女の力は偉大
翌日からのローズとの夜間訓練はオルターネン付きになってしまった。
その日の訓練が終わり、ローズが少し不機嫌なまま宿舎に戻ると、サリドンが廊下を歩いていた。ローズに気付いたサリドンは声を掛ける。
「個別訓練はどうですか?」
サリドンがそう聞いて来る。
「ためになっている。私は昼間の訓練はあまりすることがないからな」
「ローズさんは姫様の護衛ですから、魔物を倒す訓練なんて不要でしょうしね」
「まぁ、そうだな。で、お前の傷はどうなんだ?」
「明日まで安静です」
「では、ウロウロしていてはダメではないか」
「身体の怪我はマーギンさんの治癒魔法で治ってます」
「ん?ではなぜ安静なのだ?」
「私の心の問題ですかね…」
と、サリドンは目を伏せた。
「マーギンに何か言われたのか?」
「えぇ、自分の弱さを指摘されました」
「弱いのであれば鍛えて強くなれば良いだけのことではないのか?お前は剣だけでなく魔法も使えるようになったのだ。第三隊長にも勝ったではないか」
「あれは勝ちと呼べるものではありませんでした」
サリドンの塞ぎ様を見て、ローズはラウンジで話そうかと連れて行った。
宿舎にあるラウンジは休憩スペースのようなもので、お酒を飲むような場所ではない。
「特別に炭酸水を出してやろう」
ローズは自分も魔法が使えるのだぞ、と自慢気にサリドンの分も冷えた炭酸水を出した。
「炭酸水だけでも美味しいですね」
「そうだろう。なんせ100万G払った魔法だからな」
「ローズさんはマーギンさんから魔法を買ったのですか?」
「そうだ。マーギンはそもそも魔法書店の店主だからな。街で買った魔法書を上手く使えず、たまたまマーギンの店に行ったのだ」
「水魔法だけで100万Gもするんですか
?」
「本来はもっと高いのだぞ。100万Gなら水だけだ。私のは温度調節も氷水も炭酸水も出せるフルセットのものだ。確かフルセットで300万Gだったかな」
「かなり高額なんですね」
「そうだ。マーギンの魔法は性能も値段も高い。お前が使えるようにしてもらった攻撃魔法だと本来はいくらぐらいになるのだろうな?」
「えっ?」
「魔法書店では生活魔法書しか販売されていないようだ。攻撃魔法は非売品だから値段は付けられないだろうが、値段を付けるとするといくらぐらいになるかな?」
「水魔法で100万Gだとすると…」
「軽く一千万Gは超えるのだろうな。いや、一億Gと言われても私は驚かない。なにせ詠唱も不要な上、速射も連射も出来るのだ。この国でそんな魔法を使えるのは、アイリスとサリドンだけだろう」
「そ、そう言われてみれば…」
「間近にマーギンがいると感覚が麻痺してしまうが、宮廷魔道士でも使えないような魔法をお前に使えるようにしてくれたのだ。それをしっかりと生かさないとバチが当たるぞ」
「そ、そうですよね」
「そうだ。マーギンはしれっと皆に色々なものを与えるが、本来はいくら金を積んでも手に入らないようなものなのだ。訓練の指導もそうだな。自分が参加出来ないものがあるからこそよくわかる。こんな短期間で皆が別人のように強くなってきている。隊長達も驚いていただろう?」
「はい。何をやっているのか根堀り葉掘り聞かれましたが、マーギンさん以外にあのような訓練の指導は出来ないと言われました」
「だろうな。だからこそ私はお前達が羨ましい」
「えっ?」
「私も護衛ではなく、特務隊に志願していれば皆に置いて行かれる事なく、もっと強くなれたのではと思ってしまうのだ」
「でもマーギンさんに個別訓練をしてもらっているのですよね?」
「個別訓練は姫様を確実に守る為のものだ。マーギンは私にはそれ以外教えるつもりはないようだ。それは私の目標が要人護衛だったからだな。姫殿下付きの護衛なんて夢のまた夢の仕事だからな」
と言いつつもローズの表情は晴れやかではない。
「戦いたいのですか?」
「戦いたいというより、自分がどこまで強くなったか試したいといった感じかな。私は騎士として剣技会に出させてもらって、次兄に負けた。あの時は本当に悔しかった。本来であれば剣技会に出場させてもらった事だけでも感謝せねばならんのだがな」
「来年また出場して、リベンジすればいいじゃないですか」
「多分私はもう剣技会に出場するというか、出る事はないと思う」
「どうしてですか?」
「剣技会に出場するものは小隊長、隊長になりうる者が選ばれるのは知っているだろ?私が組織の上に立つ事はない。というか向いていない事を自覚させられた」
「自覚させられた?したではなく」
「そうだ。北の領地に騎士隊が応援に出た事は知っているだろ?」
「ローズさんが指揮を取ったやつですよね」
「そうだ。あの時に私は人の上に立つべき人間ではないとマーギンに自覚させられたのだ。まぁ、その後の護衛訓練でも姫様を守りきれなかったのだがな」
と、ローズはその時の事を思い返した。
「私は自分の事を残念には思ったが、早くに気付かせてもらって良かったとも思っている。自分は誰かに指示をする役目より、自分で動く方が性に合っていると分かって良かった」
「性に合うですか。自分は何が合ってるんでしょうね…」
「特務隊は性に合っていないのか?」
「自分は人を攻撃するのに戸惑いがあります。もしかしたら殺してしまうのではないかと。それが原因で仲間が犠牲になるとマーギンさんに言われました」
「人を攻撃するのに戸惑いか… 私にはそのような余裕は持てなかったな」
「余裕?」
「そうだ。剣技会でもちい兄様相手に何も遠慮せずに攻撃した。あの時は寸止めの事も頭になかったと思う。護衛訓練の時はマーギンに本気で攻撃をした。両方とも倒す事しか頭になかった。実の兄と恩人に対して酷い話だな」
「相手を殺してしまうとか怖くはなかったのですか」
「私に殺されるならそれまでの事だ。二人共私よりずっと強い。そんな事を気にするのは相手が自分より弱い時だけではないのか?」
「自分より弱い…」
「お前が殺してしまうかもと思うのは、自分の方が強いと心の中で思っているからではないのか?剣だとそんな事は思わんのだろ?」
サリドンはローズに指摘されてハッと気付く。
「魔法攻撃とはそれぐらい強力なものだ。マーギンのように自由自在にコントロール出来ないと怖いのは当然だ」
「マーギンさんが言いたかった事って…」
「あいつはいつも全部を言わないからな。私も何度もムカついたものだ。しかし、後からなんとなく理解出来る事が出てくる。あぁ、こういう事だったのかと。それにマーギンはお前に攻撃魔法を使えるようにしたのだ。あいつが上手く攻撃魔法を扱えないやつに教えるとは思えん。後はサリドン次第なのだろうな」
サリドンは今回の事で自分は期待されていないと思っていた。しかし、ローズの言った事はもっともだ。売値が付けられないような攻撃魔法を使えるようにしてくれたのは、自分にその力があると見込まれたからなのだ。そう思えたサリドンの気持ちはバァーっと晴れた。
「ローズさんっ!ありがとうございますっ」
サリドンは思わずローズの手を握ってお礼を言った。
「何をしている?」
「ギャーーーーーっ」
サリドンは後ろからオルターネンに声を掛けられ、口から心臓が飛び出したのであった。
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