方針に従えないなら抜けろ
「では訓練を始める前に確認することがある」
マーギンは星の導き、ハンナリー、特務隊、ガキ共、ローズ&カタリーナを前にそう言った。
「これからの心構えとして、これは守って貰う」
「勿体付けてねぇで、早く言えよ」
バネッサがチャチャを入れてくるが無視だ。
「心構えその1、魔物と対峙した時に勝てないと思ったら即座に撤退すること。その2、逃げ切れずに仲間が襲われた時は見捨てること。その3…」
「待てっ。今なんて言ったてめぇっ」
またもやバネッサが口を挟む。
「どこの部分だ?」
「仲間を見捨てろって言っただろうがっ」
「そうだ」
「そんな事が出来る訳ねぇだろうがっ。なんの為のパーティだってんだっ」
「お前、話を聞いていたか?勝てないと判断した魔物相手に何が出来る?お前が助けに入ってもお前ごと殺されて終わりだ」
「うっせえっ」
「なら、この訓練から抜けろ。俺がこれからする訓練は死なない為の訓練だ。死にたい奴に教える事はない」
「なっ、なんだとっ」
「お前らはハンターになって命懸けで戦ってきた。幸いにも大きな怪我もなく、仲間も死ななかった。それがどういうことか分かるか?」
「うちらが必死に戦って強くなったからだろうが」
「違う、お前らが強かったんじゃない。魔物が弱かったから生き残れたんだ」
マーギンは真剣な顔をしてバネッサを見る。
「これからは初めて対峙する魔物が出てくる。それに見慣れた魔物の強さも上がる。たかがボア、たかが魔狼と侮っていると死ぬ事になる。それを理解しろ」
「なんだとてめぇ…」
「いいか、これからのステージはこの国の誰もが未経験だ。お前らと特務隊は見たこともない魔物、強くなった魔物の情報を持ち帰る事が重要だ。強そうな魔物を見て逃げるのは恥じゃない。戦って勝てないと判断して逃げるのも恥じゃない。無駄死にするのが一番の恥と知れ」
「そっ、そんなの分かってらぁ」
「嘘つけ。お前はいくら言っても、うちがやってやるとか言って飛び出すだろうが。仲間を見捨てろと言ったが、それは絆が出来ているお前らには無理な話だとは分かっている。それがどういう結末を生むか分かってるか?お前が無謀に突っ込んだら、ロッカやシスコを巻き添えにするんだぞ」
「くっ…」
バネッサは白蛇の事を思い返していた。あれほどマーギンに止められていたにも拘らず自分が飛び出し、マーギンを死なせかけたのだ。
「お、お前はうちを助けてくれたじゃねーかよ…」
「俺は魔物より強いから何が来ても倒せる。確かにあの時は不覚を取ったが、白蛇は倒しただろ?あの時お前を追いかけたのがロッカなら、二人共死んでいたな」
バネッサは反論出来ない。
「で、その3だけどな、絶対に生きて帰って来い。これが訓練の目的だ。自分の力で生き残れ。人の助けをあてにするな。自分が魔物にやられたら誰も助けてくれないと覚悟を決めろ。この方針は絶対に変えん。これに従えなければこの訓練から抜けて勝手にやってくれ」
マーギンはきっぱりと言い切った。そして皆の反応を待つ。
「バネッサ、抜けなくていいのか?」
「うるせえっ」
「よし。皆、理解してくれたようだから、今日から受け身の訓練を行う」
「受け身?」
「そうだ。無意識にやっている者もいれば出来ていない者もいると思う」
「マーギン、受け身より攻撃に重点を置いて鍛えてくれないのか?」
ローズは自分がもっと強くなれると思って訓練に参加しているので、方針に口を挟んだ。
「ローズは受け身の重要性を理解した方がいいな。では、試しにやってみようか。バネッサ、お前手本になれ」
「うちが手本?」
「多分お前は受け身の訓練をしなくてもいいと思ってる。それを確認するのもあるな」
「何をやらせようってんだよ?」
「俺が今から攻撃をするから逃げてくれ。そこそこ本気で攻撃するからお前も真剣にやらんと怪我するぞ」
マーギンはバネッサと10mほど離れて準備をする。
「今からゴムクナイを投げるから、全部避けろ」
「へへっ、いいぜ」
そう返事したバネッサにマーギンは予備動作無しでゴムクナイをピュツと投げる。
「うおっ」
バネッサはそれを横にギリギリ避ける。しかし、顔の横をすり抜けたゴムクナイはバネッサの頬に傷跡を残した。
「避けるのが遅い。ボサッとすんな。次々に行くぞ」
ピッピッピッと連続して投げるマーギン。バネッサは横に高速移動してそれを避けて行く。
「やっぱ、バネッサすげぇ…」
顔に傷が入った事により、本気のスイッチが入ったバネッサを見てカザフが目を奪われる。
その瞬間、マーギンはバネッサの足元に土の突起を魔法で作った。
ガッ
バネッサはその突起に足を取られてバランスを崩す。
ゴロンゴロンゴロン しゅたっ
バネッサは身体を丸め、コケる事に抵抗せず、身体を回転させて立ち上がった。
