第4話 リクの過去とアリシアの気づき
ホームセンターであれこれ買ってきて、猫を飼う準備が整った翌日。アリシアとリクは子猫を動物病院に連れていき、検査や予防接種をしてもらった。首輪も購入し、この子猫は正式にうちの子となった。
「よし。こいつの名前決めるか」
帰宅し、落ち着いたところで子猫の名前を決めることにした。
「この子の名前ね……」
「なんかある?」
「うん。ちょっと考えてたのが……」
「あるの? なに?」
「テンちゃん」
「テンちゃん?」
「うん。この子、天使みたいだったから天使から取ってきた」
「あははは。偶然! 俺も同じこと思ってた。天使から名前取りたいなって」
「そうなの!?」
「ああ。じゃあ、こいつの名前は『テンちゃん』で決定だな」
もっと難航すると思いきや、あっという間に決まった。まさか、二人の意見が同じだったとは驚きだ。でも、この子猫が天使のように可愛いことには変わりはない。
数日が経ち、テンちゃんとの生活は順調で、毎日家に癒しがいるのは最高だと二人して感じていた。
そんなテンちゃんはやっぱりアリシアの側を離れようとしない。リクが抱き上げても嫌がるわけではなく撫でさせてもくれるが、リクが開放するとすぐにアリシアの所へ帰っていく。
「アリシアいいなー。そんなにテンちゃんに好かれて」
「あははー、ほんとにこの子は私の側を離れようとしないね」
「な。寝る時も一緒だもんな。ケージ買ってきた意味ないじゃん」
テンちゃんはトイレとご飯の時以外、ずっとアリシアの側にいる。ケージを買って寝床も作ってやっているが、夜は必ずアリシアの後ろをついていき、アリシアの布団に潜り込む。アリシアも最初こそはケージに戻していたが、気付けば朝、布団の中にいるのだ。ケージには鍵もかかるし、屋根も付いてるから出ることはできないはず。でも、何故か抜け出してアリシアの元に来る。
最近はアリシアも諦めて一緒に寝ている。いつもその姿を見て、リクは天使と美女がコラボすると破壊力がエゲツいな、と思いながら眺めている。
◇◇◇
「ほんとに変だよね」
のほほんとした昼下がり。ソファーに腰掛け、テレビを観ていた時にアリシアが膝の上で丸まるテンちゃんを撫でながら言っていくる。
「何がだ?」
「テンちゃんだよ。前も言ったけど、【死神】にこんな真っ白なテンちゃんが懐くはずないんだよ」
「うーん。それ、実は迷信だったとかは?」
「いや、ないと思う。実際に私、白い動物に威嚇されて怪我したこともあるし。しかも何回も」
「え、そうだったのか。じゃあテンちゃんが初めて白い動物で懐いてくれたのか?」
「懐かれるのは初めてだけど、威嚇されなくなったのはここ数年なの。いつもは見かけるだけで威嚇されてたのに見かけても何もしてこなくなったんだよ」
「それが普通なのでは?」
「うんん。【死神】とかの黒の役割を持ってるならあり得ないことなの」
アリシア曰く、【天使】や【妖精】などは白の役割、【死神】【堕天使】などは黒の役割に分類され、黒の役割を持つものは例外なく、白い動物に嫌われるらしい。しかし、【死神】という役割を持ちながら、テンちゃんに懐かれているアリシア。
そこで考えられることはアリシアが【死神】ではなくなったということ。アリシアは自身から【死神】の役割を剥奪されたのではと考えた。でも、そうではなかった。
「うーん……何でだろ?」
「まぁ、わからないことを悩んでも仕方ないだろ。またいつか分かるかも知れないぞ」
「うん……そうだね」
***
七月二十日。今日は晴天。最近は梅雨も明けて晴れの日が続いている。それに合わせて暑さも本格的になってきて、いよいよ夏という感じが出てきた。
そんな今日はリクの母親の命日である。地元の方にあるお墓へとお花を供えに行くため、朝から準備をしていた。
「じゃあ、そろそろ出発しようか……」
「うん。何でリク、そんなに乗り気じゃないの? お母さんのお墓参り何でしょ?」
「これは義務というか……一応長男だからね」
「リクって兄弟いるの?」
「そういえば言ってなったか。そう、俺には一つ下の弟がいてるんだよ」
リクの弟、ソラ。ソラはリクよりも少し小柄で可愛いが似合うような男の子だった。学校では優等生として、スポーツも勉強もでき成績はオール五、文武両道として尊敬されていた。
それに比べ、リクはソラ程の才能を持ち合わせておらず、いつもリクはソラの下だった。ソラには何をやっても敵わず、リクがソラにできないことやってやろうと始めたピアノ。それを見てソラが遊び半分でやり始めたらすぐに実力を越された。
勉強だってそう。初めはリクが得意でソラに教えてた国語も気付けばソラに成績を抜かれていた。
その天才とも言えるソラの才能に親はとても驚き、ソラをよくしようと力を注いだ。その結果、ソラばっかりに気が行き、リクはいつしか構ってもらえなくなった。それどころかソラと比べられ、リクはお兄ちゃんなのにこんなこともできないのかと怒られることの方が増えた。
学校の行事や参観もソラの方ばかりに集中して、リクがどれだけ頑張ってもちっともみてもらえなかった。
