狩る側になれ

同じ訓練が次の休みまで続いた。


ローズはピーマンでなくても言うことを聞くようになったので、ゴムクナイに変更し、退避しつつ斬らせる訓練へと切り替えた。


「ほら、また攻撃にだけ意識が偏ってるぞ。立ち止まって攻撃するならミミズピーマンに戻すからな」


「いやだーーーっ」


叫びながら返事をするローズ。嫌なら走りながらやれ。


木登り組はスパイクとクナイを使って登れるようになったが、スピードは遅い。降りるのもスパイクとクナイを使ってそろそろと降りて来るのだ。飛び降りる受け身はもう少し後で教えよう。登り下りしているだけで筋力トレーニングにもなるしな。


午前中は柔軟と受け身の練習をして、昼から個別メニューになっているので、木登り組は半日で30回登り下りをしなければならない。毎晩飯抜きは身体に良くなさそうなので止めたが、アイスクレープは与えていない。毎日バネッサが自慢するので、それを食べたくてカタリーナとアイリスは必死にやっているのだ。


サリドンにはバネッサを追いながらファイアバレットを撃たせている。立ち止まって狙いを付けていてはずっと当たらなそうだからな。


ハンナリーにはデバフを教えた。オルターネンが無意識に威圧でズルしそうになるので、ハンナリーはそれを察知してデバフを掛けて逃げて行く。見ている分には面白い。


カザフ達は振り上げと振り下ろしのみを延々とさせられているが、だんだんとスピードと正確性が上がって来ている。


「ホープ、もう見てなくてもその稽古は大丈夫そうか?」


「こいつらはなんだ?こんなに上達早い奴を見たことがないぞ」


確かに。1週間も経たないうちにそれなりの形になってきているからな。


「じゃ、ホープには体術中心でやるぞ」


「体術?」


「そう。お前の剣筋は綺麗だ。俺がやる特訓はそこからの脱皮という感じかな。内容は臨機応変に、柔軟にだ。イメージとしてはオルターネン様だな」


「隊長だと」


「あの人は一度見ただけの物を吸収するだけでなく、自分のスタイルでやれる人だ。こうじゃなきゃダメだというのではなく、自分がこう動きたいとイメージして取り込むんだろうな」


「なるほど…」


「で、色々とやってみて、やはり綺麗な剣術が自分に合ってると思えばそれがお前のスタイルだ。あえて崩す必要もないから、それを突き詰めろ」


「意味がわからん」


「自分に何が合ってるのか色々と試せと言ってるんだ。体術はその一つでもあるし、防御の訓練にもなるからな。先ずは体感してみて、お前が不要だと思うならローズと同じような訓練に切り替えてもいい」


ホープはミミズピーマンに泣かされたローズを知っている。


「いや、体術で頼む」


ということでホープはマーギンと対峙することになった。


「ホープ、パンチでもキックでも体当たりでもなんでもいいから攻撃して来い」


「本気でやるぞ」


「それが目的だ。お前は対峙する時の稽古は全て寸止めだったろ?自分では気付いてないだろうがその癖が抜け切ってない」


「えっ?」


「実戦で稽古のような実力を出せないのはそのせいだ。素手なら寸止めが必要ないと身体も理解するだろうからな。パンチでもキックでも遠慮なく振り切れ。しばらくは反撃しないから防御は考えなくていいぞ。先ずは思いっきり攻撃出来るようになれ」


マーギンはまずホープの寸止めというかせを取り除く事から始める。


「では行くぞっ」


ホープの身体能力は高い。プライドも高い。性格は真面目できっちりとしている。だからこそ型に拘り、勝つ為の最善策を取れない。オルターネンは勝つ為ならハンナリー相手に威圧まで使いやがるからな。実戦ではそれが正解なのだけれども。


ハッ ヤーッ


体術でもホープの攻撃は避けやすい。全てが直線なのだ。マーギンはひょいひょいと躱すのではなく、円の動きで躱していく。ホープはいくら真剣に攻撃してもカスリもしないマーギンにどんどんと本気で当てにいく。


