仕掛けと特訓

「組合長、これの申請の審査を早くして貰うことは可能?」


「こちらの都合でそんなことは出来ん」


「そっかぁ。なら、ロドリゲスに頼むか。あいつならなんとかしてくれんだろ。で、今から俺がここで回路を描くから…」


「なんとかする」


「え?何を?」


「私が申請を早くしてくれるように何とかすると言っているのだっ」


この人、よっぽどロドリゲスと関わりたくないんだな…


「じゃあ、それはお願いね。で、今から俺が描く回路を見たことがあるかどうか教えて」


マーギンは魔道インクを使って、ライトの回路を描いていく。いつものよりかなり複雑にだ。


「かなり細かな回路なんですね」


ミハエルは他の回路師から申請のあったものより複雑だと感心している。しかも他の回路とはまるで違うのだ。


「ミハエル、この回路がなんの魔道具のかわかるか?」


「い、いえ。わかりません」


「これはライトの回路なんだよ」


「えっ?」


「さ、出来たぞ。道具の部分が無いから剥き出しだけどな、これでも稼働する」


「フィラメントとかは?」


「ん?そんなの既存のライトだから申請しても通らんだろ?これは新型だ。ここに魔結晶をセットしてやると」


ビカッ


「うっ… な、なんですかこの明るさは」


ミハエルも組合長も手で目を隠しながら薄目でとても明るい回路を見た。


「これが俺の申請するライトの魔道回路だ。使用魔力も従来のより少ない。効率で言えば50倍ぐらいかな」


「え?革新的なライトじゃないですか」


「本来は100倍くらい効率が上がる。これはわざと効率を落とした回路なんだよ」


マーギンは魔結晶を回路から外して灯りを消す。


「なぜ効率を落とすんですか?」


「職人が苦労して開発した物を掠め取る奴を炙り出すためだ。これが先に登録されていると返答があれば異議申し立てをする」


「そんな事をしても却下されるに決まっているだろうが」


と、組合長が反発する。


「それって、権力を使ってくるという事だよね?」


「そうだ」


「その時に却下した人の担当と名前を教えて。その後は自分で何とかするから」


「は?お前は庶民の上に異国人だろうが。何とかするとはどういう意味だ?」


「魔法書店のお客さんに貴族がいてね。その人にその担当の人の事を聞いてみる。そうしたら多分、正式な異議申し立てぐらいは通してくれるんじゃないかな?」


「そんなに力のある貴族なのか?」


「どうだろうね?まぁ、何とかなると思うよ。組合長はこの申請をすぐに審査してもらってね。でないとロドリゲスに頼む事になるよ」


「くっ… お前はロドリゲスと同類だなっ」


組合長はそう捨て台詞を吐いて応接室から出ていった。


ロドリゲスと同類とか人聞きの悪い事を言わないで欲しい。俺はやからではないのだ。


「ミハエル、今の回路を使って、このガラス棒をこう光らせると…」


「うわっ、綺麗ですねぇ」


「だろ?これは様々な物に使える画期的な商品なんだよ。だからこの2つを同時に申請したら必ず食いつく」


「でしょうね」


「ちなみにお前はこの回路の不要な部分ってどこか分かるか?」


「い、いえ…さっぱり」


「これの元の回路はこうなんだよ」


マーギンは不要な部分を全部削ってシンプルな魔導回路を描き、魔結晶をセットした。


ビカッ


「な、同じだろ。同じ明るさに調整したから、さっきの魔導回路と比べると半分くらいしか魔力を使わない。異議申し立ては必ず通す。その時に申請したやつに不要な部分をなぜ描いたのかを突き付けたら不正が分かるって寸法だ。申請を急がせるのは実験をさせない為なんだよ」


