やはりここはかつて来たことがある場所

「で、その見知らぬ奴らのとこに行くってのを勝手に決めて来たのかよ?」


ロッカ達に今日からの予定を説明するとバネッサがは?と言った口調で聞いてくる。


「嫌なら別に来なくていいぞ」


「嫌とか言ってねぇだろうがっ。なんでそんな言い方すんだよっ」


バネッサは奔放に見えて見知らぬものや行動に慎重になるのは前に聞いていけど、そんな嫌そうな顔したら嫌かと思うだろうが。


「お前が嫌そうな顔をするからだろうが。俺は黒ワニの居場所を教えて貰う約束をしたんだ。ハンナは先住民とも取引する事が出てくるかもしれんから付いて来い。繋がりは出来るだけ広く持っておいた方がいいぞ」


「うちは言われんでも行くに決まってるやんか。バネッサは違うとこに行っててもええで」


マーギンとバネッサのいつものやり取りだと思っているハンナリーは冗談でそう言った。


「後から来たくせに偉そうに言うなっ」


しかし、バネッサから辛辣な言葉が出る。


「えっ… あ、そ、そやな… 偉そうに言うたつもりやないねんけど、うちは調子に乗ってしもてたんやな。ごめんやで…」


そう言われたハンナリーは寂しそうな顔をした。自分だけ仲間じゃないと言われたのだと受け取ったのだ。バネッサはバネッサでマーギンがハンナリーには優しくするのがあまり面白くなかったのだ。


「バネッサ、ハンナリーはパーティメンバーではないがもう仲間だ。そんな言い方をするな」


「うるせえっ」


自分がいらぬことを言ってしまったせいでハンナリーの寂しそうな顔をしたので、悪いことを言ってしまったと思ったバネッサだが、謝る前にロッカに注意されて反発してしまった。


