訓練前に一仕事
「ローズ、ちょっと遅れたけど、新居の防犯魔法を組みに行こうか」
「今からか?」
「そう。しばらく騎士宿舎に泊まり込むことになるみたいだし、その間になんか仕掛けられても嫌だからね」
「すぐに終わるのか?」
「どうだろうね?うちの防犯システムは単に撃退するだけのやつなんだけど、カタリーナの家だから防犯レベルを上げとかないとダメかな」
「侵入者を殺すのか?」
「侵入者だとしても、殺したら縁起が悪いだろ?見せしめ程度にしとくわ」
縁起が悪いから殺さないというマーギンの感覚にドン引くローズ。
パンケーキお代わりっ!というカタリーナの要望を却下して新居に向かう。
ーカタリーナの新居ー
「下着とか散らかってないよね?」
家の中に入る前に確認するマーギン。ロッカ達の家には下着が干してあったのだ。ボロ切れみたいな奴も落ちてたし…
「まだ何も置いてないっ」
顔を赤くするローズ。
「それは残念」
そう答えると「貴様という奴は何を想像したのだっ」と、ポカポカされる。うむ、幸せである。
「マーギンは下着に興味があるの?」
「無いわ馬鹿」
「そうなの?興味があるならローズの持って行ってあげようかと思ったのに」
「なら、頼む」
「ひっ、姫様っ」
うむ、慌てて照れるローズは良い。カメラがないのが残念だ。
変態じみた冗談はこれまでにして中に入ると、自分の家とは比べ物にならないぐらい豪奢だ。庶民の家とは呼べんなこれ。
広いリビングにキッチンのようなものまである。リビングキッチンとかいうのかな?
大きな寝室はカタリーナ用だろう。見た目にはわからないが、その部屋の周りには不自然な空間があると思われる。かなり壁を厚くしてあるのかもしれない。他に寝室が2つ、ウォークインクローゼットみたいな部屋、広めのお風呂、トイレ、洗面室か。
「取り敢えず、壁と床と天井を強化するわ」
マーギンは各場所に強化魔法と耐火魔法を掛けていく。これで何かに襲撃されても大丈夫だろう。
「ローズ、忘れ物したからちょっと待っててくれ」
マーギンはそう言って出ていった。
そして、ロッカ達と戻ってくる。
「さすがに広くて綺麗だな」
ロッカ達はカタリーナの家をおーっ、とか言いながら見ている。来る時に預けたカザフ達も一緒に来た。
「どうしてロッカ達を連れてきたのだ?」
「いや、許可を取りにいったんだよ」
「なんの許可だ?」
「抜け穴の出口設置の許可」
「は?」
「いや、使うことは無いと思うんだけど、いざという時に抜け道が必要かなと思ったんだよ。多分王城とかにもあると思うぞ」
「私、そんなの知らないわよ?」
「誰もが知っていたら抜け道にならんだろうが。極一部の人しか知らんはずだ」
「マーギンはなぜそのような事を知っているのだ?」
「常識だよ常識」
マーギンの常識は非常識。ローズが何を聞いても常識だとしか答えなかった。
マーギンはカタリーナの寝室の床をチェーンソーで四角く切り、床下を土魔法で掘っていく。
「これ時間が掛かるから、どっかに行ってて良いぞ。手伝って貰う事もないからな」
「そんなに掛かるのか?」
「土を掘るのは魔力も時間も掛かる。俺はしばらくこれに掛かりっきりになるから、明日からの準備でもしておいてくれ」
集中してやりたいので皆を追い払う。色々と質問されるのもうっとおしいのだ。話し掛けられ続けて方向を間違うと掘り直す羽目になるしな。
マーギンは土を掘っては収納して抜け道のトンネルを掘る。そして掘り進めては強化、掘り進めては強化を繰り返していった。その作業は夕方にまで及び、アイリスの部屋の床下まで掘り終えてカタリーナの家に戻り外に出た。土と汗にまみれた自分に洗浄魔法を掛け、ロッカ達の家に向かう。
ロッカ達の家の扉をどんどんっとノックをするが返事がない。まだ帰って来ていないようだ。
