王都に戻るまで その3

ドドドドっ


「来たぞ」


「分かってますよっ」


ボア寄せの薬に呼び寄せられたボアが現れた。オルターネンの来たぞ、との声に自信満々に答えたホープ。


「来いっ。瞬殺してやるっ」


ボア寄せの匂いを嗅ぎ取ったボアは凶暴化している。初めて魔物と対峙するホープは抜剣して構えた。


抜剣しているホープの前でボアは一旦止まり、フゴーっフゴーっと涎を垂らして鼻息を鳴らす。


ビクっ


初めて自分に向けられた殺意にホープの心が怯えた。


カタカタカタっ


剣技会でオルターネンに睨まれたような感覚が蘇る。


「くそっ、たかが魔物のくせにっ。動けっ」


ホープの殺ってやるという意識とはうらはらに膝がカタカタと震えて足が言うことをきかない。


ボアはザシュザシュと前足で地面をかき、ホープに向かって突進してきた。


ドゴォォォつ


「ぐふっ」


まともにボアの突進を食らったホープが吹っ飛ぶ。


「ホープっ」


サリドンが吹き飛ばされたホープを助けに入った。オルターネンは動かない。


吹き飛ばされて倒れたホープをドゴォッ ドゴォッ と、ボアは牙で上に吹き飛ばす。ホープはなすすべもなくボアの攻撃を食らっていた。


ドンっ


そこへサリドンがボアの横っ腹に剣を刺した。


「フゴォォォッ」


刺すのが甘かったのか一撃では死なないボア。サリドンはすぐさま剣を引き抜き、後ろに下がる。


ボアのターゲットはサリドンへと向いた。そして手負いとなったボアはサリドンに突っ込んでくる。


サリドンは正面からその牙の攻撃を剣でさばくが、手負いとなったボアは止まらない。


「ちっ、サリドンまでが慌ててやがる」


オルターネンはこのままではまずいと思い、サリドンと対峙するボアの首を刎ねた。


ブッシューーーっ


ボアの首から血が吹き出し、オルターネンは血塗れとなったのだった。



「ホープ、立てるか?」


「ゴホッ ゴホッ」


口から血を吐くホープ。


「ちっ、サリドン。今日は終わりだ。ボアは焼いてしまえ」


「は、はい」


ボアを焼き終わった後、サリドンがホープを抱えて村に戻った。



ざわざわざわざわ


一人の騎士が抱き抱えられ、一人の騎士は血塗れだ。その騎士の様子を見て村人は騒然となる。


「だ、大丈夫でございますかっ」


村長が他の村人に呼ばれて走ってきた。


「問題ない。大型のボアを1頭仕留めた」


「そ、その血は…」


「返り血だ。そいつはボアに小突かれたけどな」


ボアを1頭倒してくれたと聞いた村人は桶に水を入れて持ってくる。


「き、騎士様これで顔を拭いて下され」


「お、すまんな。血塗れで気持ちが悪かったのだ」


その後、ホープはテントに寝かされていた。


「た、隊長…」


「ざまぁないな。一人で全部倒すんじゃなかったのか?」


「つ、次は必ずやってやりますよ…」


「そうか。なら明日も狩りに行くからな」

 

鎧を着ていたホープはやられはしたものの、致命傷には至っていない。


「あ、あの騎士様…」


テントの外から誰かの声がする。


「なんだ?」


サリドンが対応をする。


「お一人怪我をされたようなので、薬草をお持ち致しました。こちらは塗ると傷が早く治ります。こちらの薬草は飲んで頂くと身体の回復が早くなるものです」


薬草を持って来てくれたのは村の若い娘だった。


「それは助かる。これは貴重なものではないのか?」


「い、いえ。身体を挺して村の為に戦って頂いたのです。これぐらいはさせて下さい」


「そうか、ではありがたく頂こう」


他にも野菜を持って来てくれた皆が感謝の言葉を伝えたのであった。


「ホープ、お前がやられてくれたお陰でたくさん野菜が手に入ったぞ」


「隊長、うるさいですよ…」


サリドンがホープの傷口に薬草をすり潰して塗り、苦い薬草汁を無理矢理飲ませたのであった。


それからも毎日のようにボアにやられては倒しを繰り返していく。オルターネン達はボアの返り血を浴びて村に帰ってくる。そして、いつの間にかオルターネンに二つ名が付いていくのであった。



