説教ともう一度それぞれの訓練

コンコンっ


「はい、どうぞ」


「まだ痛むか?」


騎士隊宿舎のサリドンの部屋に入って来たのはマーギンだった。


「いえ、押さえたりしない限り大丈夫です」


「もう少し強めに身体強化していたら無傷だったんだがな。身体強化を使い慣れてないとそうなる。ファイアバレットも同じだ」


「不甲斐なくて申し訳ありません」


「最後にファイアバレットを撃ったの無意識だろ?」


「はい…」


「無意識で撃つのと、意識的に撃つのとの違いはわかるか?」


「い、いえ…」


「無意識で撃つのは生存本能によるものだ。すなわち手加減出来ない。相手を殺さないと自分が死ぬという本能からくる攻撃だからな。よかったな、相手の騎士が死なないで」


マーギンに相手を殺すところだったと言われてサリドンの顔面から血の気が引いていく。


「お前は人を攻撃するのに躊躇しているようだが、それがかえって危険を招くのを理解しておけ」


「は、はい…」


「自分や味方の命と敵の命はどちらが大事だ?」


「も、もちろん味方の命です」


「お前のやっている事は、自分と味方の命より敵の命を優先してるんだぞ。訓練を始める前に、俺は誰かが助けに入ると思うなと言ったが、あの試合が実戦なら、ホープかオルターネン様が助けに入っただろう。お前がやられる寸前にどちらかが割って入ったらどうなってた?」


「味方を殺してました…」


「そう。で、お前も敵にやられて死ぬ。あの試合はそういう内容だ。お前が人を攻撃するのに躊躇するのは優しさではない。心の弱さだ」


「はい」


「二日間は部屋で安静。訓練も自主トレも不可。自分がなぜ特務隊に志願したのかその間考えておけ」


「自分はクビですか…」


「それを決めるのは俺じゃない、オルターネン様だ」


「はい…」


マーギンはそれだけを言い、何もフォローせずにそのままサリドンの部屋を出たのであった。



ー翌日ー


訓練の場にサリドンの姿は無い。皆には療養中だとだけ伝えて、オルターネンは土魔法の集中特訓。魔力切れで立てなくなってから戦いをしてもらう。

 

