第2話 部員三名

「よっす、あれ? 神木くん帰っちゃいました?」


 ソファーに包まれてつらつらと夢と現実の境界を彷徨っていると、声が聞こえた。


 人懐っこい表情と仕草。

 少し銀色がかった黒髪に今時見ないようなハイポニーテール。

 誰相手でも何故か結構な頻度で敬語になる特徴的な言葉遣い。

 同じ日常不思議研究部の部員、水坂みずさか 絵美えみが部室の扉の隙間から首と片手だけ出してこちらを覗いていた。

 俺は水坂の質問に、いつも通りぶっきらぼうに答えた。


「あぁ、相談が来たんだけど、面倒くさいから新入部員勧誘してやらせようって」

「クズだね」

「俺もそう思う」


 奴の提案に同意した件は伏せつつ頷く。

 が、しかしすぐにバレたようだ。


「……どうせキミも乗ったんでしょ」


 訝しげに俺を見つめてくる水坂。

 まったく、俺は彼女には敵わないらしい。


 しかし、わが身可愛さ名誉のため。

 俺は表情も変えず、肯定もせずに帰宅準備を整えた。

 その様子を見てか、「じゃあ今日はもう解散?」と水坂は聞いてくる。

 首を縦に振りつつ部室を出て、ポケットから鍵を取り出し、部室の鍵を閉めた。


「じゃあ、一緒に帰ろう」


 珍しいこともあるもんだ。

「何故?」と上の前歯の裏側まで出掛かったが断っても面倒くさくなると思い、黙って水坂の後に着いた。


 校庭には、部活に精を出す生徒たちがそれぞれに青春を謳歌していた。

 一部の部活では、もう既に新入生を勧誘しているようだ。

 まったく、眩しくて仕方ない。


視山みやま 刻人ときひとくん。ああいうのが青春って言うんでしょうかね?」


 水坂はなぜか俺をフルネームを呼んで、どこか遠くを眺めながらそう呟く。

 その目線の先には桜の木があるように見えるが、花は既に散っている。

 彼女の目には何が映っているんだろうか。

 いや、新しく生えた新緑以外はないとは思うけど。俺じゃないんだから。


「異性で二人、一緒に帰るのは青春じゃないのか?」


 と、我ながら気持ち悪い事を聞いてみる。

 てっきりおどけると思ったのだが、彼女は意外にも普段通りの声で「関係性が青春じゃないよ」と言った。


 まぁ、それもそうか。

 ただ小中学生時代に仲が良かった、というだけの関係性。

 そこに煌びやかな青春は生まれない。

 腐れ縁とか、そっちの方が関係性は近いだろう。


「それにしても新入部員勧誘か。大変になりそうですね」

「他人事だな」

「他人事ですし」

「サボリ部を、サボってばっかだもんな」

「私にも色々ありますから」

「ホントかよ」


 適当なことを言い合って、お互い笑う。

 別にこういうのは嫌いじゃない。

 その点を考えると、腐れ縁とは案外悪いものではないのかもしれない。


「新入部員。来なかったらどうするんでしょう」


 ポツリ、と水坂はそう呟いた。

 俺はそれに指を二本立てる。


「来るよ」

「え?」

「来るよ、新入部員。二人」

「どうしてわかるの?」

「勘」

「はあ?」

「根拠なし。なんとなく。ただの楽観」


 水坂は俺の答えにわざとらしいため息をついて、「キミはいつも適当だね」と眉をハノ字にして笑った。


「俺はいつも適当なんだ」

「だから友達少ないんですよ」

「関係ねぇだろ」

「どうせクラスでもそんな感じなんですよね? 関係アリアリですよ」


 そんな馬鹿みたいな会話をして、俺達は別れ道にたどり着く。


「じゃ、私こっちだから。またね、視山くん」


 大袈裟に手を振って去る水坂に、軽く手を上げ返事をしておく。


 どんよりとした曇り空と陰る住宅街に溶けていく水坂。

 その光景は、まるでいつか見たことがあるような光景だった。

 ま、当然なんだけれどもね。



 翌日、俺は全ての授業を寝過ごした。


 昨日は寝た気がしなかったんだ。

 仕方がない。

 後悔はなかった。

 反省すらしなかった。

 部活の時にでも今日やった範囲をなぞるだけで取り返しはつく。


 そう思いながら部室に顔を出すと、いつも中央にある机と椅子が端に寄せられ、神木がブルーシートの上でスプレー缶を片手に木の板とにらめっこをしていた。

 どこから借りてきたんだとも思いつつ、「なにしてんの?」と聞いてみる。


「するっつったろ、勧誘」

「あぁ、そうだったな」


 神木が手伝えよ、と目配せをして座るよう促してきたので正面に座る。

 復習は家に帰ってからになりそうだった。


「昨日の今日だぞ? どうした?」

「いや、今日授業中ずっと寝てたから寝ぼけてた」

「よくそれで授業ついていけるな」

「お前が言うな」


 神木は授業もよくサボっていることを俺は知っている。

 屋上で小説を読んだり、寝たりしているのを俺は知っている。

 ついでにいえばテストの点数がかなり良いことも。

 まったく、「よくそれで授業ついていけるな」は俺のセリフである。


「で、なんで睨めっこしてたんだよ」

「デザインとキャッチコピー決まんなくて」

「パンフレットに書いた奴でいいんじゃね?」


 俺が適当にそう言うと、神木は「わかってない。わかってないな、刻人くん」と肩を竦めた。


「今回募集するのはただの部員じゃない」

「はあ」

「我らが日議研に日々やってくる悩み事解決。それを任せることとなる、どれ……人材だ」

「お前さりげなくひでぇな。いや俺も同罪だけど」

「つまり今回の募集するにあたって。パンフレットに書いた募集要項ではダメなんだ」


 気丈に語る神木。

 まぁ、言ってる事がわからないわけではない。

 俺は「なるほど」と適当に頷いた。


 カバンを置き、ブレザーを脱いでワイシャツの袖を捲る。

 そして置いてあったスプレー缶を持ち上げた。


「ならば、やろうか。どうせなら、楽しくな」


 俺の言葉に神木はニヤッと笑って頷いた。


 水坂が部室にやってきた夕暮れ時には、勧誘に使う看板は完成していた。


『キミは、日常不思議研究部のウワサを知っているか? 部員募集!』


 乱雑なキャッチコピーに、公共の場に描かれたグラフィティみたいな陳腐でカラフルな色彩。大真面目に、そして最大限ふざけきって作った渾身の看板は、意外にも水坂からの評価は高かった。

 曰く、「日議研の個性が出ている」とのこと。


 ホントかよ。

 日議研の雰囲気と全然違うじゃねぇかよ。


 ツッコミ虚しく、看板は実際に使われることになった。

 少しふざけ過ぎたかもしれない。

 これを持って勧誘に行くのはちょっと恥ずかしい。

 持たせるのは神木にでも任せよう。


 その後、水坂は手や顔が塗料塗れになっていた俺たちをひとしきり笑って、勧誘活動を手伝うこと約束してくれた。


 結局、その日授業の復習は頭から滑り落ちていた。

 それに気が付いた頃には朝のホームルームが始まっていた。

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