金の髪飾り

焼き肉を皆が堪能したのでお開きに。どうやらカタリーナも城に戻らず、宿舎に泊まりたいと駄々をこねたようで、ローズの部屋に泊まるらしい。


「マーギン、この後ちょっと飲まんか?」


と、大隊長にお誘いを受けた。なんか話があるのだろうか?


「いいですよ」


と、返事をすると、貴族街のワインバーみたいな所に連れて行ってくれた。高そうな店だ。



「秋に姫様をタイベに連れて行くのだろ?」


「そのつもりです。カタリーナも文句を言わずにずっと木登りをしてますからね」


「そうか。その時に特務隊も同行させてくれ」


「特務隊を?」


「そうだ。陛下の耳にもタイベで見知らぬ魔物が出ている報告が領主から入っている。姫様の護衛強化と特務隊に見知らぬ魔物に慣れさせておけとのご命令だ」


「了解ですけど、次回のタイベ行きは商売絡みの話が中心なので、魔物が多い森には行かないつもりだったんですけどね」


「そうなのか?」


「カタリーナがいるのに、魔物の多い森に入ると危険でしょ?」


「それもそうか。特務隊だけ連れて森に行くことは可能か?」


「王都でもないのに、護衛がローズだけってのもまずい気がするんですよね」


「むぅ、ならば姫様を領主に預けるか」


そんな事をしたらアイリスの父親、エドモンド・ボルティアは腰を抜かすんじゃなかろうか?


「それなら、先に連絡をしておいて下さいね。いきなり来られたら対応に困ると思いますよ」


「それは陛下に伝えておく」


王様から直接お触れが来たら、もっと驚くんじゃなかろうか?まぁ、それは任せておこう。


「話はそれだけですか?」


「いや、兵士の3人なんだがな…」


「それはお断りしましたよね?」


と、間髪入れずに断る。


「あいつらはちょいと訳ありでな…」


「訳ありなのは、ラリーとかいうやつでしょ」


「何か知ってるのか?」


「知っていると言うより、使った武器と分身の技でだいたい想像が付きますよ。隠密として育てられたとかそんなんでしょ?」


「よく分かったな?」


「あんなの普通に育ってきた奴に出来る芸当ではないですからね。能力はあるが性格的にダメとかなんでしょ」


「その通りだ」


「そのまま軍で活躍させてやればいいじゃないですか。あの3馬鹿の性格矯正とかしている暇はないですよ」


「実は北西の辺境領が北のノウブシルクとごちゃごちゃし始めているらしくてな、それと未確認ではあるが、ウエサンプトンがノウブシルクに落とされたという情報も入って来ているのだ」


「戦争が始まるんですか?」


「まだ確定ではないがな」


「侵攻目的はなんなんですかね?」


「北はここより魔物の被害が多く出ているみたいでな、移住先を確保したいのかもしれん」


「戦争するより、移住を頼めばいいのに」


「他国から大量に移住してきた人間にまともな生活が保障されると思うか?」


「低賃金で働かされるとかそんな感じになるんですかね?」


「普通はそうなる事を覚悟するだろう」


「だから、力を見せて有利な移住をさせるとかですか」


「軍はそう読んでいる。ウエサンプトンが落とされたという情報が本当なら、次はゴルドバーンだ。そうなれば大陸にある4大国のうち3ヶ国が敵に回る」


「シュベタイン王国が孤立するってわけですね?」


「最悪のシナリオがそれだな」


「そうなるのは、あと5年から10年後ぐらいですかね?」


「マルクの読みも同じだ」


「はぁ〜、魔物の増加と同時並行ですか。そんな事をする前に魔物対策をすれば良いものを…」


「他国にはお前がおらんからな。対策の立てようがないのではないか?」


「で、シュベタインは戦争と魔物対策を同時に進める為に兵士にも魔物討伐訓練が必要ってわけですか」


「マルクはそう考えているのだろうな」


「俺は特務隊を魔物討伐のスペシャリストになって貰うつもりなので訓練をしていますけど、軍は勝手にやってもらって下さい。数がいれば大概の魔物はどうにかなりますよ。隠密を育てているのが家か里か知りませんけど、あの3馬鹿は自分を捨てた所を見返すために功績が欲しいんでしょ?」


「自分の居場所を必死に探しているのだろうな」


自分の居場所か… マーギンは大隊長の言葉でふと過去の事が脳裏に過った。勇者パーティメンバーのベローチェの事だ。



ー勇者パーティ時代の訓練ー


その日の合同訓練が終わり、いつもならミスティの転移魔法で他のメンバーは王都に戻るのだが、翌日も訓練をする日はガインは戻らずに一緒に飯を食う。目的はマーギンの焼肉だ。そして、ガインも戻らないとダメな時はベローチェが残る事が多かった。


「お前も戻らなくていいのかよ?」


「うるせぇな」


ベローチェは子爵令嬢と聞いてはいるが皆がいなくなると口も態度も悪くなる。とても貴族のお嬢様とは思えない振る舞いだ。


「お前、本当にお嬢様なのか?ソフィアとまったく違うぞ」


聖女ソフィアはとってもお嬢様らしい振る舞いを常にしている。性格を知らなければ憧れの女性だ。


「だからうるせぇって言ってんだろ。マーギンのくせに余計な事を言うな」


こいつ…


「お前が残ると思ってなかったから俺とミスティの分しか飯は用意してないぞ。勝手になんか狩って来て食えよ」


「お前の分があるだろうが?」


「なんで俺の分をお前にやらないとダメなんだよ?」


「良いから寄越せっ」


ミスティは他の誰かがいるとほとんど話さない。ベローチェとマーギンが肉の取り合いをしている時も静かに食べている。そして、その横で始まるバトル。


箸のマーギンVSフォークのベローチェ


育ってきた肉を先に食べようと箸とフォークの戦いが繰り広げられる。箸で掴んだ肉をフォークで落とされ、フォークに刺した肉を箸で摘んで奪い返す。とても意地汚い戦いだ。


「クソッ」


大概ベローチェのスピードに負けるマーギン。今回も肉を奪われてしまった。


「へへっーん、うちに勝とうなんざ10年早いんだよっ」


「お前、10年経ったらオバサンじゃん」


べしっ


「あうっ」


いらぬ事を言ったマーギンはベローチェに暗器を投げ付けられ、痛たたとしている間に全ての肉を奪われるのだった。


マーベリックとソフィアが居る時には気配を消してんのか?というぐらい何もしないベローチェ。ガインが残った時は後ろに離れて飯を食ったりするけど、後ろから暗器を投げて来やがったりする。いったいなんなんだこいつは? マーギンはベローチェが何を考えているのかさっぱりと分からなかったのである。


そして、ベローチェは子爵令嬢ではあるが、子爵家の実子でないことをマーギンが知ったのは随分と後の事だった。



ー現在ー


「分かりました。訓練はしませんけど、対戦相手ぐらいなら引き受けますよ」


マーギンは当時のベローチェの事を思い返してそう答えた。あいつは自分の居場所を探していたのだと気付いたのは魔王討伐直前ぐらいの時だった。


「いいのか?」


「予定通りに訓練が進んだら対戦は来月ぐらいですかね。この一ヶ月は基礎と心構えを中心にやりました。明後日からは実戦に向けた訓練に入ります」


「来月か」


「はい。その時には騎士隊にも対戦をお願い致します。多分、騎士隊はボロボロになるでしょうけど」


「1対1か?」


「それだと特務隊の相手になりませんよ。騎士隊に相手をしてもらうのは、特務隊の訓練というより、特務隊への意識改革です。騎士達は特務隊が左遷部隊だと思ったままでしょ?」


「確かにな」


「この僅かな間に、特務隊メンバーが自分の手の届かない存在になった事を知って貰えば、騎士達の意識が変わるはずです。オルターネン様は別として、1対1はホープとサリドンが隊長クラスを倒せば十分ですかね。特務隊の実戦訓練は騎士隊の大人数に加えて軍ともやってもらいます。その時に3馬鹿を加えて下さい」


「他の兵士も混ぜるのか?」


「はい。3馬鹿に他の兵士との連携の重要さを理解して貰うにはその方がいいでしょ?」


「お前は初めから想定していたのか?」


「まぁ、ここで訓練をしていたら軍が絡んで来るのは想定していましたよ。3馬鹿みたいな奴らが来るのは誤算でしたけど、訓練相手にはあの手の奴がいた方が良かったですね」


「特務隊は軍相手になんとかなりそうか?」


「俺はこの国の軍の実力を知りませんけど、実戦経験がないなら問題ないと思いますよ。訓練と本番はまるで違いますから」


マーギンはそう言い切ったのだった。


「明日も休みだったな?」


「そうですね」


「では明日の夕刻に陛下の所に来てくれ。俺が迎えにいく」


「は?嫌ですよ」


「嫌とか言うな」


「嫌な予感しかしないから嫌ですよ。何をさせられるかわかったもんじゃない」


ただでさえ王妃でお腹いっぱいなのだ。


「何かを言われたりするわけでもない。お前に渡したい物があるそうだ」


「何を渡されるんですか?」


「それは俺も知らん。だが重要な物らしい」


重要な物とかいらない。きっと面倒事に決まっているのだ。


「いりませんよ。そんなに重要な物なら然るべき人にお渡し下さいとお伝え下さい」


「言えるかーーっ」


マーギンは結局、大隊長の頼む攻撃に押し切られてはいと言わざるを得なかった。頼み事を聞く対価として、フクロウの剥製製作費用を大隊長負担してもらうことにしたのだった。