勝手に入る訳にもいかんから、カタリーナの家で待ってるか。マーギンはそう呟いてカタリーナの家で寝てしまうのであった。
ー王の私室ー
「ふむ、これをどうしたものかの…」
王は隠密に調べさせた星の導き達の報告書を読んでいた。
ロッカは武器屋の娘、シスコはフォートナム商会の娘、炎の娘はボルティア家の血を引くものか…
これはまぁ良い。問題はバネッサか…
王はバネッサの生い立ちの報告を見て、なるほどなと呟いていた。そして手に持つのは薄汚れた箱とその中身。
これは渡してやらねばならぬだろうが、さすれば内密に調べていた事を話さねばならなくなる。マーギンは驚きはせぬだろうが、普通の人間は自分達が調べられていた事を知ると訝しがるだろう。しかし、これは渡してやらねばならぬだろうなと一人で悩むのであった。
ー王妃の私室ー
王妃はマーギンから献上された、バレットフラワーの蜜の入った容器を眺めていた。
「ふふふっ、前に男性から女性に贈る赤色の意味を理解したのかしていないのか…」
マーギンにそんな意図はないだろうとは分かっていても、しれっとこのような贈り物をしてくる事に悪い気はしていなかった。
王族に何かを献上してくる者は多い。それには何か見返りを求める意図があるものだ。貴族であれぱ後ろ盾になって欲しい、商人であれば王族御用達の商会になれば、それだけで箔が付き、商会の信用度が桁違いに上がる。そういった見返りを求めて献上してくるものなのだ。
それをマーギンは何も求めず、これがどれぐらい素晴らしいものなのかの説明すらない。この美しいガラス容器も極上の蜜も自分が求めた魔道具が遅くなった詫びだと渡して来た。
「何も裏が無い贈り物というのはこんなにも心をくすぐるものなのね」
赤く美しいガラスの容器を眺めてはふふふっと、赤いピアスを着けた王妃は嬉しそうな顔をするのであった。
ーカタリーナの家ー
「マーギン、起きろ。いつまで寝ているのだ」
そう声を掛けられて目を開けるマーギン。そしてその前にはローズの顔が。
「どっどっどうしたのっ」
慌てるマーギン。
「よく寝ていたからしばらく起こさずにいたのだ。もう完成したのか?」
「えっ、あーごめん。すっかり寝込んじゃったんだな」
「大丈夫か?疲れているのではないか?」
昨日、殆ど寝れてなかったしな。それにしても、ローズとカタリーナが気配を消しているわけでもないのに全然気付いてなかった。二人が敵なら殺されてたなとか思ってしまうマーギン。
「ごめん、ちょっと疲れてたのかもしれないね。殆ど完成してるんだけど、抜け道の出口はアイリスの部屋にしてあるんだよ。勝手に家に入る訳にもいかないから、ここで帰りを待つ間に寝ちゃったみたいだ」
「ロッカ達なら家に帰ったぞ」
「分かった。なら、今から行ってくるよ」
「マーギン、先にご飯食べようっ」
カタリーナが飯の催促をする。
「ん、もう飯の時間になってんのか。何か食いたいものあるか?」
「へっへーん。私が作ったから一緒に食べよ。いつも作ってもらってばっかりだから頑張ってみたんだーっ」
「え?お前が作ったのか?」
「うんっ♪」
「そ、そりゃ嬉しいな…」
ー過去のマーギンー
「マーギン、飯が出来たぞ」
初めての魔物討伐に出たミスティとマーギン。ガインの特訓成果が出て、体力も付いたと言われ、ミスティと二人で魔物討伐に行ったのだ。
初めての魔物討伐は想像していたのと違い、討伐にかなりの時間が掛かった。そして、マーギンは体力よりも恐怖と神経を使った事で、へたり込んでしまい動くのが億劫になっていたのだ。
「飯…?」
「あぁ、そうじゃ。これからは当番制にするが、初めぐらいはと作ってやった。討伐に慣れたらお前も作るのじゃぞ」
ミスティはロリババァとはいえ、生まれて初めて女の子にご飯を作って貰うマーギン。
