真なる獣人

ピクンとハンナリーの耳が動き、バネッサも警戒体勢に入り、クナイを握り締めた。


「動くな。勝手に攻撃すんなよ」


マーギンはバネッサを止めると、3人の狼のような顔をした奴らが現れた。


「タイベの魔狼か?」


ロッカが剣に手をやりながらマーギンに聞いてくる。


「違う。真なる獣人だ。お前らはワー族か?」


「そういうお前らは王国の人族か?」


「まぁ、そんな所だ。ここはお前らの縄張りだったか?悪いな、縄張りを荒らすつもりはなかったんだ」


「ここは我らの縄張りではない。だから危害を加えるつもりもない」


「そうか。こっちもお前らに何かをしにきたわけじゃない。それと、俺以外の奴らはワー族を見るのが初めてだ。何か失礼があっても悪気があるわけじゃない。大目に見てくれると助かる」


「わかった。それより聞きたい事がある。お前が倒したその魔物はなんだ?」


「これか?こいつはラプトゥル。お前らはこれを初めて見るのか?」


「これがラプトゥルだと?こんなデカイ奴がいるわけがないだろうがっ」


「お前が言ってるラプトゥルはこれぐらいのサイズの奴か?」


と、マーギンは30Cmほどの大きさを手で示す。


「そうだ」


「そいつはリトルラプトゥル。ラプトゥルと名前が付いてるが別種だ。この手のタイプの魔物は種類が結構いる。もっともっとデカイのもいるぞ」


「なんだと…?」


「まぁ、このラプトゥルを初めて見るなら、他の種類の奴はまだおらんだろ」


ワー族の3人はマーギンの言った「まだおらんだろ」のまだという言葉に引っ掛かった。


「まだとはどういう意味だ?」


「各地で魔物が増えていてな、それにつれて強い奴も出始めている。ラプトゥルがここにいるということは、そのうちこいつが増えて、次にもっと強いのが出始める前兆だろうな」


「その話は本当か?」


「多分な。今からこいつを解体して魔結晶を確認するわ」


マーギンはタジキにやらせずに自ら魔結晶を取り出して確認する。


「うん、肉に瘴気もまとってないし、魔結晶の色も濃くはない。ラプトゥルが増えて強くなっていくのはまだ先だ。今のうちにラプトゥルに慣れておけ」


「お前はなぜそのようなことを… まっ、まさか、ムーの使徒様なのかっ」


使徒様?と仲間達は首を傾げる。


「ナムを祀る村の長老にもムーの使徒かと聞かれたけど違うぞ。俺は神様に会った事もないし、ここの歴史もその長老の婆さんに教えてもらったぐらいだ。前に住んでいた所はもっと魔物が多くて強かったからこういう事に詳しいだけだ」


「本当に使徒様ではないのだな?」


「だから違うって」


「ナムの長老がただの余所者と話をするとか信じられん…」


「巫女って呼ぶのかな?雨乞いの儀式をする踊り子とその兄さんとたまたま仲良くなってね。で、長老にここの歴史とか教えてもらったんだよ。雨が降らないから雨乞いの儀式にも参加させてもらったぞ」


「儀式にまで参加したのか… その話は信用していいんだな?」


「お前らを騙して俺達に何かメリットあるか?ないだろ?別にお前らを狩りに来た訳でもないんだから」 


確かにここはワー族の縄張りでもない。攻撃をしても来なかった上に、一緒にいるのは女子供だけ。


「わかった。お前の話を信用するが、ここで何をしている?」


「ナムを祀る村から出発して鉱山に向かってたんだよ。遠回りしていたのは熊の親子やヤバそうな魔物を避けて進んでいたからだ。まさかここにラプトゥルがいるから他の魔物の気配が少ないとは思ってなかったんだがな」


「熊の親子を避けた?」


「魔物なら容赦無く狩るけど、動物は狩る必要が無いものまで狩る気はないからな。熊の親子に出くわすと子供を守るのに向こうも襲って来ざるを得ないだろ?」


「ほう、いい心掛けだな」


「普通だよ普通。で、お前らは縄張りを離れて何をしてたんだ?」


「最近何人か仲間が行方不明になった。その原因を探ってた」


「なるほどな、もしかしたらラプトゥルにやられたかもしれんな。こいつらの対処方法を知らなかったらかなりヤバいからな」


「こいつはどんな魔物なんだ?」


森の中で暮らすワー族に取ってラプトゥルはこれから脅威になるかもしれないので、マーギンはラプトゥルの習性を教えた。


「魔物のくせに連携以外にフェイントまで使うのか」


「あぁ。かなり賢い魔物だ。だかな、バカな習性もある」


「バカだと?」


「そう。ラプトゥルがいるのを前提に準備しておけば逃げる事も簡単だ。倒したいならその対処方法も教えてやるぞ」


「頼む」


目の前のワー族の男は素直に頼むと言ってきた。


「こいつらは目も鼻も耳もいい。足も速いし持久力もある。お前らでも走って逃げるのは無理だ。まずこいつらは襲う前に餌に出来るかどうか確認をする。その時に怖がったり、後ろを向いたり、走ったり、大声をあげると活性が上がり餌と認識される」


「それで?」


「逃げる場合にはこれぐらいの餌を投げてやるんだ」


と、40cm四方サイズを手で示す。


「一匹が餌を咥えると他の奴らがそれを奪いに行く。餌を咥えた奴は奪われまいとその場から離れるんだ。他の奴らはそれを追うから皆走って目の前から居なくなる。な、バカだろ?」


