任せる
マーギンは朝食も皆と一緒に食べず、地形の確認をして来た。
「シスコ、この湖に続く川はあるか?」
「ええ、北上したら東の海に続く川があるわ。北の山に向かうなら、北上して川沿いに歩けば橋があったと思う」
「なら、北上して川を目指して、その後は川沿いに東へ移動だな」
皆で湖の横の道を北上していく。草原から森に変わるが、タイベと木の種類が違う。いわゆる針葉樹系だ。ヒノキっぽい匂いのする木があるから後で薪魔法でもらっておこう。風呂に入れるといい匂いがするんだよね。
おっ、この先に魔物の気配があるな。さて、誰が一番初めに気付くだろうか?
「うちが先に行って見てくる」
バネッサがなにか気付いたようだが確信が持てないようで視認出来る所まで走るようだ。
「俺も行く」
カザフもバネッサに同行して走って行った。
「マーギン、この先になんかおるんか?」
ハンナリーが二人の様子を見て聞いて来る。
「バネッサ達がそれを確認しに行ったんだろ?」
ハンナリーに聞かれてもハッキリと答えないマーギン。
ロッカ達は何か来ても良いように武器に意識を向けながら歩いている。
「ちい兄様、ロッカ達とくっついて歩いて。カタリーナとハンナは俺の側にいろ」
「マーギン、何か来るのか?」
マーギンがカタリーナとハンナリーを側に来いと言った事でローズが状況を把握したようだ。
「ローズ、気配を探る訓練をしてきただろ?自分で確認する癖を付けろ。慣れるまでカタリーナは俺が守ってるから、周りに気を配れ」
「わ、わかった」
「マーギンが護衛してくれるの?」
カタリーナはまだ状況をよく理解していない。
「お前も気配を探る練習をしろ。もう少ししたらバネッサとカザフがこっちに走って来るから」
「な、何が来るん?」
ハンナリーはびくびくしてマーギンにしがみつく。
「そうだな。結構珍しい奴が来るかもな」
バネッサとカザフが魔物を視認してこちらに戻って来ているのだろう。勝手に戦おうとしなかったのは正解だな。
そしてしばらくするとバネッサ達が走って戻ってきた。
「バネッサ、何が居た?」
「バカでかいオーキャンがいやがったぜ」
「バカでかい?」
ロッカとバネッサの会話を聞いたマーギンがバネッサにどんなやつか確認する。
「バネッサ、角はどんなのだった?平べったく大きかったか?それとも鋭く尖ってたか?」
マーギンが角の形を確認する。
「尖ってたぜ」
「なら、キルディアだな。オーキャンみたいな見た目だが肉食だ。お前らの臭いに気付いただろうからこっちに来るぞ。臨戦体勢を取っておけ」
「強ぇのか?」
「結構強い。魔狼より上だ。が、魔狼みたいに群れるわけじゃないから楽っちゃ楽だな」
「なら問題ねぇか」
「その代わりジャンプ力とかは魔狼よりずっと上だぞ。噛みつき、角での突進、ジャンプしての踏み付けとか、攻撃のバリエーションは豊富だ。後ろに回ると強烈なキックをしてくるから気を付けろ。来るぞ」
マーギンの説明が終わった時にキルディアが走って来るのが見えた。
「速ぇっ」
バネッサの言う通り、凄いスピードでこっちに向かって一直線に走ってきている。
「サリドン、アイリス、もし森に引火したら俺が消してやるから気にせずやれ。ローズはこっちだ」
マーギンはローズとカタリーナ、ハンナリーを連れて後ろに下がる。後は皆に任せてみる事に。
シスコとトルクが牽制のように矢を射る。それをヒョイッヒョイッとキルディアは躱しながら向かって来た。
バネッサとロッカが左右に別れて回り、オルターネンが正面で迎え撃つように立つ。ホープとサリドンが突進していった。
「ファイアバレットっ」
サリドンがすれ違うように動きながらファイアバレットを撃つも当たらない。アイリスも大量のファイアバレットを撃った。
びょーーんっ
ありえないぐらい高くジャンプしたキルディア。アイリスのファイアバレットは全て後方に消えていった。
「こんなでかい身体をしているのに、なんてジャンプ力だよっ」
マーギンからジャンプ力があると聞いていたが、想像した以上に高く飛んだ事に驚くバネッサ。
ドンっ
ひとっ飛びでオルターネンの前まで来たキルディア。オルターネンはすっと横に避けて首を狙って斬り付けた。
