クリニックの待田さん

あしはらあだこ

第1話 田原さんと新人

 あれ?田原さん来ない。

 始業5分前なんだけど。

 「あれ?田原くんは?」

 「事務長。なんの連絡もないです」

 「仕方ない。ぼくが、とりあえず、現場に立つから。それと、今日から新人の太田さんが、入るからね」

 「太田秋子と申します。宜しくお願いします」

 「待田つばさです」

 「待田さんは、医療事務歴長いから。何でも聞いて」

 珍しいな、田原さんがなんの連絡もなしに、遅刻なんて。

 

 当クリニックは、内科、循環器内科。

 美人女医で、地元では割と評判の先生。

 そして、なぜか事務長が、ご主人。

 事務長は、家庭ではどうだか知らないが、仕事場では、単刀直入なものの言い方をする。

 田原さんは、"事務長”とは呼ばずに、名字の”牧さん”と呼ぶ。

 陰では”クソじじい”扱いだ。

 田原さんからすると、事務長の態度は、パワハラでしかないらしい。


 「太田さんは、今日は、ぼくのやり方をみて、メモを取ってね。質問には、後で答えるからさ」

 9時丁度に、開錠して、患者さんを迎える。

 今日は、割と少ない方。

 いつも通りに、業務を進めていると、電話が鳴る。

 出てみると、田原さんだ。

 すぐに、事務長に取り次ぐ。

 「はい。え!…ああ、そう。とりあえずは、無事なんだね。じゃあ、昼休みに、ぼくの方から、連絡するから。お大事に」

 なんだろう。とても気になるけど、業務優先。

 隙をみて、こっそり聞いてみる。

 「交通事故だ。こりゃ、労災だろうな」

 !なんですって。


 午前は、通常通りに終わり、昼休み。

 事務長は、田原さんに、電話連絡。

 太田さんの、質問には、私が答えることになった。

 午後の部が始まる前に、簡単に清掃をしておく。

 でも、これって、はっきり言って、サービス残業。

 昼休みは、給料が発生しないから。

 

 午後は、午前よりも、患者さんの来院が多く、電話も多かった。

 電話は、太田さんに出てもらい、用件を聞いたら、私か、事務長に回すようにしてもらった。

 すると、太田さんの特技が発揮される。

 電話交換手並みの、丁寧で、流れるようなトークが展開されていった。

 見た目の雰囲気は、あまり明るい方とは、言い難いのだが、美声の持ち主で、つい聞き入ってしまう。

 

 いつも通りの業務が終了し、太田さんには、戸締りの仕方を教えて、先に帰した。

 事務長に、田原さんのことを聞いてみる。

 話によると、通勤途中の交差点で、信号待ちをしていて、危険走行の車に遭遇。とっさに、避けようとしたら、つまづいて、転びそうになり、利き手をガードレールにしたたかに打ってしまい、全治2週間の打撲と診断された。

 運転手は、高齢者で、頭がぼんやりとしていて、よく覚えていないということだった。

 これは、お昼のニュースで少し報道されたらしい。


 いつもより、少し遅い帰宅になった。

 田原さんにLINEしてみる。

 すると、しばらくしてからの返信。

 自分一人のことをするには、どうってことないのだが、犬の世話が、少し大変になりそうなので、ペットホテルに預けることにしたらしい。

 わたしも、若いころに、運転免許を取って以来、ペーパードライバーなのだが、自由の身になったことだし、再教習を受けて、ドライブを楽しんでみたいと、思っていた矢先のことだった。

 迷惑ドライバーにならないように、安全に楽しくいきたいものだ、と思った待田さんでした。 


                           つづく

  

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