ー星の導き達と話をする特務隊ー


オルターネンがここに来た当初の様子を話した。


「ダッセ…」


ボアにコテンパンにやられたホープの話を聞いたバネッサは小さくそう呟いた。


「なんだと貴様っ 今の言葉聞こえたぞっ。ハンター風情が生意気なっ」


「弱いくせに吠えんなっ」


ハンター風情と言われた事で言い返すバネッサ。


「やめろバネッサ。特務隊の方に暴言を吐くな。ホープ様は貴族なのだぞ。無礼討ちにされたいのか」


ロッカがキレそうになったバネッサを諌める。


「ちっ 事実じゃねーかよ。ボアごときに手間どってんだからよ。オルターネン様も人選間違えたんじゃねーのか?」


しかし、バネッサのムカツキが止まらない。昔から上から目線でこういう事を言われ続けてきたのだ。


「貴様ぁぁっ。隊長の知り合いだからと思って大目に見てもらえると思っているのかっ」


怒ったホープに応戦しようとするバネッサ。ロッカがやめろっと慌てるがオルターネンはニヤニヤしたまま止めようとしない。


「オルターネン様は強ぇの知ってるから、オルターネン様に何か言われたらそうかなと思うけどよ、お前、育ちが良いだけのボンボンだろうが。うちより弱ぇくせに吠えんなっ」


そこまで言われたホープはキレて抜剣しようとした。


「ホープ、やめろ」


サリドンがホープの手を押さえて剣を抜かせない。


「邪魔するなっ。俺は子爵家だぞっ。貴族籍しかないやつが偉そうに指図するつもりかっ」


「も、申し訳ありません…」


今の会話を聞いたオルターネンが動く。


「ホープ、バネッサと決闘してみるか?」


「決闘?」


ホープより先にバネッサは自分が決闘の相手とされた事に驚く。


「バネッサ、貴族の決闘とは神聖なものでな、お互いのプライドを掛けてやるものだ。これからの事を考えたら、どちらが上か決めておいた方がいいだろ?」


「た、隊長。多少腕があるのかもしれませんが、こんな華奢な女の子とホープが決闘などと戯れを…」


サリドンはオルターネンが何を言い出すのだと止めようとする。


「サリドンもホープがやられた後に相手してもらえ」


すでに自分がやられる前提で話を進められたホープはキレた。


「決闘でもなんでもやってやりますよっ」 


「いいのか?バネッサは強いぞ」


「いくら強いからと言ってハンター風情に負ける訳がありませんっ」


「ほう… ならばお前が負けたらどうする?」


「はんっ、こんな奴に負ける訳がありません」 


「そんな答えは聞いてはいない。負けたらどうするのかと聞いたのだ」 


軽く威圧を込めてホープに問うオルターネン。


「も、もし負けたら、俺より上だと認めて敬語でもなんでも使いますよ」


「だそうだ。バネッサは負けたら何をする?」


「うちが負けたら乳でも揉ましてやんよっ」


「けっ、お前みたいな小汚い奴の乳なんぞ揉むかっ 負けたら地面に這いつくばって謝れっ」


「ふーん、ならお前もそれやれよ」


バネッサは静かにキレた。確かに昔は小汚なかったが今はハンター服とはいえちゃんとした服を着ている。それに耳にはマーギンが可愛いと言ってくれた真珠のピアスもしているのだ。


