護衛訓練その2

「マーギン、相手は20人近くになるのだろ?無謀ではないか?」


ロッカは本当に大丈夫か?と聞いてくる。


「そうか?お前らなら大丈夫だと思うぞ」


「どうやればいい?」


「相手が魔物だと思えばいいんだよ。群れ相手に戦うと思えばいい。要人は魔物の核だと言えばわかるか?」


「なるほど」


「そう、特別な作戦を立てなくても、いつも通りにやれば勝てる。陽動でアイリスの着火魔法を使えば余裕だろ」


「私は何をすればいいんですか?」


「着火魔法をいくつか飛ばすだけでいい。ロッカ達に当てんなよ」


「ではまずバネッサがいつものように切り込み、シスコが援護する。反対側からアイリスが着火魔法を飛ばして意識が分散したところに私が核を突くというので良いか?」


「おぉ、いいぜ」


「ロッカ、さっき悔しそうに大隊長に注意されていたのが隊長だ。あれが一番強いから注意しろ。かなりのやり手だぞ」


「あぁ、分かってる。シスコ、上手く援護してくれ」


「了解。きっと殺しにくるからロッカも気を付けてね」


「問題ない」


場所は第一休息ポイントでやることにした。襲われる可能性が高い所でやったほう力勝負として納得出来るだろう。



そしてしばし待つと殺気立った騎士たちの馬車がやってきた。


「俺は手を出さんからな」


「心得ている。マーギンはアイリスを守っていてくれ。それで私達は余計な気を使わずにすむ」


マーギンとアイリスはロッカ達と反対側に別れてスタンバイ。そして、馬車が休息の為に止まった所で作戦を開始した。


いきなり茂みから飛び出すバネッサ。


「襲撃っ 襲撃だっ」


それに気付いた騎士が声を上げる


「慌てるな、要人を守れ。前衛は攻撃に備えて撃退しろっ」


隊長の号令と共に素早く陣形を整える。きちんと指示を出す者がいるとやはり違うな。しかし、こっち側ががら空きだ。アイリスの着火魔法だけでやれんじゃねーのこれ?


