また面倒臭いことに

受け身には回転するものも追加して、それを6日間延々とやらせた。もちろん柔軟もやりつつだ。騎士宿舎の部屋はガキ共と同じ部屋にしてもらっているので、寝る前に魔力を身体に流して循環させる訓練も開始していた。魔法陣を描いて無理やり発動させるより、自ら魔法を使えるようになった方が自由度が高くなるからだ。


そしてベッドに入った時にカザフが聞いてくる。


「なぁ、マーギン、訓練ってもっと過酷なのかと思ってたぜ」


「大人になるとあれでも結構キツイんだけどな。お前らは自然と身を守る為の動作が身に付いているからそう感じるだけだ。休み明けからホープに剣の稽古を付けて貰うからな」


「僕たちはー?」


「お前ら3人共だ。剣士にならなくても基本は覚えとけ」


「他の人達はなにやるんだ?」 


「個別メニューを考えてある。来月くらいにはお前らも戦闘訓練に加えるからな」


「え?まじで」


3人共嬉しそうな顔をする。普通は嫌がるものだが、基礎トレーニングより楽しそうに思うのだろうな。


「明日なにする?」


お休みという概念が無いガキ共。


「ゆっくり休んでろ。訓練はどんどんきつくなるからな」


「えー、暇じゃん。マーギンは何すんの?」


「俺はロッカの親父さんの所に行ったりとかだな。組合と職人街にも顔を出してくる」


「一緒に行くぜ」


「いいから休んでろ」


「俺はこの宿舎の食堂を手伝いに行こうかな」


と、タジキ。こいつ等はもりもり旨そうに食うので食堂のおばちゃん達から可愛がられているのだ。


「じゃあ俺達も手伝いに行くぜ」


休んでろと言っているにもかかわらず、タジキが食堂を手伝うと言った事で、3人共そうすることにしたようだ。休めよ…



ー翌日ー


「お前一人か?」


マーギンはグラマン工房に来ていた。


「そう。木に登る奴出来た?」


「おう、出来とるぞ」


ロッカの親父さんが出してくれたのは2タイプ。足の外側にかぎのような物が付いたやつと、靴底にスパイクが付くタイプ。


「どっちがいいだろうね?」


「確実に木に登るなら横に鈎を付けたやつだな。木にロープを渡してそれを手で持てば足は滑らんから確実に登れる。ロープと身体を繋げりゃ落ちる事もないだろ」


なるほど。


「じゃ、スパイクの方にするわ」


「は?木に登るのが目的なんだろ?」


「それはそうなんだけど、素早く登る訓練をするからね。木に登るというより駆け上がらせる」


「そんな事出来るのか?」


「バネッサとか何もなくても登って行くぞ」


「まぁ、あいつと比べられるとどいつも厳しいだろ」


「だからスパイクを使うんだよ。出来る出来ないじゃなしに、出来るようになって貰う」


そう言うと親父さんは苦笑いした。


「ウロコはなんとかなりそう?」


「あれなぁ… 3日くらい湯に浸けてみたら、なんとなく柔らかくなった気はするんだがよ」


「湯?」


「そうだ。直接熱してもダメ、水に漬けておいてもダメ。だから湯に浸けてみたんだ」


「なるほどね。じゃあ、蒸気で試してみようか」


マーギンは親父さんと大きめの圧力釜のような物を作っていく。本当の圧力釜ではないので、錬金魔法でなんとかなった。


釜に管を付けて中に水を入れて熱して行く。


ブシュー


蒸気が吹き出して来たのでウロコをそれにしばらく当ててみる。


「親父さん、型は出来てる?」


「おうよ」


急いで型の上に乗せて鎚で叩いてみると曲がっていく。が…


「あ、元に戻りやがる。なんてややこしい素材だこいつはっ」


「だね。プレスしたまま冷やしたら上手くいくかも」


「そんなもんどこにあるんだ?」


「職人街に行こうか。そこならプレスする型を作れると思う」


ということでロッカの親父さんを連れて職人街へ。



「マーギン、殆ど顔を見せないなんて酷いわよ」


シシリーが出迎えてくれるのはいいが、ベタベタしないでくれ。


「マーギン、お前の女か?」


「違う。今、職人達共同の店を作ってんだよ。それを手伝ってくれているシシリー。経営の事とか詳しいから助かってる」


「ふふふっ、彼女って紹介してくれてもいいのよぉ」


「俺はそういうのはいいんだよ。この人は武器職人のグラマン。道具職人のハルトランに紹介したいんだ」


「ハルトランなら機嫌悪いわよ」


「なんかあったのか?」


「特許の申請が軒並み却下されたのよ」


「えっ?ボールベアリングがか?」


「切れない糸もね」


なんだと… 他の魔道具なら申請が被ったとかあり得るが、ボールベアリングと切れない糸はまだ存在しないものなんだぞ。


「あと何が却下になった?」


「全部」


「は?」


「回答待ちになってたの全部よ。すでに登録されてるんですって」


シシリーはそう言って冷ややかに笑った。


「誰かスパイがいるんじゃないのかって、皆は疑心暗鬼になってるわよ。このままだと昼のシャングリラはオープン出来ないわね」


ちょっと顔を出さない間にこんな事になってるなんて…


マーギンはシシリーと手分けして職人達を集めた。ロッカの親父さんも巻き込まれてそのままいる。


