第2話 田原さんと恋
交通事故で全治2週間の田原さん。
その間、ペットホテルに、犬を預けていたのだが、どうやら田原さん、そこの男性ペットシッターに、想いを寄せているらしい。
「らしい」というのは、本人からはっきりと聞いたわけではなく、彼女の口ぶりから推測したものだ。
なんだか、彼女は、男性シッターが、自分の犬に、特別に目をかけてくれていると思っているみたいなのだ。
う~ん。お客様には、親切にしておくべきという配慮なのでは?
気があるならあるで、アプローチ法を考えた方がいいと思うのだけど…
田原さんのいない2週間は、あっという間だった。
その間、新人の太田さんは、小さなミスを繰り返しながらも、順調に業務を覚えていった。
一番笑えたミスは、電話に出たときに、前の職場の名前を、迷わずに名乗ったことだった。
この時に、分かったのが、太田さんの前職が、テレフォンアポインターだということだ。
誰もが知る、通販会社の名前を、堂々と名乗り上げたのだから。
私なんて、電話にでると、噛み噛みなくせに、強引にそのまま話を進めてしまうのだから、始末が悪い。あまりにひどいと、事務長が一睨みしてくるほど。
田原さん復帰から1ヶ月。
なんだか、彼女は、元気がない。
ふむ。これはひとつ、わたくしをば、話を聞いてみるとしよう。
ある日の仕事終わり、田原さんを食事に誘ってみる。
遠回しに、”あなたを心配している”と伝えると、彼女は、 ”聞いてくださいよう”とばかりに甘えてきた。
やはり、ペットシッターさんに好意を寄せていたのだ。怪我が治りきっていないのを言い訳に、頻繁に彼を指名して、ペットホテルを利用していた。すると、そのシッターさんは、好意を寄せてくれるのは、構わないが、これじゃあ犬がかわいそうだ、と田原さんをたしなめた。
しかし、そこであきらめる田原さんじゃあなかった。失礼を詫びたうえで、想いを打ち明けて、デートにまで誘った。
しかし、その場では、良い返事はもらえず、「少し考えさせてほしい」と言われて、早10日。一向に返事がない。返事がないことが、断りのサインなのか?ダメならダメだと言ってくれないと、踏ん切りがつかない、というのが、大体のはなしだった。
田原さんは、話したらスッキリしたらしく、「私には次の恋が待っている」と前向き発言をして、自分自身を元気づけていた。
その、次の日である。わたしが、出勤するのを、クリニック近くで、待ち構えていて、「あの後、彼からデートO.K.の返事がありました!」と報告を受けた。
その日の業務は、田原さんが、張り切って場を仕切り、周りに薔薇の花びらを撒いているかの如く、クリニックの雰囲気を華やかなものにした。
面食らっている、太田さんには、「彼女、どうやら、いいことが、あったみたいなの」と、一言だけ伝えておいた。
次の週明け、お昼休みに、田原さんから、デートの報告を受けた。
犬を連れて、ドッグランに行ったそうだ。
ひとしきり遊んだ後、改めて、非礼を詫び、今後もペットホテルを利用することがあるかもしれないことを伝えた。
すると、シッターさんは、「今度は、僕の犬もご一緒させてください」と色よい返事があったという。
とりあえず、田原さんの恋は、青信号にかわろうとしている。
私も、若いころ恋をした楽しい時代があった。
しかし、恋に恋をしたまま結婚し、その後、現実を知ったのだ。
子供が自立したいま、自分のための時間が欲しくて、離婚した。
誰かのためでなく、自分のための人生を送りたい。
そのための、プランは充分に用意してある。
私は将来の自分に期待しているのである。
つづく
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