防衛戦その7

「ロッカ、シスコ、バネッサ。作戦会議をしたいけどいいか?」


「いいぞ」


「俺もその会議に加わっても良いか?」


大隊長も参加したいとのこと。


「はい。是非お願いします」


マーギンは全員にこれから何をするか説明をする。


「今回の攻撃のメインはシスコだ。それと倒す事を優先するのではなく、追い払う事を目的とする」


「倒せそうなら倒すのか?」


「小さな雪熊だとシスコの攻撃が当たれば死ぬかもしれん。が、想定しているより大きければ逃げるのを待つ」


「マーギン、言っちゃなんだけど、そんなに強い魔物なら私の矢が当っても致命傷にならないんじゃない?」


「今回はこの矢を使う」


マーギンが出した矢は見たことのない矢だった。


「これ何?中が空洞になってるんだけど」


「これはバンパイアアロー。刺さると中の空洞から血が吹き出る。それで失血死を狙うのが今回の作戦だ。だが上手く当たるかどうかはシスコ次第なんだよ」


「相手は大きいんでしょ?」


「身体に当たっても刺さらん。狙うのは一点だけ、目を狙え」


「えっ?」


「マッスルパワーのカマクラは約50m先。本当は100m以上離したかったんだが、矢に気付かれても避けられない距離が50mギリギリだ。襲撃は夜だし、目をピンポイントに狙うのはめちゃくちゃ難しい」


「そうね。相手が止まっててなんとかって所ね。でも動いてたら無理よ」


「雪熊はマッスルパワー達のカマクラに食いつく。立ち上がって柵の中の人間を食おうとするだろう。そこから大きくは動かんと思う。勝負は一発。外したらこちらに攻撃してくるからロッカと大隊長は迎え撃ってくれ。その時にはバネッサとシスコは屋根の上から二人の援護をしてくれ。アイリスはずっと見学だ」


「了解だ」


「俺は上から二人の補助をするけど、基本は手を出さないからそのつもりでいてくれ」


「マーギン、作戦は以上か?」


「はい、大隊長。協力お願い致します」


「では質問をさせてもらいたい」


「何なりとどうぞ」


「今回すべての作戦においてだが、真の意図はどこにある?」


「真の意図ですか?」


「そうだ。詳しくは知らぬがローズとも仲が良かったのではないのか?マーギンが指摘したことは至極もっともであり、戻ったら俺も同じような指導をしただろう。あえて嫌な役目をしてくれたのはなぜだ?ローズに嫌われるとは思わなかったのか?」


「まぁ、ローズが死んだり、任務に失敗して心を病むより、嫌われた方がいいですからね。ローズは優しいがゆえに大きな失敗をする可能性があると思ってます。それと、心の中に避難誘導より魔物を討伐したいという気持ちが残ってたんでしょうね。だから規律違反をした騎士に処分を下せなかった。討伐に加わりたいという騎士の気持ちに同意してしまったんですよ」


「ローズの事をよく理解しているのだな」


「自分がローズの立場なら同じように思うでしょうからね。魔物討伐の経験をさせるには今回は危なすぎるので仕方がありません。雪が溶けた後に魔物討伐訓練に連れて行ってあげて下さい」


「マーギンがいれば雪熊相手でも問題ないのではないか?」


「雪熊が1匹だけであればね」


「複数出るのか?」


「まだわかりません。しかし、今回の魔物異常発生はなんらかの序章なんじゃないかと思ってます。もしかしたらこれが常態化するかもしれませんし、もっと強い魔物が出る前兆なのかもしれません」


「では、今回の任務は…」


「はい、予行練習です。こんな時にどう対応していくのか身を以って知っていて貰う必要があるんですよ。個の力に頼ってしまうとそれを失った時に総崩れしますから」


「なぜそれを先に皆に言わん?」


「自分の経験が無い事を言っても理解出来ないでしょ?あの騎士達のように。もし俺が一人で殲滅でもしたら次から俺に頼る事が前提になってしまう。北の領地だけの現象ならそれでもしばらく問題はないでしょうけど、各地で同時多発したらどうします?」


「………… それで皆に自分が強いと知られても頼ろうとされない状態を作ったのか…」


「そんなたいそうな事は考えてませんよ。コイツはヤバイ奴だと思ってくれたら変に利用しようと近づいてくる奴が減るだろうなと思っただけです。自分達の国は自分達で守るのが当然なんですよ」


