閑話 とある日の銀次郎

「銀次郎っ!漫画ばっかり読んでないで勉強しなさいっ。金一があなたの歳の時には…」


毎日のように母親にぐちぐち言われる真田銀次郎。


「うるさいなぁ」


「親に向かってうるさいってなんて口をきくのっ、母さんはあんたの将来を心配して言ってるんでしょうっ」


「別に心配してくれなくていい」


銀次郎はぶっきらぼうに答えると、やっぱりリビングにいるんじゃなかったと部屋にとっとと引っ込んだ。


銀次郎は小さな頃から優秀な兄と比べられて来た。兄は成績優秀で中学から有数の進学校に通っているが銀次郎は学校の勉強に全く興味が持てず、ラノベや漫画アニメの主人公に自分を投影して空想の世界を楽しんでいたのだった。



ー夕食時ー


「銀次郎、お前も中学2年生になったんだろ?今が人生で一番重要な時だと理解しているのか?金一がお前の歳の頃には…」


父親曰く、人生で一番重要な時は毎年来るらしい。


父も母も兄も嫌いではない。自分の事を心配して言ってくれているのも理解はしている。こんな小言が毎日のように繰り返され、中学生になってから特に酷くなっていた。


俺は兄ではない。もううんざりだ…


銀次郎は途中で食べるのを止め、無言で部屋に戻る。



「行って来ます」


学校に行く時間になるとホっとする。小言を言われずに済むからだ。


学校では友人と勇者の技はこんなのがいいよなとか、こんな魔法があったら最強じゃね?とか空想仲間と技の開発をしたりしていた。放課後にはどれだけ格好よいセリフやポーズを決められるか実演したりしている。


ビシュッシュッ


「どう?俺のダブルスラッシュ。かなり速くなっただろ?」


銀次郎が剣に見立てた棒きれを振り回して友人に出来栄えを聞く。


「最初に覚える技としてはいいんじゃね?」


「えー、最初かよ。俺は必殺技にしようと思ってるのに」


「必殺技ならもっと大技のじゃないとなぁ」


毎度繰り返される不毛な会話。小学生の頃からこんな事をしていたのがまだ続いている。


「おっ飯の時間だ」


「お前、まだあいつに餌やってんのか?」


「だって可愛いだろ?」


「可愛くねーよっ。すぐにひっかくし、餌も奪うようにして持ってくじゃないか」


「引っ掻くと言っても、あんまり爪立てたりしないじゃん。痛いのは痛いけど、怪我をした事ないぞ」


「俺はあんな可愛げのない猫は嫌いだね」


「お前はわかってないなぁ。ま、いいや。俺は飯をやりに行くからまた明日な」



銀次郎はまだ大人になりきっていない捨て猫をよくかまっていた。


「ほら、飯持って来てやったぞ」


「シャーーッ」


銀次郎に声を掛けられてシャーーッと威嚇する猫。


「もう、そんなのいいから。食いたいなら早く出てこい」


餌を置いてやると物陰から警戒しながら出てくる。初めて出会った時からこんな感じだ。初めの頃は飯を持って逃げて行ってたが、銀次郎が一人の時は逃げなくなっていた。


ガツガツガツガツ


野良猫が飯食ってる時に撫でてやる。この時だけは撫でる事が出来るのだ。


「つやつやフニャフニャで気持ちいいよなお前」


「フーーーっ」


シャッ


調子に乗って撫でまくった銀次郎は野良猫の攻撃を食らった。そして野良猫はそのまま逃げて行く。


「また明日来るからな」


そう言って帰って行った銀次郎を野良猫は少し寂しげな顔で見送るのであった。



ー数日後ー


あれ?猫がいない。いつも呼んだらすぐに来るのにな。


「おーい、飯だぞーーっ」


「猫ならいないわよ」


え?


野良猫を探して、車の下を覗き込んだり、物陰を探していると見知らぬおばさんに声を掛けられた。


「あなたね、野良猫に餌をやっていたのは」


「え、あ、はい」


「野良猫に餌をやったりするのなら、家に連れて帰って飼いなさい。野良猫の糞尿や鳴き声でこっちは迷惑してたのよっ」


「ご、ごめんなさい…。 あ、あの猫は…?」


「あんな凶暴な猫は保健所に連れて行ってもらったわよっ。今後、他の野良猫にも餌をやらないで頂戴っ。やるなら連れて帰って家で面倒をみなさいっ」


見知らぬおばさんにめっちゃ怒られた銀次郎。


保健所って…


家に帰って保健所に連れて行かれた猫がどうなるかを知った銀次郎は母親から何度呼ばれても部屋から出て来ないのであった。

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