焼きそばアゲイン
カウンターの女の子と他愛もない話をしていると他の店員がその娘に手紙のような物を渡した。それを見てマーギンの顔を見る。
「あ、ごめん。ここで話し込んでたら迷惑だよね」
マーギンはこの娘が怒られたのだと思い、謝って席に戻ろうとする。
「違う違う。マーイからの手紙。お客さんこの後時間ある?」
「別に何もないけど?」
「マーイが店が終わった後にお客さんと話がしたいんだって」
「え?なんで?」
「さぁ?もしかしたらエッチなお誘いかもよ」
と、ニヤニヤした顔でマーギンを見る。
「ちょっ、な、な、なんで俺に…」
「冗談よ、冗談。お客さん大人の癖に随分と純情なのねぇ」
からかわれたとわかったマーギンは赤面する。
「大人をからかうなよっ」
「ごめんごめん、エッチなお誘いってのは冗談だけどマーイが話をしたいってのは本当よ。でも変な気を起こさないでね。演奏していたのはマーイの仲間とお兄さんだから。マーイに下手な事をすると殺されるわよ」
と、ウインクしてみせた。
そして本日のステージは終了したのかぞろぞろと酒を取りにくる人が増え、マーギンはテーブル席で閉店まで待たされたのであった。
「ごめんね、閉店まで待たせちゃって」
客が店から出た後に花柄のワンピースに着替えたマーイがやってきた。
「いや、今晩は暇だからいいけど、話ってなに?」
「私はマーイ、お客さんの名前は?」
「マーギン。で、話って?」
ステージに上がったとはいえ、見知らぬ自分に話があると言われて不審に思うマーギンは笑顔を見せない。
「そんなに警戒しないでよ。ちょっと聞きたい事があったの」
「だから何を聞きたいんだよ?」
「今日の昼間にビーチで遊んでたでしょ?」
「あぁ」
ぶっきらぼうに答えるマーギン。
「あれ、何食べてたの?すっごくいい匂いしてたんだけど」
「は?何食ってたか聞きたいだけなのか?」
「そうよ」
そうよと屈託のない笑顔で返事をしたマーイ。よく見ると踊り子の化粧を落とした素顔のマーイはまだ幼なそうに見えた。
「あれは焼きそばって言う食べ物だ。ソースの焦げた匂いが良い匂いと思ったんだろうね。タイベにはソースが無いのか?」
「あんな匂いのするのはないと思う。領都に行けばあるのかもしれないけど。マーギンは領都の人?」
「いや、住んでるのは王都だ。タイベに遊びに来たんだよ」
「えーっ、王都から遊ぶためにタイベまで来たの?おっ金持ちーっ。貴族?もしかして貴族なの?」
「違うよ。遊ぶだけではないかな。仲間がタイベ出身でそいつの親の墓参りのついで。あとは王都近辺にいない魔物の素材採取とかそんな所だな」
「へぇー、素材採取ってハンターしてるの?」
「一応ハンターの登録はしてるけどね。本業じゃないよ」
「本業は何してんの?」
「そんなに俺の事を聞いてどうすんだよ?匂いの元は教えたぞ」
「あっ、ごめーん。王都から来た人なんて珍しくって。ねっ、その焼きそばってやつを食べさせてもらえないかな?」
「食べたいならソースと材料は分けてやるから自分達で作れよ。鉄板でなくてもフライパンでも簡単に作れる。俺達はまだ旅の途中だからお前らに作ってる暇はない」
「そうなんだ…」
グイグイと来ていたマーイはそっけなく答えるマーギンに悲しそうな顔をするのでなんか悪いことをしたような気になる。
「あーっ、もうっ。ここの厨房を貸して貰えるなら今作ってやる」
マーギンは敵意を持たないものには結構ちょろい。
「ほんとっ?じゃあ厨房貸してくれるか聞いて来るーっ」
今作ってやると言われてマーイは走って行った。
どうしてこうなる?
