかな。この学校は授業外での質問も推奨しているから、名取さんも分からない事は積極的に聞きに行くと良いかもしれない。あっ……」
「優君?どうかした?」
雪さんと話していて大事なことを思い出した。僕は小春ちゃんに伝え忘れている事があったのだ。
「小春ちゃんのクラス、僕も授業を担当しているんだった」
「そうなんですか!?聞いてないです!」
笑顔で料理を頬張っていた小春ちゃんの目が見開かれた。
「良かったじゃない。私も優君の授業受けてみたかったな……」
雪さんのフォローもあり、小春ちゃんからはジト目を向けられるだけで、それ以上の文句は出なかった。
食事も終わり順番に風呂も済ませた。僕が風呂から上がると、リビングに居たのは雪さんだけだった。どうやら小春ちゃんは部屋に戻り試験勉強をしているらしい。
「優君、どうぞ」
雪さんからお茶の入ったコップを受け取る。
「ありがとう。雪さん、今日も1日ご苦労様でした」
「優君もご苦労様でした」
数日前から、こうして風呂上がりにお互いを
話が盛り上がると言うよりは、同じ空間で時間を共有すると言った感じだ。
テレビを眺めながら、穏やかな時間が過ぎていく。
「そう言えば……」
雪さんが何か思い出した様に口を開いた。僕は続く言葉に耳を傾ける。
「さっきは話に出なかったんだけど、小春に早速友達が出来たようなの……」
喜ばしい出来事のはずなのに、彼女は浮かない
その先を続けるかどうか、躊躇っている様に見える。
「雪さん、何か心配事でもあった?」
「心配と言うか…。その新しい友達に、小春の歓迎会を兼ねて試験勉強を一緒にやろうって誘われたらしいのだけど、小春は断ったみたいで……」
「小春ちゃんが断った理由は分かる?」
「その誘ってくれた子がお家に招待してくれるって言ったのが、断った理由みたい」
そこまで聞いても話が全く見えてこない。今の話のどこに断る理由があっただろうか?
僕が首を傾げていると、雪さんが苦笑しながら説明を続けた。
「えっと、優君も経験ないかな?自分の家に招待したから、私も逆に遊びに行っていいよねって感じの……」
雪さんと遊んでいた時にそんな事を考えた記憶はない。友達と遊んだ時も溜まり場となる家はいつも同じだった気がする。
何となく理解はしたものの、共感までは出来なかった。
もしかしたら女の子だとそういった考えた方が普通なのかもしれないな。
この家に呼ぶ事は出来ないから断った、雪さんが言いたいのはこういう事なんだろう。
思えば小春ちゃんはよく居候という言葉を口にしている。それは多分僕に迷惑をかけない為の自己暗示なのでは……と睨んでいる。
「雪さん、少し小春ちゃんと話してくる」
そう言って立ち上がり、小春ちゃんの部屋へ向かう。ノックするとすぐに返事が聞こえた。
「勉強中にごめん。少し話があるんだけどいいかな……」
「どうしたんですか?」
扉が開き小春ちゃんが顔を出す。僕が彼女の部屋を訪ねる事は少ないので、驚いている様子が窺えた。少し話があると再度伝えると、部屋の中へ入れてくれた。
「雪さんから話を聞いてね。友達の誘いを断ったのかい?」
「…………」
小春ちゃんは質問に答える事なく気まずそうに俯いた。
「ごめん、別に責めている訳じゃないんだ。むしろ謝らないといけないのは僕の方。前も言ったと思うけど、小春ちゃんには学校生活を目一杯楽しんで欲しいんだ。だから遠慮なくこの家に友達を呼んでもらって構わない。その時は僕は家に居ない様にするから心配しないでくれ。何ならお泊りも大丈夫だから」
「ダメです。そこまで先生に迷惑はかけられません」
そう言って力なく笑う彼女を見て僕は考えを巡らせる。どうすれば彼女は折れてくれるのだろうか……。
お世辞にも良い方法とは言えないが、1つの考えが思い浮かんだ。
「それじゃこういうのはどうだろう?相手の頼み事を聞いたら貸し1つ。小春ちゃんがお願いがある場合は遠慮なくまず僕に相談する事。もちろん僕からも頼み事はさせてもらう。例えば小春ちゃんに学校で手伝ってもらったりとかかな。僕的には凄く助かるのだけど……」
僕にもメリットがある事をしっかりと強調する。
「でも……」
「貸し借りと言うと抵抗があるかな?それじゃ、ウィンウィンの関係だと思って欲しい」
彼女は暫く悩んでいたが、最後は首を縦に振ってくれた。
本人としては必死に隠そうとしているのだろうが、その
「それとハンバーグ美味しかった。試験勉強を頑張るのは偉いけど程々にね。絶対に無理はしない事。それじゃ僕は行くから、おやすみなさい」
話し合いも無事終わったので、雪さんに報告する為にリビングへと戻った。
話を聞いた雪さんは、何度も感謝の言葉を繰り返していた。
それと同じ……それ以上に小春ちゃんが感謝してくれていた事をこの時の僕は知る由もなかった。
「もう。小春ちゃんって呼んだらダメって何度も言ってるのに!!でも、お母さんだけじゃなく私にまで優しくしてくれて、すごく……すごく嬉しかったよ優さん。この恩に報いる為にも期末試験やれるだけ頑張ってみるね」
部屋を出た後に彼女が呟いた言葉、それを僕は聞いていないのだから……。
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