特許戦争前

うむ、バネッサにはやはりこの訓練は不要だな。


目隠しチャンバラで攻撃を避けて、上手く立ち回っているのはバネッサだ。ガキ共もだいたい出来ているけど、他の人はまだまだダメだから、魔物役として残しておこう。


「バネッサ。お前は今日でこの訓練は終わりでいい」


「これだけ派手に動いてくれりゃ分かりやすくて手応えねぇしな」


「明日からはシスコとの連携の継続だな。俺もそこに入るから」


シスコもこの訓練を修了。スナイパーとして気配を消せているからそれでもう問題ない。ロッカは攻撃もしないとダメだから、継続だ。


マーギンは翌日からバネッサとシスコの連携、アイリスとカタリーナの木登りを見ることにした。ハンナリーは目隠しチャンバラを引っ掻き回す役をしてもらうことに。


こうして、休みの日まで同じ特訓を続けたのであった。



ーその週の貴族街商業組合ー


「カブリエルっ 貴様、特許の異議申立てをどうしたっ」


ガブリエルは組合長に鬼の形相で詰め寄られていた。


「ふ、副組合長にお願いして上申しました…」


「サイラスにだと?サイラスを呼べっ」


組合長は副組合長のサイラスを部屋に呼び付けた。


「貴様、あの異議申立てをどうした?」


「上申いたしましたが、こちらで対処しろと言われました」


「その異議申立てをしたものを呼び出せ。審査会を開く」


「えっ?」


副組合長は子爵、伯爵が取り合わなかったのに組合長が審査会を開くと言って来たことに驚いた。


「申請者は来週にこちらに参ります」


副組合長は来る日を伝えた。


「その3日後に審査会を開くと伝えろ。場所はここから連れていくから、必ずここに来させろ。お前とガブリエルも同席するのだ」


「は、はい。分かりました」


副組合長は何かが動き出したのだと理解したのだった。



ー王妃謁見の間ー


トイシャング伯爵当主、夫人、グラッシェン商会は土下座をしながら王妃と謁見していた。


「誠にっ 誠にっ申し訳ございませんっ」


「グラッシェン、あなたが開発したドライヤーで私はこのような髪になってしまったのだけれど、何を以って償ってくれるのかしら?」


王妃から発せられる冷気でカタカタと震える事しか出来ないグラッシェンとトイシャング夫人。


「王妃様、恐れながら申し上げます」


「トイシャング当主、そなたの返答次第で、その首が落ちると理解した上で申せ」


王妃の冷気を纏った声に震えながらトイシャング当主は全力の言い訳を述べる。


「特許の審査を行う際に、申請内容通りの効果があるか確認を致します。その効果測定をウェーバー子爵がグラッシェンにさせておりました」


カタカタと震えながら、えっ?となるグラッシェン。


「その際につい魔が差し、ドライヤーの特許を自分で行ったように不正を働いてしまったようです。元々ドライヤーの特許申請は庶民街から申請のあったもので、火を吹くような欠陥品を申請してきたのは違う者なのです」


「では、グラッシェンが特許の権利を盗み、私を焼き殺そうとしたということでいいのだな?」


「ちっ、違います。グラッシェンが不正を働いたことは認めます。しかし、王妃様を焼き殺そうなどとは思ってはおりません。そもそも、欠陥品を申請してきた者の責任であります」


「他の者が殺人ドライヤーの申請をしたと嘘を重ねるのか?」


王妃はドライヤーを欠陥品ではなく、殺人道具と呼び、トイシャングを追い詰める。


「先に庶民街の商業組合経由で申請があったのは確かのようです。それを証拠に申請に対する異議申立てがなされておりますので、そこで真相が明らかになります」


「ほぅ、異議申立てがあったのか?どのように真相を明らかにするというのだ?」 


「誰がこのドライヤーの特許を申請したのか審査会を開きます。当事者の話を聞き、特許が誰のものかをそこで明らかにし、責任の所在をはっきりとさせます」


「その審査会で誰が悪いのかはっきりするのだな?」


「は、はい…」


「では、その結果を待つとしよう。トイシャング、お前の管理不行き届き及び不正を見逃した罪はそれとは別に償わせる」


「はい。それは私の責任であります」


トイシャング当主は管理不行き届きと不正を見逃した罪を認める事で許されると胸を撫で下ろす。後は審査会で特許の権利を元々の申請者の物だと認め、その後に欠陥品の責任を擦り付けることで今回の事は切り抜けられると算段した。特許申請者は庶民。後はこちらでどうとでも出来るのだ。場合によっては、反逆罪でその場で斬り捨ててしまえば良いのだと考えていた。


