第3話 アリシアと雨と猫

「とりあえず、こんなもんか」


 午後からショッピングモールに二人で行き、アリシアに必要な身の回りの日用品と寝具、衣服なんかを買い込んでおいた。その際、リクがこれもいるだろうあれもいるだろうとポイポイ買い物カゴに商品を入れていく度に、アリシアがあわあわした様子で「お金は大丈夫なの?」と訊いてきた。リクだって少しも貯金をしていないわけじゃない。多少の消費ぐらい痛くも痒くもない。むしろ、一緒に生活するのだからこれくらいの出費は許容範囲だ。だから「心配しなくて大丈夫! 俺にどーんと任せとけ!」なんてカッコつけて言ってしまった。言ってから引かれてないかと不安になり、そーとアリシアの方を見ると「ふふ。頼もしいね」と微笑んで返された、リクの思ったことは杞憂だったと思わされた。

 アリシアもショッピングを楽しめていたようで、一緒に買い出しに行って良かったなと思う。こんな風にアリシアがまだ知らないところや行きたい場所にじゃんじゃん連れて行ってやりたいとリクは思うのだった。


 数週間後。アリシアはこの生活に順応しつつあり、リクも二人で生活していくことに慣れてきていた。最近ではアリシアが家事を手伝ってくれるようになり、家事も二人でやるといつもの二倍早く片付いた。それに伴い、アリシアに構う時間が増えていった。だから、どっかお出かけでもしたらいいのが、最近は天気が不安定で雨が降ったり止んだりと、外に行くには落ち着かない天気。ニュースでは各地の梅雨入り情報が放送されていて、リクの家がある地域も梅雨入りが発表されていた。

 

「今日も雨かぁ……」


 窓の外を見て溜め息を一つこぼすアリシア。

 最近は雨が多いせいで外には行けず、雑談やテレビを観て過ごす日々が続いている。

 さすがにここまでどんよりとした日が何日と続くと気持ちまでもどんよりとするものだ。

 しかし、今日の雨は幸いなことにザーザーではなく、ポツポツといった程度。外を出歩けない程ではない。


「そうだ! 折角だし雨の日散歩するか」


 リクは雨の日の散歩もなかなか通なものだよなと思い、気晴らしに散歩を提案する。雨だからそこまで遠くには行けないから近所だけだが、見慣れた光景も雨だからこその新発見があるかも知れない。


「散歩? 靴濡れちゃわない?」

「ふっふーん。安心したまえ。こういうこともあろうかと、長靴を買っておきました!」

「おぉー! 用意が周到だね」

「この前、靴を買いに行った時にアリシアの足のサイズがわかったからね。一応一緒に買って置いたのさ」

「何かもう一つ箱あるなと思ったらこれだったんだね」

「そう。これで雨の日も靴が濡れずに安心だ」

「そうだね、じゃあ行こっか!」


 早速、長靴を履いて外へ行く。雨のどんよりとした雰囲気を打ち払うようにアリシアはニコニコでズンズン歩いて行く。まるで、雨の日にはしゃぐ子どもようだ。

 ポツポツポツと傘に雨粒が落ちる音、チャポチャポと長靴で歩く足音、リクの隣で楽しそうに歩くアリシアの姿……。なんだかとても平和で、心が和む。雨の日は憂鬱だけど、いいこともあるのだなと気付かされた。


 少し歩いて、近くの公園までやってきた。当然雨だから遊んでる子どもは一人もいない。今この公園にいるのはリクとアリシアの二人だけだ。

 公園を見渡せば、花壇に植えられたあじさいが鮮やかに咲き誇っている。

 こういうのは雨の日だとからこそ感じる趣がある。


「あじさい、満開だね」

「そーだな」


 アリシアもリクの視線の先を辿って、あじさいが綺麗に咲いているのに気が付いたようだ。トコトコとあじさいの方へ近寄っていき、水滴の付いたあじさいの花を観察する。

 こんなに雨でも映える花はあじさいぐらいなのではないかとリクは思う。季節の花でいうと桜があるが、桜は晴れ日だからこそ本当の美しさを発揮できる。しかし、あじさいは雨でも晴れでも本来の美しさを発揮できる、素晴らしいハイブリッド型の花だ。


「綺麗だね」

「うん。アリシアは何色のあじさいが好きだ?」

「この水色かな。落ち着いたいい色してる」

「確かに綺麗に色付いてるなー」

「リクはどれが好き?」

「俺は、この紫だな」

「わー、綺麗! このあじさい、凄い鮮やかな紫ね」

「そうだな。ここまで鮮やかなのも珍しい」


 こう、まじまじと花を観察したのは久しぶりだなとリクは思った。うちの母が花好きだったからよく家には色んな種類や花が飾ってあった。それこそアリシアが飾ってあったこともある。

 実際のアリシアの花はとても鮮やかで綺麗なピンク色をしていた。実際に見たのことがあるからこそわかる美しさで、それもあって彼女を『アリシア』と命名したのだ。


「こうやって、花を眺めていると母さんのことを思い出すよ」

「え、お母さん?」

「うん。四年前に亡くなっちゃってね」

「それは……」


 まだ死ぬには若い年だった。母に持病はなく、毎日運動を欠かさず、栄養のこともよく考えて一日三食を欠かさない、超健康思考だった。それなのに何故か突然、その息を引き取った。

