次のステップ

「まともに対峙してやってくれよ」


呆れる大隊長。


「まともに相手したからすぐに終わったんじゃないですか。それとも軍のトップをタコ殴りにした方が良かったんですか?それはそれで大隊長も困るでしょ?コイツらの訓練をどうしても引き受けないとダメなら、騎士隊で引き受けて下さい。こっちはごめんですよ。この訓練にはガキ共の人生が掛かってるんですから」


「お前なぁ…」


「はい、訓練の邪魔だから帰って下さい。閣下のパラライズも解除しますから。もう何を言っても取り合わないですからね」


マーギンはマルクのパラライズを解除して、皆の柔軟からやり始めたのだった。



大隊長は新人兵士を回収し、マルクと共に観客席へ。


「スターム、俺は何をされたんだ?」


「パラライズという魔法だ。相手を痺れさせて動けなくする魔法らしい」


「素晴らしいな。こいつらに使わなかったのはなぜだ?」


「マーギンも一応試したのだろう。一瞬で見切られて不合格にされたがな」


「あいつはあの一瞬で力量を見極められるのか?」


「俺もあいつの底が知れん。体術だけでもあれほどやるとは驚いた」


「確かに。あいつが敵なら何人必要になるか…」


「何人居ても無駄だ。あいつにとって人間は戦う対象にならん。魔法一発で軍隊が壊滅する」


大隊長はマーギンが見せたフェニックスを思い返す。


「それほど高威力の魔法が使えるのか?ならば軍に…」


「あいつは戦争を嫌っているから無理だ。戦争を始めた張本人同士で戦えば最悪死人は2人で済むとか平気で言うような奴だぞ」


「はははっ、王に死ねと言うのか」


「そうだ。恐らく王の前でも同じことを言う。あいつは色々な意味で危険なんだ」


「そう言う割にはお前と仲が良さげに見えたが?」


「敵に回らなければ面白い奴だと思う。一応俺には気を使っているみたいだが、爵位とか職位とか屁にも思ってないから、こちらも気を使わなくて済む」


「そうか。俺達みたいな立場になると、そういう奴は貴重だな」


「まぁ、そうだな。王と王妃、特に王妃には気に入られているから迂闊に手を出すなよ」


「あいつの元で姫殿下を特務隊に混じって訓練をさせているんだ。よっぽど信頼されてるのは理解している」


「それならいい。コイツらはどうするつもりだ?マーギンはもう面倒見る気なさそうだぞ」


大隊長はまだ伸びている新人兵士を見てそう言う。


「こいつら訳ありでな」


「だろうな。ラリーだっけか?コイツは隠密関係か?」


「そうだ。性格的に無理だと判断されて放り出された。軍で預かるしかないだろ?」


隠密に関わりのある者が不適格と判断され、外に放り出された場合、どこかの管理下に入らないと消される場合がほとんどである。


「残りの二人は?」


「見張りだ」


マルクはそう答えた事で、大隊長もそれ以上聞くことはなかった。


「スターム、コイツらは一度連れて帰る」


「あぁ、そうしてくれ」


「この訓練はどのようなステップを踏むか知ってるか?」


「いや、聞いてはおらん」


「そうか。実戦訓練に切り替わったら教えてくれないか」


「軍人と実戦訓練をさせるつもりか?」


「そうだ。王都軍も騎士隊と同じで訓練のみで実戦経験がない。有事に備えて実戦並の経験をさせておきたい」


「一応マーギンに聞いておくが期待はするなよ」


「ま、その時は押しかけてやるさ」


マルクはそう笑って、新人兵士3人に活を入れて目覚めさせて連れて帰ったのであった。



ー昼休憩が終わったマーギン達ー


「ロッカ、今日から体術の訓練に加われ」


2週間延々と柔軟だけをさせられていたロッカはガッツポーズをする。


