第4話 資格 / 間違い
「女の人が何故……あなたは誰ですか。何処から入って来たのですか」
「おや、君には私がそう見えているのか。何処からって、今、君がドアを開けてくれたのだろう。私は招かれない家に入る程、無礼ではないよ」
女はいけしゃあしゃあと言い放つ。
「そんなことより正和が死んでいるじゃないか。雨石も戻ってきてる。くっくっくっ、犯人は慌てているだろうね。持ってきた凶器が無くなったのだから……」
女は父が大事にしていた石のキューブを額に当て目を瞑る。
「……十二人か。少ないが純度が高い。大切にしてくれたのだな」
私は女の所作に目を奪われて、呆気に囚われていた。女の圧に負けないよう強く言い放つ。
「あなたが父を殺したのではないのですか。それより、その石のキューブを返して下さい。それは父のものです」
「私が? そんな事をする意味はない。正和が死んだので、雨石を回収しに来ただけだよ。犯人は明日になれば、勝手に死ぬよ。……君は正和の娘か。いいね、資格があるよ。」
女はニタリと口角を上げた。
人ではありえない大きさだった。
「お願いがあります。私をあの石の中に取り込んで下さい」
妻の美和が最後の退院から帰った日に言い出した。都筑教授の事件から僕たちの間で、あの石の話はタブーだった。渡したはずの石を僕が持っているのを知ると、美和は話に触れないようになった。
「貴方はいずれあの石の世界に行くことになるのでしょう」
「多分そうなるよ。カエルの化け物は柱になってと言っていた。柱は神様の数え方だからね。それに僕はもう何人も取り込んでいる。昔は気付かなかったが、僕の両親もこの石の中だ」
「貴方があの石を怖れながらも大事しているのは、魅了してやまない理由があるのでしょう。私には黒い石にしか見えなかったのに、貴方は青い石と言っていたわ。貴方が見えているものが見えなくて悔しかったわ」
美和は激しく咳き込む。身体に出来た腫瘍は全身に転移して、手術では取り除けないほどだった。今は痛み止めだけを処方してもらっている。
「もう長く生きられないのは知っているわ。意識がある内にあの石に触れたいの。貴方の世界の一部にさせて……」
薬が切れているのだろう。痛みに顔を歪ませている。もう死ぬまで苦しみしかない。生きて欲しいと願うのは僕のエゴでしかない。
あの石に触れば、翌日には必ず死ぬ。僕は覚悟を決めて、隠してあった雨石を取り出した。
「この石は雨石と言うんだ。僕の目にはとても深い青で、透かしてみると雨が降っているのが見える。僕にとって、君の次に大切なものだ」
美和の手に雨石を持たせる。僕の手を添えて、包み込むように……。
「すっかり細くなってしわくちゃ。まるでお婆さんの手だわ」
「君はいつだって綺麗なままだよ。もう無理をしないで薬を飲んでくれ。」
「正和さん。ありがとう」
どのくらいそうしていただろうか。少し眠っていたようだ。時計を見ると日が変わっていた。
美和を見るともう息をしていなかった。
「天次、かあさんが息をしていない。急いで救急車を呼んでくれ。すまない、寝てしまった」
僕は急いで天次を呼んだ。天次は慌てて部屋に入り、美和の状態を確認すると、その場ですぐ連絡をした。
「親父、これ大事にしていた石だろう。床に落ちていたよ」
そして僕は人生最大の間違いを犯した。
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