大隊長も何か思う所があったのか、それで質問を打ち切ったようだった。


夜の襲撃に備えて飯を食う。マーギンは晩飯とは別に焼き肉の用意をした。


「それはマッスルバワーへの差し入れか?」


ロッカがあんな酷い扱いをしているのに旨い飯を食わせるのか?と不思議がった。


「そう。あいつらが魔物の知識をちゃんと持ってたら食わない。が、知らなかったら喜々として食うと思うよ」


「どういうことだ?」


「俺達が旨そうな匂いだなと思う匂いは魔物にもいい匂いなんだよ」


そうニヤッと笑ったマーギンは小さな七輪の様な物に熱くなった炭を入れてマッスルパワー達に差し入れに行った。




「まだ逃げてないのか?凍え死ぬぞ」


散々逃げようと試みたのだろう。かなり汗臭くなっている男達。こんな寒い所で汗まみれになるのは自殺行為だ。


「ほら、差し入れだ。炭の予備もあるから暖は取れるだろ」


「こんなもんで手懐けようったって無駄だぞ。ここから出たら必ず殺してやる」


「そうか。それは楽しみしてるわ。取り敢えずここに置いとくから好きにしろ」


悪態を付かれたマーギンはわざと手が届くかどうかギリギリの所に肉と七輪を置いていく。


「置くならもっと近くに置きやがれっ」


「頑張りゃ届くと思うぞ。じゃ、頑張ってな」


その後、マッスルパワー達は火傷をしながらもなんとか七輪と肉を柵の中に取り込んだのだった。



「シスコ、今回はこれを使え。で、あの倒れている魔狼を狙って練習してみろ」


「何も見えないわよ」


「このスコープを覗けば見える。それで焦点を合わせて狙ってみろ」


マーギンはシスコのコンパウンドボウに照準器付き暗視スコープを取り付けた。


「これって、バネッサが暗視魔法を使って見ている世界なのかしら?」


「そう。仕組みは同じだ。自分の魔力を使わないから魔力切れになる心配はないぞ」


「へぇ、すごいわねこれ。さっきまで何も見えなかったのが昼間みたいよ」


「シスコの腕と照準器を使えば当てられると思うぞ。倒れている魔狼の目を狙ってみろ。カマクラより距離があるけど出来るだろ」


普通に矢を射っても届かないだろうが、シスコは自然と風魔法を併用している。距離感が掴めたら当てられるだろう。


プシュッ


矢を射った音がしたあと、矢は見事に魔狼の目に当たった。


「これ、本当に凄いわね。簡単に当たったわ」


シスコは集中すると風魔法で矢の軌道修正も可能なようだ。きちんと訓練してやると曲げたりすることも可能だろうな。今度試してみよう。


シスコは何本か試射してすべて同じ所に命中させたのだった。



「あいつら、肉を焼き出しやがったな」


屋根の上で様子を見ているマーギンの横にバネッサが来てマッスルパワー達のカマクラから煙が出だしたのを見てそう言う。


「あいつら本当に強いのか?」


「パーティ名の通り、力でゴリ押しすんだよ。ロッカと組んでた時はどんなのか知らねぇけど、多分、ロッカに斥候みたいな役目をさせて魔物を弱らせてたんじゃねーか。スピードは全くねぇからな」


「なるほどな。で、ロッカが抜けてから落ち目になったってわけか?」


「そうだ。組合が間に入ってくれてたけどよ、それまではうちらにもよく絡んで来やがったんだ。それを知った組合が依頼場所がはちあわないようにしてくれてたんだ」


「へぇ、組合もよく見てんだな」


「あぁ、組合はよくしてくれてんだ」


組織として上手く行ってるという事はトップがしっかりしているということだ。もしかしたら今回の件はロドリゲスはわざと頼りないフリをしてんのかもしれん。何か企んでやがるんだなきっと。



ーロドリゲス担当の村ー


「ほら、おめぇら、そこから抜けてくる奴がいるぞ。他にも飛び上がって出てくるから頭上に注意しろっ」


村の周りに油を撒き、ぐるりと村を火で囲んで準備したロドリゲス。わざと火の小さな個所を作り、一斉に襲って来ないように調節していた。時折、大型の魔狼が炎を飛び越えてくる奴は自ら魔法で倒して対応をしている。


ちっ、この役目をマーギンにやらそうと思ってたのによ。先に手を打ちやがった。どこまでこっちの手の内がバレてんだかな。


ロドリゲスもまた、マーギンの事を全く侮れんやつだと心の中で思っていたのであった。




ーマーギン達のいる村ー


「シスコ、準備はいいか?」


「来たの?」


「あぁ、かなりのスピードで近付いて来ている。あと少しでマッスルパワー達が襲われるな。バネッサ、あいつらが襲われても絶対に飛び出すなよ。雪熊に襲われてもいいようにカマクラを強化してあるから」