皆は口に出さないが、誰が情報を漏らしたのかとお互いを疑っているような状態だ。


「皆、よく聞いてくれ。この件は俺が調査する」


「どうやってやるんだよっ」


職人達が口々に不満を言う。


「俺も魔道具職人の資格を取る。で、オリジナルのを申請してみる」


「どうせそれも却下されんだろうが」


「それが誰か先に登録してあって却下されたらチャンスだ」


「えっ?」


「俺がちゃんと調べるから、お互いを疑うな。ここに皆を裏切るような奴はいない。それより、開店に向けて売れそうな奴をちゃんと作っておいてくれ。せっかくここまで来てダメになったらこれからしんどいだろうが」


「マーギンさん、防刃服になる糸の特許料がかなり高いんですけど、それを考えたら値段を倍にしてもあまり利益が…」


「いいから準備しとけ。お前が長年研究してきた物が同時かそれより早く申請されてるわけがないだろうが」


「しかし…」


「こっちより先に開発出来ていたらとっくに軍か騎士隊に話が行ってる。俺が防刃服を持って行った時には大隊長も知らなかったからな」


「大隊長?」


「そう。防刃服の話は騎士隊の大隊長に直接話を持って行ってる」


「お前、そんな人と知り合いなのか?」


「まぁ、色々とあってな。だから心配すんな。この申請却下のからくりはだいたい想像が付く。ただ証拠が無いから、それを作って犯人を炙り出す」


「そんな事が出来るのか?」


「リヒト、赤いガラス棒は作れるか?」


「おっ、おう。加工無しなら簡単に出来るぞ」


「ハルトラン、この人は腕の良い武器職人だ。ちょいと難儀な素材を加工したくてな。手を貸してくれないか?」


「ボールベアリングはどうするんじゃ?」


「製品化するまでまだ改良が必要だろ?それも進めておいてくれ。取り敢えずグラマンと話をしてくれ。頼みたいのはプレス技術だ」


「分かった」


魔道具職人のハルトランはマーギンが慌てる事なく普通に話した事で、特許の件を任せる事にしたようだ。


マーギンはリヒトと一緒にガラス工房へ。


「こいつをどうするんだ?」


「ライトを当てて光らせる。これは棒だけど、文字にしてやれば光る看板の出来上がりだ。看板に光を当てるより、文字が光った方が目立つだろ?」


「ガラスにそんな事が出来るのか?」


「ガラスだから出来るんだよ。この赤いガラスは特許出したか?」


「いやまだだ。透明なガラスも錫を使った板ガラスも却下されたからな。それはまだどこにも出してない」


「商品としても?」


「そうだ」


「了解。赤いガラスも同時に申請するわ。申請書書いてくれ」


「それはもう出来てる」


と、言うので、その申請書を貰い、マーギンは商業組合へと向かった。



ー商業組合ー


「すいまへん。俺はマーギンというものだけど、ミハエルさんいる?」


マーギンは職人達の窓口担当ミハエルを呼び出した。


「マーギンさん、お待たせ致しました」


「ちょっと人に聞かれたくない話をしたいんだけど、いい場所ある?」


これを言っただけでミハエルもピンと来たのか、応接室に案内してくれた。


「特許の件ですよね」


「そう。おかしいよな?金になりそうな物だけ先に申請者がいるなんて」


「私もそう思います」


「これ、どこが審査してんの?」


「商業組合は貴族街にもありまして、ここの上位組織になります。そこを経由して、中央で審査となります」


「なるほどな。多分、こっから申請したものを貴族街の職人か商売人に横流ししたんだろうな」


「恐らく。しかし、証拠がありません」


ミハエルはギリっと唇を噛む。


「俺も魔道具と回路師として登録しようと思ってんだけど、すぐに出来る?」


「はい。登録料10万Gが必要になりますけど」


「了解。すぐにやってくれる。それとこの件は組合長も知ってる?」


「はい」


「今居るなら呼んで来てくれないかな?」


「組合長をですか?」


「そう。後から知るより、今知っておいて貰った方がいい。もし嫌そうならハンター組合の組合長に一枚噛んでもらうけど、先にこっちの組合長に話しておくのが筋かなと思ったんだけどね」


「わ、わかりました。組合長に相談して来ます」


そしてミハエルが応接室から出て行った後すぐに組合長とやって来た。


「貴様がロドリゲスの回し者かっ」


なんかもう、ロドリゲスが憎いぐらいの口ぶりだな。この人はロドリゲスになんか弱み握られて、無理をさせられてたりするんだろうな。と、マーギンはすぐにピンと来たのだった。


「回し者とかじゃないよ。まだこの件はロドに言ってない。俺は皆が苦労して開発したものを横取りされたのが許せなくてね。合法的に権利を取り戻したいんだよ」


「国の中央の奴らからどうやって取り戻すつもりだ?庶民が手を出せるような相手ではないぞ」


「俺がこの国にはない魔道具と回路と一緒に申請する」


「先に登録したと言われたら証拠にならんだろ?」


「それが証拠になるんだよ」


「は?」


組合長はマーギンの言う事にまだピンと来ないのであった。



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