「柔軟の効果を試してみるか?」


「なんだ?前屈をすれば良いのか?」


すっかり柔軟脳になったロッカ。今まで柔軟してたの見ていただろうが。


「違う。オルターネン様と木剣で立ち合え」


「おっ、久しぶりの立ち合いだな」


それを聞いたオルターネンも喜ぶ。ハンナリーを捕まえられずフラストレーションが溜まっていたのだ。


「マーギン、私はこの2週間、剣を握っていないのだぞ」


マーギンはロッカに柔軟の合格が出るまで素振り等の自主訓連も禁じていた。


「それはちい兄様も同じだ。取り敢えずやってみろ」


そして皆にも二人の立ち合いを見学させる。


「お前ら、二人の立ち合いをよく見ておけ」


「何回か見たことあるぞ」


「今日のは今までと違ってると思うぞ」


マーギンはカザフ達に今までの立ち合いとどう違うかよく見ておけと言った。


マーギンが審判になり、勝敗の説明をする。


「寸止めではなく、有効打が入れば試合を止める」


「有効打とはどれぐらいの攻撃だ?」


オルターネンが質問をする。


「それは俺が決めるので、勝手に勝ったとか自己判断しないように」


木剣とはいえ、本気で当てれば死ぬこともあり得る。しかし寸止めに慣れていると実戦に支障が出るのだ。



「始めっ」


マーギンの合図と共に二人は動く。


初手を放ったのはロッカ。


「甘い、お前の攻撃距離は… うおっ」


軽くバッグステップをして、ロッカの初手を躱そうとしたオルターネンは慌てる。これまでの立ち合いより、ぐっと剣が伸びて来たのだ。そしてロッカ自身も驚く。


「肩まわりが軽いっ」


以前よりずっとスムーズに剣を振ることが出来るのだ。これは柔軟をひたすらやったことにより、関節の可動域が広がったことと、筋トレで付いた余計な筋肉が落ちたのも効果を発したのだった。


ロッカの予想外に伸びて来る剣に苦労するオルターネン。しかし、反撃に転じると…


シュンッ


以前よりずっと増したダッシュ力。それをなんとか躱すロッカにオルターネンは右、左と軽やかにステップを踏み、多彩な剣技へと変貌していた。


「前見たのと全然違う…」


カザフ達は戦いの質が変わった事が分かった。


しなやかに伸びるロッカの剣、バネッサのように軽やかに動くオルターネン。以前の力と力のぶつかり合いだった戦いとはまるで違う。


ガッ


しばらく攻防が続いた後、オルターネンがロッカの剣を掻い潜り、木剣を弾き飛ばした。通常の立ち合いならここで勝負有りだが、マーギンは試合を止めない。


オルターネンは勝ったと思い、木剣を弾き飛ばした体制で一瞬止まった。


「うぉぉぉぉっ」


ロッカは唸りを上げて肘を前に突き出し、オルターネンの首を狙って体当たりをした。


「プロテクション」


すかさずオルターネンにソフトプロテクションを張るマーギン。


「ぐはっ」


致命傷には至らないものの、喉にロッカの体重の乗った肘を食らったオルターネンは後ろに吹き飛び、その場で、カハッカハッと呼吸困難に陥った。


「それまで!勝者、ロッカ」


マーギンはオルターネンの喉に治癒魔法を掛ける。


「だから、勝手に勝ったと思うなと初めに言っておいただろ?試合はちい兄様の勝ちだけど、勝負はロッカの勝ちだ」


「クソッ」


「ロッカ、見事だ」


「うむ、魔物相手だと止めをさせたと確信するまでは戦いが続くからな」


「ということだよ、ちい兄様。これはハンターと騎士の心構えの差だね。特務隊でなくても、騎士が敵国の軍人と戦うことになったらこうなると思う。特務隊は意識の中に刷り込まれている騎士道を消し去る必要があるんだよ」


