もうお父さんと呼びたくない

宿で一泊した皆はようやく船酔いから完全復活。


「アイリス、お母さんの墓はどこにあるんだ?」


「前に住んでいた家の近くの丘です。花畑を見下ろせる場所に作りました。お母さんは花が好きだったのでそこが一番いいかなって思って」


場所はここから歩いて1日弱らしいので早速出発。


「タイベって暑いな」


王都の春は肌寒かったけど、タイベに来ると初夏という感じがする。少し移動しただけでずいぶんと違うものだな。


「マーギン、タイベって池が沢山あるんだな」


ガキ共がはしゃぎながら指を差す。


「あれは池じゃない。田んぼっていうんだよ。お前らおにぎりとか食ってるだろ?あの米を育てる為の畑みたいなもんだ。今は準備期間なんじゃないかな?」


と、米の育て方を教えがてら歩く。これからもち米を育ててくれる人を探さないとダメなんだよな。アイリスは腫れ物扱いされてたから知り合いとかもいなさそうだし、明日ハンター組合で聞いてみるか。



そして夕方になって墓のある丘に到着した。


「あれ、誰かいるぞ」


墓の近くに来ると男性がアイリスのお母さんの墓の前で蹲っていた。


「倒れてんのかな?」


「お、お父さん…?」


「えっ?」


確かに蹲っている男性の服はここから見ても上等そうな服だ。


「アイリス、あれはお前の父親か?」


「た、多分… 見に行って来ますっ」



ー墓の前ー


「うっ うっ、うっ すまん、すまんプリメラ… お前の体調が悪いのは知っていたのに…」


男は墓の前で蹲って謝りながら泣き続けていた。


「お、お父さん…?」


後ろから不意に声を掛けられて驚きながら顔を上げる男性。


「えっ? あ、アイリスフローネっ、アイリスかっ」


「お父さん…」


アイリスは王都に会いに行った時に顔も見せてくれず、お金だけ渡されて追い払われた時の事が心の傷として残っていた。


「お前どこに行っていたんだっ。家は長い間使われてない感じだったから探し回ってたんだぞ。よくぞ無事で…」


父親はアイリスの元に駆け寄ってきて抱きしめた。


「どうして…」


抱きしめられて困惑するアイリス。


「何がどうしてだ。何かあったら父さんの所に来いとペンダントを渡してあっただろう。どこに行ってたんだっ。こんなに心配掛けて…」


涙ぐみながらアイリスに怒ったような安堵したかのように聞く。


「どうしてここにいるのですか…」


「プリメラの訃報の報告は受けていた。だが、王都を離れられない事情があったのだ… プリメラには悪いことをしてしまった… どうして、どうしてプリメラはこんなに早く逝ってしまったんだ…」


「は、離して下さい」


困惑から抜け出せないアイリスは父親と距離を取ろうとする。


「アイリス… やはりお前は私を恨んで…」


「お母さんの事は仕方がありません。病気の事は知らせないでと言われてたので」


「そうだったのか… そうだっ、お前は今はあの家に住んでいないのかっ」


「わ、私は今は王都に住んでいます」


「えっ? ならなぜ父さんの所に来なかったのだ?」


……

………


「……………行きました」


アイリスは少しの沈黙を置いて答えた。


「来た…だと?いつだっ」


「去年の秋の終わりです。でも、屋敷の門の所でお金を渡されて追い払われました。これでタイベに帰れと言われて」


「えっ? だ、誰かそんな事を…」


「執事の人だと思います」


「ま、まさか私に知らせずに家内に…」


娘が自分を頼って訪ねて来たのに屋敷の執事が追い返したことを聞いて愕然とする。


「でも大丈夫です。私は今年成人しましたし、私の事を家族のように構ってくれる人に出会いました。ほら、あっちにいる人達です。マーギンさーーんっ」


すがるような目でアイリスを見つめる父親にアイリスは大丈夫だと言って遠くにいる仲間を呼んだ。


「アイリスが手を振ってるな。やっぱりあの蹲っていた人は父親だったのか。あいつ大丈夫かなぁ」


マーギンは父親に追い払われたアイリスの気持ちを心配した。


「アイリスの父親は生きているのか?てっきり死んだ母親しか居ないものだと思っていたのだが」


ロッカ達はアイリスの事情を知らない。


「まぁ、人には色々あるだろ?取り敢えず呼んでいるみたいだから行ってみるか」


と、マーギン達はアイリスの方へと歩いて行った。



「この人がマーギンさんです。危ない所を助けてくれて、途方にくれていた私を拾って家に住まわせてくれていました。あとはロッカさん達は星の導きというパーティを組んでいるハンターで、私も先日そのパーティに入れてもらいました」


