見るのも訓練

「油断しなきゃいいんだな?」


「そう。バネッサだけじゃないぞ。みんな見慣れた魔物でも油断しないでくれ」


と、念を押してから進んでいく。魔狼の気配はしているものの、こちらを襲って来る様子はない。これは皆が警戒した気配を出しているからだろう。来るとしたらこちらの警戒の気配が薄れる夜だろうな。


夕暮れになって辿り着いたのが魔石の採掘場跡だと思われる場所だ。


「おー、かなり大掛かりに採掘してたんだな」 


採掘場跡は隕石が落ちたのか?と思うような感じで掘られ、大きなクレーターみたいな場所であった。すり鉢状の壁には渦のような道があり、その道を使って小型の荷車で運び出していたものと思われる。上から覗くと、一番下からも横に掘り進めたようで、いくつものトンネルのような入口が見える。採掘場の真ん中には坑夫達の住居だったものもあり、一つの村のようになっていたようだ。


「マーギン、下りてみるか?」


と、オルターネンが聞いてくる。


「いや、危ないからやめておこうか。下で魔物と戦闘になったら逃げ場がない。いくつも坑道の入口が見えるだろ?どこも魔物の巣になってる可能性が高い。下に下りて襲われたら、ワラワラと出てくると思う」


「なんかいる気配がすんのか?」


バネッサも横に来て下を見ている。


「気配はあるけど、何の魔物かまではわからんが何かいるのは確実だな。今日はあっちの下全体を見渡せる広場で野営をするか。夜になってなんか出て来ても登って来るまで時間掛かるだろ。それに上から下に攻撃する方が有利だ」


マーギンがそう説明し、下全体を見渡せる場所まで移動した。


今日の晩飯はマーギンも一緒に食べることに。タジキに肉系は焼くなと指示をする。肉の焼ける臭いで様子を伺っている魔狼のスイッチが入るかもしれないからだ。



「ホフッ ホフッ 美味しいっ」


簡単なスープと焼きじゃがの晩飯。侘しい飯ではあるが、カタリーナは美味しそうに焼きじゃがを食べている。


「ちい兄様、夜の見張りは二人ずつでしてくれる?」


マーギンもじゃがいもを食べながらオルターネンに見張りの件を伝える。


「わかった。ロッカ、昨日もしてもらって悪いが、そちらからも見張りを出してくれ」


「それは構わんが、皆も寝る暇がありそうか?魔狼が寄って来てるだろ?」


と、ロッカも魔狼の気配に気付いていたようだ、


「こっちの警戒が薄れるのを待ってるんだろ。気を張って見張りをしていれば来ないかもしれん」


「来ても返り討ちにすればいいではないか?」


「魔狼以外にもなんかいるんだよな。魔狼に気を取られている時にそいつが現れたらまずい」


「雪熊か?」


「いや、ちょっと違う。似たような強さだと思うんだけどな。あと、この下は岩場だろ?爬虫類系のやつがいると思うんだよな。そいつらは気配がほとんどないから、俺はそっちを警戒しておく。見張り番は森の方を警戒しておいてくれるか」


「爬虫類系か。ラプトゥルみたいなやつか?」


「いや、トカゲみたいなやつだ。岩に擬態するから見付けにくい。夜なら尚更だな。まぁ、そいつが出たら俺が対応するわ」


「訓練相手として我々が戦うのではないのか?」


「今回の訓練相手には予定してない魔物だから別に戦わなくていい。岩場にいるトカゲ系の魔物は人里まで来るようなやつじゃないからな。それに毒持ちだから噛まれるとまずい。そういうやつは遠距離攻撃でやるのが一番なんだよ。剣士は分が悪い」