「遅いぞ。もっとちゃんと攻撃してこい」


とっくに本気になって攻撃しているのにするすると目の前から逃げていくマーギン。


「パンチは剣の突きだと思え。そんなへなちょこ攻撃だと当たっても意味ないぞ」


ホープはまったく当たらないことで、当てる事を優先したのを見抜かれた。マーギンに突きだと思えと言われた事で、パンチに腰が入りだす。


「おっ、いいぞ。そのまま連撃してこい。俺を貫くイメージでな」


そのままずっと当たることなく、ホープは体力が切れた。


「ちょっと休憩だな」


ハァッ ハァッ ハァッ


「なぜカスリもせんのだ ハァ ハァ」


「読みやすいからな」


「俺の動きはそんなに読みやすいのか?」


「予備動作も大きいし、視線が狙いの所から動かんからな。今はお前の癖を抜いているところだから別に気にしなくていい。先ずは攻撃して相手にダメージを負わせてしまうことの心の枷を外せるようになればそれでいい」


「俺はボアを何頭も殺したぞ」


「全部真正面からだろ?そのやり方じゃ命がいくつあっても足らん。魔物との戦いに賭けているのはプライドじゃなく命だ。イメージとしては戦うのではなく狩るだな」


「どう違う?」


「お前は魔物にとって死神になれってことだ。死神とは一方的に命を狩る存在だ。戦う必要などない。無慈悲に命を狩れ」


「なんだそれ…」


「わかりにくいか。ならお前が魔物役な。俺がお前を狩るわ。さ、休憩終わり」


マーギンはホープを立たせて構えさせた。


そして、強烈な威圧を放つ。


「うっ」


カタカタカタっ


まるでマーギンから黒いオーラが漂い、自分がそれに飲み込まれてしまうように感じる。恐怖で動くことが出来ない。


マーギンは震えるホープに死神の鎌を振り下ろすような動作をした。


ズバッ


ホープは死んだと思った。自分の首が胴体からゴロンと落ちたイメージが脳にこびりつく。


「おいっ、大丈夫か?」


マーギンに声を掛けられて、ハッと我に戻る。


「くっ、首は…」


ホープは自分の顔を触って、切り落とされてないことを確認する。


「大丈夫だ。今お前はどんなイメージを受けた?」


「大きな鎌で首を斬り落とされて…」


「俺がイメージしたのもそんな感じだ。俺はお前の命を狩るイメージをお前にぶつけた。今のを本気でやると心の弱い奴は死ぬこともある」


「えっ?」


「それぐらいイメージというのは大切なんだ。これからお前らが出会う魔物は大きく強い奴が出てくる。そいつ等はお前を食うイメージをぶつけて来る。それに負けると身体が硬直して動かなくなるからな。お前の方が狩られる対象になるわけだ」


「そんなのどうやって対処しろと言うのだ…」


「お前はそういった魔物より自分の方が強いと信じられるように努力しろ。今までのお前はそうだったはずだ。剣の稽古相手には絶対の自信が有って、相手を飲み込んで来た。しかし、オルターネン様や、魔物と戦ってその自信が揺らいだ。自分は弱いと知ってしまった。今はこの状態だな」


「俺は強くなれるのだろうか…」


ホープはオルターネンに対しては、騎士の先輩でもあるので、負けても飲み込めていた。しかし、マーギンに出会ってから何もかもに負け続け、自分は弱いと認識してしまったのだ。


「なれるだろうかじゃない。なるんだよ。お前の良い所は自信過剰な所だ。今は負けが続いているが、それはお前が知らない世界に踏み込んだ証拠だ。そのまま負け犬みたいになってしまうか、魔物にとっての死神になれるかはお前の気持ち次第だな。才能も能力もある。自分がそうなれると信じればいい。お前は自分の為に頑張れるんだろ?」


「あ、あぁ。そうだ」


「今は大きく成長するためにしゃがんでいるような時期だ。思いっきり力を溜めて一気に伸びろ。この特訓の期間で俺が色々と経験させてやる」


ホープにそう言うと、何か憑き物が落ちたのか、スッキリとした顔付きになったのだった。


「分かった。宜しく頼む」


「了解。じゃ、続きやるぞ。今日は反撃しないから思う存分攻撃してこい」


何か吹っ切れたホープは先程よりずっと動きが良くなり、マーギンに遠慮なく攻撃をしていくのだった。



今日の課題クリア者はバネッサ、ハンナリー、ホープ、ローズ。カザフ達もクリア組に入れてやろう。


課題クリア組に希望を聞いて、アイスクレープを作っていく。


「ローズ、ピーマンにアイスを詰めてやろうか?」


「イヤだーーーっ」


刻んで入れてやろうか?と言っても嫌がったので、ラムレーズンにしておいた。


試しにピーマンを刻んでアイスに混ぜてみると、そんなに悪いものでもなかった。これならローズも食えるんじゃなかろうか?と、マーギンは思うのであった。



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