アイリスは皆を紹介していく。


「私はタイベの領主をしているエドモンド·ボルティアだ。アイリスフローネが世話になったと聞いた」


アイリスの父親が貴族だったことに驚くロッカ達。


「初めまして領主様。私は王都で魔法書店をやっているマーギンというものです。この度はアイリスが成人した報告を母親にしたいということで同行させて頂きました」


「なぜアイリスがハンターなどになっているのだ?」


ロッカ達はハンターなどと言われてカチンときたようだ。


「アイリスは行く宛もなく夜中に貧民街のそばにいましたので保護しました。その時はまだ未成年だったので働き口もないだろうと登録させたのですよ。今は活躍しているパーティメンバーの一員ですのでハンターを見下すような発言は撤回して頂きたい。ロッカ達はハンターとして国にも貢献していますよ」


マーギンはロッカ達がカチンと来たことに気付いてアイリスの父親に訂正を要求した。


「あ、あぁ。これはすまない。ハンターを見下したわけではないのだ。あのアイリスがハンターとしてやっていけるわけがないと思ったのだよ。気を悪くしたのならすまなかった」


意外なことにアイリスの父親は貴族ではあるが素直にロッカ達に頭を下げた。


「もう日が暮れるので先にアイリスの母親に成人の儀の服を着た姿を見せたいのですが宜しいでしょうか?」


「ここで服を?」


「アイリス、テントを出して着替えろ」


と、マーギンは成人の儀の服を渡す。


「このままで良いですよ。あっち向いてて下さい」


と、アイリスはテントを出さずにここで着替え始めた。


「シスコさん、リボンを結んでもらってもいいですか?」


と、シスコにリボンを結んでもらって完成。


「お母さん、私は今年成人しました。どうですかこの服。素敵な服でしょ?すっごく高いのにマーギンさんが作ってくれました。いつかこの服を着てお嫁さんになるかもしれません。その時はまた相手を連れてきます」


アイリスはそんな事を言いながらお墓の前でくるりと回って成人姿を見せたのであった。


「アイリス…」


夕日に照らされた母親の墓にだけそう報告したアイリス。父親には話し掛けてはいない事をエドモンドは理解した。


「マーギンさん、これでちゃんと報告が出来ました。本当にありがとうございました」


アイリスはまるで父親に嫁に行く挨拶をするようにマーギンにお礼を言った。


「では領主様。これで私達は失礼させて頂きます」


アイリスはエドモンドを父親とは呼ばずに領主として扱う。


「アイリスフローネ、ちょっと待ちなさい」


「私は母プリメラの娘アイリスです。もうアイリスフローネではありません。領主様はお忙しいと思いますのでお構いなく。私の事は気にしないで下さいっ」


「アイリスっ」


「もうほっといて下さいっ。私にはマーギンさんもロッカさん達もいますので大丈夫ですっ」


アイリスは涙目になってその場を去ろうとする。


「ロッカ、アイリスを頼む。俺は領主と少し話をしているからアイリスを落ち着かせてやってくれ」


「解った」


アイリスをロッカに任せてマーギンは領主と話をする。


がっくりと肩を落として目を伏せているエドモンドにマーギンは声を掛けようと近付いた。


「やはりアイリスは私を恨んでいるのだな…」


「領主様、踏み込んだ事を聞いても宜しいでしょうか?」


「何を聞きたいのだね…」


「アイリスは母親が亡くなった後、一人でなけなしのお金を持って王都に向かっていました。その旅の途中に街道沿いで野営をしている時にたまたま見かけて声を掛けたんですよ。狼に狙われていましたのでね」