軽い育児放棄とも言えるその行動にリクはすごく悲しかった。影で泣く日もあった。
そんなリクをソラはよく気にかけてくれてた。ソラだけが兄ちゃん、兄ちゃんと俺を頼ってくれた。でも、母親の態度は亡くなるまで何一つ変わらなかった。
「そんな、過去が……」
「うん……」
「お父さんはどうしてたの?」
「ソラが生まれた二年後に事故で亡くなったんだ」
「え……そうだったんだ」
「うん」
シングルマザーでここまで育ててくれた恩はある。だから、どれだけ母親に好かれてなかったとはいえ、お花ぐらいは供えに行く義務はあるはずとリクは考えている。
「じゃあ、この前言いかけてたのは……」
「母さんは俺のことよりソラの方が大事だったっこと」
「……だから、乗り気じゃないんだね」
「まぁな。でも一応産んでもらった恩はあるしこれぐらいはしとかないとな」
「そんなにされても、ちゃんと感謝の気持ちを持ってるなんて、偉いね」
「いやいや。そんなことはないぞ。当たり前のことだ」
それでも偉い偉い、とテンちゃんを撫でるようにリクの頭を優しく撫でてくれた。
一時間ぐらいの電車移動を経て、リクの地元までやってきた。
「へぇー、ここがリクの生まれ育った地かー」
と、キョロキョロ辺りを見渡すが、あるのは田んぼだけ。ド田舎というほどではないが大きな都市や街などに比べれば小さい町で、まだ田んぼや畑が残っているような土地だ。
「面白いものはなーんもないぞ」
「リクが生まれた場所に来れただけで私は嬉しいよ!」
彼女が彼氏の生まれた土地に来てはしゃいでるような発言に妙にドキッとさせられる。
「そ、そうかい。とりあえず墓参りだけ済ませちゃうぞ。遊ぶのはその後だ」
「はーい」
リクたちはこの地域で一番大きな寺に隣接する墓地へと向かった。駅から少し歩くと大きな門が見えてくる。
門の前でアリシアが何故か足を止めるので、リクも足を停め振り返る。
「アリシア、どうした? そんな驚いたような顔して」
「え、あー、いや、この門大っきいなーって思って」
「あぁー、そうだな。俺も初めて見た時驚いたわ」
丁度この時、アリシアはあることを思い出し、ある憶測に辿り着いていた。この前のリクの話も合わせて考えるとほぼ間違いないと思ったが、その憶測は墓参りをして確信へと変化した。
(この前、リクが話してたお母さんが亡くなった時の話。それにこの場所……間違い……ない……お母さんの死因は――)
墓参りを終え、車へと帰ってきた時。アリシアは自分の気づきを打ち明けるべきか否かを悩んでいた。
(いくらリクが母親にいい思いがないとはいえ、これを伝えるのは……。伝えたら、もうこんな風に過ごせないかも)
しかし、これはちゃんと伝えるべきだろうと判断したアリシアは覚悟を決めて話しだす。
「あのさ、リク……」
「ん? なに?」
「この前、お母さんの死因がわからないって、突然亡くなったって言ってたよね?」
「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」
「うん……リク、もしこれを聞いたら私のことを嫌いになるかもしれない、私を恨むかもしれない……それでも聞く?」
「え、そんなにヤバい話なの?」
アリシアはコクと静かに頷く。
「うーん。アリシア、その話がなんなのかわからないけど、それを打ち明けないでアリシアがしんどい思いをするなら俺は聞く。絶対にアリシアを嫌いならないし恨まないって誓うよ」
「……わかった」
アリシアはふぅーとゆっくり息を吐き、話を続ける。
「リク、あなたのお母さんは【死神】よって命を奪われた。そして、その命を奪ったのは……私……なの。ほんとに……ほんとに、ごめんなさい……」
リクの母親は死因不明な上に死体の状態は傷もなく臓器の問題もなくきれいであった。そんなことは普通あり得ない。しかし、【死神】であるアリシアには心当たりがあった。
それこそが【死神】に命を奪われるということだ。【死神】は命を奪うが物理的に心臓などを狙うのではなく、相手の魂を狙う。だから【死神】に命を奪われた人は死因不明になり、外傷は全く発見されるのだ。
「そう、だったんだ……」
「言い訳するつもりはない。リクが私をどうしようとも、私は受け止める」
「……別に酷いこととか、復讐とかはしない。だって母さんに好かれてなかったし、俺も母さんのことをよく思ってない。実の息子がこんなこと言っていいのかわからないけど、母さんが死んだ時、今までのバチが当たったんだなって思ったんだ。結局、俺にとっては生きてても死んでても変わらない人なんだよ。だから、アリシアがそこまで気に負う必要はないよ」
「リク……」
「はい! じゃあ、暗い話はここまで。切り替えて、ご飯でも食べ行こぜ! 俺の行きつけに連れてってやるよ!」
「うん……ありがと」
まだまだ、リクと一緒に過ごせることに、アリシアは安心したのと同時に最高の喜びを感じた。
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