第3話 父の死 / 大学の事件

 その日は六月らしく朝からずっと雨だった。

 仕事はいつも通りにして、残業はせずに定時に上がることにした。書かれていた住所は昭和時代に建てられたであろう古いアパートだった。着いたのは夜の七時になった。

 呼び鈴はなかったのでドアをノックする。

 返事がない。自分から呼び出しておいて留守とは、不愉快な気持ちで取っ手を回した。

 鍵が掛かっていない。ならば勝手に中で待たせてもらおうと部屋に入って行くと、部屋で父がうつ伏せになって倒れていた。

 それは正確ではない。頭を鈍器で叩かれた跡があり、床の血溜まりが半乾きである。

 微動だにしない。一見して死んでいる。

 何が起きているのだろう、しばし呆然としていたが、自分でも意外な程に冷静だった。床には父が大切にしていた十センチ大の青い石のキューブが落ちている。

 ドアをノックする音がした。

 何も考えず機械的に玄関に向かう。ふと、犯人が戻ってきたかと考えるが、死んでから時間が経ち過ぎているし、ノックする間抜けではあるまい。

 一応、警戒してドアスコープで外を確認する。誰もいない。

 聞き耳を立てても音がしないので、ドアを開けて確認したが、やっぱり誰もいない。

 いたずらかと部屋に戻ると、そこに青黒いレインコートの女がいた。そして、青い石のキューブを手に取り、父を見下ろしていた。




 大学では地質学を専攻した。

 良かったことは二つ。あの石がただの鉱物でないと知ることが出来たこと、美和と付き合えたことだ。

 僕らがそろって院生になった時、初めてプロポーズをした。


「ごめんなさい正和さん。貴方と結婚できません」


「どうして……理由を聞かせてくれないか」


「私は都筑教授の愛人をしています。噂は本当です」


 そんな噂が流れていたのは知っていた。でも、普段の君からはそんな素振りもなく、何より僕らは愛し合っていると信じていた。


「貴方と出会うまでは、誰とも付き合う気はなかった……それに、どうしても准教授になりたかった。貴方も悪い女に騙されたと諦めて……」


 直感的に嘘をついていると感じた。


「美和さん。僕は何度でも結婚を申し込むよ。君が教授の愛人でも構わない。それでも……」


「無理よ。都筑教授は許さないわ。あの人、嫉妬深いから……それに、貴方も研究室にいられなくなるわ」


 ああ、やっぱり僕が脅しの対象なのだ。

 君が教授の言いなりになるなんておかしいと思ったんだ。


「大丈夫、僕には切り札がある。教授にあの鉱物を渡すよ。忠告はするけど、きっと教授は聞かないよ」


 美和を傷つけた罪は身を持って償ってもらう。

 僕が悪意を持ってこの石を使うのは、これが最初で最後だ。


 予想通り、都筑教授は死んだ。

 予想外だったのは、学長の他三名の重鎮の教授も死んだことだ。

 後で知ったのだが、石を渡したその日は学長派の会食があったらしい。これは予想だが、都筑教授は会食の席で、学長や重鎮の教授たちにあの石を見せびらかしたのではなかろうか。

 一旦石を渡してしまうと、その後の行動が読めない欠点が出てしまった形だ。

 同日に心臓発作で死んだことから事件性を疑われたが、当の都筑教授が息子に滅多刺しにされて殺されるという衝撃的な事件の前に霧散してしまった。

 大学は暫く休校となり、その間に僕たちは結婚した。


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