防衛戦その8

「やったか?」


ロッカが肩で息をしながら倒れた雪熊を見てそう呟く。


「まだ近寄るな」


マーギンがそう指示する。雪熊はタフだ。まだ力を残している可能性が捨てきれない。


しかし、雪熊から鮮血が流れ出て周りの雪を赤く染めていく。そして呼吸をするために動いていた腹の動きが止まったのであった。


マーギンは屋根から降りて雪熊の死を確認する。


「お疲れ。討伐完了だ」


「本当にやったのか?」


「そうだ。俺達の勝ちだ」


「うぉぉぉぉっ」


マーギンが勝ち宣言をしたことでロッカが雄叫びを上げた。



「しかし、これほど大きな雪熊を見たのは初めてであるな」


大隊長が死んだ雪熊を興味深そうに見ている。


「そうですね。雪熊の中でも大きな部類に入ると思います」


「まだデカい奴がいるのか?」


「昔倒した奴はまだ大きかったですね。餌が豊富だと大きくなるのかもしれません」


「そうか、まだデカくなるのか。こんな化け物に何度も来られたらたまらんな」


「倒し方を覚えておけば問題ないんですよ。大隊長とロッカの連携攻撃はとても良かったです。こいつを仰け反らすのはかなり難しいですからね」


「俺の風の刃でもカスリ傷なのだな」


「コイツの毛は硬いし衝撃も吸収しますからね。大槌で頭をかち割るって方法もありますよ」


大槌をどうやって頭に当てるんだと大隊長は笑ったけど、ガインはそれをやるんだよね。まぁ、あんなバトルアックスをブンブン振り回せる奴が他にもいるか知らないけど。


マーギンは返り血を浴びたロッカに洗浄魔法を掛けてやる。


「この雪熊は持って帰れるか?」


綺麗サッパリしたロッカはこれを持ち帰りたいようだ。


「領主様に献上したら?売れば結構な値段になるだろうけど、貴族に貸しを作っておくのも悪くないと思うぞ」


「貸しを作る?」


「そう。ハンターを引退したあとの仕事とか良い条件で頼めると思うぞ」


「そんなの私はいらん。シスコ、バネッサお前達はどうしたい?」


「私はどっちでもいいわよ」


「うちは売って金にするほうがいい」


「だそうだ。大隊長様、これの報酬はどのようにお分けすれば宜しいでしょうか?」


「俺の報酬は不要だ。これは公務だからな」


「そういう訳には…」


「ならこれを俺に売ってくれないか」


「大隊長に?」


「俺にというより騎士隊にだな。剥製にして、この様な魔物と対峙することがあると教えるのに使いたいのだ」


「なるほど、分かりました。売値はお任せ致します」


「うむ、相場より高くなるように配慮させてもらおう」


ということで雪熊は騎士隊が買い取る事で決着が着いた。


「じゃ、マジックバッグに仕舞っておきますので、王都に着いたらお渡ししますね」


と、マーギンは雪熊をマジックバッグにしまった。


「さ、もう魔物の襲撃はないから朝まで休もうか…」


「キャァーっ」


悲鳴?


遠くから微かに悲鳴のようなものが聞こえた気がする。


「マーギン、今なんか聞こえたろ?」


バネッサの耳にも今の悲鳴のようなものが聞こえたようだ。


「俺にも聞こえたけど、人の気配はないぞ。風の音が悲鳴みたいに聞こえただけじゃないかな?」


「あれが風の音か?女の悲鳴みたいだったぞ」


確かにそんな風にも聞こえた。が、やはり人の気配はない。


「住民は全員避難しているしな、多分聞き間違え…」


「キャァーーーっ」


「ほら、やっぱり誰か襲われてんだよっ」


バネッサは暗視魔法を使って、悲鳴が聞こえた方向にバッと走り出した。


「バネッサ待てっ。こんな所で悲鳴が聞こえる訳が…」


と、言いかけた時にはすでにバネッサが走り出していた。こいつの本気の走りは速い。雪が凍りだして固くなっているのと軽い体重が相まって、シュンッとダッシュで駆けていく。


