始動

話は少し遡って、特務隊に志願した人がいたことを知ったローズ。


「ちい兄様っ、隊員が…」



ーローズの部屋ー


カタリーナの特訓に付き合わされたローズはヘトヘトになりながら、ベッドに倒れ込んでいた。もちろん姫様は大隊長に鬼っと叫ぶ元気も初めだけで、今は私室で屍のようになっているのは言うまでもない。


コンコンっ


「誰だ?」


オルターネンならあんな遠慮したノックはしない。ガンガンっと叩くか、いきなり入ってくるのだ。


「ローねぇ、俺だよ」


ノクス?


ローズは弟が部屋に来るとは珍しいなと、鉛のように重くなった身体を引きずるようにしてドアを開けた。


「どうした?」


「うっ、相変わらず女臭い部屋だな」


「うるさいっ。私は女なのだから仕方がないだろうがっ。お前も男臭いぞっ」


「うるさいっ」


年頃の姉弟の会話はこのような物だ。オルターネンはローズの部屋に来ても女臭いと言わないのはシスコンだからかもしれない。


「何か用か?」


「ちい兄の所に人が志願したんだよ」


「おっ!誰だ?」


皆から左遷か?と囁かれた特務隊に人が入ったと聞いたローズはようやく人が増えた事に興味を持った。弟のノイエクスに詳しく聞かせろと部屋に入れる。


「で、誰が入った?」


「ホープとサリドン」


「確かホープとはお前の同期だな?いきなり第三隊に配属されたエリートだろう?剣技会にも出ていたな」

 

「たっ、たまたまだろっ。それにちい兄に瞬殺されたんだから大したことないっ」


ローズは自分の同期の方が先に進んだノイエクスの悔しい気持ちを理解して突っ込まない。


「サリドンは私の一期下のやつだな。確か本部の門番をしていたんだったな」


「そう。まぁ、ホープはまだいいけどさ、サリドンがなんの役に立つのか。ちい兄も誰も志願して来ないからって、あんな使えなさそうな奴を…」


ローズにぐちぐち言うノイエクス。


「あれだけ人選に慎重になっていたちい兄様が入隊を認めたのだ。認めるべき事があったのだろう」


「サリドンの心意気が気に入ったんだとさ。ちい兄は俺が入隊してやろうかと言ったら鼻で笑いやがったくせに…」


あぁ、ノイエクスはちい兄様に合格を貰えなかったのか。弟は自分より早く正騎士になったのだから腕がないことはない。ただ、マーギン達との訓練を経験した後ではノイエクスの実力はまだまだだと感じるのも確か。


