護衛訓練その3
大隊長は慌てて王に報告に向かった。
「スタームよ、火急の知らせとはなんじゃ?」
大隊長は騎士隊の訓練とカタリーナ姫様のワガママで王族命令を発動したことを報告する。
「カタリーナがそのような事で王族命令を使ったのか。しょうがない奴じゃ全く。その命令はワシが取り消す」
「はっ、ありがとう存じます」
「しかし、なぜそのような訓練をしておるのじゃ?」
「陛下のお力のお陰で我が国は平和が続いております。しかし、万が一有事が発生した際に平和に慣れきった者では対応が遅れるのではないかと危惧したからであります」
「そうであろうの。日頃たゆまぬ訓練をしているとはいえ、いざ実戦となれば訓練通りにいかん事はあり得るの」
「はい、いかなる事が発生しても対応せねばなりません」
「スタームは知っておるか?」
「何をでしょうか?」
「諜報部からの報告では隣国で魔物が増えているそうじゃ。北の領地でも魔物が増えておるのじゃろ?」
「はい、騎士隊も応援に出ました」
「何やら化物のような魔物も出たと聞いておる」
「はい、しかしながら無事に討伐を終えておりますので、北の街は問題ありません」
「隣国はかなりの苦戦しているようでの、魔物の出現がこの国のせいではないかとの噂が出ているようなのじゃ」
「魔物の出現がこちらのせいですと?」
「上の奴らがどこかに責任転嫁をしたいのじゃろうな」
「そういうことですか」
「しかし、根も葉もない噂が一人歩きすると大きなうねりとなることもある」
「有事になり得ると?」
「可能性は低いが、こちらの豊かな魔石を虎視眈々と狙っているのは昔からじゃの。この噂をうねりとして国民の有事への忌避感を薄れさせる事も考えられる」
「なるほどです」
「して、今回の訓練は失敗しないのじゃな?」
「そのつもりで訓練の人員配置を組んでおります」
「ならばカタリーナを守ってみせよ」
「は?ど、どういった意味でしょうか」
「カタリーナはどんどんワガママになって来ておる。訓練であっても襲われれば恐怖を味わうじゃろう」
「まさか、お灸を据える為に訓練に参加させよと?」
「王族命令をこのような事で使った罰を与えねばならん。これが許されると他の王族も簡単に使うようになってしまうであろう。かと言って姫と言う立場の者を公に処分するわけにもいかん。カタリーナのワガママを諌めるいい機会じゃ。頼んだぞスターム」
「か、かしこまりました…」
ワガママ姫の躾を押し付けられた大隊長は頭を抱える。
「隊長を集めろ」
部屋に戻った大隊長は再度隊長を招集する。
「作戦変更だ」
え?
「カタリーナ姫様をお守りする。これは訓練ではないと思え」
その後の大隊長の説明に隊長達は気を失いそうになったのであった。
ー翌日ー
「ん?騎士がめっちゃ多いけど、馬車がえらく豪奢だな。あれ、本物の馬車だよな?」
打ち合わせとかないので、相手の人数や護衛状態を確認していたマーギン。
「うちに聞くなよ。あれが本物の馬車かどうか分かる訳がねーだろうが」
斥候役のバネッサとそんな話をしているマーギン。
「まぁ、昨日までの馬車と違うし、本当の要人警護なんだろうな」
「マーギンがそう思うならそうなんだろ」
こんな任務がある時に訓練に人数を割いて問題ないのだろうか?とマーギンは不思議に思う。
「マーギン、マーギンはいるかっ」
大隊長が馬で走りながら叫んでいる。今日の訓練は取りやめになったのかな?
