和解

父親のエドモンドはマーギンがアイリスをおんぶしている姿にぎょっとする。


「歩き疲れたようですのでこのままおぶって行きます」


「そ、そうかね…」


アイリスは父親の方を向かずにマーギンにしがみついたまま大きな領主邸に着いた。


「さ、入ってくれたまえ」


執事やメイドに何やら指示をしてから中に案内された。


「領主様、アイリスの話を聞いてやって下さい。我々はここにおりますので」


「マーギンさん…」


不安そうな顔でマーギンを見つめるアイリス。


「何か取り返しの付かない事をしてしまったら俺を呼びに来い。なんとかしてやるから」


「はい…」


エドモンドはアイリスにこっちに来なさいと言って別室に連れていった。


「お待ち頂いている間にお部屋にご案内させて頂きます」


メイドにそう言われて各部屋に。それぞれ個室を用意してくれたがマーギンはガキ共と同じでいいと一部屋にしてもらった。


「マーギン、腹減ったぞ」


「多分、食事を用意してくれるぞ。今なんか食ったらそれを食えなくなるぞ」


「へへっ、そんな心配は無用だ」


と言うのでサンドイッチを食わせておいた。



ーエドモンドとアイリスー


「アイリス、本当にすまなかった。今更言い訳にしかならないが、お前が来たことは私の耳には入っていなかったのだ」


「はい、私が嫌われていなかった事がわかりましたのでそれだけで十分です」


「プリメラの事も本当にすまない」


「王都からタイベは離れていますし、領主様なのですからお忙しいのも理解しています。母も病気の事は知らせないで欲しいと言っていましたので」


アイリスは昔のようにお父さんと甘える事はなく、ひたすら謝り続ける父親にずっと敬語を使っていた。


「マーギン君には本当に良くしてもらったようだね」


「はい、マーギンさんは私を拾ってくれて本当に優しくしてくれました。マーギンさんの家は狭くて、ベッドが一つしかないのに私にそのベッドを使わせてくれて、自分はソファで寝て…」


アイリスはマーギンと出会ってからの事を一つ一つ話していく。


「マーギンさんは本当に凄いんです。私に魔法の才能があるって言ってくれて、宮廷勤めかハンターを選べと言ってくれました」


「宮廷勤め?」


「はい、攻撃魔法を使えるようにしてやると。それで凄く活躍したら父親が〈我が娘よ〉とすり寄ってくるから、今度は自分が父親を捨ててやれと笑ってくれたんです」

 

アイリスは沈んだ顔から少し笑顔になり、そう言った。


「そうか…」


「でも、攻撃魔法使いになって宮廷勤めをするということは人を殺す事だと教えてくれました。なので私はハンターになる事を選んだんです。マーギンさんみたいに人の助けになるハンターになりたいと言いました」


「彼は魔法書店をやっているのではないのかね?ハンターもしているのか?」


「はい。マーギンさんは異国人なのでタイベに入るのにハンター資格があったほうがややこしくならなくて済むと言われてハンター登録をしたんです。魔物討伐も自分で出来るのに皆が得意な事で魔物討伐をさせています。私もちょっとは役に立てるようになったんですよ」


「アイリスは魔法が使えるようになったのか?」


「はい。マーギンさんの魔法書はすっごく高くて、私にも出世払いだと言って魔法を使えるようにしてくれました。大幅割引してもらっても200万Gの借金になってます」


「なんだとっ」


「でもマーギンさんはお金を取るつもりはなさそうです。もうすでに沢山お金を稼がせてもらいましたけど、お金を払えとは言われてません」


「いくらぐらい稼いだんだ?」


「もう一千万Gは超えています」


「は?」


エドモンドは聞き間違いかと耳を疑う。貴族ならまだしも、平民扱いの成人したての小娘がとうてい稼げるような金額ではない。


「北の領地の魔物討伐、騎士隊との訓練、ライオネルでの討伐で一気に稼いだんです」


ん?


