王都に戻るまで その4
バネッサに完敗したホープはそれから誰とも口をきかなくなってしまった。
「サリドン、お前もやってみるか?」
「先程の戦いを見て、自分では勝てないと思いました」
「賢明な判断だ。ホープ、お前が勝てないのは当然だ。ロッカ達は第二、第三隊の隊長が参加した姫様の護衛訓練で見事に誘拐を成し遂げたやつらなのだぞ。その後の第一隊も勝てなかったのだ。訓練上の強さと実戦経験を積んで来た者との差は大きい。俺はそれを実感した」
「隊長…」
「あの護衛訓練は俺も参加していたからな。騎士隊の訓練は厳しい。その中でも正騎士になれた者は強い。だがそれは騎士同士の訓練の中での話だ。ホープも初めて魔物と対峙した時に怖かっただろう?本気で命を奪いにくる奴の気迫を初めて受けると身体が言うことをきかなくなる。それに慣れてきても上には上がいる」
「それは…」
「バネッサと何度もやれば対応出来るようになるかもしれんが、本番だと1度目で死亡して終わりだ。バネッサだけじゃなしに他のメンバーとやっても同じ結果になる。我々特務隊は星の導き達の指導を受けて本当の実力を身に付ける」
「えっ…?」
「聞こえなかったのか?これから特務隊は星の導きの下に入るのだ。今回の事はこれをお前らに理解させるためのものだ」
「自分達がハンター風情の下に…」
「自分より強く、魔物討伐能力に長けた者に教えを請うのは当たり前だ。文句があるなら今のうちに抜けろ。この方針は変えん」
「いいでしょう。確かに自分は負けました。でもすぐに追い抜いてみせますよ。その日を楽しみに待ってて下さいね、バネッサさん」
「はんっ、うちはお前に敬語なんて使ってやらねぇからな。せいぜい足引っ張んなよ」
「クッ…」
「ロッカ、ちょっと俺と立ち会え。こいつ等の面倒をみるばっかりでストレスが溜まってんだ」
「マーギンがいないと危ないですよ」
「木剣でやればいいだろ?ちょっと付き合え」
そしてオルターネンはロッカと打ち合いを始める。
ガコッ ガココココッ
ホープとサリドンはロッカがオルターネンと対等に打ち合う事に驚く。
「この男オンナも強い…」
そう呟いたホープに手が滑ったロッカの木剣が飛んで来たのであった。
ートナーレー
「大将、世話になったな」
「大将、フワッフワのソーセージ、めっちゃ旨かったぜ!」
「おぉ、お前らならいつでも雇ってやるからな。ハンターが嫌になったら来やがれ」
ソーセージとミードの旨い店の手伝いは昨日で終わり、朝に王都隣の村に向けて出発したマーギン達。
「マーギン、ソーセージの金払ってないよな?」
「代わりに秋にタイベに行った時に豚肉を大量に買ってこいだとよ」
「秋のタイベか。俺達も楽しみだぜっ」
「ばっか、次は連れていかないぞ」
「なんでだよっ」
「お前らハンターになるんだろ?まずは王都周辺の魔物を倒せるようになれ。それに次のタイベは商売の話がメインになるからあちこちには行かん」
「一人で行くのかよ?」
「ハンナだけ連れて行くことになるな。本来はあいつの仕事だからな」
「ならマーギンが行く必要ねぇじゃんかよ」
「海賊の身元引受人が俺なんだよ。ハンナ一人じゃまだ何にも出来ないだろうからな。やることが終わったらさっさと帰ってくるよ」
「マーギン、姫様は連れていかないのー?」
「トルク、2ヶ月程度の訓練で姫様がカザフより足が速くなると思うか?」
「んー、無理だよねぇ」
「だろ?」
「姫様を騙したの?」
大人の汚さに疑問を持つトルク。
「騙してないぞ。本当にカザフより足が速くなっていたら連れて行ってもいい。それだけのことだ」
