日常不思議研究部の顛末
レスタ(スタブレ)
第1章 新たなる風
第1話 日常不思議研究部
春。それは四月。
一学年進学した俺達に送られる、華々しき季節。
高校二年の春である。
そんな春にある行事と言えば、例えば新学期。
例えばクラス替え。例えば新たな友人との出会い。
例を上げれば他にもあるだろう。
そう、春とは始まりの季節だ。
これからの新生活に心躍らせたり、様々な芽吹きを感じたりと、特に四月というものは新鮮味溢れる季節だと想像するだろう。
普通ならば。
普通ならば、ね。
だが、しかし。
新学期が始まってまだ二週間と経っていないにも関わらず、放課後の学校の一室ではそんな雰囲気とは似ても似つかない重苦しい空気が漂っていた。
私立清涼高校、旧校舎部室棟、一階東最奥にある部室。
そこが、俺が今いる空間。
まるで嵐の前の静けさのような、いや、祭りの後の静けさだろうか。
どっちも違うような気がするがともかくとして、この部室は青春の「せ」の字もないような雰囲気に包まれていた。
原因は単純明快。
この空気の中、隣で吞気に回転椅子でクルクルと回りながら、かれこれ三十分は小説を読み続けている男、
机を挟んで鎮座する女の子二人にこの親友が放った言葉は、「面倒くさい」という強烈な一言だった。
それ以降、誰もこの空間で言葉を発していない。
俺も発していない。
できるわけがない。
するつもりもない。
つまりはそういう事だ。
───部名、
活動内容。
我ら、日常に潜む身の回りの不思議なものを研究し、解明せんとする。
来たれ、日常に疑問を抱く者たちよ!
と、部活案内のパンフレットに載せられた文章は建前で。
実際のところは、本校が部活参加を強制しているがために神木が立ち上げた、サボる為だけにできたサボり魔の為の部活。
それが我ら日議研であった。
事実、俺達は普段から日常に潜む不思議なんてものを探そうとはしていないし、研究しようともしていない。
普段からなにもせず、グダグダ過ごすだけ。
そんなただのサボり魔が集まる部活だ。
が、しかし。
それならば何故、そんなサボり魔の為の部活の部室に、深刻な表情をした女子生徒二人が居るのだろうか。
何故、神木と対峙しているのだろうか。
そもそも何故、こんな部活に来たのだろうか。
話は今年の冬頃に遡る。
確かそれは、二月上旬のことだった。
冬でも相変わらず俺達日議研は部活動と言う名目で毎日のようにゴロゴロとしていたのだが、その頃から校内で変な噂が流れ始めたのだ。
それは『日議研に相談事をすると、何でも解決してくれる』というものだった。
以降、度々日議研を訪れる人間が出始めた。
喧嘩の仲裁をして欲しいだの、失くしたものを見つけて欲しいだの、告白したいから手伝って欲しいだの。
最初は面白そうと神木は息巻いていたが、次第に飽きてきたのか、今ではこのザマ(椅子でクルクル)である。
さて、彼女らが来てもうすぐ四十分が経とうとしている。
空気に耐えられなかったのもあるが、ずっと座っているのにも疲れた俺はおもむろに立ち上がった。
そんな俺にビックリしたのか、はたまたこの空気をなんとかして欲しいのか、二人は俺を助けを乞うような目で見る。
しかし、俺もサボり部の一員である。
特に彼女らに助け舟を出すことはせず、何故か部室に置いてある給茶機に向かう。
確か、神木が持ってきたものだ。
この部にある変なものは大体奴の私物である。
鹿威しとか小さいシャチホコとか。
他にも小さい冷蔵庫だとか、その中に入った二個だけ残った賞味期限の切れた肉まんだとか、絶対に一しか出ないサイコロだとか、中学生が買いそうな竜の剣のアクセサリー(なぜか博物館の刀みたいに丁寧に飾られている)だったり、様々なものが部室には転がっている。
なんでこんなもん持ってんだよ、マジで。
因みに俺はと言うと、普段から相談事は神木に任せっきりであった。
別に手伝う必要もないと思っている。大体コイツが全部一人で解決するし。
代わりと言ってはなんだが、神木が相談事を受けている時は給茶機で美味いお茶を作ることに精を出していた。
紙コップを二つ手に取り、給茶機でお茶を注ぐ。
一秒、二秒……ここで水を一秒……これをもう一回……完璧だ。
出来上がったお茶二つを彼女らの前に差し出す。
どうだ、これが俺の三ヶ月の成果だ。
くだらないだろう。
満足した俺は再び席に座り、石像となった。
彼女らはどうしたらいいのかわからなさそうに目を見合わせている。
片方の、恐らく付き添いで来た方の女の子がお茶を手に取り、一口。
「あ、おいしい」
俺は虚空に向かってドヤ顔をした。
どうやら今回のお茶も最高の出来だったようだ。
そしてまたもう片方の、相談事がある女の子がお茶を手に取ろうとした瞬間。
そこで神木の回転が止まった。
「そうだ、新入生だ」
唐突に小説から顔を上げ、俺に目線を向ける。
四十分間椅子で回り続けていたと言うのに、その目はしっかりと俺を見据えている。
よくもまぁ酔わないものだ。
「勧誘して、新入部員に全部やらせよう。そうすれば……解決だ」
目の前のクズは自分がさも天才的な発想をしたかのようにサムズアップを向けてきた。
まったく、やれやれ。
俺は、静かに、ゆっくりと笑顔を作りながら、───サムズアップを同胞に返した。
俺達二人はクズだった。
控えめに言って最低だと自分でも思う。
そして同時にバン、と机を叩き、神木は立ち上がった。
「と、言う訳で。しばらく待ってくれないか?」
そう言い残し、小説片手に嘔吐きながら部室を出て行く神木。
あまりの退出のスムーズさにポカンとしていた女子二人だったが、付き添いの女の子は次第に怒りに染まっていき、ついには「ふざけんな!」と叫んで部室を出て行ってしまった。
相談事があった女の子は慌てた様子でその後を追っていった。
ガシャン、と思い切り叩き付けられたドアの音にビックリしながらも、部室に一人残った俺は衝撃で倒れてしまったお茶の片付けをする。
一口も付けられず処分されてしまう完璧だったお茶を勿体ないな、と思いながらのんびり片付けた。
「まあ、想定通りだな」
俺は一つ言葉を吐き出して、ゆっくりと床にうつ伏せで寝転ぶ。
もはや定位置と化した部室の冷えた木のフローリングは、ヒンヤリとしていて気持ちが良かった。
しかしまぁ、どうして『日議研に相談事をすると、何でも解決してくれる』なんて噂が流れたんだか。
神木にそのほとんどを任せてるとはいえ、毎回付き合わされる身にもなって欲しいものだ。
俺は床で寝ている方が性に合っていると言うのに。
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