護衛訓練その1

2月下旬までせっせと旅の食料を作っては溜めていき、職人達と魔道具の改良や素材の実験を繰り返していく。ついでに鉄板とたこ焼き用の鉄板を作ってもらった。これでガキ共が大量に食うのに対応出来るだろう。



ー2月下旬ー


「今回の訓練は実戦に即したものとなる。相手は本気で襲ってくるから覚悟をしておけ」


「はいっ」


馬車に要人に見立てた人形を乗せ、騎士がそれを守るという設定。王都から西の領都に移動する要人を守り切るのが任務だ。日程は1泊2日。護衛6人と御者が2人の合計8人だ。責任者は第四小隊長で小隊長職の中では一番下らしい。


王都を出た瞬間から訓練開始。



「マーギン、本当にいいのかしら?」


「構わんよ。相手がハンターだと舐めている今がちょうど狙い時だ」


訓練用馬車の後ろに大隊長と第四隊隊長が訓練を見る為に付いて来ているが手助けはせずに見ているだけだ。


マーギンはシスコにスナイパーとして馬車の中の人形を狙わせる。まさか王都を出てすぐに狙われると思っていない騎士達。要人の誘拐ならともかく、シスコの正確な遠距離攻撃があれば暗殺は容易いのだ。


パシュ


ガチャンっ


馬車の窓が割れて人形に矢が刺さった。


「えっ?」


何が起こったか分からない護衛騎士達。


「任務失敗だな。お前らの訓練はこれで終わりだ。マーギン出てこい」


隠れていたマーギン達が馬車の前まで来る。


「あっけなかったですね」


「あぁ、これが本番でなくて良かった。第四隊とはいえ、ここまで何も出来ないということが分かって良かったな第四隊隊長」


「面目御座いません」


大隊長の前でメンツを潰された第四隊長は鬼のような目で小隊長以下を見る。


「隊長、敗因はなんだ?」


「油断です。襲われるのは街道途中と勝手に思い込んだのでしょう」


「初めに心構えを指示していなかったのか?」


「してはおりましたが、この状況ではしていないのと同じ事であります」


「そうだ。お前の責任だ。帰って心構えからやり直せ」


「はっ」


ちょっと悪いことしたかな。このあと死ぬほど怒られるんだろうな。とマーギンは思ったが、シスコはあなたがやれって言ったのよとボソっと呟いたのであった。



「マーギン、予定を繰り上げて次の者たちにやらせたいがどうだ?」


「こちらは構いませんよ。矢を1本射っただけで、20万Gももらうのは気が引けますから」


今回の報酬は1日20万G。アイリスを含めた星の導き達1人当たり5万Gだ。マーギンは同行するが攻撃には加わらないので報酬を辞退していた。


「では、1時間後には次のメンバーを出す」


「了解です」



そして次の馬車が来ると、1回目の様子を聞いてきたのか、初めから臨戦態勢で出て来た。


「また同じ事をするのかしら?」


「それだと能がないからね。このまましばらく放置して様子を見よう」


マーギン達は先回りして休息ポイントとなる所で待機しつつおやつを食べる。


「なぁ、うちの出番もあるんだろうな?」


バネッサは自分も参加したくてウズウズしているようだ。


「訓練は何回もやるから慌てんなって。だんだんと強い騎士が出てからの方が面白いだろ?」


「そんな事言ったってよぉ、シスコだけで終わりそうじゃんかよ」


「まぁ、暗殺は遠距離攻撃の方が向いてるからな。バネッサも得意な攻撃を考えるんじゃなくて、自分がやられたら嫌だなという戦法を考えとけ」


「マーギンが考えんだろ?」