「お前はこれから特務隊を目指すのか?」


「誰があんな罰ゲームみたいな隊を目指すんだよっ。ちい兄が哀れだったから力を貸してやろうかと思っただけだ」


ローズはノイエクスがオルターネンに憧れているのを知っている。


「罰ゲームか… なら、お前は特務隊を目指さない方がいいな。もし配属命令が出たとしても断るがいい」


ローズはマーギンに言われたような事を言ってみた。


「なっ、なんだよっ。ローねぇのくせに偉そうにっ」


「くせにとはなんだ、くせにとはっ!」


「はんっ、剣技会も組み合わせが良かっただけだし、姫様付きになったのも姫様が成人したから女騎士の方が都合が良かっただけだろっ」


ローズはカチンと来たが、確かに姫様付きになったのは自分の力ではない。


「そうだな、私は運が良かった」


ローズはマーギンの事を思い浮かべてそう言った。カタリーナの護衛を始めてから、本当は罰ゲームなのでは?とも思ったが、姫様付きになれる騎士などほんの一握りなのだ。


「そう、ローねぇは運が良かっただけだ。俺より見習い期間が長かったくせに」


「お前も運が良いといいな」


ローズにオルターネンと同じ事を言われたノイエクスはうるさいっと顔を真っ赤にして帰ってしまったのだった。



ーオルターネンの部屋ー


いつもいきなりドアを開けられる仕返しにノックをせずにオルターネンの部屋の扉を開けたローズ。


「ちい兄様っ、隊員が… しっ、失礼いたしました。オルターネン隊長…」


オルターネンの部屋にはホープとサリドンも居た。ちょっと仕返しをしてやろうといきなり扉を開けてちい兄様呼びしたことを激しく後悔するローズ。


「ちい兄様と呼ぶなと言っただろうが。どうした?」


「い、いえ… 別に何も…」


騎士隊の仲間にちい兄様呼びしているのがバレてしまったローズは顔を赤くして下を向いた。


「まぁいい、ちょっと話に加われ」


「何の話に加わるのでしょうか…」


そして退室させて貰うことも叶わず、部屋に留められてしまった。


「今こいつ等と今後の打ち合わせをしていたところだ。明日からハンター組合に行き、魔物討伐を始める。お前ならこのメンツにどのような役割をさせる?」


「私には過ぎた話で…」


早くこの場を立ち去りたいローズは赤くなった顔を上げる事が出来ずにそう答えた。


「そんな事はわかってる。お前の意見を言え」


「ち、ちい… オルターネン隊長が前衛がいいかと…」


またもやちい兄様と言いかけて踏みとどまったローズ。


「以上ですっ。失礼致しましたっ」


と、大きく叫んで逃げたのだった。



クスクスクスクス


「ローズさんの素顔ってあんな感じなんですね」


と、笑うホープ。そしてサリドンはぽーっとなっていた。


「なんだ?ローズの素顔って?」


「いや、いつも真面目な顔をして、キリっとしているじゃないですか。ローズさんって騎士から結構人気あるんですよ。それが隊長をちい兄様呼びしてるとか、ギャップ萌えするじゃないですか」


ギヌロッ


「貴様らローズをそんな目で見ているのかっ」


「ちっ、違いますよっ。他の隊員ですっ他のっ。なぁ、サリドン」


「えっ、あぁ、はい」


オルターネンに威圧を飛ばされて慌てるホープはサリドンを巻き添えにする。


「ちっ、俺の所に入ってくるローズの話はデカイ、可愛気がないとかそんなのばっかりだぞ」


「そっ、そりゃあシスコん… 隊長にそんな話が出来る奴がいるわけないでしょうが」


部下にもシスコンばれしているオルターネン。


「ふんっ、ローズの話はどうでもいい。で、お前らも俺が前衛の方がいいと思うのだな?」


ローズが来る前にこの二人も一番強いオルターネンが前衛の方が良いと意見していたのだ。


「そうですね。何なら僕が前衛でも良いですけど? でも僕が前衛になったら隊長の出番はありませんよ」


「ほう… なら前衛は交代でやってみるか。明日はまずホープからやってみろ。俺は後衛に回る。サリドンはホープのサポートだ」


「隊長」


「なんだホープ」


「魔物は狩り尽くしてもいいんですよね?他のハンターや狩人から仕事を奪ったと恨まれるかもしれませんよ」


「構わん。話によると魔物が増えて、ハンター達もてんてこ舞いしているみたいだからな。お前が狩り尽くせるならハンターは他の場所に行けるようになるだけだ」


「そうですか。では遠慮せずにやらせてもらいますね」


と、ホープが自信満々な顔をして答えた所で打ち合わせは終わり、翌日3人はハンター組合に向かった。



ー王都ハンター組合ー


「初めましてオルターネン様」


カチャカチャと鎧を身に纏った騎士が来たものだから騒然となるハンター組合。受付嬢が慌ててロドリゲスを呼んだのだった。


「貴殿がロドリゲスか。マーギンから話を聞いていると思うが…」


騎士からマーギンの名前が聞こえてビクッとするハンターがいる。


「オルターネン様、宜しくお願いします。マーギンには近隣の村の魔物討伐をお願いしたいと伝えてあったのですが」 


「あぁ、聞いている。こちらも魔物の討伐には慣れていないからな。しばらくは近隣でも人手が足りない所からやらせてもらう。どこに行けばよい?」


「ライオネルに向かう街道に徒歩で1日の距離の所に農村があります。今までは魔物があまり出ない村でしたが、この春から増えてまして。村には狩人も少ないので、そちらをお願いしても宜しいでしょうか?」


「依頼は討伐か?」


「いや、出来れば殲滅をお願いします。村の魔物避けの柵の強化が終わるまで魔物が出ないようにして頂きたい」


「出るのはボアとオーキャンぐらいか?」


「今はその程度です」


「わかった。その村に向おう」


そして、オルターネンはロドリゲスと小声で話した後に出発したのだった。

 


「徒歩で一日だ。早めに着いて村人から状況を聞き込む。駆け足っ」


オルターネン達は隣の村まで鎧姿で走り続けたのであった。

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