 母が発見された時にはすでに息をしておらず、大急ぎで病院に搬送されたが、死亡が確認された。

 検査の結果、死因は。目立った外傷はないし、臓器の異常も見受けられなかった。本当に突然の急死なのだ。

 そんなもやもやが残るまま、葬式が執り行われ、今に至るわけだ。


「まぁ、もう過去のことだし、なんとも思わないけどな」

「そう……でも、なんかあったら遠慮なく私に相談していいよ?」

「ありがとう。でも、ホントにそこまで心配されるほど病んでないよ。だって母さんは……いや、なんでもない」

「?」


 十五分程公園にいたら雨が上がった。晴れ間こそ見えないものの、どんよりした曇り空が広がっている。


「雨、上がったね」

「だな。そろそろ、帰るか」

「そうだね」

「帰りにちょっとスーパーよって昼食の買い出ししていくけど、一緒に来るか?」

「うん、行く」


 帰り際、丁度帰路に位置するスーパーに入店する。


「今日の昼食は冷やし中華にしようかな」

「いいねー」

「雨の蒸し暑さを冷やし中華でぶっ飛ばそうじゃないか」

「ふふ、そうだね。でも、家では冷房効いてるよ?」

「内側からも冷やそうぜってことだい!」

「ふふふ」


 アリシアからのツッコミに上手いこと返したところで、冷やし中華を作るための食材を集めに周る。


「卵とトマトはうちにあったな……買い足す物はきゅうりとハム、麺ぐらいか? タレは家で作れるから作ってみるわ。それで他に何かいると思うか?」

「うーん……別にそれぐらいでいいと思う。……あ、このカニカマとか入れたら美味しそう!」

「確かに……。よし、買うか」


 無事に食材の購入が終わり、リクはどんなタレにしようかなと頭の中でレシピを考えて帰路についていた時。


「ミャー」

「「え?」」


 驚いて二人揃って同じ声を上げた。


「今の声……」

「猫? だったよな?」


 それは紛れもなく猫の声だった。丁度さっきの公園を過ぎたあたりの茂みの方から聞こえてきた。

 キョロキョロと周りを見渡していると、茂みの方からガサゴソと音がして純白の白猫が現れた。毛並みがフカフカで、白の毛にくすみの一つない綺麗な白だ。

 茂みから出てくるとミャーともう一声鳴いて、アリシアの足元へと擦り寄っていく。


「え、え、え??」


 アリシアがあたふたとものすごく動揺し始めてしまった。


「アリシア、どうした? もしかして、猫アレルギーだったりするのか?」

「い、いや……そういうわけじゃないんだけど……。白猫ってね、【死神】には寄り付かないんだよ。むしろ威嚇されるというか……」

「え、そうなのか」

「うん。邪悪な雰囲気を持つ【死神】とか【堕天使】とかは白色の生き物には嫌われるの。逆に黒猫とか黒色の生き物には好かれるんだけど……」

「へぇー、そうなのか。アリシアは【死神】とは思えない程に優しいからなー。【死神】の邪悪な雰囲気とか感じなかったんじゃねーの?」

「そ、そんなことあるのかなぁ?」

「あるんじゃない? ほら、実際に起きてるしさ」

「うーん……そうだねぇ……」


 未だに不思議そうに白猫がスリスリとしてくるのを困惑の眼差しで眺めているアリシア。リクはそっと白猫に近寄る。


「おぉー、こいつちっちゃくて可愛いな」


 よしよしと撫でるとされるがままにリクに撫でさせてくれる。でも、リクが撫で終わるとすぐにアリシアの元へと帰って再びスリスリとしだす。


「アリシアめっちゃ好かれてんじゃん」

「ほ、ほんとに何でだろ……」

「なぁ、こいつ、普通の猫にしては小さいよな。子猫か? それにこいつ、首輪付けてないじゃん」

「ってことは野良猫?」

「そういうことだな」


 そっと、アリシアが抱き抱えると逃げもせずにアリシアの腕の中に収まる。子猫は腕の中で丸くなって落ち着いた様子でゴロゴロ言っている。


「こいつ、相当アリシアのこと気に入ってるな」

「うん……」

「どうする?」

「どうするって?」

「うちのマンションは動物オッケーだ。それに野良猫を飼うのは法律的にも大丈夫なんだよ」

「それって、つまり……」

「こいつ飼うか」

「え、え? リク、決断早くない?」

「え、でもアリシアも飼いたくないか?」

「それは……飼いたい……です……」

「だろ? なら飼っちゃおうぜ。アリシアも俺がバイトとかでいない間に寂しくないだろ?」

「うん、そうだね」


 アリシアも別に嫌ではないみたいだし、この子猫を飼うことに問題はないだろう。見た感じ近くに親猫もいなさそうだし。


「そうと決めれば! ホームセンターに買い出しに行かなくては。とりあえず急いで食材だけ家においてくるから、アリシアは先にホームセンターに向かっててくれ!」

「うん、わかった」


 アリシアの腕の中が相当落ち着いたのか子猫は寝てしまっていた。その姿は小さな天使のように可愛かった。

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