「はい、いますよ」
マーギンは茂みから出て大隊長に手を振った。
「やはり居たか。お前の気配は全くわからんな」
「そりゃどうも。今日の訓練は取りやめですか?本当の警護任務があるようですし」
「それがな…」
大隊長は事の経緯を話す。
「えっ?本物の姫様が乗ってるのを襲うんですか?気は確かですか?」
「そうだ。で、暗殺から誘拐に作戦を変更してくれないか」
「そりゃあまぁ俺達も姫様に攻撃なんて出来ませんし。でもあの人数の護衛でロッカ達が誘拐なんて無理ですよ。何もしないまま西の領都に着いて終わりますよ」
暗殺より誘拐の方が格段に難易度が上がるのだ。それに本物の姫様を護衛しているのは本気の護衛団だろう。昨日までの雰囲気とは全く違う。流石に無理ゲーだ。
「いや、それでは訓練にならん」
「だって、護衛騎士から殺気が出てますよ。下手したらロッカ達も怪我では済まないじゃないですか」
「治癒師もいる」
「それでも無理ですよ。俺が参戦するならともかく」
「ではマーギンも参加してくれ。但し魔法攻撃は無しで頼む」
「え?」
「騎士隊の本気度を引き出す必要があるのと、姫様にお灸を据える事をせねばならんのだ」
「姫様のお灸はなんとなく理解できましたけど、騎士達はもう本気でしょ?」
「さらなる本気が必要なのだ」
「なんかありました?」
大隊長から隣国で魔物が増えていること、それを理由に有事に繋がる可能性を説明される。
「あー、本当にこういう任務が発生する可能性が出て来たんですね」
「そういうことだ」
「大隊長は護衛に加わります?」
「いや、王の移動がない限り、俺が護衛に付くことはない」
「了解しました。で、本当に誘拐してもいいんですか?それだと任務失敗で叱責を受けませんか?」
「お前、本当に誘拐出来ると思ってるのか?」
「まぁ、失敗するかもしれませんし、成功するかもしれません。こっちは誘拐する準備もしてませんし。ただ本気でやると騎士達はみな怪我をしますよ」
「構わん。俺も本当の力を見ておかねばならんからな。俺の立場の事は気にしないでやってくれ」
「分かりました。では本気でやらせて頂きます」
マーギンが本気でやると言った事に大隊長は少し後悔するのであった。
ー星の導き達と打ち合わせー
「は?そんなの無理に決まってんだろ?」
「うーん、そうだよねぇ。でも俺も参戦するしやれるだけやってみよ。お前らが本当に危なかったらプロテクションも使うし。騎士も鎧を着ているから死にはせんだろ」
「いい作戦があるのか?」
「そうだね。準備もあるから先に西の領都に向かってて。俺は戦力の分析をしてから追いかける」
「分かった。中間の町前でいいか?」
「いいよ」
ということで二手に分かれて行動開始。
マーギンは気配を消して護衛団の分析をする。
「えーっと、人数はひーふーみーよー」
御者を除いて40人か。中に一人、前後左右に騎馬隊8人が馬車の護衛。馬車をぐるっと囲っている騎士は守り専門だなありゃ。で、他のは攻撃隊か。これで誘拐しろとかどんな無理ゲーだよ。
分析が終わったマーギンは各休息ポイントに仕掛けを作っていく。大勢いるので体力と気力を少しでも削っていかないとダメなのだ。決戦は西の領都近くを想定。それまで削れるだけ削って行こう。
各休息ポイントにスライム地獄を仕掛けていく。防犯や捕獲みたいに騎士を包み込むまではしない。罠と気付かれずスライムと勘違いしてくれればそれでいいのだ。作戦その1、休息させないを実行だ。
マーギンは馬車を停められそうな所にスライム地獄を配置する。一度水たまりがスライムになったら次からは警戒するだろうから、時間差でスライムのようになるように魔法陣を工夫していく。あとは適度に水たまりを作ってやれば全てを警戒して移動速度も落ちるから、日暮れまでに宿泊する街に辿り着けないだろう。
マーギンは全ての罠を仕掛けてロッカ達と合流した。
「お、来たか。どこで待ち伏せる?」
「領都近くでやる」
「それまではどうするんだ?」
「途中の町にたどり着く最終ポイントで軽く仕掛ける。その後は体制を崩すだけ。本番はその後だ」
「どうやって体制を崩す?」
「西の領都らへんってボアいるよね?」
「いるぞ」
「これをロドリゲスからもらって来てるんだよ」
「お前、それボア寄せの薬じゃねーかよ」
「そう。まずはボアの襲撃を食らってもらう。ボア襲撃までにかなり疲弊していると思うから苦戦すると思うんだ」
「何か仕掛けてきたのか?」
「休息出来そうな所にスライムの仕掛けを作ってきた」
「あの防犯のやつか?」
「そう。バネッサみたいに包みこまれる事はないけど、スライムを警戒しだしたら水たまりが怖くなるだろ?」
「体力を削りまくるってことだな?」
「そう、ずっと休息させない。町で宿泊している時も寝かせない。だから今日は飯食ってもう寝よう。護衛団を交代でちまちま刺激して寝かせないのが作戦その2だ」
「あなた、本当に性格悪いわね」
と、シスコに言われるが、あの護衛団から姫様誘拐なんて無理ゲーなんだからな。
町に入って宿を取る。こんな時間から寝れないという皆に強制睡眠を軽くかける。いきなりやったからイチコロだ。
