ネゴシエーター
「何を待つんだ?俺達を騙そうとしたのはお前だろ?」
「だ、騙してるわけやない…」
「じゃあ何を隠してるんだよ?」
「それを言うたら貨物船の事は引受てくれるんか?」
「内容による。ロッカがすでに依頼を受けてるからそれを断ったら任務失敗扱いにされるからな」
「確かにうちはあんたの言う通り隠し事をしてる。そやけど別に安全に関わるような事やない。金が余分に掛かって損をさせるようなことでもない」
「なら何を隠してるんだよ。さっさと言え」
マーギンが少しイラつきながらそう言うと、ハンナリーは帽子を脱いだ。
「あっ」
とシスコが声を上げる。
「言うてなかったのはうちのこの耳の事や」
帽子を脱いだハンナリーの頭にはケモミミが付いていた。
「お前獣人だったのか?」
「ほら見てみいっ、うちが獣人やと知ったらそんな反応するやんかっ。だから言いたなかってん。あんたら王都の人間やろ?獣人差別あるとこやんかっ。獣人で何が悪いんやっ。獣人があんたらになんかしたんかっ」
ハンナリーは涙目になってマーギンに大きな声を出し続ける。
「お前が隠してたのは獣人ってことだけか?」
「そうやっ。獣人なんかと仕事したないって言うんならそれでもええわっ。今から他のやつ探すからなっ」
「しょーもな…」
マーギンは呆れた顔でそう両手を広げてはぁっとため息を付いた。
「何がしょうもないねんっ」
「お姉ちゃん、獣人だったら何がダメなの?」
トルクがハンナリーにキョトン顔で聞く。
「な、何があかんて… 王都の人間は獣人の事が嫌いなんやろ。せやから…」
「俺達は今日獣人の漁師たちと飯食ってたんだぜ。漁師たちは身体とかごっつくて初めは怖かったけど、みんな優しいし力持ちでさぁ、マーギンの作った飯を旨いって言って漁港で盛り上がってたんだぞ」
カザフがそう言うと、トルクもタジキもうんうんと頷く。
「獣人と飯食って盛り上がったやて…」
「余ったから持ってけって、魚とかイカとかめっちゃもらったよなマーギン」
「あぁ。余ったとか言ってたけどあれは多分売り物だ。礼としてくれたんだろうな。あいつらの魚を王都で売る仕組みを考えてやる約束もしたから王都に戻ったらちゃんとやらないとな」
「あんた獣人と付き合いあんのか?」
「今回の漁師たちは会ったばかりだ。地引網漁師は前から知ってるぞ。別に獣人だからどうこうとかはない。人族にも獣人族にもいい奴もいれば悪い奴もいる。それだけの話だ。お前の過去に何があったかは知らないが獣人であることは隠すような事ではない。お前の隠し事はそれだけか?」
「う、うん」
「なら貨物船の事は受ける。ロッカ、それでいいんだな」
「無論、私は初めからそのつもりだ」
「あんたらもうちが獣人と知っても何も言わんのか?」
「何も気にすることはない。私達もそんな事は気にしないからな。変に隠し立てするからマーギンが警戒しただけだ」
「あ、あんたらええやっちゃな…」
と、ハンナリーはポロポロと泣いた。
「ロッカ、魔狼の事も放置するのはまずそうだから受けるぞ。1日で殲滅することになるからそこそこ大変だと思ってくれ」
「マーギンはまた見ているだけか?」
「いや、俺もやる。さっさと終わらせないとダメだからな。それとシスコに試してもらいたい事がある」
「えっ?私?」
「そう。もう出来てるんだけど、応用って所だな。それが自由自在に出来るようになれば戦術の幅が広がる。トルクにも見せておきたいから実戦で試そう」
「わ、わかったわ」
「うちにはなんかねぇのかよ?」
ずっと不機嫌だったバネッサがシスコにだけズリぃぞと張り合う。
「お前はほぼ完成系だ。遊びだとカザフといい勝負しているみたいだが、実戦の時の本気を見せてやれ。カザフ、バネッサの戦闘能力は超一流だから凄く勉強になるぞ。良く見とけよ」
マーギンに褒められたバネッサは少し機嫌が直ったのだった。
「私は何をすればいいですか?」
と、アイリスも張り合ってくる。
「アイリスには攻撃魔法を教える」
「カエンホウシャを使うってことですか?」
「あれは実戦で使うことはほとんどない。アジトに閉じこもった賊を外から焼き殺すような魔法だからな。今回はファイアバレットというのを教えてやる。まぁ、お前ならすぐに出来るようになるだろ」
「な、なぁ、あのマーギンって奴はなんなん?魔狼討伐はライオネルのハンターが失敗続きやねんで。ホンマに1日でなんとななるんか?」
ハンナリーがロッカに聞く。
「あいつは魔法書店の店主であり凄腕の魔法使いでもあるのだ。あいつがやれるというなら大丈夫だろう」
ライオネルでも獣人を差別する人はいる。外から来た人間だと尚更だ。しかし、自分が獣人だと明かしても下らん事を隠すなと言わんばかりの態度を取り気にも止めなかった。そればかりか貨物船の件も引き受けてくれ、魔狼討伐も1日でなんとかするらしい。
ハンナリーはマーギンという男に興味を持ったのであった。
ー翌日ー
ハンター組合が開くのを待って中にはいる。
