マーギンは来てないと繰り返す

ー宿の食堂ー


「魔結晶でめっちゃ儲けたな」


バネッサはご機嫌だ。北の街の討伐では魔結晶の報酬がなかったのだ。今回の討伐はタダ働きになったと思っていたのにそれより多い報酬になってホクホク顔。


「なぁ、船長はなんで船に乗ってええって言うてくれたんやろな?」


「船長が怪我してただろ?あれ、海賊にやられたとかじゃないか?」


「えっ?」


「毎回ハンターが護衛で乗るわけじゃないだろ?誰も乗ってない時に交戦したのかもしれん。で、俺達が大量の魔狼討伐したのを信じたから乗せたとかそんなんだと思うぞ」


「はぁー、そういう事かいな」


「推測だけどね。さ、今日は飲むのを控えて早くに寝るぞ。9時には来いと言われてたけど、8時ぐらいには行っていた方がいいからな。それに寝不足だと船酔いするぞ」


ということで早めに飯を切り上げて寝ることに。魔結晶を売った大金貨は王都に戻ってから分けることにした。



ー翌朝貨物船乗り場ー


「あっ」


見知らぬ人がマーギン達を見つけて駆け足で寄ってきた。


「星の導きの方とマーギンさんですよねっ」


「そうだけど、あんた誰?」


「ライオネルのハンター組合で副組合長をしているトッテムといいます。昨日は申し訳ございませんっ」


「もうライオネルの組合と関わるつもりはないからいいよ。さよなら」


マーギンは取り合わずに船に向かう。どうせ組合長のパラライズを解除してくれとかそんな話だ。軽くしか掛けてないからほっといても3日程で解ける。全身痺れてまともに動けないだろうけどトイレぐらいは行ける程度の痺れだ。死ぬことはない。


「待って、待って下さいっ」


「知らん」


マーギンは取り合わずそのまま船に向かう。


「何卒っ 何卒っ」


土下座して何卒と言い続ける副組合長。つい最近こんな光景見たな。


マーギンはそれも無視して船に向かうと足にしがみついて来たがそのままズルズルと引きずって行った。


「どうするのあれ?」


シスコがロッカにどうするのと聞く。


「ややこしくなる話なのだろう。マーギンに任せておけ。関わると面倒だ」


ロッカはマーギンに丸投げした。


何卒人形と化した副組合長を引きずったまま貨物船の事務所に行く。


「なんだそいつは?」


事務所にはもう船長も居た。


「おはようございます船長。これ、組合の副組合長らしいんだけど、どっかに捨てる場所ある?」


「ああーん?獣人を馬鹿にしたやつの部下か?」


と、言ってから蹴飛ばした。


「ぐふっ」


結構容赦ないな。身体がくの字に曲がったけど、肋骨とかいってないよね?