「俺に言われたことだけやっても楽しくないだろ?そのうちちい兄様も出て来るかもしれんぞ」


「マジか?いつだ?」


「中盤くらいかなぁ。俺も誰がいつ出てくるかわかんないんだよ」


「へへっ、オルターネン様が来たらわざと負けちゃおうっかなぁ」


「そんな事をしたら嫌われるぞ」


「えっ?なんでだよっ」


「せっかくお前の事を褒めてくれていたのに、この程度だったかと思われるに決まってんだろ?ちい兄様は強い奴が好きなんだよ」


「おっしゃあっ、それなら本気でやってやんぜっ」


相変わらずちょろいなこいつ。


そしてしばらく待っていると馬車が到着した。全員があたりをキョロキョロと見回し、ずっと緊張しているようだ。


「どうするの、もう狙った方がいいのかしら?」


「まだだな。シスコが狙えば殺れるだろうけど、それだとさっきの訓練と差がないからね」


「どういうことかしら?」


「今回の訓練は人が入れ替わって行くだろ?全部違うパターンをやって対策を取らせないようにする。同じパターンだと情報を共有するだろうから後の人の方が得なんだよね」


「なるほどね。で、全員失敗させるってことね」


「まぁ、全部成功するかはシスコ達次第なんだけどね。この休息が終わったらバネッサにやってもらいたいことがあるんだ」


「うちが襲うのか?」


「いや、ちまちま石を投げるだけ」


「なんだよそれっ」


「やってたらわかるよ。やられたら物凄く嫌な戦法だ」


ガチガチに緊張した騎士達はさっさと休息を終えて出発した。マーギン達は隠れてそれに付いていく。


人間の緊張なんていつまでも続けられるものではない。必ずふと緩む瞬間があるのだ。


「バネッサ、近くに石を投げて音を出せ。馬車には当てるなよ。狙いはあっちの茂みだ」


「当てりゃいいじゃねーかよ」


「ガサッと音を立てるのが目的だ。緊張が続かなくなった時に物音がすれば緊張し続けるしかなくなる。お前ならそれを延々繰り返されたらどうする?野営している時にずっと魔物がガサッ ガサッと音を立てるけど襲っても来ない。そんな感じだ」


「そんなの寝れるわけねぇだろ」


「な、嫌な戦法だろ?」


「お前、性格悪ぃぞ」


「物盗りの賊じゃなく、殺しをするような賊はこういう事をするんだよ」


マーギンがそう言うと、バネッサはお前が賊なんじゃねーかとか言いやがった。俺がやるなら魔法で一撃で終わるっての。


ここまで何も起こらない事でふと緊張が緩みそうなタイミングを狙って、ガサッと音が出るように石を投げさせる。


騎士達は全員が同じ方向を見て剣に手をやる。


「隙だらけね」


「な、ここでシスコが矢を射れば終わりなんだよ。でもまだだ。トコトン疲弊してもらう」


「あなた本当に性格悪いわね」


その後もガサッと音を立てて緊張させ続けて休息もろくにさせない。そして宿泊するための町に着く目前の所で気が緩んだのを見計らってパシュ。


「はい、終わり」


騎士達もあっ、という言葉しかでずに終了した。


「マーギン出て来い」


「今日はここで終わりですね」


「うむ、見事な暗殺だったな。お前らの敗因はなんだ?」


「気の緩みを狙われました」


「なぜ気が緩んだ?」


「それは…」


「全員が同じ事をするからそうなるのだ。マーギン達はお前らを緊張させ続けた。そのまま1日耐えられるなら良いが、お前らの力量では耐えられんと見抜かれていたのだ。そうだなマーギン」


「はい、何度も暗殺チャンスもありましたけどね」


「では、このまま戻れ」


え?


