第4話 資格 / 間違い

 濡羽色ぬればいろの髪とはこの人の様な黒髪をいうのだろう。背中で切り揃えてあり、色白の小顔、目と口が大きい為、美人なのだがどこか蛙を思わせる。


「女の人が何故……あなたは誰ですか。何処から入って来たのですか」


「おや、君には私がそう見えているのか。何処からって、今、君がドアを開けてくれたのだろう。私は招かれない家に入る程、無礼ではないよ」


 女はいけしゃあしゃあと言い放つ。


「そんなことより正和が死んでいるじゃないか。雨石も戻ってきてる。くっくっくっ、犯人は慌てているだろうね。持ってきた凶器が無くなったのだから……」


 女は父が大事にしていた石のキューブを額に当て目を瞑る。


「……十二人か。少ないが純度が高い。大切にしてくれたのだな」


 私は女の所作に目を奪われて、呆気に囚われていた。女の圧に負けないよう強く言い放つ。


「あなたが父を殺したのではないのですか。それより、その石のキューブを返して下さい。それは父のものです」


「私が? そんな事をする意味はない。正和が死んだので、雨石を回収しに来ただけだよ。犯人は明日になれば、勝手に死ぬよ。……君は正和の娘か。いいね、資格があるよ。」


 女はニタリと口角を上げた。

 人ではありえない大きさだった。




「お願いがあります。私をあの石の中に取り込んで下さい」


 妻の美和が最後の退院から帰った日に言い出した。都筑教授の事件から僕たちの間で、あの石の話はタブーだった。渡したはずの石を僕が持っているのを知ると、美和は話に触れないようになった。


「貴方はいずれあの石の世界に行くことになるのでしょう」


「多分そうなるよ。カエルの化け物は柱になってと言っていた。柱は神様の数え方だからね。それに僕はもう何人も取り込んでいる。昔は気付かなかったが、僕の両親もこの石の中だ」


「貴方があの石を怖れながらも大事しているのは、魅了してやまない理由があるのでしょう。私には黒い石にしか見えなかったのに、貴方は青い石と言っていたわ。貴方が見えているものが見えなくて悔しかったわ」


 美和は激しく咳き込む。身体に出来た腫瘍は全身に転移して、手術では取り除けないほどだった。今は痛み止めだけを処方してもらっている。


「もう長く生きられないのは知っているわ。意識がある内にあの石に触れたいの。貴方の世界の一部にさせて……」


 薬が切れているのだろう。痛みに顔を歪ませている。もう死ぬまで苦しみしかない。生きて欲しいと願うのは僕のエゴでしかない。

 あの石に触れば、翌日には必ず死ぬ。僕は覚悟を決めて、隠してあった雨石を取り出した。


「この石は雨石と言うんだ。僕の目にはとても深い青で、透かしてみると雨が降っているのが見える。僕にとって、君の次に大切なものだ」


 美和の手に雨石を持たせる。僕の手を添えて、包み込むように……。


「すっかり細くなってしわくちゃ。まるでお婆さんの手だわ」


「君はいつだって綺麗なままだよ。もう無理をしないで薬を飲んでくれ。」


「正和さん。ありがとう」


 どのくらいそうしていただろうか。少し眠っていたようだ。時計を見ると日が変わっていた。

 美和を見るともう息をしていなかった。


「天次、かあさんが息をしていない。急いで救急車を呼んでくれ。すまない、寝てしまった」


 僕は急いで天次を呼んだ。天次は慌てて部屋に入り、美和の状態を確認すると、その場ですぐ連絡をした。


「親父、これ大事にしていた石だろう。床に落ちていたよ」


 そして僕は人生最大の間違いを犯した。

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