黒ワニ狩り

「マーギンっ、なんかいるっ」


そう声を上げたのはカザフ。


「おー、あれはカイマンだ。メガネカイマンかな?あれとよく似たやつだけど、あれは魔物じゃない」


「あれは捕まえないのか?」


そうだな…


「練習でやってみるか?」


「うんっ」


ガキ共の中で一番力があるのがタジキ。しかし、肉の塊をあそこまで投げるのは無理だろうな。


「タジキ、この皮手袋をはめて回すようにして肉を投げろ。それでも届かんと思うからトルクがヘルプに入れ」


「僕がヘルプー?どうやんの?」


「弓矢と同じだ。カイマンのいる所まで届けっと念じろ」


「わかったー」


そしてタジキがブンブンと肉を回し始める。


「うりゃぁぁぁっ」


おー、結構コントロール良く飛ばしたな。


「もっと飛べぇぇっ」


矢より重い肉の塊を飛ばすのに強く念じるトルク。


バチャっ


肉はカイマン近くに落ちた。その衝撃でビクッとして逃げようとしたが、飛んできたのが肉と分かったカイマンはバクっと食った。


「引けぇーーっ 力の限り引けぇぇっ」


「うわわわわぁっ」


まだ身体が小さいタジキは暴れるカイマンに身体を持っていかれそうになる。そこにカザフ、トルクが合体。


「引けぇっ 引けえっーー」


オーエスオーエスと3人が力を合わせてカイマンと格闘する。相手は2m程度だろうか?お互いの力は拮抗している。カイマンはデスロールを繰り出し、尚も暴れる。


「頑張れっ。俺も手伝ってやる」


ゴイルがヘルプに入り、3人が引き摺り込まれないように支えてやると、水辺からカイマンを引っ張り出せた。ここからが勝負の本番。カイマンはデスロールで暴れた後に水の中に逃げようとする。


「アイリス」


「はい、マーギンさん」


「お前に教える予定の魔法を見せてやる」


「はい」


マーギンはアイリスに良く見てろよと、魔法を発動させた。


「スリップ!」


「うわぁぁっ」


力の限りカイマンを引っ張っていたタジキ達がいきなりカイマンが軽くなった事で後ろ向きにすっ転ぶ。もちろんゴイルも巻き添えだ。


こちらにすっ飛んで来たカイマンの鼻っ面をマーギンは足の裏で受け止め、


「フリーズ」


ぶっしゃーーっと冷気を浴びせ行動不能にした。


「マーギンっ、何やったんだよっ」


泥まみれになって怒るカザフ達とゴイル。


「すまんすまん、先に言っときゃよかったな」


いつも何をするのか先に言わないマーギン。ごめんごめんと、泥まみれの4人に洗浄魔法を掛けて綺麗にしてやる。


「タジキ、良く見とけ。ワニの類はこうして口をくくってやると口を開けられなくなる。後は尻尾の攻撃に気を付けておけば大丈夫だ。目隠ししてやると少し大人しくもなるぞ」


ロープでカイマンの口をくくってカザフ達に説明。


「こいつ、まだ生きてるんだよな?」


「冷気で動けなくしてあるだけだからな。どうする?逃がすか?それとも肉は食って皮を売るか?」


「食うっ」


と、元気に答えたのでまずは止めを刺すことに。皮も取るなら綺麗にやらないとな。


「ロッカ、剣を貸してくれ」


カザフ達のナイフでは心臓まで届かんだろうからな。


ロッカに剣を借りて、皮を取る場合にはここから剣を刺して止めを刺すんだぞと教えていく。


「ひっくり返して心臓の上から刺した方が早いじゃんかよ?」


「それをすると皮の中央に傷が入るだろ?傷の無い皮の方が高く売れるんだよ。肉だけ欲しけりゃ別にどうでもいいんだけどな。ハンターで稼いで生きて行くなら、こういう事を覚えておけよ」


そう言いながらカイマンに止めを刺した。解体は村に戻ってから教える事に。


「コイツらは冷やしたら動けなくなるのか?」


「動物の方はな。魔物はそういう奴もいるし、全く効かない奴もいる。今回探している黒ワニは魔物だから冷やしても関係なく暴れるぞ」


「マーギンさん、私が覚えるのは冷やす魔法ですか?」


「違う。その前に見せたスリップという魔法だ。お前の適性値だとほんの少ししか無理だが、使い方次第で戦闘が楽になる。もう一匹カイマンを仕留めるからやってみろ。魔法を掛けるタイミングの合図は俺がしてやるから」


