王都に戻るまで その5
「マーギン、お前は明日王都に戻るのだな?」
自分の横でバネッサにうにゃうにゃとされて戸惑いながら明日の予定を聞いてくるオルターネン。
「そのつもりです」
「もう一日延ばせるか?」
「なんかあります?」
「こいつ等にちょっと稽古を付けてやって欲しいのだ」
マーギンがは?という前に、は?と言ったホープ。
「なんの稽古ですか?ボア討伐はもういいでしょ」
お前のせいでこの村にボアが集まってるんだろうがとは言えない。
「剣の稽古だ」
「は?俺が騎士に剣の稽古なんて無理ですよ」
「いや、ロッカからラプトゥルという魔物の事を聞いたのだ。それは鮮やかな剣術だったそうではないか」
「あー、あれですか。別に大した技じゃないですよ。ロッカにも言いましたけど、魔物の習性を知っていたからロッカには鮮やかに見えただけです。ロッカも同じ事が出来ると思いますよ。俺は剣は専門外ですからね」
「そう言うな。ちょっと見せてくれ」
「んー、なら体術の稽古をします?」
「体術?」
「はい。体術を上手く使えたら剣にも生きてきますし、魔物の攻撃を躱すのにも役立ちますから」
「魔物の攻撃は躱すよりこちらから攻撃すべきだ」
ホープが口を挟む。
「そうですね。一撃で決められるならそれでもいいんですけどね。今回一度に複数のボアは出ました?」
「連続はあったが、一度にはなかったな」
「ボアは群れる魔物でもないですからね。魔狼みたいに群れる魔物相手とか、単体でも初撃が速い奴とかには有効ですよ。それに剣が折れたりとかすることもありますし、下手に攻撃をしたら毒や酸とかの体液が掛かるやつとかもいますから。虫系の魔物とか強さそのものより、そういう厄介な奴がいるんですよ」
「毒?酸?」
「はい。毒は種類が多岐に渡るので、吸い込むとヤバいとか掛かったら皮膚が腐ったりするとか様々です。酸を吐いてくるやつもいますし、体液がそういうやつもいるのです。鮮血の騎士様とか呼ばれてたら、そういうのにやられますよ」
「なんだその鮮血の騎士とは?」
「村人達はちい兄様達をそう呼んでるみたいですよ。良かったですね、二つ名が付いて」
と、マーギンがニヤ付く。
「やめさせろっ」
「無理ですよ。そのうち特務隊は鮮血の騎士隊と呼ばれるようになるのが確定ですね。ちい隊長」
いらぬ事を言ったマーギンはオルターネンに明日絶対に稽古だからなっと言われてしまったのであった。
その後、騎士隊のなかで、ヒソヒソと鮮血のちい隊長と呼ばれる事になる事をオルターネンは知らないのであった。
ー夜ー
「自分のテントで寝ろよ」
トナーレで昼も夜も魔物の調査をしていたマーギンは久しく一人でゆっくりと寝ようと思っていたのに、バネッサとアイリスとハンナリーが寝に来た。
「女5人だと狭ぇんだよ」
「お前らがこっちに来たら、こっちが狭いだろうが」
「うっせえっ」
まぁ、こいつ等3人共小柄だから、ガキ共と寝るのとあまり変わらないが…
もうバネッサと喧嘩するのも疲れるので、マーギンは諦めてこいつ等と寝ることに。そして酒が入っていたのと、旅の疲れも出ているのかすぐに寝たバネッサとアイリス。
「よう寝とんな」
「疲れてんだろ。お前も早く寝ろ」
「そやけど、バネッサはマーギンの
「ん?」
「いやな、バネッサっていつもちっこう丸まって寝よんねん」
「あぁ、ロッカが前にそんな事を言ってたな。ガキ共もそんな寝方してるわ。そうやって警戒しながら寝る癖が付いてんだろ。寝返りもほとんど打たないしな」
「そやけど、今は普通に寝てるやん。眉間にシワも寄ってへん。安心した顔してるわ」
「いつもは眉間にシワ寄せて寝てんのか?」
「ようなんかうなされてたりすんで。怖い夢でも見てるんちゃうかな」
「うなされているの見た事ないぞ」
「そやから安心しとんのやろ。マーギンがおらんときのバネッサは移動の時もピリッとしてるからな。あー、バネッサって普段こんなんなんやとか思ったわ。知らん人やったら怖いと思うてまうかもしれん」
俺はカザフと追いかけっこして消えていくイメージしかないけどな。
「まぁ、俺は寝てても気配に気付くからな。バネッサも自分でそれをしなくていいと思ったら熟睡出来るんだろ。もうお前もさっさと寝ろ」
「そやな。うちに腕枕してくれたってもええねんで」
してくれたってもとか意味がわからん。
「俺もゆっくりと寝たいんだよ。夜中に足乗せてきたらヒゲ生えるからな」
「そんなんしたら怒るでっ。前んときめっちゃ焦ってんからなっ」
「なら、足を乗せてくんなよ」
その夜、マーギンは黒ワニが上から落ちて来るのをプロテクションで防げずに自分に落ちてきて下敷きになる夢を見ているのだった。
ー翌朝ー
「じゃ、斬り掛かってきて下さい」
飯食ったら早速稽古だ。
「お前は丸腰ではないかっ」
「ええ。ですから遠慮なくどうぞ」
「死んでもしらんからなっ」
ロックも同じ事を言っていたな。
ホープはオルターネンに早くやれと言われて、マーギンに斬り掛かった。
するん
マーギンは振り降ろされた剣をスッと避ける。ホープの剣筋はとても綺麗だ。スピードも申し分ない。きちんと剣を学んで来たのだろう。その分とても読みやすい。これなら我流のロッカの方がやりにくいな。
「ホープ様、連撃で来ないとダメですよ」
あんなに鮮やかに避けられると思ってなかったホープは初撃を躱された事に驚いて動きが止まっていたのだ。
そしてマーギンの言葉で我に返り、連撃を繰り出した。
ススススッ
マーギンは綺麗に躱したり、振り下ろされる剣の腹を手の甲で弾いて避けたりしていた。
「こ、この動きはト…」
オルターネンよ、なぜそんな事を知っている?