「アイリス、まだ投げるなよ」


アイリスがチャンスと睨んで着火魔法を投げるのを止める。今回は力勝負なのだ。


「へんっ、お前ら遅ぇぜ」


シュッ シュッ シュッとクナイを投げて騎士の体制を崩したバネッサは横に飛ぶ。攻撃を喰らわなかった騎士はバネッサを追った。


パシュ パシュ パシュ


その騎士はシスコに狙撃される。


「くそっ」


「アイリス、着火魔法で馬車に火をつけろ」


「はい」


ポイポイポイと馬車に着火魔法をぶつけて行く。


「攻撃魔法だとっ。3人、馬車の裏側に回れっ。2人は消火しろっ」


表が手薄になった所で再びバネッサの撹乱攻撃とシスコの狙撃。次々とやられていく騎士達。


「おのれっ」


要人を守っていた隊長が剣を抜く。バネッサはそこにクナイ投げて剣で弾かせた。


「こんな攻撃を食らうと…」


ロッカがそこへ走り込んできた。


「グッ、まずい」


ロッカは剣を振り下ろそうとした隊長をくぐり抜けて馬車の扉越しに人形を貫いたのであった。


「きっさまぁぁぁ」


任務失敗で終わりのなのに隊長はロッカに剣を振り下ろそうとする。


パシュ


その腕をシスコの矢が貫き終了となったのであった。


怪我を覚悟しておいてくれとマーギンが言っておいたので治癒師を連れて来ていた大隊長は隊長の矢を引き抜き、治癒師に治療させた。


「星の導き達よ。見事な腕前だ」


「はい、ありがとうございます。他の騎士達にも怪我をさせてしまったようで申し訳ありません」


ロッカはバネッサとシスコにやられた騎士達を見て謝った。


「いや、雪熊の時の事を覚えているからな。これでも手加減したのだろう」


「殺す訳にはいきませんので多少は」


「あれで手加減していただと…」


治癒が終わったとはいえ、まだ痛む手を抑えながらロッカを見る隊長。


「雪熊の喉を斬ったのはこのロッカだ。ロッカが要人を狙う前にお前を斬っていたら死んでいたな」


「こんな、騎士でもない女ハンターにこの俺が…」


「上には上がいると言うことが知れて良かったな。お前達は訓練でしか戦ったことはないが、この者達は命を掛けて日々魔物と戦っているのだ。この結果は当然である」


今日の訓練はここで終わり、明日も頼むと大隊長はロッカ達に告げて皆を引き連れて帰っていったのであった。



「じゃ、俺達も帰ろうか」


「マーギン、楽勝だったな」


「今日はな。明日からは歯応えが出てくると思うぞ。大隊長もちょっと本気の顔をしていたからな」


「やり方変えんのか?」


「どうだろうね。昨日と今日の結果を見て、本気でバネッサ達に対抗しようと思ってもおかしくないよ」


「本気で?」


「あぁ、ロッカたちみたいな賊というか敵がいたら要人を守りきれないと判断したんだと思う。順番に強い人が出てくるかと思ってたけど、そうじゃないかもね」


なんとなくマーギンは明日はキツイ内容になりそうだなと感じていた。



ー大隊長の部屋ー


「全員揃いました」


部屋に各隊長と小隊長が呼ばれていた。


「うむ、では第四隊長、昨日と本日の訓練内容と結果を皆に話せ」


第四隊長は悔しそうに唇を噛んでから報告していく。


「それほどなのか?」


第三隊長がその報告を聞いて驚く。


「残念ながら、実戦であれば要人及び騎士隊は全滅していたと思われます」


報告を聞いて驚かなったのはオルターネンだけだった。


「明日は第三隊を複数に分けて訓練しようと思っていたが内容を変える。状況は戦時下、命を狙われている要人を王都から脱出させる想定で行う」


大隊長の説明にどよめく隊長達。


「第二隊もそこに加わるのですか?」


「指揮は第二隊長がとって、通常警護に支障がないように人数を出せ。第三隊は隊長と小隊長は参加。そこに必要な人数を隊長同士で話し合え。絶対に成功させるつもりで人員を決めろ。失敗した時にはどうなるか覚悟をしておけよ」


隊長と小隊長はこれは訓練という名ではあるが訓練ではないとブルッと身震いをしたのであった。


隊長達は慌ただしく騎士達の人選を開始する。


「第二隊は8名出す。この者たちは賊の排除には加わらずに要人を守ることに特化する。第三隊は賊の排除を担ってくれ」


「分かりました。こちらからは小隊長以外に20名出します」


「御者を含めて合計36名か。相手は4人なのだな?」


「もう一人増えるかもしれません」


「まだいるのかオルターネン?」


「はい、その一人がもっとも厄介です。なにせ雪熊より強い蛇を一人で倒した男ですから」


「白蛇とはなんだ?」


「先日の北の街防衛で出た化物ですよ。死体をオークションにかければ10億の値が付いてもおかしくない代物だそうです」


「なんだそれは?」


「死体は北の領主が引き取ったそうですから自分も見ておりません。大隊長は騎士隊では討伐は無理だろうとおっしゃってました」


「それをやったやつはもしかして…」


「はい、規律違反を犯した騎士を雪熊の餌にしようとした男です。強いですよあいつは」


「顔見知りなのか?」


「ええ、大隊長より強いかもしれませんね」


「そんな奴が居てたまるかっ」


「一度戦えば分かりますよ。どこまで手出しをしてくるかわかりませんが」


「どういう意味だ?」


「本気で参戦してきたら騎士全員を連れていっても敵いませんよ。訓練ですからそこまで手を出すとは思いませんけど」


そうニヤッと笑いながら話したオルターネンの顔を見て隊長たちは皆の気をより引き締める為の話だと理解した。



ー大隊長の部屋ー


「だーいたいちょっ♪」


「姫様、このような所に来ないで下さいと何度も申し上げたはずです」


大隊長の所にやってきたのは第3王女の姫殿下カタリーナ。お付の爺も困った顔をしている。


「ねぇ、あの件どうなったのかしら?」


「姫様、あれは無理だとお断りをしたはずです」


「えーっ、いいじゃない。騎士の一人や二人ぐらい大隊長の命令一つで異動させられるでしょ」


「ですから、姫様のワガママで騎士を異動させる訳にはいかんのです。それにあの者は姫様の警護に当たるにはまだ経験が足りません」


「だって、男の騎士だとつまんないんだもの。お話もしてくれないし、着替え覗くし」


着替えを覗かれると聞いた大隊長は姫殿下付きの護衛騎士を睨むと慌てて首を横に振る。


「姫様、何度言われても無理なものは無理なのです。諦めて下さい」


「ちぇっ、ケチー」


「ケチではありませんっ」


「じゃあ、明日出掛けるから用意しておいて」


え?


