同時進行
マーギンはバネッサに残された箱をしばらく見つめたあと話を切り出した。
「陛下、この件は自分が陛下にお願いして、バネッサの父親の行方を調べてもらったということにして頂けませんか」
「マーギンからの依頼か… その方がそなたも自然に話せるのだな?」
「はい」
「ではそうしよう」
「陛下」
「何じゃ?」
「この箱を見付けて下さってありがとうございます」
マーギンは王にお礼を述べた。星の導き達を裏で調べていた事を隠したままにするのであれば、この箱も処分されていただろう。それをせずにこうして教えてくれた事に感謝した。通常、王が庶民の事をこのように気遣う事は稀だろうしな。
「マーギンよ、自分や仲間が勝手に調べられた事を不快には思わんのか?」
「異質な自分の事もカタリーナ姫の事もありますからね。調査されるのは当然ですね」
「このような事に慣れておるのじゃな」
「まぁ、以前もそうでしたからね。気にし始めるとキリがありませんので、気にしない事にしてます」
「そうか。マーギンよ」
「はい」
「そなたには色々と苦労を掛けておる。何か望むものはないか?」
「特に欲しいものはありません。ただ…」
「ただ、何じゃ?」
「この国だけでも、頑張っているものが報われるような国にして頂きたいと思います」
「どういう意味じゃ?」
「身分や生まれが違うというだけで、搾取されないというのですかね。正直者が馬鹿を見るような国になって欲しくないのですよ」
「何かあるのか?」
「まぁ、そうですね。今は自分で動いていますが、どうしようもなくなればお力添えをお願い出来ればと思います」
「あい、わかった。その時には遠慮なく申し出よ」
「はい。ありがとうございます」
マーギンは王との謁見を終え、退出したのであった。外で待っていた大隊長には自分で戻れますと伝え、宿舎に戻ったのであった。
ー王の私室ー
「スタームよ」
「はっ」
「近々、粛清を行う事となるじゃろう。捕縛の人員を考えておけ」
「かしこまりました」
王の元には既に軍部からも報告が入っており、証拠固めに入っていた。軍からグラッシェンへの防刃服発注もその一つ。罪を重くさせるべく軍部への詐欺罪にも問えるようにしたのである。
ー王の寝室ー
「あら、マーギンはあなたを頼ったのね。私を頼るものだと思っていましたけど」
「まだ頼られてはおらん。自分の力が及ばなかった時に頼るかもしれないと言われただけじゃな」
王妃は王からマーギンとのやり取りを聞いていた。自分を頼ればいいのにと少し機嫌が悪い。
「他に望みはなかったのかしら?」
「正直者が馬鹿を見る国にしてくれるな、と言われたの」
「そう。それは国の目指す方向として正しいわね」
「そうじゃな」
王妃も不正を働いている貴族は既に把握している。この件については自分が動くつもりでいたが、このままではマーギンが自分に頼って来ることはなさそうだと思ったのだった。
ー貴族街商業組合ー
「ガブリエル、どうした」
何度も組合長に異議申立てを中央に上げて欲しいと懇願しても、お前が勝手に受理したのだから知らんと叱責を受け続けたガブリエルはトッテム状態になりかけていた。それに気付いた副組合長が声を掛けて来たのだ。
「副組合長…」
トッテム一歩手前のガブリエルは副組合長を見ていきなり泣き出した。
「どっ、どうしたっ」
ガブリエルは副組合長に事の成り行きを話した。
「庶民が王家の紋章が入った通行許可証を持っていただと?」
「はい。組合長にも話しましたが、偽造したものに決まっている、お前は詐欺師の片棒を担ぐつもりかと叱責を受けました。このままでは私に責任が…責任が…責任が…」
トッテムになりかけるガブリエル。
「その男はジムケインと共に来たのだな?」
「はい。そうですよっ!」
急にハイテンションになるガブリエル。
「わかった。それは私が中央に掛け合ってくる」
「えっ?」
「ジムケインが連れて来たということは、その通行許可証は本物だろう。あいつは不正に加担するような奴ではない。だとすると、その異議申立てはそいつの言う通りにすぐに通さないとまずいことになる」
副組合長は組合長が不正に加担している事を薄々と感じていた。恐らく既に組合長の不正がバレているのだろう。この異議申立て書はどこで止まるか調べるための餌だと思われる。このままでは組合長が知らぬ存ぜぬを通せば、それを証明する術はない。
副組合長はこれをチャンスと捉えた。クソみたいな組合長を追放する良い機会なのだ。
ー翌日ー