そしてホープが構え直した瞬間、マーギンはスッと間合いを詰めてホープの懐に入る。
「こうすると剣では攻撃出来なくなります。どうしますか?」
「うっ…」
パッと離れるマーギンはコイコイと手招きをした。
「くそっ」
挑発されたホープは大振りになる。大きく構えた所にマーギンが懐に入り、首に手を回して背負投げのような技を食らわせた。まともに落とすと殺しかねないので、そっと落ちるように投げる。
ドシャッ
「大丈夫ですか?怪我をしないように投げたつもりだったんですが」
ホープは受け身を取れなかった。このような訓練をしたことがないのだろう。
「マーギン、今の技はなんだ?」
見ていたオルターネンも驚く。
「首投げとでもいうんですかね。自分の下に潜り込まれた時とかも首を持って投げたり、そのまま自分も倒れ込んで敵を倒す技です。もしかしたら軍人なら使えるかもしれません」
「兵士の技か?」
「軍人は武器を失っても素手で敵を倒さないとダメですからね。武器を扱う前に体術を叩き込まれるんですよ」
マーギンは召喚されてから、ガインに体力トレーニングと体術を叩き込まれたのだった。
「それは剣に役立つのか?」
「足さばきとかは立ち回りに役立ちますね。後は筋肉の動きや呼吸とかで相手の動きを読めるようになります。これは剣の修行をされてきた方も同じだと思いますけどね。ホープ様の動きはとても読みやすいです。剣筋も綺麗ですし、スピードもある。いいように言うと美しい剣術です」
「本音は?」
「単純ですね。恐らく熟練騎士には全く敵わないでしょう。貴族の子供相手に剣術道場とかやると良いかなと思います」
「そうか。こいつは特務隊でやっていけると思うか?」
「どうでしょうね。自ら泥臭い世界に飛び込んでいけるなら可能性はあります。プライドが邪魔するならやめておいた方がいいです。正直、毎日毎日魔物討伐する生活なんてオススメ出来ません」
「なんだとっ」
「ホープ様は国民の為、国を守る為に特務隊に入ったのですか?」
「そうだっ」
「ならやめておいた方がいいですよ」
えっ?と皆が驚く。
「人の為に頑張れる人がいますが、そういう人はそれがなくなると頑張れないのですよ」
「どういう意味だ?」
「例えば、国民とか国とかではなく、守るべきものを恋人とか家族とかに置き換えましょう。そういった大切な人の為に命を掛けて戦えますか?」
「当たり前だっ」
「では、その人を失った後も命を掛けて戦えますか?」
「なんだと?」
「大切な物を失うと多分心が折れて戦えなくなる。違いますか?」
「そ、それは…」
「戦い続けられる人は戦う理由を自分の生きる理由に結びつけられる人なんですよ。分かりやすく言えば自分の為に戦える人です」
「自分の為だと…」
「はい。特務隊とは国からの使命を負って戦う隊です。その使命だけで戦い続けられるならいいのですが、もしその使命に疑問を持つとそれも崩れます。他の何かに左右されず自分だけでなんとか出来るのは己の信念だけなんです。それがないとこれから辛い出来事を何度も経験するでしょうから心が折れます。俺はなんの為に戦っているのだと…」
「マーギン、お前…」
オルターネンはマーギンが過去に何をしてきたのか知っている。今の話を聞いて胸が押しつぶされそうになった。
「しかし、人はなかなか信念を貫き通せませんからね。挫けそうになった時に信頼出来る仲間や、家族がいてくれると挫けそうになっても立ち直れたりもします。矛盾するようですけどね」
「俺は…」
「はい、私はホープ様の心の底の思いは知りません。答えはホープ様の心の中にありますのでご自身で答えを出してください。先程は酷評するような事を申しましたが、考え方を変えるだけでもっともっと強くなれると思います」
「考え方だと…」
「はい、泥臭さかろうが卑怯だろうが要は勝てばいいのです。どんな手を使っても。騎士道からは外れると思いますが、特務隊とはそういう隊にならないとダメだと思います。魔物には騎士道とかありませんから」
マーギンはそれをホープに伝えた後、ロッカにも体術覚える?と聞いて稽古をするのであった。
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