王族の移動は全て予定が組まれている。今月はもうその予定はないのだ。


「予定にありませんよ」


「ほら、北の街で凄い魔物が討伐されたって聞いたの。それを見に行きたいの」


誰だ姫様に余計な話をしたのは?


「なりません。どうしてもご覧になりたいのであれば、次々月以降に予定をお組み下さい」


「えーっ」


「姫様、もう成人されて社交デビューもなさったのです。淑女らしくなさいませ」


「やっと面倒な社交パーティから開放されたからどこかに行きたいのっ」


「それは私に言わないで下さい。我々は組まれた予定に従い護衛任務の予定を組むのです。姫様の予定を組むのは我々の任務ではありません」


大隊長はお付の爺を睨む。お前の仕事だろう?と。しかし爺は目を伏せる。


「ねぇ、今日は皆ピリピリしているけど何かあったのかしら?」


「姫様が気にすることではございません」


「どうして隠すの?教えてよ、気になるじゃない」


「姫様には関係ございません」


「そんな言い方するなら、王族命令を出すわよ」


王族命令とは一切の口答えを許さぬ強権発動なのだ。


「ひ、姫様。このような事で王族命令を使うものではありません」


流石にお付の爺もそれはまずいと姫様を止める。


「大隊長、どうするの?私に王族命令を使わせるの?それとも素直に話してくれるのかしら?」


こんな事で王族命令を使わせる訳にはいかない。大事になって姫様に何らかのペナルティが課せられてもおかしくないのだ。しかし、姫様は成人したとはいえまだ子供でワガママだ。このまま話さなければ本当に王族命令を出してしまう恐れがある。


「分かりました。話しますが姫様は聞くだけですよ」


「分かったわ。早く教えて頂戴」


大隊長は仕方がなく、騎士達に本番さながらの訓練をしていることを話した。


「へぇ、面白そうな事をしているのね。誰が要人役をしているのかしら?」


「要人役は人形を使います。訓練相手は人形を目掛けて矢を射ったりしますので危険ですから本当の人間にやらせるわけには参りません」


「ふーん、なら失敗してもいいやと思って訓練しているのね?」


「そうではありません。誰も人形だからいいやと思ってやっている訳がないでしょう」


「だって、何度も失敗したのよね?」


「失敗から学べる事も多いのです」


「だったら大隊長は失敗してもいいやと思っているわけでしょう?」


「そ、それは…」


まだ子供だと思っている姫様に大隊長は嫌な所を突っ込まれる。姫様はワガママではあるが馬鹿ではないのだ。


「実戦さながらだったら、もっと緊張感を持たないとダメなんじゃないかしら?退路を断つって言うのかな?」


「それは我々が考えますので姫様は早くご自分の部屋にお戻り下さい。仕事の邪魔です」


大隊長は嫌な予感がしたので姫様に早く帰れと言う。


「あ、私が要人役すればいいんだ。ね、名案でしょ?」


「姫様っ、そのような危険な事はなりませんっ。訓練とはいえ、生命に関わるのですぞっ」


爺もヤバイと思って姫様を嗜める。


「それとも王位を継承する可能性がほとんど無い私だと騎士達も失敗していいやとか思っちゃうのかなぁ…」


と、対応に困るような事を言う姫様。


「何をおっしゃいますか。騎士達は姫様をお守りするのに喜んで生命を掛けましょう」


「本当?」


「本当です」


「良かったぁ。じゃあ明日ちゃんと守ってね」


「は?」


「これは王族命令。爺、お出かけ用の服を用意しておいてね。大隊長、また明日」


カタリーナはチュッと投げキッスをしてウキウキと部屋を出て行ってしまったであった。



どうする大隊長?


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