アイリスが魔物討伐をしているのにも驚いたがもっと耳を疑うようなことが聞こえた気がする。


「今騎士隊との訓練と聞こえたような気がしたが?何かの聞き間違いか?」


いやまさかな、あっはっはっと声だけで空笑いするエドモンド。


「騎士隊と言いました。マーギンさんは騎士隊の人と仲良しなんです。姫様を乗せた馬車を襲撃したり、私は騎士隊の訓練場でやりすぎちゃいまして、護衛騎士の人を焼き殺してしまうところでした」


焼き殺すところだったとテヘペロをするアイリス。


「ちょ ちょ、ちょっと待ちなさい。姫様を襲撃? 護衛騎士を焼き殺すところだった?」


エドモンドは頭の中が整理出来ない。娘の言っていることが理解出来ないのだ。


「はい、姫様、カタリーナ姫様です。この前から毎日マーギンさんの家に遊びに来ていて、本当はここにも一緒に来るつもり満々だったんですよ。でもマーギンさんにすっごく怒られて諦めました。次にタイベに行く時までに自分の身を守れるぐらい鍛えとけって言われて」


「ま、待ちなさい…」


エドモンドは眉間を指で押さえて考え込む。娘は一体何を言っているのだろう?あまりに辛い思いをさせてしまって、妄想の世界に生きるようになってしまったのだろうか?そう言えばここに来る時もマーギンに背負われて来たな。成人した娘があのような事をするだろうか?


エドモンドはアイリスが幼児退行してしまったのかもしれないと結論付けた。幼子が妄想の中の話をしているのだと。


「そうか、それは大変だったな」


「はい」


「アイリス、お前さえ良ければ王都で一緒に住まないか?ハンターのような危ない仕事をしなくても豊かな生活をさせてやれる。家の事も心配しなくてもいい。お前にはまだ話していなかったがお前と半分血の繋がった弟がいる。家は弟が継ぐからアイリスは自由にしていて構わない」


「私に弟がいたんですね」


「まだ幼子だがな。タイベにしばらく来れなかったのは息子が原因不明の病気に掛かって生死の境をさまよっていたからなんだ」


「そうだったんですね。弟は助かったんですよね?」


「あぁ、もうダメだと思った時に神様への祈りが届いたようだ。ずっと下がらなかった熱がお守りのペンダントをもらってからすーっと下がったのだ。ずっと寝たきりだったからまだリハビリをしているが順調に回復をしているぞ」


「お守りのペンダント…」


「あぁ、昔馴染みの医者がこれが効くかもしれないと持ってきてくれたのだ。そのペンダントをくれた人に礼をしたかったのだが断られてしまったようだ。もしかしたら本当に神様なのかもしれんな」


「はい、きっと神様みたいな人なんでしょうね」


アイリスはペンダントを渡した人がマーギンだと気付いた。ヘラルドが助けようとしていたのが自分の弟だったのだ。


「お父さん、家に一緒に住もうと言ってくれてありがとう。でも私はもう成人もしたし、ロッカさん達のパーティメンバーなので王都の家には行きません。それにマーギンさんの家が近いからご飯も食べに行けますし、マーギンさんのふかふかベッドで寝ることも出来ますし、お風呂にもゆっくり入れるんです」


アイリスが笑顔でお父さんと呼んでくれた事でエドモンドの心のモヤが少し晴れたような気がした。


「そうか、今の暮らしが楽しいのだな?」


「はいっ」


「なら好きにしなさい」


二人の話はここで終わり、食事にしようとなったのであった。


ボルティア家の料理はコース料理。ガキ共、バネッサ、ハンナリーがテーブルマナーを知るわけもないので恥ずかしい食事になってしまったのは仕方がない。ガキ共はあらかじめサンドイッチを食べていたのでガッツかなかったのが幸いだ。