「まじで、やった!」
マーギンは素直にそのことを喜ぶ。しかし、ミスティが用意してくれたのは日持ちのする堅いパン。それと根菜と多分さっき倒した魔物肉のスープ。
「これ食べ物だよね?」
堅いパンを手でコンコンとしてみる。
「それ以外になんじゃというのだっ」
「研究室で食べるパンも堅いけど、こんなにカチコチじゃないよね?」
「外で食べるパンは保存性を重視するからこんなものなのじゃ」
「マジックバッグに入れときゃ、保存性とか関係ないじゃん」
「何を言っておる。マジックバッグは収納量を増やせるだけじゃ」
「え?ラノベとかアニメだと時間経過しないってのがお約束なんだけど?」
「なんじゃと?」
「凄くゆっくり時間が経過したり、時間経過がなかったりするんだよ。だから、出来立て料理を入れておけば、いつでもホカホカ料理が食べられる。そんなの常識だろ?」
「そんな常識があるかーーっ。もういいっ。さっさと食え」
カッチカチのパンはスープに浸しておいて食べるのだと教えられる。
ずぞぞぞ
マーギンはそれを口にしたがあまり食が進まない。
「どうした?疲れすぎて食えぬのか?」
初めて女の子に作ってもらった料理。嬉しくはあるが、獣臭さが残る肉と薄い塩味のみのスープ。正直言って不味い。
「ええ、ああ、ちょっとね アハハハ」
「味はどうじゃ?」
「うん、旨さ控えめだよね」
マーギンは精一杯気を使った。
「そうか、お前には旨さが控えめじゃったか… って、なんじゃとーーーっ。それは不味いと言っているのと同じでないかーーっ。人が一生懸命作ってやったというのにきさまーーっ!!!」
「いや、本当に嬉しかったんだよ。女の子にご飯を作ってもらうとか初めてだったからさ。でも堅くて獣臭い肉とか…」
「お前には堅かろうと柔らかめの部分を入れてやったのにその言い草はなんじゃーーっ」
ミスティ激おこ。
「いや、これも食べ慣れたらそのうち…」
「これからは飯当番はずっと貴様じゃっ」
ミスティは機嫌を治してくれず、飯当番は今後ずっとマーギンがすることになったのである。
その帰り、マーギンは気付いていないが、ミスティは自分が女の子と呼ばれた事には嬉しかったのか、帰り道はちょっと優しかったのだった。
ーカタリーナの家ー
「ねぇ、美味しい?」
カタリーナは自分の作った料理をもぐもぐと食べるマーギンの目の前で目をキラキラさせながらそう聞いてくる。
「まぁ、嫌いじゃないよ」
マーギンはカタリーナを飯まず系かと覚悟をしたが、そうでもなく普通に食べられた。これが思春期の男だったら感激して、旨いっ!と喜んでやるのかもしれない。実際カタリーナは幼さが残るが、いかにもお育ちの良い美人顔だしな。回路師のジーニアなら目がハートマークになっていただろう。
「良かった。ローズも食べて食べて」
「ひ、姫様の手料理など私にもったいなく…」
「ローズの分を残す方がもったいないわよっ。遠慮しないで食べて食べてっ」
「で、では…」
マーギンはその様子を見て、ポリポリと音を立てながらカタリーナの作った飯を食べる。メニューはピーマンと牛肉の細切りを炒めたもの。味付けは塩と胡椒。正直好きではあるがピーマンがほぼ生だ。これ、ローズには地獄だろうな。
「前に教えてもらったように、ちゃんと水に晒したからあんまり苦くないわよっ」
カタリーナは遠慮しないでっ、とフォークにカリッと音がするピーマンを刺してローズにグイグイと押し付けていた。これ、べしょべしょなのは水切りをちゃんとしてないからなのか。
マーギンはピーマンをグイグイと押し付けられるローズの顔をおかずにカタリーナの作ってくれたご飯を食べるのであった。
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