マーギンは皆を寝かせた後に町の作りを見てどこから嫌がらせをするか確認していき、その後、護衛団の様子を見に行ったのであった。
ー姫様護衛団ー
「うわっ、なんだこれっ」
「慌てるな。スライムだ。そっちに気を取られて警護を疎かにするなっ」
第二隊長から指示が飛ぶ。1度目の休息ポイントで一人の騎士がスライムに襲われたのだ。
「妙だな…」
第三隊長が呟く。
「どうした?」
第二隊長が声をかける。
「雨なんて降ってないですよね?それが証拠にここまで水たまりなんかなかった」
「そう言えばそうだな」
「もしかしたら、この水たまりすべてが罠かもしれません。第四隊長が水たまりだと思ったら穴があいていたと言っていましたし」
「スライムが発生する罠などあるのか?おい、オルターネン。マーギンというやつはそんな事が出来るか?」
「あいつは魔法使いで、魔道具の回路も組めますからね。何が出来ても不思議ではありません」
「それは凄いな。この護衛体制を見ても成功するかもと言ったのは嘘ではないのかもしれん」
「はい、マーギンは本気でやると大隊長に言ったようですのでこちらも本気でいかせてもらいます」
「休息は取りやめだ。水たまりは全て確認してから移動をする」
休息は人にも必要だが、馬にも必要である。騎馬隊の馬が水たまりの水を飲もうとした。
ひひーーんっ
馬の顔を水たまりが襲ったことでパニックになり暴れる。それに驚いた他の馬も暴れて言う事をきかない。
「馬を抑えろっ。他の者は襲撃に備えろっ」
まんまとマーギンの作戦に嵌った護衛団。この水たまりは剣で探って問題が無いと報告しようとした後にスライム化して襲われる。その度に襲撃に備えた緊張感で疲弊し、水たまりは全て避けて移動するので時間が掛かっていたのである。
「ちっ、ここもダメか」
襲撃されにくそうなポイントは全て水たまりだらけ。馬の水は騎士が持つ水筒の水を与えていた。馬が水を飲む量は人より断然多い。あっと言う間に水筒の水はなくなり、水を出す魔法が使える者の魔力も枯渇していった。
まだ宿泊予定の町まで半分くらいしか進めていないのにこの疲弊状態の護衛団を見て大隊長は愕然とする。
「攻撃魔法無しでもこんなにすぐに追い詰められるものなのか…」
「このままでは日が暮れるまで町にたどり着けん。休息ポイントは全て潰されていると判断し、速度を上げる」
第二隊長は日が暮れたらこの数の護衛団でもまずいと判断して速度優先に作戦を切り替えたのであった。
それは更に騎士達の体力を削る。騎馬隊は馬だが、他は自分の足で小走りをせねばならない。休息も出来ず、食事どころか水もろくに飲めていないのだ。
「隊長、私が馬で前の道の様子を見て参ります」
「ダメだ。隊から離れるな。1人になるとやられるぞ」
第四隊を手玉に取った連中なら、1人を倒すなど造作もないことだろうと判断した第二隊長は常に固まっておけと指示をする。
ー馬車の中ー
「どうして一度も休息を取らないのかしら?お腹が空きましたわ」
「姫殿下、全ての休息ポイントに罠が仕掛けられているようですので、町に到着するまで休息は取れないものと思っておいて下さい」
「えーっ」
「このような物で良ければ次に馬車が停まった時にお飲み下さい」
ちゃんと休息することは出来ないが、時折馬車を停めて騎士達の呼吸を整えさせる。鎧を着て走り続けるのは相当辛いのだ。
馬車が停まった時にコップにインスタンススープを入れてお湯を出して姫殿下に渡す騎士。
「わぁ、スープが粉になっているなんて凄いわね」
「はい、出来たてと遜色ない味であります」
「これ、かぼちゃのスープ?美味しいっ」
「私もこのスープが好きなのです」
「かぼちゃのスープって、舌触りが悪くてあまり好きじゃなかったけど、これはモサモサしてないわ」
「裏ごしというのを丁寧にすればこのように滑らかになるそうですよ。後は茹で方で甘さが増すとも言っておりました」
「これを作った人は知り合いなのかしら?私も会ってみたいわ」
「そうですね、今回の訓練でお会いするかもしれません」
「そうなのっ?楽しみが一つ増えちゃったわ」
かぼちゃのインスタントスープをハフハフしながら美味しそうに飲むカタリーナ姫。それを見ながら自分はマーギンから姫様を守れるだろうかと思っていたのであった。
日が暮れてからようやく宿泊予定の町にたどり着いた姫様一行。
宿には泊まらずに天幕を張り、そこで宿泊をするようだ。この町には姫様が泊まれるような宿はない。
「やっぱりここで宿泊か」
「今拐っちまえばいいんじゃねーのか?」
初めの嫌がらせ担当はバネッサ。
「まだ気力が残ってそうだからね。今夜は寝かせないだけで十分なんだよ。それに町だと姫様を拐っても逃げきれんだろ?」
「本当に拐うつもりなのかよ?」
「拐われた後どうするかも訓練だと思うんだよね。まだ準備に時間が掛かると思うから先にどっかで飯食おうか」
「何もしねぇのか?」
「飯食いながらするよ」
と、答えたマーギンに今言えよっとバネッサは怒るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます