またややこしいものを…

マーギンがハンター組合でロドリゲスと話をしている頃、ホープは大隊長に呼び出されていた。


「ホープ、入ります」


「今日は訓練休みだそうだな?」


「はい。身体を休める日があった方が良いと、週に1度休養日を設けられております」


「今日、晩飯に付き合え」


「はっ、ありがとうございます」


その夜、ホープはレストランの個室でご飯を食べながら訓練の様子を大隊長に聞かれていた。


「そうか、お前は特務隊でやっていけそうか?」


「もちろんですよ」


ホープはそう強がって答えた。正直今の自分はマーギンの足元にも及ばない。それどころか星の導き達にも敵わない事を悟ってしまったのだ。


「そうか、ならば家を継ぐ権利を放棄した事を撤回するつもりはないのだな?」


ホープは少し返答に戸惑った。自ら家を継がないと宣言はしたものの、正式に書面で手続きを踏み辞退したわけではないのだ。そして、返答を戸惑った自分の心の奥底にあるものに気付く。


あぁ、自分は最悪、家を継ぐという逃げ道を残していたのか…


「撤回するつもりはありません」


自分が逃げ道を残していた事を認めたホープはこの場で自ら退路を断つ覚悟決めた。


「ならば、ウェーバー家から離籍しろ。ホープ個人として腕を磨け」


「はい」


ホープは大隊長の目を見ながら、そうはっきりと答えたのであった。



ー休み明けー


「マーギン、次の休みの日にお母さんが会いたいって」


カタリーナが訓練を始める前にいらぬことを言ってきた。


「何でだよ?」


マーギンは嫌そうな顔をして理由を聞く。


「そんな嫌そうな顔をしたのお母様に言いつけるよ?」


なんて恐ろしい事を言うのだお前は…


「誰も嫌だとは言ってないだろ。理由を知りたいんだよ。俺がなんか悪い事をしたのかな?とか思うだろうが」


「理由は分かんない。マーギンに聞きたい事があるんだって」


「…分かった」


マーギンはそう返事をするしかなかった。


そして、なんか面倒事を持って来たような雰囲気を醸し出す大隊長がやって来る。


「さ、柔軟からやるぞ」


思いっきり大隊長と目が合ったのに、気付かぬふりをするマーギン。


「白々しいぞ」


「あ、大隊長。おはようございます。今から訓練が始まりますので、お話があるなら夜にでも。さ、前屈から…」


さっと、目線を逸らせて柔軟を始めようとしたら、むんずと頭を掴まれて無理矢理視線を合わせさせられる。


熊に首をもがれたようなマーギンは面倒臭そうな顔をした。


「紹介したい者がいる」


あー、この人、前に訓練見ていたな。見るからに貴族の人だから面倒臭そうなんだよね。


「異国人の庶民に紹介なんて大げさな。ご見学ならご自由に」


ぐぎぎぎぎっ


やめれっ、首が千切れるわ。


「こいつはマルク・ユーリヒ。王都軍の統括だ」


「そうでしたか。始めましてマルク・ユーリヒ閣下。では私は訓練がございますので」


マーギンが逃げないように大隊長は熊クローをしたまま離さない。


ギリギリギリギリ


「痛だだだだっ。潰れるっ 潰れるっ。まったくもうっ。自分の力を考えろってんだっ」


マーギンは大隊長の小指を掴んで、曲がってはいけない方向に曲げる。


「痛だだだだっ 折れるだろうがっ」


ようやく熊クローを止めた大隊長。


「はっはっはっ 見事な脱出方法だ」


マルクに褒められるマーギン。


「そりゃどうも。で、そこにいる3人を訓練に加えろとでも言いに来られたのですか?」


「ご名答だ。こいつらは新人兵士で、ラリー、サイマン、ボンネルという」


「ここでやってる訓練は軍隊の訓練ではありませんよ。紹介されても困ります」


「そう言うな。先程のスタームから逃れた方法は軍人式のやり方だ。お前は軍隊にいたのか?」


「いえ、違いますよ。俺の師匠が軍人だっただけです」


「そうか。まぁ、それはどうでも良いが、こいつらも訓練に混ぜてやってくれ」


「だから困りますって。自分は短期間でここにいる全員の生還率を上げる為の特訓をしているのですよ。兵士の訓練とは違います」


「この3人は能力は高いのだが、面倒な奴らでな、ここで鍛え直してやって欲しいのだ」


「だから困りますって」


マーギンが頑なに断っているのを聞いているのかいないのか、次はオルターネンに話し掛ける。


「お前はオルターネンだったな」


「はいっ。特務隊の隊長をしております、オルターネン・バアムです」


「こいつらが物になるようなら、特務隊に引き抜いても構わんぞ」


「それは…」


「マルク閣下、オルターネン隊長は人選を吟味されておられます。いきなり連れて来られた者を…」


「なら、お前が実力を試してくれ」


はぁー、やっぱり貴族って人の話を聞かないよな。


「わかりました。じゃ、テストをして不合格なら連れて帰って下さいね」


「お前ら、それで構わんな?」


「閣下、恐れながら申し上げます。自分達がこのような冴えないおっさんに負けるはずがありません」


「で?」


マルクは冷たく答える。


「テストに合格したら、軍の先鋒隊に加えて頂けないでしょうか」


「合格したら考えよう。その代わり、不合格ならここで鍛え直してもらえ」


おいっ。話が違うぞっ。


「閣下、話が違いますよ。テストに不合格なら連れて帰るとの条件です」


「不合格になった者を連れ帰っても使い物にならんからな」


「こちらが負けたら?」


「お前を倒せる程の腕があるなら特務隊に入隊だな。オルターネン、それでいいな?」


「えっ、あ、はい…」


あ、バカ… なぜそこでハイと答えるのだ?