と、マーギンはアイリスの手にスリップの魔法陣を描いてやる。


「ならば次は私がやってみよう」


ロッカも今のカザフ達のバトルを見てやりたくなったようだ。ロッカからバネッサを渡され背負う。


「これを投げれば良いのだな?」


「ギリ届かんかもしれんからシスコがヘルプな」


「え?」


「トルクがやっただろ?あれと同じ事をするんだよ。矢を遠くまで飛ばすのと同じだ。肉が飛んだらそれを矢と思えばいい」


トルクが使ったのは念動力、シスコは風魔法だ。矢と違って肉の方が重くて影響力は減るだろうが、ロッカの力ならそれすら不要かもしれん。


ロッカはブォンブォンと肉を振り回す。おぉー、広治みたいだ。


タジキも自分より力強く肉を振り回すロッカを見てすっげぇとか言ってる。あの振り回されている肉を顔面に当てられたら死ねるな。


「ふんっ」


ロッカが肉弾を発射。そして勢い良く飛んで行く。そこにシスコが風魔法で加速させた。


ひゅーーーん


「飛ばし過ぎだバカっ」


カイマンの頭上を遥かに越えて沼地の中心へ。最後は糸をグッと握ってぼちゃっと水面に落とした。


「す、スマン」


「まぁ、肉は引っ張ってくりゃいいから。カイマンのいる所まで近付けて」


ロッカが肉を手繰り寄せてくると、バシャンっと水中から他のカイマンが食いついた。


「食ったっ!」


「よーし、引っ張れー」


「スリッ…」


ゴツん


「まだだ。良く見とけって言っただろうが。水中にいる奴に掛けるんじゃなくて、地面に上がって来てから掛けるんだ。合図は俺がするから勝手に使うな」


頭にゲンコツを食らったアイリス。


シスコが手伝いに入る必要もなく、ふんっふんっと暴れるカイマンを手繰り寄せるロッカ。


「私、必要ないじゃない」


そう、肉を投げる時もシスコのヘルプは必要なかったからな。


ロッカがカイマンを物ともせずに手繰り寄せて来た時に


ドバッシャンっ と大きな水しぶきが上がった。


「ぬぉぉぉっ」


「出たっ 黒ワニだっ。ロッカ、負けるなよ。ゴイル、ヘルプを頼むっ」


ロッカと格闘していたカイマンを黒ワニが丸呑みしたのだ。相手は10mを遥かに超えている。さすがのロッカでも一人じゃ無理だ。いきなり引き摺り込まれそうになっている。


ゴイルはロッカを後ろから抱き締めるような形でヘルプに入った。


こら、ロッカ、照れてる場合じゃないぞ。


ゴイルに後ろから抱き締められるような形になり、なんか顔を赤くしたロッカ。それには気付かなかった事にしてやろう。


「マーギン、糸が持たんっ」


確かに3倍の太さの糸を使っているとはいえ、普通にやってれば切れるかもしれん。ロッカの革手袋からも煙が出てきてる。熱に弱い糸だしな。


マーギンは念動力で黒ワニの動きを抑えながら二人に軽く身体強化魔法を掛けていく。


「おっ、マーギン。なんかしやがったのか?軽くなりやがったぜ」


ゴイルは自分の身体に力がみなぎり軽くなったのがマーギンの力だと気付いたようだ。


「これで糸も切れないだろ」


ロッカは糸を手繰り寄せていき、マーギンは黒ワニが大きく暴れようとするのを更に念動力で抑え込む。


そして、黒ワニの顔が地面に乗った。


「よしっ、もうひと踏ん張りだっ。力を込めて引っ張れっ」


「ふうぅんっ」


ロッカとゴイルが力を合わせて思いっきり引っ張った。


「スリップ」


バビョーーン


マーギンがまだ合図をしていないのに勝手にスリップ魔法を使ったアイリス。ロッカ達が渾身の力を込めたタイミングで掛けやがったので大きな黒ワニが飛んで来た。


ロッカとゴイルがゴロンゴロンと後ろ向きに転がっていき、頭上からは黒ワニが降ってくる。


「逃げろっ」


しかし、足元が悪いので皆はその場を瞬時に離れられない。


「ちっ、プロテクションっ」


マーギンは頭上にプロテクションを張り、落ちてくる黒ワニを防いだ。


そしてプロテクションの上で暴れた黒ワニが下に落ち、目の前にいたマーギンに大きな口を開けて襲って来くる。


「マーギンっ」


カザフ達が叫ぶ。マーギンはバネッサをおんぶしたままだ。