厨房を貸してくれる事になったのは良いが、ここの料理人と演奏をしていた兄と仲間たち、そして酒のカウンターで話していた女の子達に見守られながら焼きそばを焼くハメに。
ジューーーッ
そして今仕上げのソースを投入したところで、ソースの香ばしい匂いが厨房に漂う。
「ねっ、ねっ、いい匂いでしょっ」
「お前が言っていたのはこんな匂いだったのか」
マーイの兄と思われるゴツい男に嬉しそうに良い匂いでしょと言うマーイ。
「出来たぞ、食べたい人は自分で皿に取って食べてくれ。じゃ…」
作り終えたマーギンはさっさと帰ろうとするとマーイが一緒に食べよと言ってくる。
「昼間も食ったし、酒飲んだあとだからいらん。お前の希望は叶えただろ?もう俺は用済みだ」
「お前も残れ」
兄と思われるゴツい男にむんずと掴まれて退散する事が叶わなかったマーギン。結局皆が食うのに付き合わされる事に。
「王都ではこんな食いもんが普通にあるのか?」
焼きそばを気に入った兄らしき人が聞いてくる。
「いや、無いね。ソースは売ってるけど、この麺は自作だ。小麦粉で出来てるからお前らも作ろうと思えば作れるぞ。タイベにソースが売ってるかどうかは知らんが、具材のブタ肉をエビやイカとかに変えたら塩味でも旨くなる」
「どうやって作る?」
マーギンは麺の作り方を説明する。
「結構小麦を使うのだな。これはそこそこ金が掛かりそうだ」
「タイベは小麦をライオネルから運んでくるみたいだね」
「そうだ。米よりずいぶんと高く付く」
「米粉でも似たような物が作れるぞ。食感と味は異なるけどな」
「米は臭いがあるだろ?」
「それは精米し足りないんだよ。玄米の方が栄養はあるけど臭いがするというのはそのせいだ」
「精米?」
「俺が食ってる米はこんな感じだ。多分お前らが食ってる米と色が違うだろうが、同じ米だぞ」
マーギンは精米した白米を見せる。
「これが同じ米か?」
「そう。で、多分調理方法も違う。お前ら茹でてるだろ?」
アイリスから聞いた話では長粒種と同じ調理方法だと思われる。
「お前は生で食ってるのか?」
「違う。この短い方の米は炊くんだ。茹でるとベシャベシャになるだろ?俺はべしゃっとした柔らかい米は好きじゃないんだよ」
「ほう、王都では調理方法が違うのだな。お前の本業は料理人か?」
「違うよ。それに王都では米は食わんから売ってすらいない。今回タイベに来たのは米の購入も理由の一つだな」
「米の為にわざわざ王都から来たのか?」
「まぁ、他にも色々と用事があっただけだ。聞きたいのはそれだけか?」
「他の目的はなんだ?」
先住民ってのは何でも聞きたがるのだろうか?マーイもそうだったが探られているような感じでもない。単に興味があるだけなのだろう。
「さっきマーイにも説明したけどな、残ってる用事はタイベにしかいない魔物の素材採取と、一緒に来ているハンター見習いの勉強だ。ハンターとして活躍するなら違う土地の事も知っておいた方が良いかと思ったんだよ」
「魔物の素材か。何か探している魔物はいるのか?」
「黒ワニとかかな。ブラックアリゲーターとも言う。水辺にいるこんなやつだよ」
マーギンはワニの説明をする。
「もしかしてドラケか?」
「こっちでの呼び方はしらん」
「間違ってるかもしれんが、ドラケのいる場所は知っている。俺達は明日村に戻ることにしているから案内してやろうか?」
「ん?俺等みたいなよそ者がお前らの村に行ってもいいのか?」
「こんなに旨いものを食わせてくれた礼だ。俺達はあまり金を持ってないがこれくらいは出来る。出来れば米の事も教えてくれると助かる」
「戻るって言ったけどこの街に住んでるんじゃないのか?」
「俺達はこの街に出稼ぎに来ているって感じだ。村だと金は手に入らんからここで稼いだ金で村の調味料とか必要な物を買って帰るのだ」
へぇ、なるほどな。兄の名前はゴイルと言うそうだ。マーイの本業は巫女みたいなもので、豊穣の舞や雨乞いの舞をしたりするとのこと。そして合間合間にこうして出稼ぎに来るのだそうだ。
「明日何時頃に出るんだ?」
「昼過ぎに出る。一緒に来るなら街の西から伸びる道の所に来てくれ。そこで他の者達とも合流してから戻る事になっている」
「了解。俺の他にも子供が3人と女が5人いるけどいいか?」
「構わんぞ」
ということで先住民の村にお邪魔することになったのだった。
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