決着
「トイシャング、審議の方はどうなっているのかしら?」
「お、王妃様、なぜこちらに…」
「聞かれた事に答えなさい」
王妃は冷たくトイシャングに言い放つ。マーギンの威圧で震えた後に、急速冷凍されているような感じだ。
「そ、その男が王妃様にドライヤーを献上したと認めました。グラッシェンは嵌められたのです。危険物と知りながら、自分が献上したものだけでは飽き足らず、グラッシェンにも献上するように仕向けたのですっ」
「マーギン、そうなのかしら?」
えっ?
トイシャングは王妃がこの男の名前を知っていた事に驚く。
「えー、どこから話しましょうか?」
「初めから聞きたいわ」
「そうですか。では、事の成り行きから話させて頂きますね。王妃様は特許制度が制定された事はご存知ですか?」
「特許とは何か簡潔に説明して下さるかしら」
「特許とは道具や魔道具の回路を初めに開発した者の権利を守る制度です。この制度が出来る前は長年研究して開発したものを他の者が真似し放題だったんですよ」
「それでは真面目に研究してきた者が馬鹿をみますね」
「はい。ですから新しい物を開発しようとする意欲が薄れます。その結果、この国の魔道具は非常に効率も性能も悪いものになっています」
「特許があればどうなるのかしら?」
「特許を取得した者は、他の者が同じ物を販売した場合、特許料として報酬をもらえます。特許料を支払った者はそれを参考に次の新しい物を開発することにも繋がるでしょう。それが綿々と続くことで魔道具や回路が発展していくのです」
「素晴らしい制度ですね」
「制度はそうですね。しかし、運用する人間がダメだと台無しです。今回異議申立てをしたのは、特許を審査する部門の人が特許の権利を横取りをしているのではないかと思い、異議申立てをしました」
「ド、ドライヤーの特許は手違いで貴様の物だと認めたではないかっ」
「中央の方、ですから今回の異議申立てはドライヤーではないと申し上げました。自分が異議申し立てをしたのは新しいライトの魔道具回路です」
「しっ、しっ、しらばっくれるなっ」
「異議申立書を読んで下さい」
「きっ貴様っ」
「トイシャング、その異議申立書を見せなさい」
王妃はトイシャングの手にある異議申立書を渡せと命令した。
「こっ、これは…」
王妃は凍り付くような目でトイシャングを見る。そして足音のしない執事がいつの間にかトイシャングの前に来て、ピッと異議申立書を奪い、王妃に渡したのだった。
「マーギンの言う通りね。これはマーギンが考えた回路だという証拠はあるのかしら?」
「中央の方、その回路の権利は誰が持っているのですか?」
「そ、それは開示出来ん…」
「トイシャング、審議会を開いておいてその回答は不可とします。誰が権利を持っているかはっきり言いなさい。あなたが言わないなら私が言いましょうか?」
「グラッシェンです…」
「だそうよマーギン。グラッシェンはそこに居るわよ」
「そうですか。ではグラッシェン、この回路に含まれている文言は何と書いてあるか理解してるんだよな?」
「あ、当たり前だ…」
初めて声を出したグラッシェン。
「本当か?審議会で嘘を付くと偽証罪も追加されるんじゃないのか?」
「う、嘘など…」
「ではお前が開発したと言うなら実験をしようか」
マーギンはそう言った後、申請したライトの回路をスラスラと描いていく。
「見事なものね」
「まぁ、自分で考えた物は理屈が分かってますので、複雑な回路であっても問題なく描けるものなんですよ。なぁ、グラッシェン」
「う… あぁ」
何も見ずにこんな複雑な回路を描くことなんて出来る訳がない。それをいとも簡単に… なんなのだこいつは?
「はい、完成。で、グラッシェン。実はこの回路はわざと効率を落としてあるんだよ。どこを削れば効率が上がるか分かるよな?」
「えっ?」
「早く答えろ。どこを削れば効率が上がるんだ?」
答えられないグラッシェン。
「マーギンは分かっているのね?」
「当然です。これは特許を盗んだ奴を炙り出す為の回路ですから。グラッシェンが本当に同じ回路を俺より早く申請していたなら、最低限同じ物をこの場で描けるはずです。なぁ?」
「グラッシェン、ここで回路を描いてみなさい」
「えっ、いやあの、研究資料を見ながらでないと…」
「そうか。なら、この文言の意味はわかるよな?」
マーギンは特定の文字を指差し、グラッシェンに意味を聞く。
「そ、それは…研究資料を見ないと…」
「研究資料を見てもわかる訳がないんだよ。これは俺が生まれた国の文字で俺の名前を書いてあるんだから」
「えっ?」
「これはサナダギンジロウと書いてある。サナダは家名、ギンジロウが名前だ」
「マーギンは偽名なのかしら?」
「偽名と言うより、ニックネームみたいなものですね。自分の名前の発音は他の国の人には難しいようなので、呼びやすい名前に変えました。家名のサナダのこの文字はマとも読みます。家名のマと、名前のギンジロウのギンを取って、マーギンとしました」
「そうだったの」
「はい。この回路には自分の名前は不必要なのです。では実験してみましょうか」
マーギンは名前を削った回路を描く。
「では両方の回路に魔結晶を置いてみますね」
ビカッ
両方とも明るく光った。
「明るさは同じですが、名前を削った方は使用魔力が減ります。明るさを変える場合はここをこう描き変えると…」
より一層明るく光る。
「と、回路の理屈が分かっていれば効果を変更する事も可能なのです。なのでこうして明るさ変更もすぐに出来るはずなんですよね」
「グラッシェン、あなたにこれが出来ますか?」
グラッシェンは何も答えられない。