「本当に賢い魔物なのか?」


「爬虫類系の魔物はどれも似た感じだ。賢くもあり、バカでもある。習性を知らなければ厄介なのも共通している」


「倒したい場合はどうするのだ?」


「ラプトゥルが一番反応するのは動くものだ。しかも光ってるやつな。ライトか火魔法を使える奴がいたら小さくていいから、ラプトゥルの前に出して意識させた後に近くに飛ばせばいい。ラプトゥルはそれを追うから隙だらけになる。その隙を付いて倒せるかどうかはお前らの能力次第だな。お前らの攻撃は噛みつきが主体だと思うが、一撃で喉を噛み切らないと反撃されるぞ」


「爪攻撃が得意な奴ならどうだ?」


「喉を引き裂けるならそれでもいい。ただタフな魔物だから傷が浅いと逆に殺られる。貫手で喉を貫いてすぐに離れるのが鉄則だ」


「わかった。お前らは剣で倒したのだな?」


「ナマクラ剣だと役に立たんぞ。俺達の使っている剣はかなり性能がいい。ワー族の使う剣がどれぐらいの性能があるか分からんから同じ事が出来るとは限らんぞ」


「そうか…」


ワー族の男は少し沈黙し、言葉を発する。


「俺達は金を持っていないから対価を払えないのだがこのラプトゥルを1匹分けてくれる事は可能か?お前らの獲物だという事は承知しているが…」


ワー族の男が申し訳なさそうにラプトゥルを譲ってくれないかと頼んで来た。真なる獣人族は誇り高い。人の獲物を貰うような事はかなりの恥晒しなのだ。


「いいよ」


マーギンは目の前の獣人が全てを言い終わる前に即答した。矜持を曲げて恥を忍んでまで頼んで来たことを渋る必要はない。


「えーっ、こんな強い魔物なんやったら、持って帰ったら高ぅ売れるんちゃうん?あげんのもったいないやんか」


「ハンナ、これからラプトゥルが出るのが常態化するとしたら、一番被害が出るのが森の中で暮らすワー族だ。お前は真なる獣人の事を良く知らないだろうが、こいつらは誇り高い種族なんだ。人の獲物をくれと言うのはかなりの覚悟を決めた言葉だと思ってくれ。それを金と比べちゃダメなんだよ」


ワー族の男は驚いた。まさか王国の見知らぬ人族が自分たちの尊厳と矜持を理解しているとは思わなかったのだ。


「これを持って帰って自分達の攻撃がどれぐらい効くのか試すんだろ?仲間の元に持って帰って対策を練っておいてくれ。恐らくラプトゥルが出るのが常態化する。ミャウ族だっけ?そいつ等を守れるのはお前らだけだろうからな」


「ミャウ族の事も知っているのか?」


「魔法を使える奴が多い民みたいだな。出来ればそいつ等を連れている方がいいぞ。俺が見せる魔法の使い方をミャウ族の奴に教えてやってくれ」


マーギンは灯り魔法と火魔法の玉を出して、こうして左右に揺らしてラプトゥルがそれに合わせて首を動かしたら、それをこう投げるとか魔法の使い方を実演しながら教えていった。それと瘴気を持った肉のことも。


ロッカ達はマーギンの魔法実演を見ている。アイリスがいれば同じ事が可能なのだ。


「持って帰るならこいつがいいかな。口の中に突きを食らわせたから首とか無傷だ。色々と試して有効な攻撃方法を皆で共有してくれ」


「感謝する」


「気にすんな。困った時はお互い様だ」


そう言うと、ワー族の男が自分の着けていた何かの骨で作られた首飾りを差し出してきた。


「ワー族のロブスンだ」


「王都で魔法書店をやってるマーギンだ」


マーギンは差し出された首飾りを受け取った。おそらくこの首飾りは戦士の証なのだろう。それを差し出したということは信頼や友情の証のようなものだ。断らずに受け取るのが礼儀なのである。


「お前たちは鉱山に行くと言っていたな?廃坑に行くのか?」


「そのつもり」


「あの廃坑はかなり脆くなって崩れやすくなっているから気を付けろ。中にいる魔物は大方倒した。吸血コウモリは残っているがな」


「お前らも廃坑に行ってたのか?」


「連れ去られた仲間の形跡があるかもしれんとしばらく調査をしていたのだ。坑道は複雑で深くまで掘られている。何を調べるか分からんが坑道そのものがかなり脆くなっているから気を付けろ」


「そうか、教えてくれてありがとうな」


「いや、こちらこそ礼を言う。もしワー族の集落に来ることがあれば歓迎しよう。その首飾りを見せれば他の仲間も手荒な事はしないだろう」


「そっか、ありがとうな」


と、言うと、ラプトゥルを3人で抱えて森の中へ消えて行ったのだった。



「はぁー、高そうな魔物をぽんとあげるとか気前良すぎるんちゃう?」


「ん?そうか?あのラプトゥルよりこの首飾りの方が貴重だぞ」


「それ何かの骨やろ?宝石やったらわかるけど、骨に価値なんかないやんか」


「これは宝石より価値のある誇りだ」


マーギンはハンナリーに笑顔でそう答えて首飾りを収納したのだった。

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