「いちいちうるせえっぞ。小姑かてめぇはっ」


マーギンの言う事に反発するバネッサ。


「グアァァォオッ」


カマクラ目掛けて突進してきた雪熊は想定よりデカい。立ち上がれば5mはあるかもしれん。


「マーギン、あれ凄く大きいわよっ」


雪熊はカマクラの上からガッとフックの様な攻撃を食らわした。


ザシュっ


強化してあるはずのカマクラが削り取られる。


「シスコ、まだ矢を射るなよ」


「あれ、ヤバイんじゃないのかしら?」


「まだいける。ま、カマクラが壊れてあいつらが食われたら隙が多くなって狙いやすくなるんだけどな」


そう言うとバネッサにジト目で見られる。


「嫌いな奴らだけど、流石に目の前で食われるところなんで見たくはないわよ」


「見慣れといた方がいいぞ。初めて目の前で見たらトラウマになるからな。これぐらい離れていたらそこまでにならん」


尚も酷い言いぐさのマーギン。


「ヒィィィぃっ たっ、助けてくれーーっ」


これだけ離れていてもマッスルパワー達の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。下を見るとロッカが飛び出しかけている。


「ロッカ、そこで待機だ。お前が飛び出したらこっちの皆が危ないんだぞ」


「だったら早くしろっ。あのままでは持たんっ」


「まだだ」


「貴様っ、本当に見殺しにする気かっ」


「うるさいっ。雪熊にこっちを意識させんなっ」


雪熊はカマクラの上からジャッ ジャッと攻撃しているが表面が削り取られるだけでなかなか壊れないことに苛立ち始めた。そしてカマクラを掴んで噛みつきだす。


「シスコ、狙え」


その瞬間を狙ってシスコに攻撃命令を出した。


パシュっ


シュンッとバンパイアアローが雪熊目掛けて飛んだ。


「グアっ」


矢の音に気付いた雪熊が腕で矢を払い落とす。


「シスコ、雪熊がこっちに気付いた。しっかり狙え」


2撃目を放つシスコ、しかし矢が飛んで来ると気付いた雪熊はパシッとそれを弾く。


ドドドドドっ


ターゲットをこっちに切り替えた雪熊。


「ロッカ、大隊長。来るぞ。次外したら二手に別れて避けてくれ。シスコ、引き付けて雪熊が避けられない位置まで来たら撃て。バネッサ、次外れたらクナイを投げられるだけ投げろ」


一瞬でこっちに詰めてくる雪熊。


パシュっ


シスコの3撃目が放たれ、それに気付いた雪熊が避けようとした時にシスコは矢の軌道を修正した。


「グワアァァァッ」


「ロッカ、大隊長、攻撃せずに逃げてくれ。バネッサ、クナイを投げろっ」


矢が目に当たった事でロッカと大隊長が攻撃を仕掛けたのを止める。


ブンブンブンっ


雪熊は突進を止め、立ち上がって腕を素早く右左と振り、何者も近付けまいとする攻撃を放った。ロッカと大隊長はマーギンの指示で咄嗟にその攻撃を回避した。


「マーギン、もうクナイがねえっ」


「もう大丈夫だ。お前の攻撃で雪熊は眼の前に敵がいると勘違いしたからな。矢が刺さってもあのまま突進されたらヤバかった」


雪熊は激しく腕を振り回した後に目に刺さったバンパイアアローから血が吹き出て苦しみ出す。


このまま、退散してくれたら御の字なんだが…


ロッカと大隊長は血が吹き出て苦しむ雪熊に対して攻撃出来そうな隙を伺っている。


ブシュッ ビュッ ビュッ


雪熊の目に刺さったバンパイアアローから吹き出ていた血が収まっていく。


ちっ、血が止まるのが早すぎる。強い魔物は筋肉で傷を塞いで血止めたりするが目でそれが出来ると思えん。


温度か…


気温が低い事で血が固まるのが早くなったのだろう。完全に固まると手の打ちようが無くなる。


「アイリス、あの矢に着火魔法を打て。矢を温めるんだ」


「ハイっ」


着火魔法をアイリスが投げて矢に纏わりつかせる。それを嫌がった雪熊は炎を振り払おうとするがアイリスは炎を纏わりさせ続ける。素晴らしいコントロールだ。


矢が温められた事によりまた血が矢から吹き出し始めた。血を吹き出したまま雪熊はロッカと大隊長に襲い掛かろうとするが、二人の殺気のこもった臨戦態勢に一瞬たじろいだ。


「ふんっ」


大隊長がその隙に風の刃を出して雪熊に斬りつける。雪熊の硬い毛はそれを防ぐが、顔が上を向いた。


「死ねっ」


そこへロッカが飛び込み、下から雪熊の首に斬りつけた。


ブッシャァァア


雪熊の首から大量の血が吹き出す。


「グ グアァ…」


ズンッ


そして雪熊は最後の抵抗も出来ずにその場で崩れさったのだった。


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