動き出す

さて、休みの日だ。カザフ達は食堂の手伝いに、マーギンは職人街へと向かった。



「マーギン、どうなったのかしら?」


シシリーに現状を話す。


「そう、なんとかなりそう?」


「まぁ、なんとかするよ。どこまで引っ張り出せるか分かんないけどね。先に申請されていると却下されたやつも全部取り戻すつもりだよ。申請却下された書類ってどこかにまとめてある?」


「あるわよぉ」


シシリーが一元管理してくれているようで、不可になった申請書類一式を持って来てくれた。マーギンはその中身を確認していくと…


あっ、これまずいじゃん。


「シシリー、悪いんだけどさ、ドライヤーを作ってる奴呼んで来てくれない?この回路のまま商品化したら危ないぞ」


「何がダメなのかしら?」


「サーモスタットの回路が組み込まれてない。下手すると火傷するぞこれ」


「サーモスタットって何かしら?」


「ある一定の温度まで上がったら、熱線のスイッチを切るというのかな?温度が上がりすぎないようにするための回路だ」


マーギンは他の熱線を使ったオーブントースターみたいな物も確認すると同じくサーモスタット回路が組まれていなかったので、こちらの職人もついでに呼んで来てもらったのであった。


この回路を組んだ回路師と道具師にサーモスタットの説明をする。


「そこまで温度が上がるまでに自分でスイッチ切るんじゃねーか?」


「そういう問題じゃない。魔道具が原因で火傷したり、火事になったらどうすんだよ?作った側、売った側にも責任を問われるぞ。特にドライヤーは女の人が使う事が多いと思うから、顔とか火傷したらどうすんだよ?それか髪の毛が燃えたりとかさ」


「そんな事になんのか?」


「今出来てるやつある?」


「お、おぉ、持ってきたぜ」


売るつもりで作ったドライヤーのスイッチを入れてしばらく放置する。


「あっ…」


ドライヤーから熱風が出続け、そしてうっすらと煙が出始める。ドライヤーの先は金属で作ってあるので、そこも赤くなってきたのだ。


「な、長時間使うとこんな事になってくるんだよ。道具部分は問題なさそうだけど、モーターも熱持って来てるな。モーターが熱くなりすぎてもスイッチが切れるようにしておかないとダメだね」