まぁ、この軍統括閣下は見るからに高位貴族みたいだからな。オルターネンも爵位の関係でNOとは言えんか。


さて、どうする。俺が勝てばコイツらを訓練に加える、負けたら特務隊に入隊。軍で持て余しているような奴に協調性があるとも思えない。新人なのに軍のトップに意見するとは心が強いのかバカなのか… まぁ、見るからに後者だな。仕方がない、心を折って自らここに居たくないと思わせるしかないな。


「そこの3バカ。仕方がないからテストをしてやる。お前ら軍人だから手加減してやらんぞ。軍人は死ぬのも任務の一つだからな」


「おっさん、軍に入隊する前からそんな覚悟は出来てるってんだ。そっちこそ軍人相手にいきがってたら死ぬぞ」


「分かった。お前ら武器を持て。真剣でもなんでも構わん。言っておくが俺は魔法使いだからな」


「はっ、魔法使いがなんだってんだ。そんな物が俺達に通用すると思うなよ」


「閣下、こいつら潰してもいいんですかね?」


「好きにしてくれたまえ」


そう優雅に微笑むマルク。多分こいつは知略タイプの統括なのだろう。この手は何をやってもハメられそうで嫌いなんだよな。


新人兵の3バカは武器を構えて、「ビビったのかおっさん?」とかチンピラみたいな感じで煽ってくる。



「じゃ、どこからでも掛かってこい」


「はんっ、詠唱する暇なんて与えてやらねーよっ」


まず突っ込んで来たのはラリーと呼ばれた小柄な奴だ。短剣使いだし、バネッサの男版って所か。


ラリーが正面から突っ込んで来たと思わせて、横にさっと避けようとした瞬間、


バキッ


マーギンはラリーが横に飛んだ方向からモロに顔面に蹴りを食らわせた。


「グハァッ」


ラリーは蹴り飛ばされ、その場で横回転をして頭から地面に叩き付けられる。


その後ろからボンネルという大柄な奴が大剣を構えて突っ込んで来ていた。


マーギンは突き出された大剣をするんと躱しながら腕を掴んで背負い投げを食らわせる。


「グホッ」


ボンネルは受け身すら取らせて貰えず背中から地面に叩き付けられる。そして、ボンネルの影から突っ込んで来たサイマンに背負い投げの回転を活かして踵で下顎に逆サマーソルトキックのような物を食らわせた。


「ガハッ」


後ろに吹っ飛んだサイマンは仰向けになって倒れる。


「はい終了。マルク閣下。ダメですねこいつら。受け身すらまともに取れない。倒れてもすぐに立ち上がれない。相手の技量も見抜けない。王都軍ってこんな奴に能力があるとか言ってるんですか?」


今の一連の戦いを見たマルクは冷や汗をかく。大隊長、特務隊他皆もゴクリと唾を飲んだ。


「ま、まだ終わってねぇっ」


そう言って立ち上がったのは初めに突っ込んで来たラリー。小柄で体重が軽い分、蹴りと地面に打ち付けられたダメージがやや少なかったようだ。


「手加減してやったとはいえ、お前タフだな」


「うるせぇ。こうなりゃ俺の奥義を見せてやる」


口から流れ出る血を腕で拭いながら、ラリーはゆっくりとマーギンの周りを円を描くように動き出した。そして、


「あ、あいつ分裂しやがったぜ」


バネッサがそう叫ぶ。確かに4人に分裂して見える。


ほう、見事なもんだ。


そして、分裂した4人のラリーが暗器を投げて来た。


マーギンはそれをひょいひょいと避ける。


「まだまだぁっ」


「ストーンウォール」


ビタンッ


「キュゥ〜」


マーギンがストーンウォールを出すと、ラリーはその壁に自らぶち当たり気絶したのであった。分身の術の仕組みは簡単だ。高速で動いて、一瞬遅くするポイントを作ることで分身したように見えるのだ。凄いのは凄いが、タネを知っている者からすればまったく無駄な技だ。


マーギンは伸びた3人をズルズルと引きずって集め、マルクに返却する。


「骨折しない程度に手加減はしておきました。合格もへったくれもないので返品します。軍でイチから鍛え直して下さい。こちらの訓練にも参加させません。こちらはもう手一杯なんで軍人の面倒見ている暇はないんですよ」


「先程ラリーにやったのはなんだ?」


「土壁出しただけですよ。土魔法使いは地味なので攻撃魔法部隊には居ないかもしれませんけどね。さ、お引き取りを」


「お前は何者だ?あの体術も魔法使いが使うような技ではないだろう」


「攻撃も守備もなんでも出来ないと生き残れなかったから仕方なくですよ。さ、お引き取りを」


「他になんの魔法が使えるのだ?」


「秘密です。私はこの国の人間でもありませんので、命令されても答える義務はありません。さ、お引き取りを」


「よし、次は私と手合わせをしてもらおうか」


こいつ、本当に話を聞かないな…


「軍の統括が恥をかく必要ないですよ。さ、お引き取りを…」


こいつ… もう上着を脱いでやがる。


「大隊長、どうするんですかこれ?」


「手合わせをしてやってくれ」


「はぁ〜、貸しですからね」


マーギンはもう何を言っても無駄だと思い、マルクと対峙することに。


「では参るっ」


「パラライズ」


シビビビビビッ


マーギンは面倒臭くなり、マルクにパラライズを掛けた。そして、痺れて動けなくなったマルクをズルズルと引っ張って大隊長に、はい、と渡したのだった。


「お前なぁ…」


大隊長は返却されたマルクを嫌そうな顔で受け取りを渋るのであった。

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