「さ、中で海賊の話をするから来い」


「何卒〜っ」


うずくまったままマーギンに手を伸ばす副組合長。


「マーギン、この人は悪くないんだから、話ぐらい聞いてあげてもいいんじゃないかなぁ」


と、トルクに袖を引っ張られた。流石にこれを無視することは出来ない。


「何だよっ。用件があるなら早く話せ」


「組合長の…」


やっぱり解除願いか。


「知らん」


マーギンはそのまま船長と皆で船に乗り込んだのであった。


取り残された副組合長はうぐっ、うぐっとその場で泣き崩れる。事務室の受付の人が見かねて声を掛ける。


「よぅ、副組合長。昨日何があったか話は聞いたが組合が悪いだろうが」


「そうなんです。そうなんです。組合が悪いんです」


「なら何であんな事をしたんだ?ハンターってのは命懸けで魔物を討伐に行くんのだろ?それを疑った上に報酬無しじゃ無理もねぇって」 


「組合長は、組合長は何も解ってないんですよっ。もうライオネルのハンター組合は終わりです」


「は?終わりとはどういうこった?」


「あのマーギンっていう人には特マークが付いてるんです」


「特マークってなんだ?」


「詳しくは話せませんが、特マークの人をないがしろにしたのがバレたらどうなるか組合長は知らないんですよ」


「今回の話は蔑ろ程度じゃないだろ?」


そう言われて気を失いそうになる副組合長。そしてアハハハと笑い出す。


「そ、そうだ。俺が組合長を殺ればいいんだ。それでなかった事にしてもらえれば…」


「お、おいっ。物騒な事を考えるな。あいつをもう一度呼んで来てやるからっ」


目の前で壊れていく副組合長を見てまずいと思った事務の人は慌ててマーギンを呼びに行った。



ー船長室ー


「は?さっきの人が壊れた?」


「そっ、そうだ。組合長を殺ればなかった事になるとか言い出して笑ってやがるんだ」 


それはやばい。


「船長、ロッカ達と打ち合わせしといて」


マーギンは副組合長の所に向かうと確かに空を見上げて笑っている副組合長が居た。


「お前なにやってんだよっ」


「あっ、マーギンさん。大丈夫ですよ。もうすぐ昨日の事はなかった事になりますから」


物凄く晴れ晴れとした顔でそう返事をする。これは怖い。


「もういいっ、もういいからっ。昨日の事はなかった。もうなかった事にするからお前は何もするな」


「大丈夫ですよ。僕がなんとかしますから」


「だから何もするなって言ってんだろうがっ」


マーギンがそう怒鳴るとまた泣き出した。


「僕は、僕はどうすればいいんですかぁ。うわぁぁぁん」


これは参った。貨物船に積み込んでおくか?いや、ずっと相手をするのは面倒だな。


「お前、トッテムだったな?」


「はい、トッテムです」


と、マーギンが名前を呼ぶと、泣いていたのがいきなり笑顔になりこちらを向く。怖ぇぇっ…


「俺が今から言うことを繰り返して言え。わかるか?」


「はい」


「昨日は何もなかった。はい、繰り返して」


「昨日は何もなかった」


よし、いいぞ。


「もう大丈夫だ」

「もう大丈夫だ」


「何も心配することはない」

「何も心配することはない」


「トッテムは強い子だ」

「トッテムは強い子だ」


「組合も大丈夫だ」

「組合も大丈夫だ」


「マーギンは来なかった」

「マーギンは来なかった」


「組合長は病気だ」

「組合長は病気だ」


「だからしばらく動けない」

「だからしばらく動けない」


「ようし、もういいぞ。わかったか?マーギンはライオネルの組合に来なかった。組合長は病気だがらしばらく動けないだけだ。何も心配するな」


「え?」


「もう一度言うぞ。マーギンは来なかった。組合長は病気だから動けないだけだ。2〜3日で治る。だから何も心配することはない。トッテムは強い子だから何も気にするな」


「はい、わかりました…」


そしてトッテムはマーギンは来なかった。組合長も組合も大丈夫とブツブツ言いながら帰っていった。


「本当に大丈夫か?」


「うーん、そう願うしかないね…」


人って追い詰めるとあんな風になるんだな。これから気を付けよう。



ーライオネルハンター組合ー


「副組合長っ。どうなりましたかっ」


トッテムが戻って来たので受付担当が駆けよってきた。


「何がだ?」


「マーギンさんの事ですっ」


「マーギンさん?あぁ、彼は昨日は来なかったよ」


「えっ?でも組合長は動けなくなっていて」


「組合長は病気なんだよ。大丈夫、2〜3日で治るから。もう組合長も組合も大丈夫」


「で、でも…」


「何も心配しなくていい。大丈夫、大丈夫。トッテムは強い子なんだから」


笑顔で大丈夫と言い続ける副組合長に異常を感じた受付は王都の組合に詳細を記した手紙を速達伝令で出したのであった。



ー船長室ー


「大丈夫だったのか?」


「大丈夫ダヨ」


マーギンはロッカの問いかけに目線を反らせた。


「それより海賊の事はどう?」


話を聞くとタイベに着く半日前ぐらいのポイントで海賊が出るらしい。タイベからライオネルに向う海流の影響でライオネルからタイベに向う時は少し陸から離れた航路を取り、タイベに着く1日前ぐらいから陸に向う航路になる。そして半日前ぐらいになると陸地に近くなり、岩礁地帯にもなるので船の速度を落とすとのこと。


「そこを狙われるんだね」


「そうだ。5〜6人乗りの船が多い時には20艘くらい来る。カギ縄を投げつけてきて一斉に乗り込んで来やがるんだ。船員だけでは対処出来ない事が増えて来ててな。海賊も増える一方だ」


「それならハンターを無料で運ぶぐらいだと足りないね。毎回こうして依頼を受けて来るわけじゃないだろ?」


「まぁ、そうなんだがな。まともに依頼をすると船に乗っている期間、タイベでの滞在期間、帰りの期間と日数が長くなる。報酬額をかなり高くせんとダメだろ?とてもじゃないが払えん。かと言って護衛専門の奴らを雇用するのも他の船員との給料に差が出る。船員と同じ給料だと弱いやつしか来んから役に立たん」


「なるほど。難しい問題だね。船は商会のものだろうけど、ライオネルとタイベにとって重要な役割を果たしているだろ?領主から補助とか出ないの?」


「はんっ、領主様がそんな事に金を出すかよ?お前らが無理なら他の奴に任せるとかそんなもんだ」


確かに船を抱えているのに、他の船に仕事を振られたら倒産まっしぐらだしな。


「港を使うのは許可制?」


「そうだ。ライオネルとタイベに年間で結構な使用料を払うんだぞ」


となると強気にも出られないか。港を使えないとどうしようもないからな。


「貨物船は毎回満載なの?」


「いや、バラバラだ。タイベからは砂糖を運ぶから安定してるっちゃしてるがな。ライオネルからタイベに運ぶ荷が少ないんだ。安定して運ぶのは小麦ぐらいだな」


他国との貿易の長距離貨物船はまた別の商会がやっているらしい。大陸の南西にあるゴルドバーンとの貿易が年に一度ペースであるとのこと。


「王都から魔道具とかタイベに運んだりしないかな?」


「タイベはそこまで裕福な領じゃないからな。魔道具とか買えるやつ少ないんじゃねーかな。向こうの方が物価も安いしよ」


「なるほどねぇ」


「ま、今回の海賊討伐には期待してるぞ」


「何で今回乗れと言ってくれたんだ?」


「ん?ほれ」


と、船長が頭に巻いていたターバンみたいな帽子を取るとケモミミがあった。


「船長も獣人だったんだ」


「まぁな。人族のお前が臨時の仲間の為に怒ったと聞いたからな。ちょいと嬉しくなっただけだ」


「獣人って漁師とか海関係の仕事をしている人が多いよね」


「力仕事が多いからな。それと人族より成長が早ぇんだ。人族に合わせた年齢より早く働き始めるからよ、学より力ってやつだ」


「なるほどね。今回海賊が出たら追い払うだけ?それとも捕獲?」


「海に落っことしてくれ。海賊の出る海域はサメも多いから、そいつらが始末してくれんだろ。人が人を殺すと次に生まれ変わる時は魔物になるって言うからよ」


そんな教えは初めて聞いたな。精神が落ち着かない幼少期に力のある獣人が人を殺めてしまわないための教えなのかもしれない。



船が出港してからもしばらく船長と喋っているマーギンなのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る