「見事だ」
マーギンは素直に褒める。
「てめぇっ、何しやがった」
「もうそういうのはいい。次にローズ、今のを参考にやってみてくれ」
ローズも10mほど離れて立たせて訓練開始。マーギンがピッとゴムクナイを投げるとローズは腕をクロスさせてそれを受けた。これが鉄製なら腕に致命傷だ。
マーギンはそれに何も言わず続けて投げる。ローズもゴムとはいえ、クナイを当てられて不味いと実感したのか、バネッサと同じように横に移動して追撃を躱そうとした。マーギンはその刹那、足元に土の突起を出す。
ビタンっ ズザザザーッ
ローズはコケ、側頭部を地面に強打した。マーギンは消えるようにローズの所に移動して首を掴む。
「はい、ローズ死亡。あっけなかったな」
「うっ…」
「魔物と対峙している時に即座に立ち上がれなかったら死ぬ。それより前に側頭部を打って死ぬこともある。バネッサのような受け身を取れないとダメだ」
ローズは結構強く側頭部を打ったのでダメージが残っている。受け身の重要さを分かってもらうためとはいえ、こんな事したくなかったな…
マーギンは無言で擦り傷だらけになったローズの顔に治癒魔法を掛ける。
「うちも顔が切れてんだぞ」
ローズのに治癒魔法を先に掛けたのを拗ねるバネッサ。
「こんな事で拗ねるな」
バネッサの顔の傷も消してやる。
「他に受け身の重要性を分かりたい奴はいるか?」
マーギンがローズに傷を負わせるような事をしたのを見て、本気なんだなと皆は理解した。
「受け身は頭や背中などを衝撃から守る為に行う。先ずは後方受け身から」
マーギンは実演してみせる。ばんっと地面を叩く手が痛い。これはそのうち身体強化でなんとかなる。
皆にもやらせてみる。
「手を地面にパンっと打ち付けるのは、コケた時の衝撃を相殺するためのものだ」
何度かやらせてもぎこちないので、絵に描いて、こう来る衝撃をこう逃す為にやると理屈も合わせて教えていった。
そして、右横、左横、前と、順番に手本を見せては絵に描いて説明をして、やらせるのを繰り返していく。
うーむ、ローズ、ロッカ、サリドンがぎこちないな。
「ローズ、ロッカ、サリドンこっちに来てくれ」
3人を呼んで前屈をさせてみる。
「身体が硬すぎるな。君達3人は先に柔軟しないとダメだな」
「柔軟?」
「そう。身体が硬いと怪我をしやすくなる。受け身を取るのがぎこちないのはそのせいかもしれんな。バネッサ、ハンナリー来てくれ」
バネッサとハンナリーは抜群に受け身を取るのが上手い。この二人はもう受け身卒業だな。で、柔軟をさせてみると液体か?と思うぐらい柔らかい。まぁ、想定はしていたけど。
バネッサとハンナリーが柔軟をしているのを見て、カザフ達も競争するようにやっている。タジキが若干硬いがまぁ十分だ。
ローズとロッカ、マーギンとサリドンが組んで柔軟体操。先ずは背中合わせになって、海老反りのように伸ばす。
ぐぎぎぎぎっ
「痛いですっ 痛いですっ」
「硬いから痛いんだ。バネッサ、ちょっと来てくれ」
サリドンはマーギンに無理やり伸ばされているような言い方をするので、柔らかいバネッサで同じようにやってみる。
クニャ
「何も痛くねーぞ」
「サリドン、よく見て見ろ。お前の時より曲げてるけど痛くないって言ってんだろ?」
サリドンは顔を赤くして顔を背ける。
「なんで横向いてんだよ?」
「い、いや、あのちょっと刺激が…」
マーギンがバネッサを海老反りにしたことで、胸の形がはっきりしてしまったのを直視出来なかったサリドン。
「てっ、てめえっ、なに変な事を考えてやがんっだっ」
「す、すいません。そんなつもりじゃ」
マーギン以外の男に女を見る目で見られたバネッサは真っ赤になっていた。良かったな、俺以外に女扱いしてくれる奴が出てきて。
バネッサにさっさとやりやがれっと尻を蹴っ飛ばされたサリドンはマーギンにぐぎぎぎぎっとされ続けた。
「マーギン、ちょっといいだろうか?」
「どうしたローズ?」
「いや、ロッカは私の手に負えんのだ。相手を交代してくれ」
どうやらロッカの鋼の肉体は相当硬いようだ。
ローズと交代してロッカの柔軟体操。
「ロッカ、お前こんなに硬くてよく今まで怪我しなかったな」
「うるさい。硬い硬いと言うな」
試しに股割りをさせてみてもだめだな。相撲取りとか無理やり開かせて筋を切るんだっけか?あんなの本当にやってもいいのだろうか?いや、止めておこう。あの話が嘘だったら大変だからな。
その後もロッカに錬金魔法を掛けてやろうかと思うぐらい苦戦しながら柔軟をしていった。
そしてマーギンは受け身中心の訓練を5日続けた後、1日休みを入れて、休み明けから個別訓練を行う事にするのであった。
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