「マーギン君、君は飲める口かね?」


「はい、そこそこは」


「少し話を聞きたいから飲みながらどうかね?」


「わかりました。カザフ、お前ら先に寝てろ。絶対に部屋で遊んで暴れんなよ。なにか壊したらお前ら一生タダ働きになるからな」


と脅しておく。



ーボルティア邸ラウンジー


「家の中にこんなのがあるんですねぇ」


へぇ、と感心するマーギン。まるで高級ワインバーみたいな感じだ。


「商談や客が来た時にこういう場所があると便利なのだよ。外だと個室を取っても話を他の者に聞かれる可能性があるのでね」


なるほど。


「何を飲むかね?」


「では領主様と同じ物をお願いします」


と、言うと高そうなワインを開けた。


「美味しいですねこれ」


「これは北の領地のワインでね。少し甘めだが食事の後にはおすすめなんだ」


北の領地にこんなワインがあったのか。まぁ、庶民街には売ってないだろうな。


オツマミとしてレーズンバターとナッツを出してくれる。執事もメイドもいないので領主自らだ。レーズンバターがあるなら蒸留酒でも良かったなとか思いつつナッツをつまむ。


「アイリスとは和解出来ましたか?」


「最後にはお父さんと呼んでくれたよ」


「それは良かった。アイリスは口には出してませんけど、ずっと心に引っ掛かっていたでしょうから」


「本当に君には感謝しかない。娘が世話になった礼をさせてはもらえないだろうか」


「別にお礼なんて不要ですよ。アイリスがいなければタイベに来ることもなかったでしょうから」


「墓参りをするためだけに来てくれたのかね?」


「それがきっかけなのは確かですが、誰かにやって欲しい仕事を受けてもらえないか探したいのです。あとはガキ共に色々な経験をさせる為てすね」


「あの子供たちとはどういう関係なのかね?」


「あいつらは貧民街の孤児なんです。うちの店も貧民街の入口にありましてね、あいつらはお腹が空いてどうしようもない時にうちに来てたんですよ。で、今年の冬がとても寒かったので凍死するかもと思って住まわせました。今年ハンター見習いになったので実地研修ってやつですね」


「食費も君が負担しているのかね?」


「まぁ、自分は金を持っても使い道がありませんからアイツらの食費ぐらいなんとでもなりますよ。それによく働きますからすぐに独立するんじゃないですかね」


「そうか。小さくとも逞しく生きているのだな」


「えぇ、あいつらは国の希望の星です」


元孤児たちを国の希望と言ったマーギンの言葉にエドモンドはふふふと笑った。


「アイリスの事を少し聞いてもいいかね?」


「どうぞ」


「アイリスは普通に暮せてはいるのかね?」


「そうですね。何が普通かはよくわかりませんが魔法の才能は非常に高いです。特に火魔法関係は一流になるでしょう。魔法の覚えが早い上に魔力の回復力も非常に早い。危険かもしれないと思い生活魔法しか教えませんでしたがそれだけでも敵を倒せます。もう国にも魔法使いだとバレましたので攻撃魔法も教えましたが」


「国にバレたとは?」


「攻撃魔法使いは国にとって貴重な存在なのはご理解頂いていると思います。アイリスは戦時下だと兵器として使われてもおかしくないぐらいの才能があるのですよ」


「なんだと…」


娘を兵器呼ばわりされた事にエドモンドの眉間にシワが寄った。


「ええ。まぁ、そうはならないと思います。これから戦争なんてする暇が無くなるはずですからね」


「何かあるのか?」


「魔物が増えて強くなると思います。もうその兆候は出てますから。国も騎士隊を主とした特務隊というのを設立して魔物への対策を始めています。対応するのが軍だと他国を刺激する可能性があるので騎士隊で始めたと伺っています」


「マーギン君は騎士隊と繋がりがあるのかね?」


「たまたま騎士の方が魔法書店のお客さんとして来られましてね、そこから繋がりが出来たのです。今ではロッカ達も騎士隊の訓練相手として指名依頼をもらってますよ」


「ま、まさかアイリスが護衛騎士を焼き殺しそうになったというのは…」


「あいつ、それも話したんですか?実はそうなんですよ。一度見せただけの魔法を見よう見真似で使いましてね、第一隊の隊長を危うく焼き殺すところでした」


「第一隊の隊長だと?まさか陛下の護衛の…」


「そうです。第一隊の訓練で陛下に見立てた人形を襲撃する役目がロッカ達だったんです。ロッカ達が護衛騎士を襲撃している間にアイリスが走り込んで人形を守る騎士ごと焼いたんですよ。第一隊の隊長はその前から色々あったようで、失態の責任を取り、役職無しの騎士からやり直すハメになったようです」


「アイリスの話は本当の話なのかね?」


「何を話したか知りませんが本当の事だと思いますよ」


「カタリーナ姫殿下が遊びに来ていると…」


「遊びと言うと聞こえが悪いですけど、社会勉強って奴ですね。住民達にはただの貴族が社会勉強に来ているとなってます。職人街の食堂で職人と一緒に飯食ったりしてますから人気者ですよ。アイリスと同じ歳なのでうちでも喋りながら一緒に飯食ってます。仲良いですよあの二人」


まさかアイリスの話が本当の話だとは思ってなかったエドモンドはほっぺたをぎゅーーっと摘んでいたのであった。


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