異議申立審査会
「お前は何を言っているのだ…?」
サイラスはマーギンの言っている事が理解出来ない。庶民の回路師が騎士隊に稽古を付ける?
「昔、魔物討伐を専門にやっていた時期がありましてね。騎士隊より魔物に付いて詳しいのですよ。騎士達は対魔物に関して素人ですから、魔物の知識と対策を教えているといったところです」
「回路師が戦えるのか?」
「本業は魔法書店だと申し上げたでしょ?俺は魔法使いなんですよ」
「魔法書とは生活魔法のことだろうが」
「えぇ、王都近辺の魔物なら生活魔法でも倒せます」
「は?」
「信じられないなら、サイラスさんが体験してみますか?」
「何の魔法を使うつもりだ?」
「水魔法です。試したいなら致命傷にならないように手加減しますけど?」
生活魔法で魔物を倒せると言った言葉を信じられないサイラスはやってみろと言った。
「ではいきますよ」
「来いっ」
マーギンはサイラスが息を吸う瞬間を狙って、小さな水の玉を口の中に飛ばした。
ピュッ
「がっ ゴホッゴホッ」
咳き込むサイラス。
「これをもっと多くの水でやれば魔物も倒せます。今の水量でも本気でやればサイラスさんは死んでましたけどね」
「なっ、なんだゲーホゲホッ ガハッ」
まだ気管に入った水が残っているサイラスはしばらくゲホゲホとしたのだった。
「落ち着きましたか?」
「お前はなんの詠唱も無しに魔法が使えるのか」
「魔法が使える者は慣れたら誰でも出来るようになります。それなりの修行が必要ですけどね」
と、はぐらかしておく。
「お前は斬られる事はないと言ったのは、魔法が使えるからか」
「実戦経験のない貴族の剣なんか魔法を使うまでもなく避けれますよ。そうでないと魔物討伐なんか出来ませんからね」
サイラスはそう淡々と言ったマーギンの言葉を信じざるを得ないのだった。
「審査会で中央の貴族が知らぬ存ぜぬを貫き通した場合はどうする?」
「その場合、庶民からは特許申請が二度と上がらなくなりますね」
「貴族街の特許を使うのか?」
「まさか。庶民街で開発したものは庶民街でのみ使いますよ。その為に庶民街の回路師には回路の秘匿方法を教えてあります。もしその回路が貴族街で登録されていたものであったとしても証拠は掴めませんから問題なしです」
「なんだと…」
「これからは最新の魔道具は庶民街でしか出回らないということです。貴族は時代遅れの見てくれだけが良い魔道具を高値で買えば良いのですよ」
「そんな事を考えていたのか」
「そのうち他の貴族からなぜ庶民の方が良いものを使っているのだと声が上がるでしょうね。で、その原因を作ったのは中央の貴族ということが知れ渡って行きます。まぁ、その後の事は貴族の中で解決すればいいんじゃないですか?特許をたくさん取った商会が頑張って庶民街より優れた物を開発すれば良いだけの話です」
魔道具の回路の事はこれで解決も出来るが、板ガラスの製法やボールベアリング等の道具に関しては解決出来ない事は言わないのであった。
ー審査会前日ー
「悪いけど、明日は自主訓練をしておいてくれ」
「どうして?」
カタリーナが首を傾げる。
「ちょっと急用が出来てな。多分1日で終わるから」
「えーっ、せっかくご褒美もらえそうになって来たのに」
「出来てから文句を言え」
そう言うと、カタリーナは明日出来たらご褒美倍にしてもらうからねと言ったのだった。
ー審査会当日ー
マーギンは朝イチで貴族街の商業組合を訪ねると、いきなり偉そうな奴に、さっさと来いっと怒鳴られる。こいつが組合長だろうな。
それをニコニコと見送るガブリエル。
「いってらっしゃーい」
まるで新婚の奥さんのように手を振って送り出してくれた。あんなやつだっけ?