「で、バネッサはどうすんだ?」


「う、うちは行かねぇからなっ」


そして引っ込みが付かなくなり行かないと言ってしまう。


「バネッサ、私達は行くわよ。見知らぬ所を見てみたいもの」


シスコはしらっとした顔で拗ねたバネッサに置いて行くわよといった感じで言う。


「か、勝手に行きやがれっ」


あー、こいつはまったく…


バネッサの様子を見てマーギンはしょうがないやつだと呟いた。


「バネッサ」


「なんだよっ。うちの事はほっといて勝手に行きやがれっ」


「パラライズっ」


シビビビっ


マーギンはバネッサを宥める事も説得もせずにパラライズを掛けた。


「てっ、てんめぇ…」


「よいしょっと」


「は、離しやがれ…」


軽めに掛けたパラライズ。バネッサは動けはしないけど話す事は出来る。離せというバネッサを背負うマーギン。


「さ、行くぞ。待ち合わせに遅れたら来ないと思って置いてかれるかもしれんからな」


「マーギンはずっとバネッサを背負っていくつもりなのかしら?」


「こいつは軽いしな。それに今は冬と違って薄着だろ?楽しみが増えたってことだ」


マーギンはそう言って、バネッサをほれほれっと背中に胸が当たるように揺らしながら歩き出した。それをゴミを見るような目でみるシスコ。


「マーギン、バネッサを宥めるのが面倒だからといって、それはセクハラが過ぎるぞ」


ロッカにまでたしなめなれるがマーギンはそのままバネッサを降ろさずにおんぶの報酬だからいいだろ?と歩くのだった。



待ち合わせの場所に着くとまだマーイ達は来ていないのでここで待つことに。


「い、いい加減降ろしやがれっ。うちは行かねえって言ってんだろうが…」


シビビビとなりながらも強がりを言うバネッサ。


「うるさい、大人しく辱めを受けとけ」


流石にヒョイヒョイと胸を楽しむような動きはしていないがバネッサを降ろさないマーギン。そして向こうからマーイ達がやって来たのを見て驚く。


「マッ、マーギンっ。怪物だっ。怪物が来たっ」


カザフ達がマーギンの後ろに隠れてこちらにやってくる怪物と呼んだ物を見ている。ロッカ達も何だあれはっと剣に手をやっていた。


「へぇ、あんなのがいるんだな」


「お待たせーっ」


カザフ達が怪物と呼んだ物の背中に乗った少女が遠くから声を掛けてくる。


「あれは怪物じゃない。象という生き物だ」


象はのっしのっしと大きな荷車を曳いてやってきた。


「ごめーん、待った?」


「いや、置いて行かれるかもしれないから早めに来てただけだ。しかし見事な象だね」


「この娘はハナコ。小さい時から一緒にいるから大人しいよ」


「そっか、ハナコ宜しくな」


マーギンが象に挨拶すると鼻を纏わりつかせて臭いを確認される。背負われているバネッサも長い鼻でふんふんとされてヒッと軽く悲鳴をあげた。


「その背負ってる娘は怪我でもしてんの?荷車に毛布を敷いてあげるから乗る?」


「いや、大丈夫だ。こいつは甘えたでね、絶賛俺に甘え中だからこのままでいいよ」


そう答えるとマーイにお熱いのねと言われた。確かにこの気温でバネッサと密着しているから背中が暑い。


皆を紹介して移動を開始。ゆっくり進むので途中で一泊する道のりとのこと。カザフ達も象が化け物ではないと理解したのか、すっげーすっげーと周りをチョロチョロしていた。踏み潰されても知らんぞ。


「いい加減降ろせよ… 暑ぃんだよ」


背負われたままのバネッサがマーギンに話し掛ける。


「パラライズを解除して降ろしたら逃げるだろうが」


「うちは行かねぇって言っただろうが…」


「ダメだ。連れて行く」


「なんでだよっ…」


「お前がいないとつまんないからだ」


「えっ?」


マーギンがバネッサがいないとつまらないからだと答えたのに驚くバネッサ。


「セクハラしてぇだけだろうがよ」


「アホか。そんな事で背中の蒸し暑さを我慢してまで連れて行くか」


「暑ぃならとっとと降ろせよ」


「このままでいい。お前も毎回毎回意地を張るな。見知らぬ場所や行動を警戒するのは理解をするが、俺が一緒にいるだろうが」


「なんだよそれ…」


「一緒にいる時は危なかったら守ってやるからちょっとは安心しろってこった。お前は強いが女の子だろ?飯以外もちょっとは頼れ」


「誰がマーギンなんかに頼るかってんだ…」


マーギンはそれ以上何も言わなかった。バネッサがパラライズに抵抗しようとしていた力が抜けて、身を預けるようにしたからだ。そしてパラライズを解除してもバネッサは背負われたまま降りようとはしなかったのだった。


そして、野営する場所に到着する。


「あーっ、やっぱりここもダメね」


カザフ達にテントの準備をさせているとマーイがあちこち見て回った後にそう言った。マーギンはバネッサを降ろして洗浄魔法を掛ける。きっと自分の背中とバネッサの胸が汗臭くなっているだろと。


「マーイ、何がダメなんだ?」


「水場が全滅よ」


「飲水持ってきてないのか?」


「持って来てたけど、途中の水場も枯れてたからハナコが全部飲んじゃったのよ」


「あぁ、象って大量に水を飲むんだったな。水は魔法で出せるから問題ないぞ」


「え?」


「俺は魔法使いだからな。それにうちの仲間も飲水を出せる。ロッカ、アイリスとハンナと手分けして皆の飲水を水筒に入れてやってくれ。俺はハナコの飲む分を出すから」


マーギンは桶のような物を魔法で作り、そこにジャブジャブと水を入れていく。ハナコは勢いよくそれを飲みだした。


「あなた達凄いのね。マーギンはこんなにたくさん水を出しても平気なの?」


「水ぐらいいくらでも出せるぞ。それにロッカ達の出す水も旨いぞ」


「水なんて味ないじゃない」


「そうか?ならコップを持って来い」


マーイが持ってきたコップにジョロロと冷水を出してやる。


「わっ、冷たくて美味しいっ」


「だろ?ハナコには常温の水にしてあるけどめっちゃ飲んでるみたいだし、象も水の味がわかるんだろ」


ハナコは荷車を曳くロープも外してもらい、水をガブガブと飲んだ後にそのへんの木の葉っぱを食べだしたので人間も飯にすることに。


海賊を捕まえに行った時に残った肉の塊を出して魔道具にセット。焼けたら勝手に食べてくれたまへ。全員の飯を作るハメになったら面倒臭い。


「わっ、なにこれっ」


肉が回転しながら焼けて行くのを驚きつつも楽しそうに見るマーイ。タジキがこうやって食べるんだと、焼けた肉を削いでカザフとトルクが配っていく。素晴らしい。アイリスとハンナも食ってばかりでなくちょっとは見習え。