ブンッ
カッ
キルディアはオルターネンの刀を角で防いだ後そのまま突進する。
ガンっ
オルターネンがそれを避けるとそのまま首を振り、オルターネンを吹っ飛ばした。
「死ねいっ」
ロッカがその後から斬り付けようとすると、足でロッカを蹴り飛ばす。
「ぐほっ」
バネッサとカザフが後ろからクナイを投げるも皮膚が相当硬いのか当たっても刺さらない。ホープはそれを見て、上段斬りから突きに変え、体重を乗せたまま突き刺そうとする。
ぐるん
キルディアはその場で身体を回転させてホープを吹き飛ばした。
シスコとトルクが矢で援護し、アイリスとサリドンがファイアバレットを乱れ撃ちする。
シュドドドドとキルディアに命中するがキルディアには余り効いてない。しかし、ファイアバレットが当たった事で怒ったのか、凶暴化し始めた。
「マーギン、ちい兄様とロッカがっ」
今の様子を見ていたローズが叫ぶ。キルディアの一撃を食らった二人はまだ立ち上がれていないのだ。
「まだ死なんだろ」
「貴様っ、二人が危ないのだぞっ」
「ローズ、お前は皆の事よりカタリーナに意識を向けておけ。もしくは周りの気配を探っておけ」
「二人が危ないと言っているのだっ」
「訓練を始める前に言っておいただろ?誰かの助けを期待するなと。ローズはこの状況を見てまずいと思ったのならカタリーナを連れて逃げろ。キルディアがカタリーナを狙う暗殺者ならかなりまずい状況だろうが」
「しかしっ」
「しかしもへったくれもないっ。お前はカタリーナの護衛だろうがっ。最優先するのはカタリーナだっ。いい加減それを理解しろっ」
マーギンはローズに怒鳴った。これは訓練とはいえ仕上げの訓練なのだ。本番だと思ってもらわないとダメなのだ。
「今は俺がいるからカタリーナを連れて逃げなくていい。それより他にも何か来ていないか気配を探れ。皆は目の前の敵に集中しているからそこまで余裕がないだろ?」
「ま、マーギン。皆危ないんちゃうん?」
ハンナリーは皆が苦戦しているのを見てカタカタと震えている。
「あぁ、危ないな。頭の中でデカいオーキャンという意識が抜けてなかったからああなってる。見た目は似たような感じだが、まったく別の魔物だからな」
「マーギン、助けてあげないの?」
「カタリーナ、俺が倒したら訓練にならんだろ?皆にはあいつを倒せる力があるから任せたんだ。お前とハンナリーを守る必要がないから戦いのみに意識を集中出来る環境は作っただろ?それで十分だ」
「どうやったら倒せるの?全然攻撃が効いていないみたいだけど」
「強い魔物はだいたい硬い。普通の攻撃魔法も効きにくい。矢も普通に射っても刺さらん。シスコは雪熊でそれを経験してるんだけど、焦るとそういう事に気付けなくなる」
シスコもトルクも味方に当てないように気を付けて射ってるだけだ。サリドンもアイリスも普通のファイアバレットが効かないなら、数撃ちではなく、温度を上げて一発の威力を上げないとダメなのだ。
オルターネンとロッカはなんとか立ち上がって構えた。ホープもそろそろ動けそうだな。倒れている奴に追撃をさせないように、バネッサとカザフが自分に意識を向けるように挑発行為をしている。
「カザフ、あいつの意識をうちと反対方向に向けてくれ」
バネッサがカザフに指示を出すと、カザフはキルディアの目の前に突っ込んで行く。
「やべっ」
今までよりスピードを上げた角攻撃がカザフを襲う。
ガキンッ
ゴロンゴロン
カザフに角が当たりそうになった所に盾を構えたタジキが間に割って入った。そして角に弾かれて二人が吹き飛ぶ。
その隙を狙って、小柄なバネッサがキルディアの腹の下に入り、腹を短剣で斬って反対側に抜ける。
ブシュッ
キルディアの腹から血が吹き出した。
フーッ フーッ フーッ
バネッサは極度の集中状態に入っていた。身体強化もマックスにしてキルディアに再度向かう。キルディアもバネッサを敵と認識したのか他の奴には目もくれずバネッサを狙う。
ブンッ
キルディアの角攻撃を躱して、胸元から下に潜り込みまた腹を斬る。キルディアの意識がバネッサに向いている所にオルターネンが横斬りで腹を狙い、反対側からロッカも同じ攻撃を食らわせた。