「では偽証罪も加算します」
グラッシェンはこれ以上言い逃れは無理だと諦め、その場で崩れ落ちた。
「そ、その特許はグラッシェンが不正をしたのだっ。それよりドライヤーを献上した事は違うと言わせんぞっ」
悪あがきをするトイシャング。
「誰もドライヤーを献上していないなんて言ってないだろ?」
執事がスッとマーギンが献上したドライヤーを王妃に渡す。
「トイシャング、マーギンが献上したドライヤーはこれです」
王妃は漆塗りの黒くて軽いドライヤーをトイシャングに見せた。
「それは王妃様を暗殺をしようとしたドライヤーでございますっ」
この期に及んでマーギンに責任を擦り付けようとするトイシャング。
王妃は無言でカチッとスイッチを入れた。
モーター音も羽根が回る音もなく静かに温風が出てくるドライヤー。
「トイシャング、グラッシェンを通じて献上してきたドライヤーとは仕組みがまるで違うのは理解出来たかしら?」
「そっ、そんな…」
「マーギン、これは長時間使っても問題はないのかしら?」
「えぇ。魔結晶が無くなるまでその温度の温風が出続けますよ。髪へのダメージを考慮しておりますので、その温度より上がりません」
「お、お前は一体なんなのだ…」
トイシャングはマーギンと王妃が繋がっている事をようやく理解したのだった。
「トイシャング、お前の血縁は今頃捕縛されています。特許の不正のみならず、他の不正も証拠は全て押さえ済ですわよ」
そう王妃が言った後に騎士隊が部屋に入って来た。
「トイシャング、王妃暗殺未遂及び国家反逆を企んだ罪で捕縛する」
「そっ、そんな… 国家に反逆など」
トイシャングは何か言い訳をしているが、騎士はトイシャング夫妻を容赦なく縛り付けて部屋から連れて行ったのだった。そしてグラッシェンと組合長も続いて連れて行かれる。組合長は縛られた後にパラライズを解除しておいた。
「残るはウェーバーね。申し開きはあるかしら?」
「ございません。私はトイシャング伯爵の不正に加担しておりました」
「その割には利益の供与はされていなかったようですけど?」
「この地位にいられるのが利益の供与に当たります。この件は私単独の判断です。家の者達は何も知りません。私は死罪でも構いませんので、何卒家族には温情を賜りたく…」
ウェーバーと呼ばれた人はその場で土下座して王妃に家族は助けて欲しいと懇願した。
「貴族が不正を犯した場合、個人ではなく、家そのものに責任が問われるのは理解しているはずです」
王妃はそう冷たく答えた。
「何卒、何卒…」
ウェーバーと呼ばれた男は消えるような声でそう言い続けた。
「王妃様、少し宜しいですか?」
「何かしら?」
「今回の件は既に全部調べておられたようですね?」
「ふふふっ、そうよ。確たる証拠だけが必要でしたの。ご協力感謝致しますわ」
あー、また俺は手の平の上で踊っていたのか。
「その人も不正に加担していたみたいですけど、利益は得てないってどういうことですか?」
「爵位の上の者から命令されると、逆らえないといったところかしらね」
「それでも罪に問われるんですか?」
「もちろんよ」
「それなら爵位が上の人から不正を強いられたら、もうどうしようもないですよね?」
「どういう意味かしら?」
「だって逆らえないわけでしょ?自分ではどうすることも出来ないじゃないですか。王や王妃様に直訴できる仕組があるなら別ですけど」
「直訴?」
「はい。爵位が上の人から不正を強いられているので、助けて下さいとか言える仕組です。今はそれがありますか?」
「謁見申し込みは出来るわよ」
「謁見の間での話は、誰にも聞かれないように話せますか?」
「それは無理ですわね」
「ですよね?爵位が上の人が不正をしている、若しくは不正を命令されている事をそこで報告するの無理ですよ。バレたら何されるか分かったもんじゃないですから」
「なるほど。ではどうすれば良いのかしら?」
「目安箱とか設置されたらどうですか?」
「目安箱?」
マーギンは目安箱の事を説明した。本来は庶民が国に直接不満に思っていることを訴えるものだということも。
「それは検討しましょう。ではウェーバーの事は王と相談することにします。通達があるまで謹慎していなさい」
「えっ?」
「聞こえなかったのかしら?屋敷で謹慎していなさい。沙汰は追って通達します」
ウェーバーはこの場で捕縛されずに、家で謹慎する事になったのだった。
その後、部屋に残っているのは王妃と執事とマーギンだけ。今回のトイシャングの不正の件は既に王家に把握されていて全て調査済だった。この審議会も出来レースだったようだ。
退出するタイミングを逃したマーギンは黙っているのもなんなので王妃に話し掛ける。
「王妃様、随分とバッサリと髪の毛を切られたんですね」
いきなり地雷を踏み抜くマーギン。
「えぇ、ちょっと思う事がありましたの」
そう憂いたような顔で答える王妃。そんな表情に気付かないマーギン。
「そうですか。ロングヘアもお似合いでしたけど、ショートヘアもお似合いですね。こう言っては失礼かもしれませんけど、とても可愛らしくて素敵ですよ」
マーギンは呑気に王妃に可愛いとか抜かした。
「あら、私に可愛いと言って下さいますの?」
憂いた顔からキョトンとした表情に変わる王妃。お美しいとかは挨拶のように言われるが、可愛いと言われたのは初めてだったのだ。
「えぇ、その髪型だとピアスも良く映えますので少女みたいに見えますよ」
「あら、うふふふふっ」
王妃はマーギンの言葉に素直に喜ぶのであった。
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