らしくない

「キャアーーッ」


「どうしたアイリス?」


五目並べに熱中していた皆はアイリスがいきなり悲鳴を上げた事に驚く。


「引っ張られてますっ 引っ張られてますっ」


マーギンはロックワームを釣るための糸をアイリスの足かせに括っていたのだ。


「お、やっと来たか。ロッカ、自分で釣り上げたいだろ?」


「無論だ」


ロッカに革手袋を渡して準備する。


「はっ、早くして下さいっ。穴に引きずりこまれますっ」


「大丈夫だ。穴の入口に引っ掛かる」


ズリリッと足を引っ張られていくアイリスに心配すんなと笑うマーギン。


「早くしてくださいっ」


早く早くと必死の形相のアイリスの足をロッカは掴んだ。


「ふんっ」


「痛いですっ! 痛いですっ!」


ロッカよ、アイリスの足を釣り竿みたいにしてやるな。さすがにそれは痛そうだ…


「冗談だ」


ロッカはアイリスの足首から足かせのベルトを外して自分の手首に付ける。べルトのサイズがアイリスの足首より… と、マーギンが見てるとロッカにキッと睨まれた。まだ何も言ってないだろうが。


ロッカは糸を手繰り寄せ始める。


グッ グッ


「マーギン、向こうが引いているのはわかるが、こっちが引いても動かんな。力任せにやって外れないだろうか?」


「うーん、鉄鉱塊を飲み込んで噛み砕かれたら外れるかもしれんな。時間が経つ方がまずいかもしれん」


「そうか。なら力任せに引っ張って外れてしまう方がマシだな。噛み砕かれたら餌がなくなってしまう」


ということで力勝負をすることに。


「ロッカ、餌を入れた所から穴が横に伸びてたかもしれないだろ?ロックワームがその横穴に下がっていたら、糸が何処かに引っかかってるのかもしれん」


「なるほど、ではどうすれば良いと思う?」


「俺も初めてだからなぁ。様子を見ながら少しずつ引っ張ってみるか?」


「そうだな… ふんっ ふんっ」


ロッカは糸を思いっきり引っ張るのではなく、ぐいっ ぐいっと引っ張る。


スカッ


「あっ…」


「どうした?」


「いきなり軽くなってしまった。外れてしまったのかもしれん」


あー、残念。針とか付いてないからな。


「ん?」


ゴリゴリゴリゴリ


「まだいるっ!齧っているような感触が伝わって来るぞ」


「おっ、そのままゆっくりと引っ張てみてくれ」


ロッカの手元にゴリゴリとした感触が伝わってきたらしい。ロッカが引っ張ると軽くなり、またゴリゴリとした感触が伝わってくるのを繰り返す。


「このままゆっくりと引っ張れば出て来るだろうか?」


「途中までは来るかもしれんな。何回も外れるなら食い込みが浅いと思う。黒ワニみたいに一気に飲み込むタイプじゃなさそうだからな。穴の付近まで来たら逃げる可能性もあるんじゃないか?」


「ではもう少し食わせてみるか」


誰もが初めてのロックワーム釣りなので正解がわからないのだ。


ロッカはゴリゴリという感触を確かめながら食い込ませる為に少し糸を緩めてみる。


グゴゴゴゴゴっ


糸を緩めた瞬間に強く引っ張られる。それを逃がすまいとロッカが糸を掴む手に力を入れる。


ギチギチギチギチっ


「ロッカ、その糸は熱にあまり強くない。そのままだと糸が切れるぞ」


マーギンがそう叫ぶとロッカは反対の手のひらに糸を巻き付けた。バカっ、そんな事をしたら手が糸で千切られるぞ。


マーギンは慌てて助っ人に入り、アイテムボックスから大きな骨を取り出してそこに糸を巻き付けた。


「大丈夫か?」


「す、すまん助かった」


ロッカの革手袋に血が滲んでいる。


「危うく手のひらが無くなるとこだぞ。手に力は入るか?」


「大丈夫だ」

 

と、指を動かせてみせる。


「なら治療は後でやるから、この骨に糸を巻き付けていけ」


ロッカはマーギンに言われた通り、糸をふんっと引っ張っては骨にグルグルっと巻き付けていく。


「ぬぉぉぉっ」


近くに寄ってきたロックワームの抵抗が激しくなって力強く引っ張っていく。ロッカも身体強化をして完全に力勝負になった。


「頑張れ。多分いいサイズだぞ」

 