しれっと騙してないと答えるマーギン。姫様が勝てないのは大隊長の任務失敗なのだ。責任は大隊長にあると心の中で自分を甘やかせた。
ー王都隣の村に到着ー
「爺ちゃん婆ちゃんの所に行こうぜっ」
そう言ってカザフ達は走って行った。ここに来るまで何度も競争して走っていたのに元気なガキ共だ。
「あっ、ロッカ姉っ、まだここにいたのっ」
タジキがロッカを発見。
「お、タジキ。マーギンは?」
「一緒に来てるぞ」
遅れてやってくるマーギン。
「まだここにいたのか?」
「あぁ、実はな…」
と、ロッカはここに来てから何があったのかを話した。
なるほど。オルターネンは星の導き達にマウントを取らせたのか。
「で、ちい兄様達は?」
「森への入口付近でテントを張っている。私は井戸の水を汲みに来たのだ」
身体を拭く為の水を汲むのに勝負をして負けたらしい。五目並べだったんだろうな。
「俺達は爺ちゃんの所に顔を出してからそっちに行くわ」
「わかった。では後ほどな」
マーギンはケンパ爺さんの家に行く。
「おー、マーギン。それにカザフ達もよう来たよう来た」
「これお土産。ソーセージだから少しだけ日持ちするけど早めに食べてね」
と、二人で食べきれるぐらいの量の食べ物をいくつか渡す。南国フルーツも渡した。
「こんなにたくさんありがとうねぇ。今夜は泊まって行くんじゃろ?」
「どうする?俺はロッカ達の所に行かないとダメだから、お前らだけ泊めてもらうか?」
「うんっ」
「ならタジキ。材料を渡すからお前が晩飯を作れ」
「おっしゃ、まかしとけっ。マーギン、たこ焼きにするから材料と道具頂戴」
「こいつに入ってるから好きに使え。じゃあ、ガキ共を宜しくね」
タジキにマジックバッグを渡しておく。中の物は好きに使いたまえ。
「マーギンは泊まらんのか?」
「ここに知り合いの騎士が来てるからそっちに行ってくるよ」
「鮮血の騎士様達の知り合いかい?」
「鮮血の騎士?」
「そうじゃ。毎日毎日魔物討伐に行ってくれておっての、血塗れで帰って来られるのじゃよ。皆はその姿を見て鮮血の騎士様と呼んで感謝しておるのじゃ」
ちい兄様にそんな二つ名がつ付いたのか。
鮮血のオルターネン…
うむ、なかなかに宜しい。後で笑ってやろう。
ガキ共を預けたマーギンはオルターネン達の所へ。
「マーギン、やっと来たか」
「お疲れ様ですちい兄様」
ちい兄様だと?
ホープとサリドンはマーギンと呼ばれた男がオルターネンをちい兄様呼びしたことにぎょっとする。
「部下もいる前でちい兄様呼びはやめろっ」
「じゃあ、ちい隊長?」
「やめろっ。小隊長みたいに聞こえるだろうがっ」
時折氷のような威圧を放つオルターネン。それがこの見た目が冴えないマーギンと呼ばれた男には昔からの友人ように接している。
「マーギン殿、自分を覚えておられますか?」
「あー、本部の門番をしていた人だよね、えーっと、サリドンだっけ?特務隊に入ったんだね。厳しいと思うけどがんばってね」
「覚えていてくれましたか」
当然だ。こいつは魔法使いになる素質のあるやつだからな。
「で、そっちは?」
「初対面のくせに偉そうだぞっ」
オルターネンは貴族らしいやつも選んだのか。意外だったな。
「これは失礼致しました。私は王都のハズレで魔法書店をしております、マーギンと申します。お見知りおきを」
丁寧な挨拶をしたマーギン。しかし、名前を名乗らないホープ。
「こいつはホープだ。バネッサの子分になったやつだから畏まらなくていいぞ」
バネッサの子分て…
「あー、マーギンもう来てるやんっ」
初めにテントから出てきたのはハンナリー。どうやら女性陣はいま身体を拭いているらしい。
