第11話 学年主任の1人語り―益田視点―
―前書き―
益田先生の一人語りの部分が多い為、読むのが大変だと思います。申し訳ございません。
―本文―
「まったく、相変わらず欲がなくて困りますね」
自分の席に着くと、つい独り言が漏れ出てしまった。
それを聞いた隣に座る山田先生が、私に声を掛けてきた。
「益田先生。瓜生先生が早く来ていた理由は分かりましたか?」
「早く帰りたいからだそうです。期末試験の準備も必要なこの時期にそう言ってのけるのは流石としか言えませんが……」
「いつもやる気なさそうですもんね瓜生先生。その割に質問に来る生徒をよく見かけますが」
「ああ、山田先生は去年から赴任して来たのでご存知なかったですよね。毎年あんな感じで聞きにくる生徒は多いのです。彼は人をやる気にさせる天才ですから」
私の言っている事が分からない様で、山田先生は小首を傾げていた。
「難関大学に合格した卒業生や受験予定の在校生の中に、入学当時は就職希望だった生徒がいるのはご存知ですか?」
「え?」
「それこそ先生も教えている鷹野。彼女もそんな生徒の1人だったのですよ」
そう言って、ちょうど自分の席に着こうとしていた瓜生先生に視線を向ける。
「本当はそのまま瓜生先生が教えてあげたら彼女も喜んだのでしょうが……」
瓜生先生は、本人さえ望めば特別クラスを受け持つ事が出来る立場にいる。学校側としてはそれを望んでいるのだが、彼は今までずっと頑なにその誘いを断っていた。
この学校では、生徒に対し授業外での質問を推奨しており、明確なルールが存在する。
自分のクラスの担当ではない教師にも、自由に質問をして良いと公言しているのだ。
このルールの凄い所は、教師側のやる気を掻き立てる点だ。
自分が受け持つ生徒が、他の教師に質問に行く姿を見れば心中穏やかではないだろう。
このルールのおかげで、教師達は自分の教え方の問題点を追求し研鑽する様になった。
結果として学校全体の指導力は上がり、生徒の進学率・就職率という形で成果も出ている。
そう言った意味で、瓜生先生は奪う側の人間と言っても過言ではない。彼によって自尊心を傷つけられたと感じる教師は少なからず居るのだ。言い換えると、彼を快く思わない教師が一定数は居るという事だ。
その一方で、私の様に恩恵を受ける者もいるのだが……。
彼に勉強を聞きに来る生徒の特徴として、新入生の割合が圧倒的に多い。受け持ちの生徒はもちろんの事、担当していないクラスの生徒達も聞きにくる。
彼の授業を受けている生徒からは、分かりやすいとの声が毎年上がっている。そう考えれば生徒達の間で情報共有が行われていたとしても不思議ではない。
中学レベルの質問に対しても嫌な顔をせず教えている姿をたまに見かける。彼のおかげで勉強に対する苦手意識を克服した生徒は少なくないはずだ。
彼に聞きにくる生徒の学力は、平均もしくはそれ以下の生徒が多いのだが、それにも理由がある。
元々学力の高い生徒は教師からの印象を気にする為、大抵が自分のクラスを受け持っている教師に質問するからだ。
そもそも学力に自信のない生徒にとって、授業以外で教師に質問する事自体ハードルが高い。そんな生徒達にとって、瓜生先生は……正に教師に質問する為の登竜門とも呼べる存在なのだろう。
そうして勉強に興味を示した一部の生徒は、他の科目についても積極的に質問をする様になる。そして学力が飛躍的に向上するのだ。
おそらく彼がタイミングを見ながら上手く誘導しているのだろう。
そして2学年に上がる頃、生徒達は彼から巣立っていく。さしずめ瓜生チルドレンと言った所だろうか。鷹野もそんな生徒の1人で、これがこの学校の風物詩でもあった。
これだけの事をしておきながら、彼は自分の事をやる気がないと思っているのだ。周りからすればたまったものではない。
瓜生先生をきっかけに学力を伸ばした生徒には共通の特徴がある。
本当なら卒業まで彼に教えてもらいたいだろうに、誰もその事を口にしない。
結果を出す事で恩返しをしようとしているのは、鷹野や他の生徒を見ていれば一目瞭然である。
この一連の流れが、周りから疎まれない様にする為なのか自分が早く帰る為にしているのか、彼の本心がどこにあるのかは未だに分かっていない。
そして忘れてはいけないのは、誘導された側の教師のメリットだ。就職希望から難関大学に合格した誰々に関与したという誉れを得るのだ。これは給料や出世にも直結するので軽視できない。
普通なら自分の手柄だと主張すべき場面。立役者の瓜生先生が、自分が貢献したとは考えていない事が残念でならない。
だから私が校長に彼の功績を陰で伝えている。
そんな経緯もあり、私は4年前から学年主任に就任した。当時の学年主任が定年前に退職した事も重なったが、私自身もそれなりに評価されていたのだとこの時に知った。
彼については、もう1つ気になっている事がある。最近の彼は身なりがとても綺麗になった。
少し前までは皺の入ったスーツに不衛生な髪。私が注意した事は1度や2度の話ではない。
何か転機になる事があったのだろうかと思い返し、そこではたと気づいた。
そういえば急にお弁当を持ってくる様になったではないか……。
きっと良い出会いがあったのだろう。彼がやる気を見せる日も近いかもしれないと期待せずにはいられない。顔も名前も知らないその誰かに心の中で感謝した。
それはそれとして、山田先生にくれぐれも詮索しない様に伝えておこう。
彼女が瓜生先生と話している所はあまり見ないが、放っておくと余計な事を言いかねない。
悪い人間ではないのだが、彼女は時々空気を読まない発言をするので心配なのだ……。
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