2 映画へのオマージュ ~「ロボコップ」を文学でやったらどうなるか~

 タッターラータァーラァー、タッターラータァー。

 テーマソングである。今でもこれを聞くとテンションが上がる。

「ロボコップ」に初めて触れたのは小学校低学年のころだったと記憶している。木曜洋画劇場だったか日曜洋画劇場だったかで「ロボコップ3」が放送された。それをビデオ録画して、何度も見返したはずだ。

 幸いにも、「ロボコップ3」はシリーズの中で最も「子どもが見ても安心」な作品だった。敵がロボット忍者だとか、ロボコップが空を飛ぶとか、それまでのシリーズとは趣が少々異なったため、ファンからは賛否があったらしい。

 とにかく、若かりし自分は「ロボコップ3」に大きな影響を受けた。衝撃的だったのは、主人公の動きがとにかく遅いことだ。

 テレビの中のヒーローたちは、怪人が現れると颯爽と登場し、変身ポーズを決めたかと思えば殴る蹴る跳ぶまた蹴るの猛攻である。しかしロボコップは違う。

 ガラの悪いチンピラたちが街でよからぬことを企んでいる。そこに、ウイーン、ウイーン、という機械音が響き渡り、ゆっくりとロボコップが登場する。

 ロボコップはすぐに殴る蹴る(略)とはならない。チンピラたちがどんな法律に違反しているのかを、滔々と警告する。当然、チンピラたちは耳を貸そうとせず、ロボコップに対して酒瓶やら何やらで攻撃を仕掛ける。

 そして、ロボコップは、ボコボコに殴られるのである。

 もう一度言う。

 ボコボコに殴られるのである。

 ロケットランチャーとか火炎放射器とか、そういう派手な武器を唐突に取り出してチンピラたちを惨殺、なんてことはしない。なぜなら警官だから。

 子ども心に、「あれえ? 反撃しないの?」と思った記憶がある。

 でも、さすがはロボコップ。痛みには強い。最終的には、なんだかんだ正当防衛的な感じで暴力を振るい(銃を使うこともある)、チンピラたちをのしてしまうのだ。

 ただ、やっぱり、強いんだけど弱い。そんな印象がある。

「ロボコップ3」の序盤でも、ロボコップが身体に火を点けられるシーンがある。しかしそこはロボット、意に介さず、燃え盛りながらチンピラたちを追い込んでいく。このシーンは確かにかっこよかった。

 しかし場面が変わって警察署内になると、ロボコップは煤だらけで意気消沈しており、警官や研究者たちが言葉をかけているのである。

「火を点けられたんですって?」

「気を付けないと」

 ロボコップはうなだれて、電気系統に少し異常をきたしているのか、指なんかをピクピクさせるだけだ。

 ヒーローの貫禄、いずこへ、である。

 別に映画の思い出話を延々としたいのではない。小説の話になるまで、もう少しお付き合い願いたい。

 そんなふうにして「ロボコップ3」を楽しんでいた幼い自分だったが、小学校高学年(五年生だったか?)の頃に、「ロボコップ2」と出会うことになる。

 同級生の少年が、「家でビデオを発見した!」と息巻いて持ってきたのだ。こちらも「なに! それは見るしかあるまい」というような感じで、ブラウン管のテレビを前に正座した記憶がある。

 結論。

 陰惨な映画だった。

 ロボコップが相手取るのは麻薬の密売組織。警察内部にも依存者や内通者がいる。

 極めつけは、中盤にあるロボコップ解体シーンである。詳細は省くが、ロボコップの足が切断され腕が切断され、道端に放り捨てられる。

 このシーンにはロボトニクスが用いられているそうだが、バラバラになって白目をむきながらうめくロボコップの姿は、少年たちの心にそこはかとないトラウマを植え付けた。

 さて、最後にやっと第一作目の「ロボコップ」である。

 これを見たときは、中学一年生だったはずだ。その頃にはレンタルDVDというのがかなり普及しており、週末のたびに小遣いを握りしめてレンタルショップへ出かけていた。そこで何時間も吟味し、何を借りようか迷うのが最高の贅沢だったのである。

 そういえば、一作目は見たことなかったな。2のロボコップバラバラ事件はちょっとショッキングだったけど、まあ大丈夫だろう。もう中学生だし。

 家に帰って、DVDを再生してみる。

 警察官アレックス・マーフィが、悪党どもに捕まる。そりゃそうか、まだロボコップになっていないもんな。

 悪党のショットガンが火を噴く。マーフィの腕が弾け飛ぶ。

「!?」

 動揺を隠せない自分。再び悪党が引き金を引く。

 マーフィの額に穴が開く。

「待て待て待て」

 一時停止した(マジで)。中学生と言えど、ここまでのゴア描写に耐性はなかった。

 結局、意を決して最後まで見たのだが、キョーレツなバイオレンス体験となったことは言うまでもない。

 今になって考えると、一作目の監督はエログロバイオレンスでおなじみポール・バーホーベン。予告編にもはっきり「バイオレンスヒーロー」と銘打たれている。さらに、自分が借りたのは(おそらく)カットされた残酷シーンも加えたディレクターズカット版的な何かだったのだろう。