「お前、魔法使いだったのか」


マーイの兄、ゴイルが焼けた肉を山盛り持ってこっちに来た。


「そうだよ。王都での本業は魔法書店をやってる。と言っても色々と巻き込まれているからほとんど店を開けてないけどな。なんか酒飲む?」


「おう、と言いたい所だが野営中に飲むと危ないだろうが」


「そう?俺は飲むけど」


マーギンはこっちに来てから仕入れた鶏なんこつやボンジリとかを炭火で焼いてレモン酎ハイを飲みだした。


「一杯だけくれ」


目の前で飲まれると欲しくなるのは酒飲みのさがだ。酔うほど飲まなければ大丈夫。周りには魔物の気配はない。


薄めのレモン酎ハイをゴイルにも渡して、食いたいものは食ってくれと目の前で焼いているものを勧める。


ゴイルも旨いなと言って食べだした。他の連中はケバブスタイルの肉の魅力にやられている。もりもり食ってるからここであの肉は無くなるだろう。


「魔法書はいくらで販売している?」


「安いので50万とかだな。高いのは500万とかだ」


「げっ、そんなにするのか。さすが王都は物価が高いな」


「いや、うちは他の店より10倍ぐらい高くしてあるんだよ。その分性能はいいけどね。だから年に1〜2冊ぐらいしか売れないよ」


「それでも高いぞ。まぁ、魔法が使えるようになるなら安いかもしれんが」


「こっちの人達は魔法使えるやついないのか?」


「かなり少ないな。他の村というか種族は使える奴もいる」


「言い方が悪かったらごめんね、シュベンタイン王国から見たらゴイル達は先住民って呼ばれてるみたいだけど、他にも民族が別れてんの?」


「そうだな。民族と言うより崇める神によって別れると言った方が正しいかもしれん。見た目は変わらんぞ」


「どんな神様に別れてんの?」


「俺達は水の神ナムを信仰している。他には火の神プレ、土の神ディン、風の神ロムだな。中央に行くと創造神と言われる太陽の神ラーそれと月の女神ムーだ」


「へぇ、そんな風に別れてんだね」


「水、火、土、風の神はラーの眷属と言われててな、ラーを祀るミャウ族はプライドが高く他の民族を見下しているという感じだ。それにミャウ族は排他的でな、シュベンタインの者が立ち入ると排除されるから近寄るなよ。ミャウ族を守るのがワー族だ。ワー族と出会っても攻撃をするなよ」


「襲われたりしない限り人を攻撃したりしないぞ」


「いや、ワー族というのはお前らのいう獣人だ」


「うちの仲間にも獣人っぽいのがいるから気にしないぞ」


「今マーイと喋ってるやつだろ?」


と、ハンナリーを見る。


「そうだよ」


「あの娘は見た目も人だろ?ワー族は顔も獣みたいなんだ。おっと、ワー族に獣呼ばわりしたら殺されるからな」


あー、昔のケモノケモノした獣人の事か。確かにあいつらの身体能力は凄まじかったからな。


「わかった。仲間にも伝えておくよ。で、ムー族はどんな感じだ?」


「ムー族は滅びた」


「えっ?」


「シュベンタインがこの土地に来た時に争いになってムー族は滅びたと言われている。タイベの領都がある付近がムー族の土地だったみたいだ。太陽神ラーと月の女神ムーは夫婦神と言われていてな、ラーを祀るミャウ族はムーを祀る民をシュベンタインに殺されたから憎悪しているんだよ」


マーギンの知らない歴史を教えてくれるゴイル。そういえば…


「〈シャー〉ってゴイル達の言葉でどういう意味になるかわかる?」


「ずいぶんと古い言葉を知っているんだな?たしか敬うとかそんな言葉だったと思うぞ。そういうのに興味があるならうちの村の婆さんに聞いてみるといい」


「シュベンタインの人が昔ここの人を殺したとかみんな知っているなら恨んでるんじゃないの?」


「それも300年とか400年とか昔の話だからな。ミャウ族以外誰もそんな風に思っちゃいないだろ。俺達はシュベンタインから何もされてないし、税金を取られる事もない。それに俺やマーイはどっちかと言うと都会で暮らしたい派だ。うちの村に来たら何にもねぇから驚くぞ」


マーギンはゴイルの話を聞いて、やはりここが昔のシャーラムなんだなろうなと呟いたのだった。

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