「任務失敗したのだから当然だろう」


このまま夜通し帰らされるのか。騎士は良いけど馬が可愛そうだ。


「大隊長、馬が可愛いそうですよ」


「馬はここで交代させるから問題ない」


ソウデスカ。


後ろに付いて来ていたのは大隊長と第四隊長。第四隊長も何やら指示を受けて一緒に帰らされていた。


「マーギン、反省会をやろう」


さっきまでめっちゃ怖い顔をしていた大隊長はニッコニコだ。


「街でやりますか?」


「いや、外でやろう。準備はしてある」


大隊長は馬に肉と酒を乗せていた。


マーギン達は野営と炭火の準備をして反省会という名の焼き肉パーティをする。


「大隊長、明日はどうしますか?ここから戻るとなると1日掛かりますよ」


「問題ない。次の奴らを出発させるから戻りがてら襲えばいいだろう。もう手は考えてあるのだろ?」


「ええ、まぁ」


「ならこれで反省会は終わりだ。さ、あのソースを出してくれ」


そしてたらふく旨い肉と旨い酒を飲んで楽しんだのであった。



翌朝早くに大隊長は出発。襲うのはどこでも構わんぞというのでのんびり来た道を戻る。


「次は何をするのだ?」


「罠を張ろうか」


「罠?」


「うん、馬車を穴ぼこにはめて、止まった所を狙撃しよう」


街道とはいっても完全に整備された道ではない。結構でこぼこしているし、所々大きめの穴もあいている。馬車はその穴を避けて動くのだ。


「穴なんて嵌まらんように御者が操作するだろ?」


「ちゃんと準備をすれば嵌まると思うよ」



マーギンは穴が多そうな場所を選び、水を撒いていく。


「なぜ水を撒く?」


「水たまりがいくつもあれば油断すると思うんだよね」


そして穴を掘り、そこも水溜りにする。


「水たまりをいくつか超えたら、次も行けると思うだろ?それが罠なんだよ。ここを通れば馬車は止まるからね。シスコは馬車が水たまりにハマったら狙撃して。きっと慌てて要人を守るの忘れるから」


「解ったわ」


そして昼飯を食ってのんびり待っていると馬車が来たので隠れる。他の馬車が穴に嵌ったら申し訳ないので水たまりの前で待機していたのだ。


ガラゴロガラゴロ


「うん、訓練用の馬車で間違いないな」


「マーギン、うちら退屈だな」


「こうやって飯食って待ってるだけで1日5万も貰えるんだ。文句を言うなって」


「だってよぉ」


「なら、シスコの代わりにここからお前がクナイを投げろ。当てられるか?」


「おっ、やってやんぜ」


「シスコ、バネッサが外したらフォローの矢を射ってくれ」


「了解よ」



ガラゴロガラゴロ バチャっ


「うわっ」


ヒヒーーンッ


馬車が穴に嵌って急停止したことで馬が立ち上がった。


「とりゃっ」


案の定慌てる騎士達。何か異常が発生したら危険だと覚えておいてもらおう。


サクサクサクっ


バネッサは一気に3つクナイを投げて、すべて人形に刺さった。人形とはいえ、頭と顔にクナイを刺されて可哀想だ。


パシュ


止めを刺す必要もないのにシスコもバネッサに対抗して矢を射りやがった。



「マーギン、出て来い」


はいはい。


「隊長、これで第四隊はすべて失敗に終わったな。何か言うことはあるか?」


「こんな汚い手を使うとは…」


「汚いだと?お前は賊に騎士道を求めるか?」


「い、いえ…」


「マーギン、この3組で第四隊は終わりだ。第三隊は明日からになる。星の導き達も一緒に訓練所に来てくれ」


「何をするのですか?」


「反省会だ」


「それなら、今回任務を失敗した全員と隊長も含めてもう一度やってみます?」


「ん?そんなにたくさんの護衛相手でそっちは大丈夫か?」


「護衛6人という要人はそこまで地位が高い人ではないでしょ?本当に命を狙われるような人であればもっとたくさんの護衛を付けたりしません?」


「それはそうだな」


「では、それでやりましょうか。各々違うパターンの襲われ方を経験されたので対応も変ってくるでしょうし」


「隊長、この申し出を受けるか?」


「はい、このままでは引き下がれません」


「恥の上塗りになってもか?」


「私が指揮を取り、必ず成功させます」


「よし、ではマーギン宜しく頼む」


「了解です。次は怪我を覚悟しておいて下さい」


そうマーギンが言うと、隊長はギリッとこちらを睨んだのであった。


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