「ふはっ ふはっ ふはははははっ!この私に敵うと思っているのか虫けらめっ」


力対決になり、テンションが上がったロッカは悪役のようなセリフを吐く。まぁ、たしかにロックワームは虫系の魔物だけれども。


ロッカはぐぉぉぉぉっと女性らしからぬ唸り声を上げて、糸をふんっふんっと引っ張っては骨に糸を巻いていった。


もう少しで穴からロックワームが出て来そうだ。ロッカもそれを感じ取ったのか、思いっきり力を入れる。


「ふううんっ…」


「スリップ!」


すっぽーーーん


ロッカが渾身の力を込めて引っ張った瞬間にアイリスがスリップを掛けやがった。


勢いよく穴から飛び出した大きなロックワームはそのまま天井に叩き付けられてドサッと落ちてくる。そしてロッカは海老反りになってしこたま頭を打ち付けた。


きゅうっ…


ロッカは海老反りになったまま動かない。


「何やってんだお前はっ!」


アイリスに怒鳴るマーギン。


「ごっ、ごめんなさい。もしかしたら浮くかなぁと思って…」


マーギンはいつもやらかすアイリスを怒鳴り付ける。が、スリップは物を少し浮かす魔法だ。あんな状況で使っても効果があるとは新発見だな。


パラ…

パラパラ…

バラバラバラっ


げっ、今の衝撃で天井が崩れ始めやがった。


「逃げろっ。崩れるぞっ」


慌てて皆を入口に向かって走らせる。


ガラガラガラガラっ


ヤバいヤバいヤバいっ


マーギンはまだウニョウニョしているロックワームに電撃を食らわせて殺して収納。そして海老反りのまま固まっているロッカを片手で抱き上げ… 抱き上げ… 無理。


マーギンは身体強化魔法を自分に掛けロッカをお姫様抱っこしてプロテクションを上に張りながら逃げた。


「早く走れっ」


前方には逃げるのが遅いアイリスがいる。


「乗れっ」


マーギンはロッカをお姫様抱っこしたままアイリスを背中に乗せて、なんとか廃坑から脱出したのであった。


外に出ると廃坑の入口は完全に崩れて塞がってしまった。


シスコはロッカとアイリスもちゃんと連れて来てくれたマーギンを見てホッとする。


「マーギン、今度はロッカに手を出すのかしら?」


「そんな色っぽい状況じゃないだろうがっ」


シスコの言い草に怒鳴り返すマーギン。その声でロッカも目を覚まし、自分がマーギンにお姫様抱っこをされていることに気付いた。そして顔を赤らめ、


「マ、マーギン… 私はまだその…心の準備が…」


お前は目を覚ますなり何を言っているのだ?


「心の準備もクソもあるかっ。廃坑を見てみろ」


頭をしこたまぶつけたせいか、少し記憶が飛んだロッカを降ろして廃坑を指差す。


「あっ… 崩れてしまったのか…」


「お前が気を失ったからヤバかったんだぞ。というか、ロッカのせいじゃないけどな」


まだ背中にしがみついているアイリスをブンブンと身体を揺すって落とす。


「ロックワームは…」


「ちゃんと持って来たから心配すんな。まだ魔鉄持ちかどうか分からんけど、大きさ的には十分だ。自分で解体するか?」


「おおっ、ちゃんと持ってきてくれたのかっ」


柄にもなくはしゃいでマーギンに抱き着くロッカ。


「組み合い始めそうね…」


シスコはマーギンに抱き着いたロッカを見て小さく呟いた。恐らくレスリングの試合みたいな物を想像したのだろう。



マーギンに手の治療をしてもらったロッカはロックワームの腹側から剣を刺して開いていく。


「こいつの顔怖ぇな」


バネッサは解体されていくロックワームの顔を覗き込んでそう言う。ロックワームはヤツメウナギの口のように、丸く大きくあいた口の中に鉱石を噛み砕く牙がみっちりと生えているのだ。


「これ全部牙かよ…」


と、しゃがみこんで口の近くに手をやった瞬間にカザフがドンっとバネッサの背中を押す。危うくロックワームの口の中に手を突っ込みそうになったバネッサ。


「キャッ」


らしからぬ女の子らしい悲鳴をあげるバネッサ。


「キャッだってよぉ!らしくねぇっ」


それを大笑いするカザフ。


「てっ、てんめぇっ」


真っ赤になって怒ったバネッサは逃げるカザフを追いかけて行った。元気だなあいつら…


「ロッカ、腹を開けたら肋骨に沿って剣を入れてやるんだ。ある程度骨から皮を外せたら後は手でずるんと剥ける」


ロッカに解体のやり方を説明する。そして魚肉ソーセージの皮を剥くようにロックワームの皮を剥いだ。


「おっ、ちゃんと魔鉄持ちだ。良かったな」


「この黒くなってるのが魔鉄か…」


「そう。砕ける部分は骨だ。砕けない所が魔鉄だな。他の部位は使い道ないから捨てていいぞ」


ロッカは柄のお尻で骨をゴンゴンと叩いて砕き、魔鉄を手に入れた。


「やった!やったぞ!!」


ロッカはアイデアを出したトルクにもお礼を言って喜んだ。


「良かったな。その量だとロングソード1本分にはなりそうだな」


「そうか、これで足りるか」


ロッカは自分で取った魔鉄を持ってとても満足そうな顔をしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る