「何っ!?」


「アイリスは世間知らずで、女一人旅の危険さを何も理解していなかったのです。その後、ライオネルの隣街で男に乱暴されそうになった所をロッカ達が助けて王都まで連れていったのです」


「ライオネルの隣町?トナーレででか?」


「はい。その男達をここに来る途中で見付けたのでアイリスに仕返しをさせましたので解決済みです。アイリスへの乱暴もロッカ達のお陰で未遂に終わっていますのでご安心を」


未遂と聞いてホッとするエドモンド。


「その後、貧民街近くの家の軒下で焦点の合わない目で蹲っていた所を保護しました。落ち着いてから話を聞くと、父親に会いに行ったが門前払いを食らった事を知りました。これはご存知ですか?」


マーギンは先程からのエドモンドのアイリスへの態度を見て、この人がアイリスを捨てたようには見えなかった。何か事情があるのかもしれないと、今までの状況を説明したのだった。


「先ほどアイリスからちらっと聞いた。アイリスが王都の屋敷に来たことは私には報告が上がっていない。恐らく執事が私には知らせずに妻にだけ知らせたのだ」


「そういうことでしたか。本妻さんは妾の娘を受け入れなかったということですね?」


「妾… そうか、他人からすればプリメラは妾になってしまうのだな…」


「はい。アイリスは領主様が領地の娘に手を出して出来た娘でしょう? 他の領民もその事を知っているみたいですからアイリスはこの領地では腫れ物的な存在なのでしょうね。アイリスはこの領地に頼れる人がいなかったので一人で王都に向かったのでしょう、父親からいつ来ても良いと言う言葉を信じて。しかし王都に辿り着いたらその父親は会ってもくれず金だけ渡されて追い払われたのです。あの時のアイリスは本当に心が壊れてしまったのではないかと思いました」


マーギンが当時のアイリスの様子を説明するとエドモンドはギリッと唇を噛んだ。


「アイリスが虚ろに蹲っていた場所は東門近くの貧民街への入口付近。私が見付けた時はすでに荷物は奪われていました。夜中でしたので凍死する恐れもあると思い、家に連れ帰り、数ヶ月一緒に住むことになったのです。今はロッカ達と住んでいますけどね」


「アイリスを保護してくれた事は礼を言わせてもらう。その、君と男女の関係になったとか…」


「まさか。アイリスは成人したとはいえ、まだ子供ですよ。私も男と住んでいるというのが嫁入りに不利益になるんじゃないかと思って知り合いに住み込みで働かせて貰おうと思ったんです。けど上手くいかずにやむを得ずです。それにアイリスにはしばらく甘えられる存在が必要かなと思ったので勝手ながら親みたいな真似事をさせてもらいました」


「そうだったのか… 本当に世話になったようで申し訳ない」


「いえ、自分もアイリスが来てくれたお陰で楽しい日々を過ごせていますよ。ですからお礼を言って頂く必要はありません。ロッカ達の所に行ってしまったのが少し寂しいくらいですから」


マーギンは少し本音を語った。


「そうか… もう日が暮れてしまったな。続きは私の家で聞かせてくれないか」


「皆でお邪魔しても宜しいのですか?」


「勿論だ。アイリスの恩人にお礼をせねばならん」


ということでマーギンはアイリスの元へと向う。


「アイリス、これから領主邸に行く」


「嫌ですっ」


「いいから行くぞ。そこでお前の思いのたけをぶつけろ。モヤモヤをずっと引きずるな。怒鳴り散らしてもいいし、ムカつくなら父親を燃やしても構わん。後は俺がなんとかしてやるから」


「でも…」


「アイリス、いいから俺の言うことを聞け。そうしないと一生後悔するぞ」


アイリスはマーギンがいつものようになんとかしてやると言ってくれたのが嬉しかった。それで涙が止まり、笑顔になった。


「じゃあ、おんぶして下さい」


「なんでだよっ」


「いいからして下さいっ」


アイリスがワガママを言うのでマーギンはほらとしゃがんでやるとアイリスはピョンとスカート姿のまま飛び乗ってマーギンに後ろからギュッと抱きついたのであった。


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