ブッシャーーーっ
激しく飛び散るキルディアの血しぶき。それでも倒れない。
マーギンはスッとその場から消えるように動いた。
オルターネンとロッカがキルディアに止めを刺しに掛かる。
バンッ
その場で大きくジャンプするキルディア。狙いは立てなくなっているバネッサだ。
バネッサ目掛けてキルディアが上空から体重を乗せた踏み付けを食らわせようとした。
「バネッサぁぁぁっ逃げろぉぉっ」
ロッカが叫ぶ。
その瞬間、マーギンがバネッサを抱き抱えてその場を跳んだ。
「ホープ、バネッサを見習え。お前は敵とすら認識されてねぇぞっ」
バネッサを回収しがてらホープにはっぱをかけるマーギン。
「くそっ」
ホープは剣に身体を預けてキルディアに突進して行った。
ドスッ
ホープの剣がキルディアの腹に突き刺さる。しかし、途中で止まってしまい致命傷にまで至っていない。
「離れろホープっ」
キルディアが回転しようとした時にオルターネンが叫ぶと、ホープは剣から手を離して後ろに跳んだ。
ブンッ
間一髪攻撃を避けたホープ。
そしてオルターネンとロッカが回転の止まったキルディアの首を斬ったのだった。
ズズンッ
キルディアはようやく力尽きて倒れた。
はぁっはぁっはぁっ
「やったか?」
オルターネンが肩で息をしながらロッカに聞く。
「わからん。離れて様子をみよう」
ロッカはタイベでマーギンが黒ワニを倒した時の事を思い出し、死んだと油断せずに倒れたキルディアから離れたのだった。
マーギンはバネッサを抱き抱えたままカタリーナの所に戻っていた。
「バネッサ、大丈夫か?」
「もう力が入んねぇ…」
「実戦の途中で体力を使い果たすなよ。死ぬところだったぞ」
「あぁでもしねぇとヤバかっただろうが」
「まぁな。キルディアがお前だけ敵と認識したから倒せたって感じだな。ちい兄様達を治療してくるから降ろすぞ」
バネッサをおろして座らせておく。
「ロッカ、あばらを見せろ」
そう言うと真っ赤になるロッカ。
「心配すんな。腹が割れてても黙っててやるから」
「割れてなんかないっ」
嘘つけ、ガッツリシックスパックだろうが。
見せろと言っても脱げと言った訳ではない。防具を外させて、服のうえから骨が折れてないか確認していく。
「打撲だけだな」
まったく頑丈な奴だ。
オルターネンも派手にやられたように見えたが、角を食らった瞬間に力を受け流すように跳んだようで、こちらも同じく打撲だけで済んでいた。一番ダメージを食らっていたのはホープだな。
「折れてはないが、ヒビは入ってそうだな。治癒はするけど3日くらいは無茶すんなよ」
「もうあれは死んでいるのか?」
「もう大丈夫だ」
「剣を回収しないと」
ホープはまだキルディアに刺さっている剣を回収しようとするが抜けない。
「ホープ、体重を乗せた突き攻撃は良かったんだがな、剣の向きが悪かったんだ」
「剣の向き?」
「そう。この手の奴は、骨がこうなってるだろ」
と、マーギンが地面にあばら骨の絵を描く。
「で、お前は剣をこう向けて刺したから、骨に当たりやすいんだ。剣をこう向けて刺せば骨に当たりにくくなる。人を刺す時は今の向きでいいんだけどな」
「なるほど」
「で、剣が刺さったら、剣をこう捻る」
マーギンが死んだキルディアにホープの剣で突き刺してみせる。
「捻るとどうなるんだ?」
「上手くいけばそれだけで死ぬ。剣を刺しただけよりずっとダメージが入るからな。次にやる時はそれを意識してやってみろ」
「わかった」
その後、シスコに矢が刺さらない相手にはどこを狙うんだっけ?と嫌味を言い、アイリスとサリドンには説教をしておいた。
「タジキ、よくやった」
「へへっ」
「カザフ、魔物が凶暴化した時は同じ魔物と思うな。力もスピードも跳ね上がるからな」
「わかった。タジキ、ありがとう。助かった」
「間に合って良かったぜ」
その後、キルディアの事をもう一度詳しく説明することにしたのであった。
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