最後まで面倒をみるのはあなた
「マーギン、この後少し話がしたい」
マルク閣下から時間があるか?ではなく、話がしたいと言われる。ほぼ強制だなこれ。
皆は解散し、大隊長を含めて軍本部のマルクの部屋に連れて行かれる事になってしまった。
今回の訓練に参加した兵士達は、治癒魔法を掛けたことで死にはしなかったが、まだ目や唇が腫れ、息をするのも辛そうである。明日には治っているだろうか?
ー軍本部マルクの部屋ー
「マーギン、あれは唐辛子だけであのようになるのか?」
「唐辛子を使ったのは事実ですけど、作り方は秘密です。教えたら実戦で使うでしょ?」
「ダメか?」
「国にとって軍隊が必要な事は理解しています。でも人を殺す為の道具や魔法を教えるつもりはないのです」
「防衛戦でもか?」
「シュベタイン王国が戦争を望む国だとは思ってませんけど、効果的な武器や兵器、攻撃魔法を手に入れると、他国にも情報が漏れるものです。すると他国もそういったものを開発し始めるでしょう。より効果的な戦力が開発されたら、今の槍や剣、弓矢が主流の戦争より戦闘の規模が大きくなりますからね」
「他国が攻めて来て、この国が負けても良いのか?」
「ちなみに戦争って、宣戦布告とか何も無しにいきなり始まるものなのですか?」
「いや、隣接する領地同士での小競り合いから発展していくか、何か難癖を付けて来て交渉決裂したから戦争になるといった感じだろうな」
「ですよね。いきなり他国がこの国を蹂躙しようと仕掛けて来るなら、他国軍を追い払うぐらい手伝いますよ。それでいいですか?」
「戦争に加担すると言うのか?」
「戦争に加担なんてしませんよ。追い払うだけですから」
「同じ事ではないのか?」
「人間相手なら追い払うのに戦闘にすらなりません」
そうマルクに答えると何やら考え込んでしまった。
「マーギン、お前一人で他国軍を追い払えるなら、我々軍の存在意義はなんだというのだ?」
「今の所は他国に対する抑止力ですよ」
「今の所?」
「はい。そのうち軍は魔物相手に戦う事になります。特務隊は強い魔物を討伐する部隊。軍は数の多い魔物と戦う部隊になっていくでしょう」
「しかし、ノウブシルクがウエサンプトンをすでに落としているのだぞ。ゴルドバーンも落ちれば、シュベタインが孤立するとは思わんのか」
「他国も魔物被害が増えてるんですよね?それがもっと活発化して行くのです。戦争なんかする暇はなくなりますよ」
「ならなかったらどうする?」
「他国が攻めてくるんでしょ?だからそうなれば追い払うぐらいは手伝います。魔物が増えず、強い魔物が出ないならそれに越した事はないのですよ。他国軍を追い払う方がよっぽど楽です」
「そんなに強い魔物が出るのか?」
「兆候は出てますからね。デカいトカゲが群れで出たら、どの国の戦力でもどうしようもなくなります。後はピンクロウカストが大量発生したら大陸全土が焦土になります」
「ピンクロウカスト?」
「イナゴの魔物ですよ。あいつらは全てを食い尽くします。1匹1匹の強さは大したことありませんけど、空を埋め尽くすぐらいの数になることがありますからね。もし他国でピンクロウカストの被害が出たという情報を得たら、国のイザコザとか全てをおいておいて、協力して殲滅して下さい。そうしないと大陸全土が滅びますからね。この国で発生したなら俺が殲滅します」
マーギンは憎しみを込めたような言い方をしたのだった。
「あと、頼みがある」
マルクが唐辛子爆弾の事は諦め、次の話題に移った。
「あの3馬鹿の面倒を見るのはお断りですよ」
「なぜだ?」
「最後まで面倒を見きれないからです。カザフ達の事や魔道具、ハンナリーの商売の事とかもう手一杯なんですよ。カタリーナの事もあるし、自分のやりたいこともあります。軍は人がたくさんいるじゃないですか」
「軍では力不足なのだ。マーギンから見てもあいつらはかなりやるだろう?」
「そうですね。閣下が直接面倒を見てやればいいんじゃないですか?」
「俺が?」
「はい。自分は成人する前から軍のトップに鍛えられ、共に戦ってきました。魔法の師匠もいましたが、戦う為の身体作りや考え方とか実に様々な事を教えてもらいました。今こうして、魔法以外でも戦えているのはその人のお陰です。ラリーにもそういう師匠みたいな人が必要なんだと思いますよ」
「私はそこまで戦闘に長けているわけではないのだぞ」
「あいつにはヒントを出しましたので、戦うことは自分でなんとかするでしょう。必要なのは考え方と愛情ですよ」
「愛情?」