次はガキ共。


「タジキ、これを持って構えろ。ロッカ、こいつを体当たりで吹っ飛ばしてくれ」


「何の特訓だ?」


「タジキにタンク役をやらせてみる」


マーギンはマットを丸めて、ラグビーのタックルダミーの様にする。タジキにそれを持たせて、ロッカがタックルだ。


「マーギン、これを持って倒されないようにすればいいのか?」


「倒れないというより、ロッカの突進を止めろ。体格差があるからちょっと無理ゲーだけどな。ちょっと手本を見せてやるわ」


マーギンはマットを丸めたのを低い姿勢で持ち、ロッカのタックルに備える。


「ロッカ、いいぞー」


「参るっ」


ドドドっとロッカが走って来て、マットに体当たりをしてくる。


ドンッ ズズズズーッ


マーギンですら押し込むロッカのパワー。


「これ、タジキには無理だな。ロッカの当たりが強すぎる」


「ふふん、どうだ?」


勝ち誇った様に硬そうな胸を反らすロッカ。


「大型ボアみたいな突進だな」


いらぬ言い方をするマーギン。


「お前がやれと言ったのではないかっ」 


顔を真赤にして怒るロッカ。


「そ、そうなんだけどね」


「僕達二人が体当たりをしよーかー?」


トルクがカザフと二人でやると言い出した。初めはそれぐらいがいいかもしれん。


「ロッカ、君は魔力が切れたオルターネン様と立ち合いをしてきてくれたまへ」


「フンッ」


ボア扱いされたロッカは怒ったままオルターネンの所に行った。


「シスコ、アイリスと練習しておいて欲しい事があるんだ」


「何をすればいいのかしら?」


「これを括り付けた矢を弧を描く様に射ってくれ。アイリスは矢が下降し始めた所をファイアバレットで撃つ練習だ」


「これは何の役に立つのかしら?」


「来月に軍と実戦形式で戦う時の為のもの。こっちは10人、向こうは団体さんだからな。一気に向こうの戦力を落とす必要があるんだよ」


「またえげつないことを考えているのね」


えげつないとか言うなよ…


「バネッサはホープと戦っていてくれ。身体強化は少しだけな」


「クナイでやんのか?」


「いや、短剣でやってくれ。スピード重視の戦いだな」


「あいつもちょっとはマシになったみてぇだけど、ボロボロにしてやんぜ」



「私は何をすればいいのだ?」


ローズも何かしたいらしい。


「カタリーナと一緒に体術の訓練をしようか」


「私もやるの?」


「そう。護身術ってやつだな。敵に掴まれた時に身を守れた方が安全だからな」


「痛い?」


「お前は痛くない。ローズが痛いかもな」


と、いうことで、マーギンがカタリーナ役になり、ローズが暴漢役をする。


「じゃ、殴るとかじゃなく、捕まえようとしてくれる?まずは腕を捕まえに来て」


ローズは言われた通りにマーギンの手首を捕まえに来る。


ギュっ


そのまま大人しく掴まれているマーギン。


「どうした?これでいいのだろ?」


マーギンはローズに捕まえたっ!をされているのをちょっと楽しんでから、手をパーにして親指を上に向けて、ローズの方に踏み込む。そしてすかさず肘を支点にして上に振り上げた。


「あっ」


「こうすれば手を振りほどけるからその隙に走って逃げる。じゃ、やってみようか」


カタリーナにこうして、こうと指導していく。


ギリギリギリギリっ


「痛い痛い痛いっ」


負けず嫌いのローズは手を振り解かれまいとカタリーナの手首を握りつぶさんとばかりに握った。


「ローズ、カタリーナの手首が折れるぞ」


「も、申し訳ありませんっ」


ローズの握力はゴリラ並みか?


「カタリーナの練習なんだから普通にね」


それでも力の入るローズ。


「もうっ、外れないっ」


「そんな時は反対の手も使って両手でこうやって振り切れ」


それを繰り返す内にまたローズの力が強くなって来るので、マーギンはカタリーナに耳打ちして対策を教える。


ギューッ


両手を使って振り解くフリをして、ローズの小指を掴んだカタリーナ。


「えいっ」


グギッ


「痛ーーっ」


カタリーナよ、小指をそんなに捻ったら折れるぞ。


マーギンは慌ててローズの小指に治癒魔法を掛ける。良かった折れてなかった。


「姫様はあんなに力があったのですか」


「小指は鍛えにくいからね。力がなくても捻られると折れるよ」


ローズは次から小指を捻られるのを警戒して、必要以上に強く握らなくなった。


次は後から肩を掴まれた場合、抱き着かれた場合等の護身術を教えていったのであった。



ー夜ー


マーギンとローズの夜間個別訓練。


「マーギン、私にも護身術をやらせてくれないだろうか」


「ローズも必要?」


「抜剣している隙がない時も考えられるからな」


それもそうだな。


ということで、手首を掴んで振り解くとかをやっていく。


そして、後からの抱き着きを振り解く護身術の時にマーギンは躊躇する。


「どうした?早く来いっ」


「いや、訓練とはいえ抱き着くってのが緊張しちゃってね…」


「そっ、そんな事を言うなっ。こっちも恥ずかしくなるではないかっ」


「そ、そうだよね。じゃ、行くよ」


「う、うん」


マーギンはえいっとローズに後ろから抱き着いた。


……

………


「どうしたの?」


護身術を使わないローズ。


「やはりマーギンの腕は鍛え抜かれているのだな」


ローズはマーギンの腕を振り解かずそんな事を言い出した。


「ちょっ、ちょっとローズさん…」


自分の心臓がバクバクしているのをローズにも聞こえてしまうのでないかと思うぐらい心拍数が上がるマーギン。


「マーギン…」


バクバクバクバク


「何をしている?」


「ギャーーーーっ」


そう声を掛けてきたのはオルターネンだった。


マーギンは自分の心臓が口から飛び出たかもしれないと、その辺に落ちてないかと探す。


「ったく、お前らが夜の訓練所で逢引してるとか噂になってんだぞ」


「ち、ちい兄様っ、逢引などしておりませんっ」


「ならマーギンに襲われていたのか?」


「襲われた時の訓練をしていたのですっ」


「ほう、それが本当なら、俺にやってみろ」


ローズは「では後から抱き着いて来て下さい」と、オルターネンに言い、オルターネンはローズを後から抱きしめた。


どすうっ


「ぐふっ」


ローズは容赦無しにオルターネンのみぞおちに肘鉄を食らわせ、手を持って身体ごと回転してオルターネンを投げたのだった。


「み、見事だローズ…」


くの字になって倒れたオルターネンを蹴飛ばそうとしたローズをマーギンはダメダメダっと止めたのだった。


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