「お前、耳出したままでいいのか?」
「シスコがもう出しときって。見慣れてもうた方がええねんて」
「そうか。それでなんかされたり言われたりしたら俺に言え」
「しばいてくれるん?」
「そいつの耳ちぎって頭に付けてやる」
「あんたが言うたら冗談に聞こえへんわ」
海賊の足を焼いたのを見ていたハンナリーはほんまにやりそうで怖いわと言った。するかっ、とも言えないマーギン。
「マーギンさん、お腹空きました」
次に出て来たアイリス。第一声がそれか。
「晩飯は何にする予定だったんだ?」
「ボアと野菜のスープです」
この時期のボアは旨くはない。この飯が続いているらしい。そりゃ、いきなり飯をたかりにくるわな。
「ちい兄様達もずっとそれ?」
「そうだ。いい加減飽きた」
もうちい兄様呼びを否定しないオルターネン。
「人数が多いから焼き肉かなんかでいいかな?」
「はいっ」
「魚も焼いてぇな」
先に答えるアイリスとハンナリー。俺はオルターネンに聞いたのだ。
「全員分あるのか?」
「ありますよ。その代わり自分で焼いて下さいね」
と、マーギンは炭を出してアイリスに着火させる。牛肉はタレで、魚は塩か。で、こいつを…
「それは豚肉か?」
「そうですよ。豚バラですね」
オルターネンが準備をしているのを見て、豚肉に嫌そうな顔をした。ボア肉を食べ続けていたから豚肉も嫌なのしれない。
「他の肉もありますから、お好きな物をどうぞ」
タジキを置いてくるんじゃなかったなと、後悔するマーギンは黙々と飯の準備をした。
「マーギン、ミントのお酒が飲みたいわ」
と、いつの間にか来ているシスコ。
「うちは甘いやつ」
「私はミードをロックで頼む」
飲み屋と化すマーギン。
「あーもうっ、ここに置いとくから好きに飲んでくれ」
各種酒と氷やミントとか出しておく。
「マーギン、なんかジュースと割ってくれよ」
勝手に飲めと言ったのにマーギンに作れというバネッサ。
「オレンジジュースとブドウジュースのどっちがいいんだ?」
「オレンジ」
マーギンはバネッサようにジュースのお酒を作る。少し甘みを足しておいた。
「オルターネン様は何がいいですかぁ?」
ねこねこした声でバネッサがオルターネンの酒のリクエストを聞く。
「酒は… いや、ロッカと同じものをもらおうか」
バネッサは自分の物は作らなかったくせに、オルターネンの酒を作って隣に座りに行った。
ホープとサリドンは飲まないと言ったので炭酸水でも飲めばいいか。
そしてじゅうじゅうと肉が焼け始め、3日ぶりに旨い飯に喜ぶ星の導きたち。ホープとサリドンも、食べて目を丸くしたあとガッツきだした。貴族とは思えん食べ方だな。よっぽど旨い物に飢えていたのかもしれん。
「ちい兄様、魔物討伐はどう?」
ある程度食べてから話しかけるマーギン。
「こいつ等は魔物討伐は初めてだったからな。初めはボロボロだ。今はボアなら問題ないぞ」
「魔物が増えたと言ってもここはそんなにボアいないでしょ?」
「こいつを使ってた」
と、ボア寄せの薬をマーギンに見せる
「あ、それ… いつから使ってました?」
「もう2ヶ月くらい前か。毎日これを使ってたぞ。護衛訓練の時もそうだったが
凄い効きだな」
だからトナーレの近くにボアの気配がなかったのか。何か出てるのかと必死に探し回ったじゃないか。
マーギンが警戒したのはオルターネンのせいだった。トナーレで作ってもらったソーセージも焼いてやろうかと思ったけど、ちょっとムカついたのでやめておいたのだった。
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