「はい。自分も当時はそんなのに気付いていませんでしたけど、人に色々と教える事で、ガイン…師匠の気持ちがわかったような気がします。散々無茶な事をさせられ恨んだ事もありましたが、それは俺が死なないようにしてくれていたのだと気付きました。一緒に飯を食ったり、酒飲んだり、剣の話をしたりとか、師であり、仲間であり、友達みたいな関係でしたよ。ラリーにもそんな人が必要なんじゃないですかね」
「マーギンがそれをしてやれんのか?私はラリー達だけを構えるような立場でもないのだぞ」
「俺の師匠はもっとたくさんの部下を持った人でしたよ。俺はラリー達と一緒にいるには時間が足りなさすぎる。それに俺はカザフ達にとってそういう存在になりたいのですよ。あいつらの面倒をみると決めたのは自分ですからね。閣下もラリー達に手を差し出したのでしょ?手を差し伸べた人が最後まで責任を取るべきなのですよ」
「手を差し伸べた者の責任…」
「はい。自分は無責任に手を差し出した事を後悔したことがありますからね。手を出すなら責任を取れるだけの力が必要なのです。閣下にはその力があるのですから、最後まで面倒をみてやって下さい」
マルクもマーギンの言う事の方が正しいと思ったのかそれ以上何も言わなかった。
マーギンが帰った後、
「スターム、マーギンの師匠とは軍のトップだったのことだが、どんな奴だったのだろうな?」
マルクは大隊長に聞いていた。
「マーギンからは何度かその師匠の話を聞いている。その都度、傑物だったのだろうなと思うぞ」
「あの無慈悲さも師匠譲りなのだろうな。オルターネン達も随分と軍寄りの戦い方をするようになったものだ」
「あぁ、あの戦い方を見て特務隊はもう自分の手から離れたのだと実感したな。来年か再来年の今頃はオルターネンが特務隊の大隊長になっているだろう」
「そうか、なら軍の中でも魔物討伐隊を編成しておくわ。マーギンの言う通り、軍全体が魔物討伐軍になるかもしれんからな」
「あぁ、頼む。騎士隊からは多くの人員は望めんからな」
ー騎士宿舎食堂ー
「ちい兄様、止めないでくれっ」
「しかし、お前…」
食堂の一角がざわついている。何かあったのだろうか?と様子を見に行くと、オルターネンとローズがいた。ホープとサリドンもローズを見てあわあわしている。
「どうしたの?」
「お、マーギン。お前からもなんか言ってやってくれ」
テーブルを見ると山のように積まれたピーマン。ローズは泣きながらそれを齧っていたようだ。
「ローズ」
マーギンが声を掛けるとローズはいやいやピーマンを齧っていたのか、ヨダレまみれの齧ったピーマンを手に持っている。濡れたグチャグチャの顔も涙がヨダレかわからんな。
「止めないでくれマーギン、これは姫様を守れなかった自分への戒めなのだっ」
「そうだね。あれが実戦ならカタリーナは死んでたからね」
「う、うぐっ うぐっ うわぁぁぁっ」
マーギンが慰めることもなく、追い打ちを掛ける。
「マーギンお前っ」
オルターネンはなんて事を言うのだとでも言いかけた。
「事実は事実できちんと認識しておかないと。第一隊の隊長はカタリーナを守れずに、もう一度チャンスをくれと言って王に叱責されていたよ。カタリーナの命はいくつあると思っているのだって」
「そうだっ。姫様の命は一つしかないのだ。それを私はっ 私はっ…」
「そう。ローズはカタリーナを守ることより戦いに身を投じた。前の護衛訓練の時と同じだね」
さらに追い打ちを掛けるマーギン。
「ちい兄様、ローズを特務隊に入れてやってくんない?」
「は?」
「ローズもずっとカタリーナの護衛を外れる訳にはいかないだろうけど、俺が同行している時は俺がカタリーナの護衛に付く。その時だけでいいからさ」
「お前は何を言い出すのだ?」
「ローズには思う存分戦ってみる場が必要なんじゃないかな。それで満足するまで戦ってみて、その後に護衛に専念するか、そのまま特務隊に身を置くか決めたら?このまま中途半端は良くないと思うんだよ。本当は俺が口を出す事じゃないんだけどさ」
「マーギンが護衛に付くのだな?」
「ずっとじゃないけどね」
「私なぞ姫様の護衛失格なのだーーっ」
ガブっ
「うぇぇぇぇっ」
あー、ヨダレまみれなのはこれを繰り返していたからのか。吐きかけてんじゃん。
「どうするかはちい兄様が決めて。訓練の仕上げが終わったらタイベに一緒に行くんでしょ?その時だけでもいいけど。夜はローズに任せるけどね」
「ローズ、どうする?」
「私は 私は」
ガブ
「うぇぇぇぇっ」
食堂にいた他の騎士達は自分が飯食ってる時に聞きたくないうぇぇぇぇっを嫌がったのか、どんどん人が退散していくのであった。
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