副組合長は中央のウェーバー子爵に直接異議申立書を提出しに行った。
「特許の異議申立てだと?」
「はい。この特許はマーギンとリヒト工房が先に提出しているはずだと」
ウェーバー子爵の顔が曇る。
「そのような証拠もないものを受け付ける訳にはいかん」
「しかし、調査をする必要があると思います」
「それは組合で調査すれば良いだろう。こちらの手を煩わせるな」
「では、この特許を取得した者を同席させて審議をお願い出来ませんか」
「こちらの手を煩わせるなと言っただろうが」
副組合長はピンと来た。ウェーバー子爵も不正に加担しているか、張本人なのだと。
副組合長は翌日、最終権限を持つトイシャング伯爵にアポイントを取り、上申するもウェーバー子爵と同じ答えが返って来たのであった。
あぁ、ここが元凶なのか…
副組合長はもうどうすることも出来ないのであった。
ー翌日ー
マーギンは休み明けに先週までの復習をさせて、身に付いているか確認を1日掛けて行った。
「よし、今日はここまで。明日から実戦に即した訓練を行うので覚悟をしておくように」
「なにすんだよ?」
「んー、バネッサは不参加でもいいかもしれんから、明日確認したら別メニューにするわ」
「だから何するか聞いてんだよっ」
「それはお楽しみだ」
先に言えよっと言うバネッサ。マーギンはバネッサの顔を見て、涙が出そうになるのをなんとか耐えたのであった。
ー王妃の私室ー
「この辺りから切って頂戴」
「し、しかしそれでは女性らしさが」
「私は髪の毛を切ったぐらいで男になるのかしら?」
「い、いえ、そのような事は…」
「なら早く切りなさい」
王妃は綺麗なロングヘアーをバッサリと切ったのだった。
ー翌日の訓練ー
「今日から気配察知の訓練を行う」
「どうやってやるんだ?」
ガキ共が聞いてくる。
「お前らは多分やらなくていいと思うが、今日は全員参加だ。各自今から配る武器を持って」
マーギンはゴム製の棒を渡していく。
「これで殴り合うのか?」
「そう。大きな怪我はしないけど、かなり痛い。これだけだと訓練にならないので、全員目隠しをしてやるんだ」
「えっ?」
「自分の気配を消し、相手の気配を探って殴る。気配察知が出来るまで延々とこれをやってもらう」
これは目隠しチャンバラだ。一度殴られたらかなり痛いのでゴム製の棒でも怖くなる。その痛さから殴られたくないという恐怖心を生み、気配を消そうとする本能を呼び起こす為のもの。自分の気配を消せるようになると、他の気配もだんだんと感じるようになるのだ。
皆を少し離して座らせ、目隠しをさせる。
「さて、準備が出来たから始めるぞ」
マーギンが合図をして目隠しチャンバラがスタートしたが誰も動こうとしない。そう、目隠しされると先ずは様子を探る方に意識が行くのだ。
マーギンは気配を消してオルターネンの背後に忍び寄る。
スパーーッン
「ガッ…」
皆は誰かが殴られた音と声が聞こえた事で一気に警戒心が増す。そしてマーギンは次々に後ろから叩いて行く。完璧に気配を消したわけでもなく、小さく足音もさせているので気付けないとダメなのだ。
自分が叩かれた事により、パニックになる。そして、様子を探る事から、無闇矢鱈にゴムの棒を振り回し始める。それが誰かに掠ったりするので、無茶苦茶な乱打戦が始まるのだった。
ートイシャング家ー
王妃からの手紙を受け取ったトイシャング夫人はカタカタと震えていた。
「どうした?」
「王妃様からドライヤーが火を吹いたと…」
「なんだとっ?」
「グラッシェンを連れて来て説明せよと…」
トイシャング夫人は震えが止まらない。
「ど、どうしましょうあなた…」
トイシャング当主はまずいことになったと頭を抱える。
「あっ!」
「何か良い手はありまして?」
「あれを開発したのは庶民街の職人だっただろ」
「え、えぇ」
「庶民が生意気にも特許について異議申立てをしてきたのだ。そいつを呼び出して、そいつのせいにすれば良い」
「そんな事をしたら特許を不正利用したことがバレて…」
「王妃に火を吹くような物を渡した方がまずい。特許の事はつい出来心がとかなんとか言えば罰金程度で済む」
トイシャング当主は罪の軽い方を選ぶことで生き延びる道を選んだのであった。
トイシャングは異議申立ての内容をよく聞かないまま却下したため、内容がドライヤーの特許だと思い込んでしまったのだった。
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