使用者が危険を感じてスイッチを切ってくれればいいけど、そうじゃない場合、火事か火傷に繋がるのは確実だ。


この回路を組んだやつにサーモスタットの回路を教える。サーモスタットの回路は組合員で共有して、安全性を見直すように指示しておいた。説明書にも要記載だな。



「もう帰っちゃうの?」


「忙しいんだよ。しばらくはこんな感じになる。審査結果が出るのは後2週間ぐらいになると思うから、それが終わったらまた来るわ」


「もうっ」


シシリーにちょっとつねられたけど、俺は忙しいのだ。


次はハンター組合へ。ロドリゲスにやばい魔物が出てないか確認しておこう。



ーロドリゲスの部屋ー


「今の所は数が多いだけでヤバくはねぇぞ」


「そりゃ良かった。でさ、こいつはどこにいるか分かるか?」


マーギンは魔物図鑑を見ながら、ある魔物がどこにいるか聞いていた。


「こいつか… これは南に下った所の山の中腹だな」


「近い?」


「麓までは歩いて1日って所だな。が、こいつのいる場所は切り立った岩に囲まれていてな、それを乗り越えるのも大変だし、獲物を持って帰って来るのも大変だ」


「まぁ、持って帰って来るのはなんとかなるから問題ない」


「いつ狩りに行くんだ?」


「んー、訓練の仕上げをこいつでするか、北の山まで行って雪熊を探すか迷ってんだよね」


「なるほどな。そんな短期間で雪熊かこいつを倒せるようになるのか?」


「雪熊は雪がなければなんとかなると思うぞ。こいつはどうだろうな?個人的にはこいつを食いたいから、こっちの方がいいんだけどな」


「こいつを狩ったら肉を分けろよ」


「ロドは食ったことあるのか?」


「当たり前だ。ダッドもミリーも持って帰ってやりゃ喜ぶぞ。なんせ、そこでしか食えないからな」


「居場所が分かってるなら狩りに行くやついそうだけどな」


「行くのも大変だが、マジックバッグを持ってなきゃ持ち帰りも出来んだろうが。俺達も現役時代に一度行ったきりだ。あいつは旨いが、それだけの為に行くのは割に合わんよ」


なるほどな。なら雪熊が先で、時間があればこいつを狩りに行くか。最悪、自分だけで狩りに行けばそう時間も掛からんだろうし。


「で、ジムケインはどんな感じだ?」 


ロドリゲスがいきなり話を切り替える。


「ジムケイン?誰だそれ?」


「商業組合の組合長だ。お前、あいつに無理通したんだろ?」


「あー、ジムケインって組合長の名前なのか。何で知ってんだ?」


「まぁ、色々と情報は入ってくんだよ」


やっぱりこいつはややこしいな。


「まぁ、頑張ってくれてんじゃない?」


「そうか、まぁ、あいつの顔が立つようにしてやってくれ」


「あの組合長はロドの事嫌いみたいだぞ」


「俺はあいつの事好きなんだがな」


そう言ってロドリゲスは笑った。


「昔からの知り合いなのか?」


「そうだな、幼馴染ってやつだ。あいつは昔から真面目で頑張り屋でな。俺とは正反対だ」


それ以上は少し懐かしむような顔をして話そうとしなかったので深入りは避けたのだった。



ー時は少しだけ遡るー


王妃のお茶会


時折、有力貴族の御婦人とお茶会をする王妃。中庭のガゼボで優雅にお茶を楽しんでいた。


「王妃様、珍しい物が手に入りましたので、是非お使い頂ければとお持ちしましたの」


「あら?何かしら」


とある伯爵夫人から豪奢な箱に入った物が使用人経由で見せられる。


「これは魔道具かしら?」


「えぇ、髪の毛を乾かす魔道具。ドライヤーと申します」


「髪を乾かす魔道具?」


「はい、宜しければお試し下さいませ」


王妃はドライヤーを手に取り、スイッチを入れる。


ブワーーン


そこそこ大きな音と共に熱風が出てくる。


「へぇ、面白い魔道具ですわね。これがあれば濡れた髪に悩まされずにすみそうだわ」


「はい。まだ手に入れたばかりで、この国には一つしかございません。是非王妃様にお使い頂ければと」


「これを作ったのはどこの商会かしら?」


「グラッシェン商会ですわ。色々と新しい物を取り扱いますの」


「そう。初めて聞く商会ですわね。他にも珍しい物を開発なさっているのかしら?」


「えぇ、老舗の商会と違って、これからの商会ですの。きっと次々に珍しい物を売り出すと思いますので、王妃様にもご満足頂けるのではと」


と、トイシャング家の婦人は微笑んだ。


「そう。それは楽しみですわね。また珍しい物があれば是非見たいですわね」


王妃はニッコリと微笑んで次も早く持ってきなさいと暗に督促したのであった。



ー大隊長室ー


「よう、スターム」