「昨日ロッカ達が受けた魔狼討伐に行く。報酬はいくらだ?」
マーギンはハンター証を出しながら質問をした。
「討伐報酬は100万Gです」
「魔狼の推定数は?」
「30匹以上です。1匹討伐に付き10万Gの追加報酬が支払われます」
「400万Gってところか。今日中に殲滅してくるからあと100万G追加でどうだ?」
「え?」
「ハンターが5人。一人100万Gだ。ちょうどキリがいいだろ?」
「あの…、それはちょっと…」
「ならやめだ。貨物船の警護依頼だけ受ける。明日の出発でいいな。どこに行けばいい?」
「えっ?魔狼討伐を受けてくれるんじゃないんですか?」
「ロッカ、魔狼討伐も昨日受けたのか?」
「正式に受けたのは貨物船だけだ」
「だってさ。まだ受けてないなら受けないという選択肢が残ってる。俺達は王都のハンターだから強制依頼も受ける義務がない。今回は報酬が合わなかったということでこの話は終わりだ。貨物船はどこに行けばいい?」
矢継ぎ早に話を進めるマーギン。
「魔狼討伐も受けて下さいっ。ライオネルのハンターだけでは難しいんですっ」
「なら、王都の組合に応援要請を出してくれ。まぁ、王都も魔物が増えててんてこ舞いしてるから受けてくれないかもしれないけどな。で、貨物船の事はどこに行けばいい?」
「討伐をお願いしますっ」
「報酬が合わないって言ったろ?その話はさっき終わった。早く貨物船の事を教えろ」
「ちょっ、ちょっとお待ち下さい」
受付は中に走って行った。
「マーギン、我々の報酬はあれでいいぞ。あのまま受けてやれ。ライオネルも困ってるじゃないか」
「ロッカ、これから同じような依頼が増える。それに魔狼の数が推定30以上って言っていただろ?きっともっと増えているはずだ。魔狼1匹10万Gはいいとして、討伐報酬100万Gってのは安すぎるんだよ。プラス100万Gでも安いんだ。このままライオネルのハンターを総動員して対応するなら1000万Gを超える報酬に膨れ上がる。お前らが安値で討伐を受けると認識されたら今後ずっと安値で依頼を受けさせられるぞ」
「しかし…」
「王都の依頼ならまだいい。お前らの拠点を守るって意味も含むからな。が、これから各地で似たような応援要請が入る度に安値で受ける気か?あちこちから指名依頼が入るぞ」
「ロッカ、マーギンの言うことは正しいわよ。お金のある街の依頼は適正な報酬をもらうべきだと私も思うわ」
「う、うむ… シスコもそう言うなら…」
と、ロッカは引き下がった。マーギンは別に報酬が高くなくても良いのだが、星の導きがこれからいいように使われないように手を打ったのだ。
「お、お待たせ致しました。本日中に討伐が完了したら追加で100万G上乗せするとのことです」
「了解。なら受ける。魔狼討伐数の上限はないな?」
「えっ、あっ、はい」
依頼書に今の事項を追加記載してもらって早速魔狼討伐に向かった。
「ハンナ、お前も付いて来るのか?臨時パーティ申請していないから報酬ないぞ」
「うちは見に行くだけや。あんたらがどれぐらいやるか知りたいねん」
「いいけど、自分の身は自分で守れよ」
「うちは戦闘はあかんけど、逃げ足は早いから大丈夫や。そやけど、あんた交渉も上手いなぁ。組合が報酬上げるなんて普通ないで」
「あれは別に金が欲しくて交渉したわけじゃない。ロッカ達は実力のあるパーティだから利用されないように手を打っただけだ」
「どういうことなん?」
「自分の所のハンターが安価な報酬で受けなくてもロッカ達なら受けると思ったらそっちに応援要請するようになるだろ?ロッカ達じゃないと対応出来ないというならいいけど、報酬節約で呼ばれるようになったらたまらんだろ?」
「そんなん断ればええだけの話やん」
「ロッカ達は情に訴えられたら断われん。あいつらは優しいからな。さっきも何も言わずに受ける所だったろ?だからロッカ達に頼むと高く付くと言うことを知っていてもらわないとダメなんだよ」
「高こ付く言うたかて100万Gアップしただけやん」
「討伐報酬はな」
「ん?」
「魔狼討伐の追加報酬は上限なしにしただろ?」
「そやな」
「おそらく追加報酬だけで1000万Gを超える」
「えっ?」
「100匹ぐらいはいるんじゃないか」
「組合は30強って言うてたやん」
「魔狼はだいたい10匹ぐらいで群れる。で、増えだしたらより強いリーダーが群のトップに立ってどんどんと増えるんだよ。それが100匹ぐらいの群れになったら一斉に街を襲いにくる。今はその寸前だ」
「ヤバいやん…」
「昨日もこんな話をしていただろうが。聞いてなかったのか?」
「うちは貨物船の事で頭がいっぱいやったからな。聞いてなくてもしゃーないやん」
獣人であることを気にする繊細なやつかと思ったらそうでもないようだ。こっちも気を使う必要もなさそうだな。
マーギンはもっと速く走れと、アイリスとハンナリーを追い立てながら現場へと向かったのであった。
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