「ちっ、あれほど勝手に飛び出すなと言っておいたのにっ」


マーギンは嫌な予感がして、バネッサを追いかけた。


「バネッサ、待て。人の気配なんてしてないのに悲鳴なんて聞こえるわけないだろうがっ」


「うるせえっ、絶対にあれは悲鳴だっ」


バネッサに追いついたマーギンは腕を掴んで止めた。


「キャァーーっ」


「ほらみろっ。ちゃんと聞こえてんじゃねーかよっ。さっきより近くに聞こえてんだっ。もうそこにいるに決まってんだろっ」


「俺も探すから先走るな…」


マーギンはバネッサに一緒に探すと言いかけた時に悪寒が走った。


「逃げろっ」


「えっ?」


マーギンは逃げるのもプロテクションも間に合わないと判断し、バネッサを抱き抱えてその場を飛んだ。


バシュッ


「グッ…」


その時、雪の中から何かが飛び出してマーギンを襲った。


「シャァーーーっ」


「何だよこいつ…」


バネッサの目に写ったのは鎌首をもたげた巨大な白蛇だった。その白蛇は大きな口を開けて真っ赤な舌を出しながらシャーーッとこちらを見た。


バネッサは恐怖のあまりその場から動けない。


白蛇の牙が背中に当たって負傷したマーギンがバネッサの前に立つ。


「パーフォレイトっ」


バシュッーーーっ


マーギンは高出力の魔力ビームを出して白蛇の口の中から頭を撃ち抜いた事により、白蛇はその場で倒れた。


「マ、マーギン。お前その傷…」


「バネッサ… 怪我はない か…」


ドサっ


マーギンは振り返ってバネッサを見た後に倒れる。


「マーギンっ、 マーギンっ。 マーギーーーーンッ」


「だ、大丈夫だ… 俺は治癒魔法を使える か… ら心配す るな…」


途切れ途切れの声で大丈夫だと言うマーギンを鮮血が染めていく。


「お前、そんなに血が出てんのに大丈夫な訳ないだろうがっ 死ぬなマーギンっ」


「血は すぐ に止まる から大丈夫だって… バネッサ   は怪我してない か」


自分が致命傷ともいえる傷を負いながらもバネッサの無事を確認するマーギン。


「うちは問題ねえっ だからもうしゃべんなっ」


「そりゃ 良かっ た わ るい  ちょっと 回復… するから 寝るわ…」


「マーギンっ マーギンっ 目を開けろよマーギンっ」


バネッサは必死になって揺さぶるが目を開けないマーギン。そしてしばらく経った後にロッカ達が追いついた。


「マ、マーギン…」


ロッカ達が目にしたものは血塗れのマーギンを抱き抱えて泣き叫ぶバネッサの姿であった。





「ううっ、グスッ グスッ」


鳴き声が聞こえて来て目が覚めたマーギン。しかし、何かが視界を遮って見えない。


何だこれ?


ふにょんっ


マーギンはバネッサに膝枕をされながらロッカ達のテントでずっと寝ていた。目を開けた時に視界を遮っていたのはバネッサの豊かな胸だった。


「えっ?」


今の手触りは…


ふにょふにょ…


「起きて早々うちの胸を揉みしだくとはいい度胸じゃねーかよ」


そう言われてバッと起き上がるマーギン。


「ちっ、違っ」


立ち上がろうとしたマーギンは血を失った事でふらつき、バネッサの胸に顔を埋めるように倒れ込んだ。


「いい加減にしやがれっ」


ゴスッ


マーギンは追い打ちを食らってそのままバネッサの太ももに顔を埋めた。


「ばっ、バッキャロー。どこに顔を埋めてやがんだっ。はっ離せっ」


「すまん、力が入らん…」


離れろっと言いながらマーギンの頭をポカポカ叩くバネッサ。


「マーギンが起きたの?」


騒がしいバネッサの様子を見に来たシスコ。


「シスコ、こいつ、人が心配してたのに起きてやがったんだ。それでうちの乳を揉んでこんな事してやがるんだっ」


「マーギン、バネッサにセクハラするなんて趣味悪いわよ?」


「なんでうちにセクハラしたら趣味が悪いんだよっ」


「だってゴミに埋もれるとか普通じゃないわよ」


「誰がゴミだっ」


「マーギンの目が覚めたのか?」


ロッカも様子を見に来た。


「えぇ、バネッサに絶賛セクハラ中よ」


バネッサの太ももにうつ伏せになって顔を埋めているマーギンをゴミを見るような目で見ながらそういうシスコ。


「マーギン、起きたなら皆に顔を見せてやってくれ。皆心配して外で待ってるんだ」


「ロッカ、引っ張り出してくれ。力が入らん…」


「なんだ、まだ復活してなかったのか。しかし話せるようになったのなら大丈夫だな。バネッサ、動けるようになるまでそのまま寝かせておいてやってくれ」


「ロッカっ、せめてこいつを上向かせてくれよ。こんなの恥ずかしいだろうがっ」


「マーギンはお前のせいでこんな目にあったんだ。辱めぐらい我慢しろ」


ロッカは背中の傷を下にしているよりこの方が良いだろうと判断して、マーギンが寝かされていたテントから出て行った。



「マーギンは大丈夫そうか?」


大隊長がロッカに聞く。


「あぁ、もう傷口が塞がっているみたいです。だが体力が無くて動けんみたいなので、復活にはもうしばらく掛かると思われます」


「そうか、あの傷がもう塞がっているのか。マーギンは治癒魔法も使えるのか?」


「バネッサにはそう言ったみたいですね。まぁ、マーギンなら何でもありなんでしょう」


「そうかもしれんな。あの化け物みたいな蛇をどうやって一撃で倒したのか想像も付かん。あいつが攻撃魔法を放つ所を是非見たかったものだ」


「そうですね。同感です」


大隊長とロッカがそんなに話をしている時にローズがそっとテントを覗く。そこにはバネッサの膝枕に顔を埋めたマーギンの姿。バネッサはまた寝てしまったマーギンの頭を撫でていた。


ローズはその光景を見て何も声を掛けずテントを後にする。


「大隊長、もう安全とのことなので、住民達の避難を解除してこちらに誘導して参ります」


「それぞれの村に誘導しろ」


「ハッ」


時間はすでに昼になっており、ローズは領都に戻り、それぞれの村に送り届けるように指示をしていったのであった。

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