「マルクか。お前がここに来るとは珍しいな」


大隊長を訪ねて来たのは、王都軍統括のマルク・ユーリヒ伯爵。大隊長とは遠縁の関係だ。


「騎士隊の訓練所で面白い事をしていると耳に挟んでな」


「特に面白い事はしとらんぞ。ただの訓練だ」


「今日は時間があるんだ。見学させてくれ」


「はぁ… 午前中しか俺は時間がないぞ」


「構わん」


大隊長は軍統括のマルクを連れて訓練場へ。


「はい、後ろ、素早く立って右っ」


マーギンの掛け声と共に受け身を取るオルターネン達。


「ほう、受け身の訓練から始めるのか。騎士隊では見ない光景だな」


「午前中は柔軟と受け身のみやっている」


「あれを指導しているのがマーギンか?」


「そうだ」


なるほどな…


マルクはそう呟いた後に受け身の訓練を見続けた。


「俺はもう戻るぞ」


「おっ、もうそんな時間か。昼飯に付き合え。話がある」


マルクと大隊長は個室のあるレストランへと移動した。


一通り食べ終わった後にマルクが話を切り出した。


「これを渡しておく」


マルクがそう言って渡したのは防刃服。


「ずいぶんとボロボロになったな。どれだけ実験したんだ?」


返却された防刃服はあちこちが切れ、ほとんど原型を保っていなかった。


「そいつは上下で100万Gだ。軍はそれを発注する予定で動いている」


「は?俺は30万Gだと伝えただろう。まさか差額を着服する気なのではないだろうな?」


「で、これが30万Gの奴だな。これも返しておこう」


「どういうことだ?」


大隊長が手にした防刃服は2着。30万Gといわれたのはボロボロになってはいない。マルクが何を言いたいのかよく理解出来ない。


「100万Gのはグラッシェン商会というところがある貴族を通じて売り込みに来た。100着以上発注するなら50万Gまで値下げするんだとよ」


「なんだとっ…」


「どういうことかは良くわからんがな。お前のお気に入りのマーギンとやらがこっち側のゴタゴタに巻き込まれるのだろうな」


「まさか、とある貴族とはナーゲル家か?」


「そうだ。ウェーバー家の嫡男が騎士隊にいるだろ?」


「あいつは嫡男の権利を放棄している。家とは関係ないぞ」


「それはどうかな?たとえ家を継がなくても同じ目で見られるのはお前も分かっているだろ?この事はまだ報告はしていない。軍の防刃服をグラッシェン商会に発注する予定で動くのは泳がせる為だ。その間にお前の所の騎士を離籍させておけ」


「見返りはなんだ?」


「うちの奴を何人かマーギンの訓練に参加させろ。で、使えそうなら特務隊に入隊させてやってくれてもかまわんぞ」


「そのうち軍からも人を参加させると言ってあっただろうが」


「あいつがずっと訓練指導を行うのか?」


「いや、あれは短期間の予定だ。恐らく10月くらいまでだな」


「だろ?うちの跳ねっ返りを預けるから指導してやってくれ」


「軍でやればいいではないか?」


「まぁ、そう言うな。こっちはこっちで忙しくなりそうなんだ。能力のある跳ねっ返りを躾けるのは面倒なんだよ」


「ちっ、何人だ?」


「3人だ」


「入隊させるかどうかは隊長に一任してあるからどうなるかはわからん。訓練はマーギンに頼んでおく。これでいいな」


「あぁ、構わんよ」


「忙しくなるとは北西の辺境伯領か?」


「まぁな。ノウブシルクは魔物被害がこっちよりずっと大きく出ているらしい」


「移民対応に出るのか?」


「いや、ウエサンプトンがノウブシルクに落ちたらしい」


ノウブシルクは大陸の北にある大国、ウエサンプトンは大陸の北西にある国だ。マルクの話によると、ウエサンプトンがノウブシルクの属国になったのではないかとのこと。


「なんだとっ」


「まだ、らしいの段階だ。この話が本当なら、次はゴルドバーンか、シュベタインか…」


「いつ頃を予想している?」


「早くても5年後、まぁ、10年以内ってところだろ。うちより先にゴルドバーンの方がやばいだろうがな」


「そうか… 分かった。3人預かる事はマーギンには話しておく」


「じゃ、頼んだぞ」


大隊長はマルクが帰った後に今の話を整理して考える。恐らく、有事に備えてこの国の内部のゴタゴタを今のうちに整理しようとしているのだろう。だが、軍関係者が迂闊に動くと貴族も国民も反乱だと捉える可能性がある。


こっちで動けと言うことか…


マーギンが絡むと問題事ばかりがやってくる。大隊長はあいつが追放された原因はこれなんじゃないか?と思うのであった。




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