ー翌日ー


謁見の間ではなく、いきなり王の私室に行くことに。嫌な予感しかしない。


「スタームよ、お前は外せ」


「はっ」


えっ?王様と二人っきりにさせられんのかよ?


益々大きくなる嫌な予感。しかし、もう逃げる術はない。


他の人も全員退出し、二人っきりになったら王が用件を話しだした。


「マーギン、お前にこれを託そう。これをどうするかはお前が決めてくれればよい」


手渡されたのは小汚い箱。しかしそこそこ重い。


「なんですかこれ?」


「実は、星の導き達を調べさせてもらった」


マーギンは星の導き達を調べたと聞いても驚かない。自分の事もあるし、カタリーナの事もあるから調べるのは当然だろう。


「別に隠し立てするような奴らではないですよ」


「うむ、アイリスの件は公になっておるか?」


「父親とは和解しましたが、表立って知らせるような事でもないので、星の導き達以外は知りません。エドモンド・ボルティア様もアイリスに自由に生きなさいとおっしゃってましたので」


「そうか。アイリスは貴族になる事を望んでいるのではないのだな?」


「ちゃんと聞いていませんが、父親の元に行かなかったということはそういうことだと思います」


「わかった。ならばこちらも何もせずにおこう。問題はその箱じゃ。中を開けてみよ」


マーギンは言われた通りに箱を開けた。中に入っていたのは細やかな装飾が施された金の髪飾りと金貨が20枚程。それと手紙だ。


「これは?」


「バネッサの父親が隠していたものだ」


え?


「手紙を読んでみよ」


マーギンは言われた通り、手紙に目を通す。


「これ…」


「国が管理している金山があっての、そこの鉱夫達が住む建物に隠されておったものじゃ」


「バネッサの父親は奴隷だったんですか?」


「いや、志願鉱夫じゃ。ただ志願鉱夫と言えど奴隷と変わらん。ちゃんとした建物に住めるか住めないかぐらいの差じゃな」


「まさか消されたんですか?」


金山は昔から国で厳重に管理されている。金山で働いた鉱夫はその場所をどこかに漏らさないように二度と外の世界に戻れないと聞いたことがある。


「死因は病死じゃ。酒でかなり身体が弱っていたものと思われる。その身体で鉱夫をしていたのじゃ。無理もなかろう」


「バネッサの父親がこれを作ったんですか?」


「バネッサの父親は腕の良い彫金師だったようじゃな」


「彫金師なら、金山の鉱夫になったらどうなるか知っていたのではないですか。なぜ自ら鉱夫に…」


「恐らく、娘に成人の儀の服と髪飾りを贈りたかったのじゃろう。しかし、その箱を送ることが出来ずに隠したまま亡くなってしまったようじゃ」


そうだったのか…


前にピアスを作ってやった時に「こんな時に」とぶつぶつ言っていたのは父親のことだったのか。


「なぜ腕の良い彫金師が酒に溺れて貧民街になんか住んでたのかはお分かりになりますか?」


「バネッサの母親は隠密の関係者じゃ。父親が出入りしていた貴族のメイドとして潜入しておったようじゃな」


王の話では、スパイのような役割で潜入していた母親とその貴族に出入りしていた彫金師の父親が恋に落ち、バネッサを生んだ。しかし、隠密の関係者に母親は消されたのだろうと言った。


父親は妻が隠密だとは知らず、子供を産んでしばらくしてから他の男と逃げたように偽装したらしい。夫と子供を守る為に自ら隠密関係者に取引を持ち掛けたと思われるか…


「バネッサの父親は妻に逃げられたと思って酒に溺れていったんですね?」


「そうじゃろうな」


隠密とは世に出ることのない存在だとしてもやり切れない話だ。まだ夫と子供を一緒に消されなかった事だけが救いかもしれん。


あのラリーも昔の世界なら消されていただろうからな。



マーギンは人知れず生まれ、人知れず死んでいく隠密という存在に心を痛めるのであった。


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