「俺が油断したというのか…」


「いや、心の中に染み込んだ騎士たるものはという意識だよ。すでにそれは無意識になっているから、取り除くのは大変だよ」


「無意識か…」


「そう。だからちい兄様にはその呪縛から解放するための特訓をする。体重移動のステップはハンナリーとの追いかけっこでかなり身に付いたみたいだから終了でいい」


「マーギン、私は柔軟をやった事でこんなに剣をスムーズに扱えたのか?」


「そう。剣を振る為に必要な筋肉以外を落とす目的もあったんだけどね。これからも勝手に筋トレすんなよ?」


「しっ、してないっ」


嘘付け。今更ムッキリを恥ずかしがるな。


「シスコ、お前は木登りを卒業でいい。バネッサと投げクナイの威力を上げる練習をしてくれ」


「ホープはカザフ達の剣の指導。サリドンはオルターネン様と対峙、魔法対剣の戦いだな。そこに俺は付くから殺すつもりでやり合ってくれ」


「私達は?」


「カタリーナとアイリスは木登り継続。まだ30回クリア出来てないだろ?みんな次のステップに進んだから、ご褒美無しはお前ら2人だけになるな」


そう告げられて愕然とするアイリスとカタリーナ。


「私は何をする?」


「ローズはハンナリーのデバフに対抗出来るようになってくれ。ちい兄様がやった追いかけっこだな。ロッカ、お前もローズと一緒にハンナを狩れ」


「分かった」


「う、うち二人から狙われるん?」


「そうだ。お前も難易度が上がって嬉しいだろ?二人は女同士だから、ちい兄様みたいに遠慮してくれないから必死に逃げろよ」


ハンナリーはサーッと青ざめていく。大型獣2頭がいる檻に放り込まれたようなものなのだ。



こうして、次のステップに進んだ皆はそれぞれの特訓を始めることになった。


「サリドン、オルターネン様はバネッサと違って攻撃してくる。お前は木剣を持って、剣と攻撃魔法を併用して戦うんだ」


「え?」


サリドンはマーギンの言った意味がよくわからない。剣と魔法を同時に?


「意味がよくわからんか。よし、手本を見せるわ」


「おっ、マーギンが相手か。それは楽しみだな」


「ちい兄様、一応対魔法攻撃のプロテクションを張るけど、衝撃も熱もそこそこ伝わるからね」


「構わんぞ。俺はそれを掻い潜れば良いだけなのだろ?」


「そう。俺達はお互いを魔物だと思って戦うんだ。これは試合じゃないからね」


「勝負だな。よし、やるぞっ」


マーギンはサリドンの木剣を借り、オルターネンと対峙する。審判はいないので、なし崩し的に勝負が始まった。


オルターネンはマーギンが魔法攻撃をしてくると警戒したが、予想に反してマーギンが突っ込んで来た。


ガンッ


攻撃に備えたオルターネンの剣に遠慮なく打ち付けるマーギン。それに対応しようとしたオルターネン。


チュドドドドっ


「ぐはっ」


マーギンは剣に集中したオルターネンの視界の外からファイアバレットを撃ち込んだ。


「はい、今のでちい兄様は死亡」


「どこから撃ったっ」


「ちい兄様の視界の外。それも単発じゃ無しに複数ね。じゃ、もう一度やろうか」


次は初めにファイアバレットを撃ちながらオルターネンに突っ込み、ファイアバレットを躱したオルターネンを剣で仕留めた。


「クソッ 卑怯だぞっ」


「そう。これは魔法剣士ってスタイルだね。魔法のみ、剣のみしか使えない人より圧倒的に有利。俺はファイアバレットだけで大概の魔物を倒せるけど、サリドンに同じ威力の魔法攻撃をさせたらすぐに魔力切れになる。だからこのスタイルが必要なんだよ」


「マーギンさん、複数のファイアバレットを出すのは違う魔法なのですか?」


「いや、ファイアバレットの応用だから同じ魔法だ。剣で連撃するのと同じだと思えばいい。同時に複数を出さなくても、単発を素早く複数撃つと思えばいいぞ。後は練習あるのみだ」


マーギンは木剣をサリドンに返して、早速、2人に勝負をさせるのであった。







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