マーギンは無言で組合長と思われる奴に付いて行く。何か話すとムカついて攻撃してしまいそうなので、あえて何も話そうとしなかった。
立派な建物の中に入り、廊下をツカツカと歩くのに付いていき、大きな扉の前に到着した。
「入れ」
中に入ると、テーブルと椅子が裁判所のようにセッティングされており、マーギンは真ん中の証言台のような席に座らされた。まるで被告人扱いだ。
しばらくして、何人か人が入ってくる。一番偉そうな貴族貴族した人が裁判官のいるような場所に座り、両側の席にも何人か座ったのだった。
「貴様が異議申立てをしたものだな」
「そうですけど」
「では、貴様がこのドライヤーの特許を申請したのだな?」
「は?違いますけど」
「とぼけるなっ。こちらの不手際でドライヤーの特許がグラッシェンが先に登録したと間違えて却下したようだが、この特許は先に申請した貴様のものだっ」
「だからドライヤーの特許は俺が申請したんじゃありませんよ」
裁判官の場所に座って怒鳴っているのはトイシャング当主。自分の名も名乗らず、マーギンの名前も確認せずに有無を言わせずドライヤーの開発をしたのはお前だと言い張る。
「いい加減認めんかっ」
ドライヤーの特許をどうしてもこちらのものにしようとしているのがおかしすぎる。恐らく、あのドライヤーが問題を起こしたのだろう。そして、その責任を擦り付けに来てるのか。審査会をこんなに急いでした理由はこれか。
「えー、あなたの名前がわからないので、中央の方と呼びますけど、俺が異議申立てをしたのはライトの魔道具と赤いガラスの特許の件ですよ。異議申立書を見てないんですか?」
「なんだとっ」
トイシャングは組合長をギロッと睨む。
「いい加減な事を言うなっ」
組合長のヤンベル・ナーゲルがマーギンを恫喝する。
「何がいい加減なんです?こちらは庶民街の組合長と共に、異議申立ての内容説明をしようと訪問しましたが、門前払いをしたのはそちらでしょう?この通り、窓口の担当者にその旨を一筆書いてもらいましたから、言い逃れ出来ませんよ」
「見せろっ」
「渡したら証拠隠滅されそうなので、こちらに見に来て下さい」
「貴様っ…」
顔を真っ赤にして怒る組合長は腰に差した剣に手を置いた。
「抜いたら正当防衛で反撃しますからね。ご存じないかもしれませんが俺は魔法使いなので攻撃魔法を撃てます。剣を抜かない方がいいですよ」
威圧を込めて組合長を睨む。
「グッ…」
組合長はブルッと震えて剣から手を離したので威圧も止めた。
「えー、中央の方。今回の異議申立ては新しいライトの魔道具と赤いガラスの製法に対してです。ドライヤーの回路を申請したものには回路を組み直すように伝えてありますので、同じ回路で特許申請したのはグラッシェンでしたっけ?その人の物でいいですよ。どうせあれは欠陥回路でしたからね」
「なんだと…?」
「あの回路でドライヤーを作ると危ないのですよ。使用時間が長いと熱風が出続けて、火傷や火事に繋がる恐れがあります。もしあの回路で製品を販売しているのなら回収することをお勧めします。そうしないと取り返しの付かない事になりますよ」
「貴様… 何を知っているのだ」
トイシャングは王妃の髪の毛の事を知った上でマーギンが今の説明をしたと受け取った。
「貴様はこのドライヤーが危険な物だと知っていたのだな?」
「はい。この前却下された回路を見て気付きました」
トイシャングはチャンスだと思った。ドライヤーの危険性を把握した上で、グラッシェンにドライヤーを作らせて献上させるように仕向けたのはコイツだとすると辻褄が合う。
「貴様が王妃様にドライヤーを献上した張本人だと認めろっ」
「えっ?あぁ、確かに王妃様にドライヤーを献上しましたよ」
トイシャングはマーギンがあっさりとドライヤーを献上した張本人だと認めた理由がわからないが、その言葉を聞いて笑いが込み上げて来た。
「ふはっ ふははっ ふはははははっ。貴様がドライヤーを王妃に献上した張本人として死罪を申し付ける。ナーゲルっ、そいつを斬れっ」
組合長がトイシャングに命令されて剣を抜いた。
「パラライズ」
「グギギギギギっ」
強めにパラライズを掛けられた組合長は剣を握ったまま前に倒れて顔面を強打し、気を失った。
「中央の方、今のはどういうことですかね?ドライヤーを献上したら死罪とか意味不明ですよ」
「貴様っ、ナーゲルに何をしたっ」
「剣を抜いたので正当防衛で殺しても良かったんですけど、ある人と魔法で人を殺さないと約束したので痺れさせただけですよ。今のは中央の方の命令でしたから、お前にも正当防衛が成り立つんだけどな」
マーギンは丁寧な言葉から最後は態度を一変させた。
「貴様っ、庶民のくせに貴族に逆らうのかっ」
「お前、俺の敵だろ?敵なら貴族もクソもあるか」
「なんだその口の利き方と態度はっ。不敬罪で斬り捨てるぞっ」
「ほぅ、俺を斬るねぇ、やってみろよ。俺を斬れるなら特務隊に推薦してやるわ」
マーギンは立ち上がって威圧を込めながらトイシャングに近付いて行く。
恐怖の塊みたいなものが自分に近付いて来たトイシャングは腰を抜かす。
「ひっ、ヒィィィっ。来るなっ 来るなっ」
マーギンはこいつをどうしてやろうかと思案する。力でやり込めるのは容易い。が、罪を認めさせなければいけないのだ。今罪を認めろと言わせても脅されたからと後から言われる可能性が高い。
上手く自白させるつもりだったのだが、ムカついてつい脅すような形になってしまったのだ。
どうしようかと思っていると、ガチャと扉が開いた。そして、足音のしない執事が頭を下げて扉を押さえる。
「特許の審査会を行っているのはこちらかしら?」
王妃様?
「王妃様、どうしてこちらに?」
「特許の異議申立ての審査会が開かれていると聞いたので参りましたのよ」
王妃はマーギンに対して素知らぬ顔をした。あー、これは王妃と顔見知りなのを黙っておけという事か。しかし、王妃は随分と思い切った髪型にしたんだな。ロングヘアをバッサリか。イメージチェンジかな?それとも暑いからスッキリしたかったのかもしれん。
マーギンは女の命とも言われる髪を切ってまでマーギンを援護しようとした王妃の気持ちなどこれっぽっちも理解していないのであった。
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