マーギンは襲い掛かって来た黒ワニをスッと避けて、黒ワニの身体に手を触れた。


「スタンッ」


バチィイっ


マーギンは電撃魔法を黒ワニに食らわせた。一瞬で硬直する黒ワニ。


「ウォーターボール」


続いて黒ワニの顔を水の玉で包み込む。


そしてその場を離れるマーギン。


「お前らも離れろ。もうすぐ暴れだす」


皆に離れろと指示すると、黒ワニの硬直が解けてもがき出した。


デスロールや尻尾をブンブンと振り回す黒ワニ。暴れる事によって泥がバンバン飛んで来る。そして最後の大暴れをしたあと、少しずつ動きが鈍くなり、最後はビクんと痙攣して動かなくなった。


「殺ったのか?」


泥まみれのゴイルが聞いてくる。


「こいつはタフだからもう少し様子を見よう」


マーギンはウォーターボールを解除せずに、泥だらけになった皆に洗浄魔法を掛けていった。アイリスにはついでにゲンコツを食らわせておく。指示をされる前に魔法を使った罰だ。



「バケモンだな」


完全に死んだ黒ワニを見てカザフ達がそう言う。ガキ共なら一飲みで食えるサイズだ。


「マーギン、なぜ回りくどい殺し方をしたのだ?白蛇の時は一発でやったのだろう?」


と、ロッカが聞いてくる。


「まぁ、討伐が目的ならそれでも良かったんだけどね、今回は素材回収が目的だろ?無傷で殺るには色々と手間が掛かるんだよ」


「なるほどな。ではあのスタンという魔法はなんだ?」


「あれは電撃だね。カミナリが落ちたみたいな感じになるんだよ。強く掛けすぎると黒焦げになるから、直接触って加減する必要があったんだ」


「雷?やろうと思えば離れた場所からでも出来るのか?」


「出来るけど、思わぬ所にも影響が出たりするから他の人がいる時には使うの難しいね。特にここは水辺だから下も濡れてるだろ?こっちまで電撃が来たりするんだよ」 


ロッカはマーギンの鮮やかな魔物討伐を間近で見て感心していた。


「よし、目的は達成したから帰ろうか」


と、獲物を収納して村に戻る事に。



ー帰り道ー


「バネッサ、もう痺れ取れてるだろ?」


「取れてねぇ」


本当はとっくにマッドヒルの痺れ毒の効果は切れているのにマーギンの背中から降りようとしないバネッサ。マーギンもしょうがない奴だとぶつぶつ言いながらそのまま背負ったまま村に戻ったのだった。


「ゴイル、今日はありがとうな。お陰で目的の一つが達成出来たわ」


「おぉ、案内した俺が言うのもなんだけどよ、見たこともないぐらい大物だったな」


「そうか?黒ワニってこれぐらいの大きさが普通だろ?」


「いや、こんな化け物みたいなのは初めて見たぞ。こんな奴を捕まえるのに投げ縄でなんとかなるわけないだろうが」


「まぁ、大は小を兼ねるとも言うからな。持って帰ってデカくて文句を言われる事もないだろ」


と答えると、そういう事を言ってるんじゃねぇと言われた。


2時間程歩き、途中で刈取りをお願いした防刃服の元になる草の群生地を見ながら村に到着。


「ゴイル、俺達は晩飯にカイマンと黒ワニを食うけど食いに来るか?」


「お、いいのか?」


「いいよ。肉はたくさんあるし。来るならパパイヤを分けてくれない?」


「デザートに食うのか?」


「いや、料理に使うんだよ。調理方法に興味があるなら早めに来てくれ」


パパイヤを使って何を作るのか興味があると言ったゴイルはマーイも連れて来ると言って先に家に戻って行ったのだった。



「バネッサ、村に着いたぞ。もう降りろ」


そう言うとストッと飛び降りる。


「あわわわわわっ」


自分から降りたバネッサから慌てて目を背けるマーギン。


「なんだよ?」


バネッサがベッタリとマーギンの背中にくっついていたので、汗でシャツが濡れてスケスケになっていたのだ。


「見るなっ」


ガキ共の目を塞ぐマーギン。


「何を言って… あーーーーっ。このスケベやろーっ」


マーギンは両手で胸を押さえたバネッサに回し蹴りを食らうのであった。

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