「なるほど… 回路師ならこれを元に回路をいじって実験をすると言う事ですね」


「今回、盗まれた特許は全部返答が遅かったろ?色々と実験して、試してから盗んだんだろうな」


「そういうことですか…」


「そう。だからお前もおかしいと思った時は泣き寝入りすんな。お前は悪くないのにまた職人に謝り倒したんだろ?」


「えっ、まぁはい…」


「そんな顔をすんな。ちょっと手を打っておくから。身分がどうであれ、真っ当に頑張ってる奴が不当な扱いをされるのは良い国とは言えんからな」


「どういう意味ですか?」


「俺さ、正直者がバカを見るっていう言葉が嫌いなんだよね。報われるのは頑張ったやつであって、何もしない権力者じゃない」


「そうなればいいですね」


「そうだな。それにはきちんと声を上げ続ける必要がある。でもそれをすると煙たがられたりするから気を付けてくれ」


マーギンがそう言うと、ミハエルはもう煙たがられていますと笑ったのであった。


マーギンは改めて申請書に魔導回路を描いて申請。この回路は秘匿特許としておくことに。人の努力を掠め取る奴を炙り出す為のものなので、世に広めるつもりはないのだ。


その後、急用があったら騎士隊本部に連絡をくれと言ったら、ミハエルは死ぬほど驚いていたのであった。


商業組合を出た後、マーギンはハンター組合には寄らずに、食材を買い込んで騎士宿舎に戻った。



ー翌日ー


カザフ達は食堂で大活躍だったらしく、危ない事をせずにこのままここで働きなと、おばちゃん達からモテモテだったと嬉しそうに言っていた。


さて、訓練開始だ。


先ずは念入りに柔軟体操と受け身の練習をする。


「ロッカ、お前は柔軟継続だ。柔軟に合格せんと次のステップに進ませないからな」


「くそっ」


ロッカよ、怒りながら柔軟しても柔らかくならんぞ。


「ホープ、俺もさすがに一度に全員を見られんから、お前はカザフ達に剣の指導を頼む」


「分かった。おい、お前らこっちに来い。剣の指導をしてやる」


カザフ達はようやく訓練らしい事に進んだのが嬉しいようで、ホープを師匠と呼んでいた。ホープもちょっと嬉しそうだ。


「シスコ、アイリス、カタリーナ。お前らは木登りの練習だ」


「私は登れるわよ?」  


シスコが私も?という顔をする。


「確かにシスコは登れるが、スピードが遅い。俺が合格を出すまでやれ。お前が合格しないと、バネッサとの連携が出来ないから早く合格してくれよ」


「どれぐらいで合格なのかしら?」


「今から木を立てるから、5mの高さまで登って降りてを30回したらバネッサとの連携だ」


「え?」


「30回。同じ回数をアイリスとカタリーナにもやってもらう。それが出来たらいいものが待ってるかもしれんな」


「いいものってなんですか?」


アイリスはご褒美に食い付く。


「それは30回出来たら分かる。お前らには木登りが難しいだろうから、こんなものを用意した」


マーギンは靴に付けるスパイクを出す。


「最終的にはこれ無しで素早く登れるようになること。以上」


マーギンは訓練場に穴を掘り、木を立てて地面に強化魔法を掛けて固定する。


「早くやらんと晩飯の時間なくなるからな」


「えっ?」


「日が暮れてタイムアップになったら飯抜きだから頑張れよ」


ご飯を抜かれると言われてショックを受けるアイリス。食いたきゃ頑張れ。


アイリス達は木登りを始めたが、今日は何回登れるかな?1〜2回登れたら上出来だろうが、登れんかもしれんな。



「バネッサにはサリドンの訓練相手になってもらう。サリドンも来てくれ」


「自分は何をすればよいのですか?」


「お前はファイアバレットでバネッサを仕留めろ」


「えっ?」


「えっ?じゃない。威力は最低限でも構わん。先ずは動くもの相手に当てられるようになるのが練習だ。バネッサは目的を持って逃げてくれ」


「目的ってなんだよ?」


「お前は戦闘開始時に相手を撹乱させる役割だと前に言っただろ?」


「あぁ」


「これからやる訓練は撤退戦だ。魔物相手に勝てないと判断した時に、お前は自分より遅い仲間を逃がす役目になる」


「囮になれってのか?」


「そうだ。魔物を仲間から引き離す役目だ。襲われるギリギリまで引き付けて、仲間が逃げる時間を稼ぐ。仲間が逃げ切れると判断したら全速力で退避するんだ。これは仲間が逃げ切れる時間を稼ぐ間にかなり体力を消耗する。そこからの全力離脱だ。かなり危険な役割だから本当はやらせたくないが、これが出来るのはお前しかいない」


「これはうちしか出来ねぇんだな?」


「そうだ。性格上もお前がやる方がいい。例えばシスコにこの役目をやらせても、シスコがやばくなったらお前はシスコの応援に入るだろう。だから二人共無駄死にする」


「で、うちがやったら?」


「無駄死にするのはお前だけだ。どうせ死ぬならお前一人だけの方が良いだろ?」


「ケッ」


マーギンは酷い言い方をしたが、実際に勝てない相手に遭遇した時の事を話したのだった。


「マーギンさん、女の子に攻撃魔法を当てるなんて…」

 

サリドンがバネッサを攻撃するのを渋る。


「心配すんな、どうせ当たらん。お前がまともにファイアバレットを撃てるようになるまでバネッサには遊びみたいなものだ。早く訓練になるように上達してくれ」


「なんだよ?うちだけ遊びになんのかよ?」


「サリドンの魔力が尽きるまで逃げ切れたら終わりだな。逃げ切れたらご褒美があるぞ」


「何くれんだよ?」


「楽しみは後に取っとけ」


お前はいつも先に言わねぇんだからよっとブツブツ言うが、お前は確実に食えるようにしてやったのを分かれよ。



「ちい兄様はハンナリーと鬼ごっこをして貰う」


「鬼ごっこ?」


初めて聞く言葉に???となるオルターネン。


ハンナリーも呼んで二人に鬼ごっこの説明をする。


「で、日暮れまで逃げ切れたらハンナの勝ち。ハンナが捕まったらちい兄様の勝ち。勝った方にはご褒美があるから頑張ってくれ」


「うちは捕まらんだけでええの?」


「そう。ちい兄様にタッチされたら負けだからな。どれぐらい距離を離してスタートするかは二人で決めてやってくれ」



さて、残すはローズだ。


「ローズは俺が相手をする。多分泣くはめになると思うけどいいか?」


「誰が泣くかっ」


「それなら遠慮なくやろうか。ローズには撤退戦の殿しんがりをやってもらう」


「しんがり?」


「そう。軍でも撤退戦を強いられる時がある。その時に最後尾で追撃を防ぐ役割を殿しんがりという。ローズは軍人ではないけれど、姫様を逃がす役割をすることになるから同じような感じだな」


「なるほどマーギンが追撃をしてくる者となり、私はそれと戦うのだな?」


「それを実戦ですると死ぬからちょっと違う。俺の攻撃から逃げ切ってくれ」


「逃げるだけ?」


「ご不満なら戦ってくれてもいいけど、逃げる事をお勧めするよ」


「抜かせっ。誰が逃げるものかっ」


「まぁ、それはローズの判断に任せるよ。でも戦いを選ぶと100%泣くはめになる。戦いに敗れても、逃げ切れなくても罰ゲームがあるから頑張ってね。合格したらご褒美があるよ」


「フフン、ではご褒美をもらうとしよう」


ローズは自信満々で有る胸を反らした。うむ、眼福である。


こうして、各々が別メニューの訓練を始めることとなったのであった。






ロッカ以外。

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