その後、ウェーバー子爵経由で商業組合組合長を呼び付け、元の特許申請者を連れて来るように命令するのであった。



ー訓練の休みの日ー


「よっ、ガブリエル。異議申立ては通ったか?」


マーギンは遊びに来たように商業組合を訪れた。


「はいっ、マーギンさん。3日後に審査会を開きますので、朝一番にこちらにお越し下さい」


ニコニコとそう答えるガブリエル。なんか楽しそうだ。


「おっ、頑張ったんだな。偉いぞ」


「ガブリエルはエライ子ダカラ」


マーギンはややガブリエルの反応に違和感を感じたが、こんなに早く審査会が開かれる事を褒めておいた。


「お前がマーギンか?」


そこへ見知らぬ男が現れる。


「えっと、そうですけどあなたは?」


「私は副組合長をしているサイラスというものだ」


「そりゃどうも。自分に何か?」


「審査会の事は聞いたか?」


「はい。今ガブリエルから聞きましたよ」


「今日はジムケインは来ていないのか?」


「組合長の所にはこの後伺うつもりですけど」


「今からか?」


「はい」


「では私も一緒に行こう」


いきなり副組合長が出て来て同行すると言って来た。ジムケインの事も良く知ってそうだからいいか。


そして副組合長は無言のままマーギンと同行したのであった。



ー庶民街商業組合ー


「マーギンさんっ。あの件はどうなりましたか?」


「ミハエル、組合長いる?いるなら一緒に話すわ」


「おられますので呼んで来ます」



しばらく待つとジムケインがやって来た。


「サイラス!? お前がなぜマーギンと一緒にいるのだ…」


「話があるから同行した」


サイラスがそう答えると応接室ではなく、組合長室で話す事になったのだった。



「で、サイラスの話とはなんだ?」


「ジムケイン、お前今回の事はどこまで掴んでいる?」


「特許不正の事か?」


「それ以外にあるか」


「中央の貴族だろうとまでしか分かってない」


「お前、その程度の情報だけで貴族に戦いを挑んだのか?」


「戦いなぞ挑んではおらん。不正を暴く算段があるとこいつが言ったから付き合ったまでだ」


「もしかして二人は知り合い?」


マーギンはジムケインに聞いたのだが、答えたのはサイラス。


「こいつとは昔からの知り合いだ。ジムケイン、なぜ俺を頼らなかった?」


「こんなヤバそうな事にお前を巻き込めるか」


ジムケインってもしかしたら貴族出身なのか?だとするとロドリゲスも… まぁ、どうでもいいか。


「馬鹿野郎、特許の仕組みを作る時に声を掛けてきただろうが。それに対する不正ならそれも声を掛けろ」


なるほど。サイラスは特許の仕組みを作る時に一枚噛んでくれてた人なのか。


「えーっと、本題に入っていいかな?」 


「あぁ、すまない。で、マーギンとやら。お前は何者だ?」


「俺は魔法書店の店主をやっている」


未だに魔法書店店主気取りのマーギンは続けて話す。


「それと、特許の事をジムケインに頼んだのは俺だ。前にイードンって魔道具店の職人達がひどい目にあっていたのをたまたま知ってしまってね。そこから職人達との付き合いが始まったんだよ」


「イードンの件も絡んでいたのか?」


「そうだ。こいつがロドリゲスを使って私を脅して調べさせたのだ」


そう答えるジムケイン。


なんて人聞きの悪い…


まるで俺がその筋の人を使って脅したみたいじゃないか。あれはロドリゲスが勝手に動いてくれただけなんだぞ。


「今回、職人達が特許申請したものの大半が先に登録されているという理由で却下になったから、不正されてるんだろうなと思ったんだよ。で、どこが元凶なのか調べようと思って回路師の申請をして、特許申請をしたってわけだ」


「それで何がわかる?」


「俺が申請した回路は絶対に他の人が申請出来るはずのない回路なんだよ」


「そんな事が言いきれるものなのか?まったく同じでなくても、似ていれば通らない事も考えられるではないか」


「だからそれを証明するために異議申立てをして、審査会を開いて欲しかったんだ。回路の実験を繰り返される前に審査会を開いてもらう必要があったんだよ。1〜2ヶ月で内容が分かるような回路ではないからね」


「そんなに複雑なのか?」


「そうだね。普通の回路師だと意味がわからないと思う。もし意味が分かるような人なら特許を盗んだ事は問わなくてもいいかな」


「なにっ?」


「それぐらい能力のある人なら、国で囲って開発をバンバンさせればいいよ。俺が不正だと騒いで処分されるより有意義だ」


マーギンはそう言って笑ったのだった。


「マーギン、この不正には高位貴族が絡んでいる可能性が高い。初めは中央の商業関係の最高責任者から異議申立て申請は却下されていたのだ」


「今回審査会が開かれる事になったじゃん」 


「恐らくとしか言えんが、異議申立てを受けた方がメリットのある理由が出来たのだ。お前、審査会でハメられる可能性が高いぞ」


「ハメられないよ」


「お前は庶民だよな?審査会でハメられて、その場で斬られるかもしれんのだぞ」


「俺を斬れるような人なら特務隊に推薦しておくから大丈夫」


「特務隊とはなんだ?」 


「魔物討伐専門部隊。特務隊は騎士隊に新設された隊なんだ。俺はその人達に稽古をつけている。人間相手に斬られるような事にはならないよ」


「は?」


と意味がわからないサイラスなのであった。


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