「そうか」


「そう。中には毒を飛ばして来るやつもいる。強毒のやつなら肉が溶ける」


「それは怖いな」


「そう。まぁ、毒を飛ばして来るようなやつは癖を掴んでから対峙する方がいい」


「癖?」


「そう。トカゲ系の奴で毒を飛ばして来るやつは、一瞬タメが入る。少し上半身を持ち上げるような仕草をするんだ」


「ほう」


「ただ、すぐ目の前に敵がいるとそのタメがない。遠くまで毒を飛ばす必要がないからな。剣士の分が悪いのはそういう理由だ」


マーギンはトカゲのモノマネをして、こんな仕草が毒を飛ばす為のタメだと説明する。他にも蛇系はこうとかモノマネをしながら説明をしていった。


その時、


全員が一斉に抜刀と臨戦態勢に入った。カタリーナ、ハンナリー、アイリスはビクッとする。これほどわかりやすく殺気を放って来やがったのは。


がぁぁぁっ

ぐぉぉぉっ


「なんだっ 複数いるぞっ」


強烈に殺気を放った気配が二つ。だがその殺気はこちらに向けられたものではない。


「離れろっ 巻き添えを食うぞ」


マーギンが皆に指示をしてその場を離れるともつれるようにしてそこへ現れたのは雪熊とデカくて黒い魔物。


「マーギンっ、あれはなんだ?デカいクズリか?」


激しく争う雪熊とデカいクズリのような魔物。


「あいつはグロロ。クズリと良く似た魔物だ。もう少し離れるぞ」


マーギンは激しく争う魔物からさらに距離を取る。


「ロッカ、ちい兄様。あの黒い方の魔物を良く見ておいてくれ。あいつは毒持ちだ」


「口から吐くのか?」


「あの2匹の戦いを自分の目で見て確かめておいてくれ」


拮抗する2匹の魔物。お互い爪攻撃と噛みつき攻撃を繰り返すがどちらもタフな魔物だ。絡み合うようにやりあうもお互い致命傷にはなっていない。


「雪熊とはあんなに強かったのか…」


以前ロッカは雪熊を斬って倒した。その時とは比べ物にならないぐらい激しい攻撃を繰り出している。


「あの時は雪が積もってたのと、血を吹き出させて弱らせた後だからな。足場が良くて体力がある時の雪熊はあんな感じだ」


「マーギン、あんな化け物を俺達が倒せるのか?」


「単独討伐はまだ無理だろうね。皆の力を合わせて冷静に戦う事が出来たら討伐は可能だと思う。だから訓練の仕上げに選んだんだよ」


「マジか…」


オルターネン達は以前より強くなったと自分でも思うが、あの化け物を倒せる程力が付いたとは思えない。


「ちい兄様、あの2匹はどっちが勝つと思う?」


「雪熊が押しているように見えるが…」


「パワーは雪熊の方が上だね。後は互角なんだけど、グロロは毒持ちだと言ったろ?そろそろ出すぞ」


グァァァッ


雪熊の渾身の爪攻撃がグロロの顔面に決まり、グロロの顔から血が噴き出る。そしてグロロはばっと雪熊から離れて逃走する。それを追いかける雪熊。


「あっ、グロロが負けた」


カザフがそう叫ぶ。


「あれは罠だ」


「えっ?」


逃走したグロロに後から雪熊が襲い掛かる。グロロはその時に尻尾を上げた。


ブシャーーーっ


ぐぉぉ…


ドスン。


「シスコ、風魔法を放て」


シスコに風魔法を出させてグロロの毒がこっちに来ないようにさせる。


「パーフォレイトッ」


バシュッー


シスコが風魔法を使った事でこっちに気付いたグロロが振り向いた瞬間を狙ったマーギンはグロロの額を魔法のビームで撃ち抜いた。


ドサッ


「な、何をやったんだ?」


驚くオルターネン。


「マーギン、今のは白蛇をやった魔法か?」


と、バネッサ。


「一度見せただけなのによくわかったな」


「あったりめぇだろ?あんな魔法を見たのは初めてだったんだからよ」


「あれが白蛇を殺った魔法か…」


ロッカはマーギンが一撃で白蛇を殺った魔法を見てみたいと思っていた。それを目の当たりにして、改めてマーギンの強さを知る。


「マーギンすっごーい」


のんきに喜ぶカタリーナ。


「さっきの見たか?グロロは爪と噛みつき攻撃では決着が付かないと思って雪熊を罠にはめたんだ。もし皆がグロロと初めて戦って同じ戦法を取られたら全滅しているところだな」


「初見の魔物は撤退を視野に入れて戦えとはこういうことか…」


と、オルターネンがマーギンが事前に説明した事を呟く。


「そう。勝ったと思った時が一番危ない。魔物の習性を知っておかないと死に繋がる。なるべく事前に伝えるつもりではいるけど、俺も忘れてたりするからね。全部を事前に伝えられる訳じゃないから、初見の魔物は習性を把握するまで倒す必要がないんだよ。どの攻撃が効くとか、どんな攻撃をしてくるかを把握するとか、情報収集が必要なんだということを知っておいて欲しい」


仕上げは雪熊討伐と思っていたけど、今の事を実感してくれたら大丈夫だろう。キルディアとの闘い、今の雪熊とグロロの戦いを見れたのは収穫だった。


「今日は野営を中止して戻ろう。雪熊とグロロの死体を食いに魔物が寄って来る」


魔狼達が集結し始めたからな。こっちを襲うより、死体を食う為に違う群れの魔狼同士で争いが起こる。そこにトカゲも参戦するだろうから離れるが吉だ。


皆のテントを片付ける時間も惜しいので、マーギンがそのまま収納して、その場を離れたのであった。

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