オルターネンは村人にホープが無残にやられる姿を見せるのは良くないと思い、森の中でやれと言った。



すでに日は暮れていて真っ暗な森の中。


「こんな暗い所でやらせるのですか?」


ロッカはオルターネンにまずいのでは?と聞く。


「魔物討伐は夜でもやるのだろ?」


「極力避けますが、そういう場合もあります」


「ならば問題無い。多少は見えているからな」


「そこの男オンナ、心配するなら仲間を心配しろ。俺は真剣を使うのだからな」


男オンナと言われたロッカは無表情になった。


「バネッサ、手加減不要だ」


ロッカはバネッサの肩に手を置いて、コテンパンにやれという感じでそう言った。


「初めっから手加減なんてする気はねぇ…痛てててててっ 肩が砕けるだろうがっ。お前はナナイロフクロウかっ」


ロッカは知らぬ間にバネッサの華奢な肩を掴んでいた。


「バネッサ、悪いがお前は魔物役をやってくれるか?」


「うちが魔物役ですか?」 


ロッカのナナイロフクロウ攻撃の痛みでムカつきを砕かれたようなバネッサはオルターネンに敬語を使った。


「貴族の決闘とは剣でやるものなのだがな、お前は貴族ではないし、正式な作法も不要だ。ホープに強い魔物がどのような攻撃をしてくるのか体感させてやってくれ」


「護衛訓練の時みたいに、開始線から始めの合図ではなく?」


「そうだ」


ということなので、バネッサは闇に消えて行った。


「ホープ、バネッサはお前を狙ってくる。討ち取ってみよ」


「もうボアにも慣れましたからね。暗くてもどうってことないですよ。小汚い小娘を仕留めてやります」


ホープは自分でフラグを立てるタイプのようだ。


オルターネン達がホープから離れる。


「どっからでも掛かってこ…」


コンッ


「痛っ」


バネッサは気配を消し、木の上からゴムクナイを投げた。本来であれば今のでホープは死亡だが、ホープは何をされたのか気付いていない。


シスコはナイトスコープを覗いて今の様子を見て、クックックッと笑いを堪えていた。だって面白いじゃないが目の前で実演中なのだ。


木の上で呆れるバネッサ。


「こいつやっぱり全く実戦経験ねぇじゃねーかよ」


バネッサは暗視魔法ナイトスコープを使っていない。これを使うと卑怯かなと思ったからだ。


「早く掛かってこいっ」


「ちっ、面倒くせぇ」


バネッサはヒョイヒョイと木の上を渡り、ホープの後ろに回り、ホープ目掛けて飛び降りた。


トスッ


ホープの背中に乗り、短剣を喉に当てる。


「うっ…」


「お前、くそ弱ぇよ」


と、耳元で囁き、離れ際に背中をドンっと蹴飛ばした。ホープは蹴られた勢いで前のめりに倒れる。


「終わりだ。ホープ、お前はそのまま地面に這いつくばってバネッサに謝れ。それと今から敬語を使え」


「オルターネン様、そんなの別にいらねぇ。うちが弱い者イジメしたみたいになっちまうからな。うちはそんな奴になりたくねぇ」


自分にそういう事をしてきた奴と同じにはなりたくないと言ったバネッサ。その言葉が聞こえたホープはその場で蹲ったまま、血の涙を流すぐらい悔しがった。


「戻るぞ」


オルターネンは蹲ったままのホープにそれだけを言い、皆を連れて村に戻る。その場に残ったのはホープとサリドン。


「ホープ、このままここにいると危ない。村に戻ろう」


「うるさいっ」


後はサリドンが何を言っても返事をしなかったのであった。



ー翌日ー


血塗れで戻ってきたホープとサリドン。


「魔物討伐してきたのか?」


「隊長、もう一度バネッサとやらせて下さい」


「恥の上塗りをするつもりか?」


「自分が相手をナメていた事をお詫びします。正式に戦わせて下さい」


「だとよ、バネッサは受けるか?」


バネッサはホープを見た。昨日の顔付きとは違う。血塗れなのはあの後、夜の魔物討伐をしていたからだろう。


「いいぜ。正面からやってやんよ」


バネッサも勝負を受けた。昨日のような人を小馬鹿にした態度ではなかったからだ。


そしてまた森の中へ。


「準備はいいぞ。かかってこい」


昨日の決闘とは違い、明るい中での決闘。しかも正面に向き合ってのものだ。


「始めっ」


「うおおおっっ」


ホープは声を上げてバネッサに斬りかかる。対するバネッサはいつものように低空飛行のような姿勢で突っ込んで来た。


「フンッ」


ホープはバネッサ目掛けて剣を振り下ろす。寸止めとかではなく本気で攻撃をしてきたのだ。その刹那、バネッサがホープの目の前から消える。


「だからお前は甘ぇんだよっ」


バネッサは剣が振り降ろされる前に瞬時に上に飛び、回転しながら両手に持った短剣でホープの首を狙って攻撃をした。


ビタっ


二本の短剣がクロスするようにホープの首に当てられた。


「勝者バネッサ。ホープ、恥の上塗りになったな」


本気で対峙したホープはその場で膝から崩れ落ちる。


「おめぇは実戦経験が足りなさ過ぎだ。せいぜい死なねぇようにがんばれよ」


バネッサはそうホープに言い残してロッカ達の所に行ったのだった。


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