 ちなみに二〇一四年公開のリメイク版は映画館で見た。東京に住んでいたころだ。映画としては存分に楽しめたし、ちゃんとテーマソングも鳴らしてくれた。ただ如何せん、ロボコップの動きがスムーズすぎる。ゆっくり動き、相手のどんな攻撃も避けずに受け止める、それでこそロボコップじゃないか、なんて感想をもった。

 

 それで、だ。いよいよ小説の話である。

 映画から発想を得るとき(つまり、オマージュとして小説を書く場合)、自分は「これを小説でやったらどうなるか」と考えることが多い。

 文学賞の選考結果なんかを見ていると、よく言われるのが「小説であることの必然性」である。あまりにも映像的な物語は、「小説じゃなくて、映画の脚本にすればいいんじゃないの」ということだろう。自分としてはあまりそういう他者の評価に縛られたくないのだけれど、でも気になることは気になる。

 だから、映画からインスピレーションを得たときに、映画的すぎる状態のまま小説へ落とし込むのは避けたい。そんなときの発想方法が、「この映画を、小説ならではの形にするとしたら」という思考実験なのである。


 具体的に、思考の流れを追ってみたい。

 今回の場合、トリガーになったのはロボコップのテーマソングだった。

 夜の皿洗いは、自分の仕事である。奥さんが娘を寝かしつけている間、イヤホンを付けて、適当な音楽を流しながら皿を洗う。映画音楽はいい具合に気分を盛り上げてくれる。

 ある日、偶然流れてきたのがロボコップのテーマソングで、その瞬間に「ウワッ、書きたい! ロボコップ的な小説を書きたい!」と書きたい欲が一気に溢れてしまった。

 ここで、「この映画を、小説ならではの形にするとしたら」という発想の時間である。

 これは、正直すぐに思い付いた。

 ロボコップは、殉職した警官がロボットとしてよみがえり、悪党に制裁を下す映画である。

 小説でしかできないこと(あるいは小説という媒体が非常に有利であること)、それすなわち「文章や言葉に関する内容」である。

 ――じゃあ、殉職した警官が「文字になる」のはどうかな。

 こうやって書くと、短絡的すぎて、ちょっと頭悪いんじゃないかなとも思う。しかし、これを考え付いたときは大まじめだ。

 殉職した警官が文字になる、という大枠が定まったが、ここからが長かった。

 文字になる、というのはどんな状態を指すのか。

 そして、文字の状態で、どうやって悪党どもをやっつけるのか。

 いろいろなパターンを、頭の中でこねくり回した。最初に形になってきたのが、「殉職した警官が、ある本の文字列になる。他の文字を取り込んだり、並びを変えたりして、読む人を翻弄していく」というプロットだ。

 でもそれだと、どうにもうまくいかない。警官を殺すような連中が、本を手に取るだろうか? それに、そんなじわじわした制裁など書きたくない。ロボコップ的物語では、やっぱり悪党は銃で撃たれるかぶん殴られるかしてほしい。

 そうすると、「主人公は殉職して文字になるんだけれども、最終的には重厚な装備に身を包んで、銃で悪党をバンバン撃つ」というむちゃくちゃなプロットになってしまう。

 正直、今考えても訳が分からない。

 普段ならこの辺であきらめてしまうのだが(もしくは、しばらく物語を寝かせておく)、このときは「書きたい欲」が収まってくれなかった。

 数週間を掛けて、そのむちゃくちゃなプロットをどうにか実現できないか、そのつじつま合わせをしたわけである。

 かくして、拙著「キャラクターヘッド」は完成した。

 厳密に言うと、主人公=文字、というわけではない。主人公は、殉職ののちに「文字だけに干渉できる存在」へと変貌するというストーリーなっている。

 結局、話の内容そのものはかなり映像的なものになってしまった。しかし、「小説ならでは」な要素は多分に入れ込めたと思っている(最後に主人公がある必殺技を放つのだが、これは小説でないと表現が難しいだろう)。

 登場人物の名前(主人公はマーフィならぬ「真比」である)やストーリー展開は、完全にロボコップへのオマージュとなっている。

 終盤、防弾チョッキや銃を入手した主人公が悪党どものアジトに乗り込む。そこでは、やはり脳内でロボコップのテーマを流しながら読んでほしいものである。

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他人が小説を書く話ほどおもしろいものはない。 葉島航 @hajima

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